●リプレイ本文
●はじめの感想
「‥‥はい? え‥‥ちょっと待って何ソレ? いや俺家のテーブルに封切ったばかりのジャム一瓶置きっぱなしなんだけど」
状況を理解して。呻いたのはユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)だった。
時期が時期とはいえ、そのまま長時間放っておけばカビる危険性は十分に考えられる。
「重大っつーから来てみれば、これはないだろー‥‥」
あわせて苦笑するのは綾河 零音(
gb9784)だ。
「しかし少尉も無茶振りをしてくれる‥‥いったい何を焦っているのやら」
ヘイル(
gc4085)は何か考えるところがあるのか、他のものよりはっきりと不快をにじませて言った。
もっとも、全員が不平不満を述べるかと思いきや。
「『使える物は何でも使う』その考え、僕は好きですよ」
ソウマ(
gc0505)はそういって不敵に笑って見せる。
「不満はありません」
エシック・ランカスター(
gc4778)は静かに言ってのけた。重要な仕事を任せてもらえると思えば、大変名誉なことです、と。
「何なら月単位で調査してもOKです!」
御闇(
gc0840)はに至ってはバグアの調査をできるということで、感激のあまり半ば壊れた様子で張り切った声を上げていた。
「くっくっくっ‥‥孫君には機会提供を感謝するね」
錦織・長郎(
ga8268)は、モンタージュを手にそう漏らしていた。
(「やはり彼だったかね」)
そう、内心で何か確信して。
まあ、何はともあれ。
やるしかないというのは全員理解しているようで。
「活字は好きなので、頑張りますね」
夏 炎西(
ga4178)は苦笑気味に。
「仕事で5徹はしたことありますし、仮眠や休憩もあるなら成果も期待でき‥‥るといいですね☆」
須磨井 礼二(
gb2034)が、自らに課す「いつも笑顔!」を絶やさぬよう、言い聞かせるように言い。
「終わりの見えにくい仕事じゃが‥‥皆、頑張ろうの」
この場で最年長であるエドリック・イヴァン(
gc6315)がそういうと、皆思い思いに己の役割を見つけ、動き始めた。
●まずは準備です
礼二がまずしたことは部屋の区切り。集まった人数に対しては十分に広い室内を、「調査・仕分け作業用」「未仕分資料用」「仕分け済資料用」「仮眠・休憩用」の四つに大まかに分け、特に「仮眠・休憩用」のスペースには、作業の持ち込み禁止を提案する。
エドリックは、紙の資料をまずデータ化することにする。軍からスキャナを借りてくると、ダンボールの書類を片っ端からスキャンする。ただスキャンするのではなく、どのような書類があるかも把握しながら行っていた。
データをデジタルに利点は検索性の高さだろう。ただし、そのためにはデータベース化の必要がある。その構築を主に請け負うのは那月 ケイ(
gc4469)だ。まず画像からの文字認識、こちらはUNKNOWN(
ga4276)から基礎を教授されながら構築していく。それから、軍からデータベースソフトや翻訳ソフトを借り受けると、使いやすいよう、あるいは精度を高めるようにそれらを改良。御闇がそこに加わり、データの整理、LANの構築、バックアップ体制の準備などを行っていく。ソフトだけではなく、ハードの向上のためにKVやゲーム機等を使ってよいかとUNKNOWNが軍のものに尋ねるが、KVはこの室内に持ってくるのは無理があるので外になる、ということと、ゲーム機などはすぐにはここにはない、という返事だった。
デジタル化がすんだ書類は、ユーリが中心にまとめ直していた。内容にざっと目を通すと、見出しをつけて番号を振る。クリアファイルや見出し用のタップ、スクラップブックなどを使ってまとめるのはもちろん、ダンボールにも、全周に番号を振って分類する。その作業は、礼二も手伝っていた。
●調査開始・各々の基本方針
炎西は、『モンタージュ写真と、資料の付き合わせ』に的を絞って調べていた。文章の資料ならば、似た姿の人物が描写された記述はないか。少しでも疑わしきものがあればチェック、いつどこで写されたものか、いつ何について書かれたものか調べなおす。まとまったものは付箋ごとコピー、ホッチキスでまとめ、新たにアナログのデータベースとする。
礼二は、ウォンのヨリシロに選ばれる人物がまったくの無名とは考えにくいと、上の下〜中程度の社会的地位のある人物の話題や会合、たは紳士録などをピックアップしていた。まずはバグア侵攻直前の資料。だが、軍部・政界は軍も調査済みと判断して対象外とした。候補者については、本人と家族・親類縁者のその後を追跡調査。顔出しの少ない人物を探すことで対象を絞り込もうとする。
テトラ=フォイルナー(
gc2841)、ヘイル、エシックのアプローチは似通っていて、この三人は手を伸ばす資料も近いため纏まって調査することが多かった。概ねを言えば「ウォンの仕業と思しき事件から、ウォンの性格を探り出す」である。スキャンを終えたもエドリックも同様の考えのようで、やがて会話に加わることが多くなった。
テトラは事件当時の気候気温、湿度や風土、世界情勢についてをパソコンに入れまとめ上げ、条件を見つけようとする形で。また、出現場所、変死体などの場所を地図上に明記し、線を結び位置的な関連性がないかなど。
ヘイルが主にピックアップしていたのはウォンを調査して失敗した調査員の最後の調査部分・壊滅した都市の最後のデータ。それを時系列・場所等でピックアップし、『何を調べようとした段階で消されたか』を浮き彫りにしようとしていた。浮き彫りにされた『危険ライン』は共有データベースにも送り全体で共有すると共に、危険ラインに近いバグア関連の施設・事件をデータベースから検索・タグ付を試みる。
エシックは、ウォンの作戦の展開と指揮傾向から、自分がその立場だったらどうするか、という方向で思考を展開していた。‥‥とはいえ、ウォンが戦場に立ったとはっきり目されている情報は少ない。その能力も全くの不明と言っていいため、これはかなり難しい作業だったが。
エドリックが主に頼りにしたのは「生き延びた者の証言」。テトラやエシックもそうだったが、ウォンについてを調べる者は大体直接の会話を希望した。全員とはいかないが、会話できる限りは実行する。
そして――長郎とUNKNOWN。この二人。過去の事件で、おそらくウォンと思しき人物に出会っている、という確信があった。自分たちが見たもの、感じたものがおそらく調査の要になるだろうと。
長郎が目を付けたのは「流通」という点だった。どんな状況であろうと「彼」が生身として存在しているのであれば付随する何らかの「流通」行為は欠かせないのだからそこから「彼」に迫るヒントが見付かるだろう、と。かつて見た「彼」の姿。服装、小道具。目に入れることが出来たものを可能な限り仔細に思い出して、その服装・小道具らの入出先・流通経路はどうか。その服装でどう動くのが目に付いた。軍の情報も活用する。行方が現れた際あるいは途切れた際に、HWの動きがあるかないか‥‥など。
UNKNOWNは紙書類のデータ化を手伝いつつ、直接気になった書類に付箋を付けたりなどして情報を集めていた。
「アンノン君、君が感じる『彼』はどうかね?」
「軍人臭さがなかったな‥‥民間人風‥‥紛れるなら都市部。会社勤めとか」
互いに時折意見を交換し、精度を増す。
そんな二人の周りを。
「Aの13番の資料はこっちで。えっと、Bの22番は‥‥うう、目がしぱしぱするよー‥‥」
そんなことを言いながら、犬坂 刀牙(
gc5243)が手伝いに走りまわっていた。彼は目撃体験をもとに動くこの二人の作業を効率化するのがいいと考えたようだ。だが、ただ言われた資料を持ってくる、だけではなかった。長郎に言われて流通関係の資料を探り、片づける中、得意先はどこなのかな、などを何となく目で追っていたりもした。その周辺がバグアの関与ある企業集団である可能性を疑って。恐るべきは、これらを計算でなく天然でやっている点だろう。
「なんか、この会社の名前あっちこっちで見るねー‥‥覚えちゃったよー‥‥」
資料を手渡しながら何とはなしに刀牙が呟く言葉に、長郎とUNKNOWNが目を見張ることがしばしあった。
これらの情報収集は、個々にバラバラに調べておしまい、ではなかった。
デジタルのデータとしては、御闇が、皆がまとめた情報をさらにデータベースとしてまとめ上げ洗練化していく。能力・時間・容姿・名前・場所・物品等、情報を纏めるのに有用そうな物を選らんでキーワード化。
「何か文章の中に『この単語ってよく見かけるな〜』とか、『これって要するに〜』とか思ったらどんどんあげちゃってください」
皆にもそう声をかけて、有用なキーワードを纏めていく。
彼もまたそうしてデータに触れながら、意識してみているものはあった。UPC・ULTの動き、である。
「ウォンがこっちを誘導してたりして‥‥こちらが動いた結果の穴‥‥とかないんですかね?」
直接ではなく、間接的に仕掛けてきたあとはないか。戦場でのデータがないなら、そうした形でウォンの動きを探ろうとする。
地図のデータとしては、流叶・デュノフガリオ(
gb6275)が中心となってまとめていた。デジタルの地図を取得すると、上記地図データを大きめのディスプレイに表示。全員に見えるようにした状態で、
「‥‥ここだね? 年月日は分かるだろうか?」
全員から収集した情報を時間とともに書きこんでいく。
情報の精度によって色分けし、徹底的に見やすさを重視。単体では検証しにくい情報も、こうしてまとめると見えてくることも、ある。
「ちょっと待って‥‥それじゃこれ、変だよね?」
同時出現や、逆に情報までの時間が長すぎる故の矛盾。そうしたものをあぶり出して、情報をさらに絞り込み、確度を高めようとする。
そうした中、零音がやっていたことと言えば一言でいえば「雑用全般」。
「情報受け取り確認、と。お手柄ですっ!」
調査メンバーが探しだした情報を受け取り、一つのPCから纏め・貼り付ける。
「よっと‥‥仕訳済み資料はこっちだっけ?」
書類の段ボールの片付けと言った、力仕事全般。
「あと10分で休憩なんだぜ!」
時計片手にタイムキーパー。一時間やったら最低5分間の休憩時間を必ず入れるよう一同に行きわたらせる。
「こっち手ぇ開いてるよー! 手伝うかい?」
そしてその他、手伝えることなんでも。
的確な協力体勢によって、傭兵たちは山とも思える資料と言う敵にもひるまずに向かっていく。
●とはいえ、お仕事ばっかりじゃまいりますので。
食事を手に様子を見に来た孫少尉に、流叶が遠慮気味に声をかけた。
気分転換程度に、何か作りたいので買いだしを頼めないか、と。なんですか? と少尉が問い返すと。
「えっと、これと‥‥あれと‥‥」
紙に欲しいものをいろいろ書きとめていく。ついでに他に誰かいますか、と少尉が周りに聞くと、ユーリもまた洋菓子やらパンやら作りたいからと、思いつく材料を書き連ねていく。
「経費では落ちない‥‥ですよね。お金は払うので御願いできないですか‥‥?」
いつの間にやら海鮮鍋の材料やらも書きこまれ、結構な量になったそれを、流叶はおずおずと差し出した。少尉はただ、無表情のまま、一応お預かりだけします、と言ってリストを受け取る。
しばらくして部下から届けられたのは、和菓子と洋菓子の材料の一部のみだった。
まあ仕方ないか、と、とりあえず気分転換の作業が出来たと流叶とユーリは調理場を借りてせっせとお菓子を作り始める。流叶は洋館や栗金団、ユーリはつまみやすいクッキーやパイ、パウンドケーキやスコーンなどだ。
「ここ置いとくよ? また欲しい時は声かけてー」
流叶の声に皆が振り向く。
「お、甘いものだ〜」
まずはケイが喜び勇んで手を伸ばした。
「や〜。糖分はありがたい。いただきますね?」
御闇も早速手を伸ばす。
また一部では、エドリックが声をかけて麻雀を始めていた。UNKNOWNがそこに加わり、あとは適当に声をかけられた数名が、休憩の度に入れ替わりで。
とはいえ、その最中もUNKNOWNは自分の中で情報の整理を行っていた。
「――人に興味があるのかな? リーチ」
時折、考えが呟きに乗る。そうした呟きの幾つかに。
「‥‥それは気になりますね」
その時のメンツの一人であったソウマが反応する。彼は、積極的に会話をしながら、その中に何か見つかることもあると考えていた。
「もしかして‥‥!」
そうして、ふとある時、何か気になることが出来たのか、呻くようにソウマが呟き‥‥弾みに、手牌を倒す。
しまった‥‥と思ったその時。考え事をしながらなので全く意識していなかったそれは、よく見ると今ツモった牌で和了となっていた。
「ほおぅ‥‥やるのぉ」
なかなかの高いあがりにエドリックが感心の声をあげると、ソウマは何事もなかったかのように
「キョウ運の加護ですかね。この調査もこういけばいいんですが」
と澄まして答えた。
エシックは、1200ピースのパズルを持参し、時折それをいじりながら頭を整理。寝るときも机を離れず、その時は持参したクッションに顔をうずめていた。
●少尉への反応なんか
「陽星さんも休憩がてらいかがですー?」
再び、少尉が支給品を手に――あと、流叶に頼まれた品の追加。余談だが、こうして、小分けにされて届けられながら、彼女たちが要求するものは最終的には全て届けられることになる――現れると、ケイが流叶たちの作ったお菓子を手にひらひらと手を振って声をかける。
いや、私は‥‥と少尉が遠慮しかけると、
「そんな怖い顔しないでよー。真剣なのはわかるけどさ?」
苦笑しながら、零音が声をかける。
「まあまかせとけって。絶ッッ対にヤツの尻尾はつかんでやるさ!」
サムズアップとともに零音が言うと、ケイも同時に笑いかけてサムズアップした。
「‥‥貴方たちは、本当に、明るいというか、めげないというか‥‥凄いですよね」
感心なのか呆れなのか。傍に広げられている麻雀卓に思い出すこともあったのだろう。少尉は思わず言葉を返す。
零音はけらけらと陽気に笑って、言った。やれるだけやってみる。んで、何事もやれば出来るモンじゃね? と。
「不可能を可能にする。それが私達、能力者だ!! ‥‥なんてね♪」
言われた言葉に少尉は一瞬戸惑った。『傭兵』ではなく『能力者』と言ったこと。彼女はどこまで考えてのことだろう。彼女の言う存在に、自分が含まれていいのか‥‥と思うと、少尉には自信がない。
「頼もしいですね‥‥引き続き頑張ってください。よろしくお願いします」
どうにかそれだけ返すと、少尉は二人から離れていった。
「――少尉」
またある時。厳しい顔で少尉に声をかけたのはヘイルだ。
「わざわざこんな監禁紛いをした理由はなんだ?」
問いに、少尉は少し戸惑ってから。
「‥‥急いでもらうため、ですよ。終わるまで帰さないと言えば、それだけ必死になると思った」
だが、ヘイルはそれでは納得がいかないようだった。
「‥‥察するに、俺達は体の良い囮か? ウォンの情報が探れれば良し。そうでなければ俺達の動きを察知したウォンの動きから尻尾を掴めれば、といったところか?」
抱いた疑念を突き付けると。少尉は吐息とも苦笑ともつかない息を漏らした。
「囮を用意して、尻尾をつかませてくれる相手なら‥‥もう少し、どうにかなっていたのでしょうけどね」
そんなことではどうにもならなくて、だからこそここまでの力技を用意したのだ。
まあ、騙したことには違いないので、必要以上に疑われるのも仕方ない‥‥と、いうか、もともと信頼されるような人間ではないから、必要以上も以下もないですか、と少尉は自嘲する。
「‥‥いつかも言ったが。『何もない』人間などいない。あまり自分を追い詰めないことだ。『孫 陽星』は独りでは無い筈だろう?」
ヘイルはなんとなく、そう声をかけていた。
「どうでしょう‥‥ねえ」
曖昧に答えながら、少尉はぐるりと室内を見回した。急がせるため、それだけではあったのだけど、一か所に集まってもらったことで、想像以上の効率を発揮してくれている。少尉にとって、そんな彼らの存在はどこか遠く感じていた。
●と言っても、だんだん疲れてはくるんです。
「休憩時間でーす!」
零音の声が響き渡った、その時。
御闇が事切れた。
「み、御闇さん!? 御闇さーーーん!? しっかりしてください! 傷は浅いですよ!?」
横に居たケイがパニックを起こして、弛緩しきった御闇の体をがくがくと揺さぶる。
「大丈夫‥‥糖分が有ればあと1週間は生ける‥‥屍」
大丈夫なのかそうじゃないのか、分からないセリフがかすかに御闇から発せられる。
いや、御闇からすれば休憩に入ったのでいつもの通り全身の力を抜いただけなのだが、想像以上の疲労に自分でも意識していた以上に抜けたらしい。結果、さながら、どころかどう見ても死体です、な有様になったと、まあそれだけのことなのだが。
流叶はまた、ひたすら和菓子を作っていた。その横で、ユーリがひたすらパンをこねている。さぼっているのではない。頭を整理し、切り替えて、しっかり作業に向かうためには大事なことなのだ。だからこそ今は、無心になって二人は黙々と菓子を、パンを作り続ける。
‥‥狭い調理場を分け合って作業する二人の手と手が、ふと触れ合った。
その瞬間――二人の中に電流が走る。
気づいてしまったのだ、二人とも、その時に。
『夢中になって作りすぎた』
という事実に。
「どうするんだろ、これ」
「‥‥どうするって、食べてもらうしかないんじゃ?」
「みんな、疲れてるから喜ぶよね?」
「あ。少尉さんとか、軍人たちにも手伝ってもらえば」
そのようになりました。ほのぼの。
食べ物を粗末にするよくないですからね。
「睡眠は三時間、と」
ソウマが、目覚ましをセットしながら呟く。寝る前に、ソウマは己に暗示をかけていた。記憶を整理し、夢から何かヒントがもらえれば、と。
「‥‥寝ても覚めても彼の事ばかり考える。台詞だけ聞けばまるで恋する乙女のようですね」
肩をすくめてソウマは一人ごちる。
「言っておきますが、僕にその手の趣味はありませんよ」
クールに言ってから、眠りに落ちるソウマ。
そんで。
「‥‥ん‥‥ウォン‥‥」
ここ連日の詰め込みも相まって、想定通り夢を見ているようである。呟き方が微妙に見えた気もしたが、寝言なんてそんなものなのだろう多分。
「少尉、無礼を承知で申しますがストレッチを手伝って貰えませんか」
エシックは、作業が詰ってきたのを感じてきたタイミングで現れた少尉にそう声をかけた。
「少尉も煮詰まっているでしょう、体を動かして発散した方がいいです。一手お願いできますか」
言われて少尉は一瞬戸惑ったが、断って他の人の作業を半端に止めてもよくない、と、承諾することにした。
二人で表に出て、軽く体をほぐしていると。
「体操ですかいいですね。僕も一緒にやりますよ」
礼二がそこに加わってきた。
「お二人とも、もっと笑顔で行きましょう! こういう時こそ『笑顔を貯めて幸せになろう』のスマイレージ精神ですよ☆」
輝く笑顔はいつもより二段階ほど輝かしく見えていた。‥‥つまりはどこかやけくそ気味な。
いやいやそんなことを言ってはいけない。どこでも笑顔が信条の彼だ。これだっていつもの笑顔にすぎないのだ。
にこにこと。
にこにこと、礼二は二人に近づいてくる。二人に笑顔を分けようと。そうすることで、二人も笑顔になるに違いないと。
二人とも、ぎこちない笑みを礼二に返すと。
「それでは、ちょうどお相手が出来たようなので私は失礼します」
そういって、エシックを残してそそくさと少尉は室内に戻っていき。
室内に入った途端、がしい! と、その少尉の腕をつかむ者がいた。
炎西である。
ずずい、と少尉に迫りながら、炎西はすがるような眼を少尉に向ける。追いつめられたような色が、その瞳に浮かんでいた。
「‥‥すみません‥‥どうしても欲しいんです‥‥」
「は、はい? なんでしょうか?」
妙な迫力を感じて後ずさりながら少尉が応じる。
「‥‥干梅が」
そうして、要求された品に。
「‥‥‥‥‥‥‥はい。わかりました。買ってきます」
取り繕う余裕もなく、少尉は答えた。
なんで干梅一つで、こんなに必死になられるんだろう。厳しくしすぎたのがよくなかったか。あるいはそろそろ限界なのか。色々考えて申し訳なさを増していく少尉だった。
●そんなわけで、カオスの果て。あるいは天罰。
ここから少しばかし記すことは、当事者の証言は得ることが出来ず、かつはっきり目撃している者はいなかった、ただ何となく動いていた気配はそんな感じだったと思う、という周囲の話からによる今一つ不確かな報告となる。
刀牙はその時、切実に要求したいことがあったのか、どこかふらふらとした様子で少尉に近づいて行った――らしい。
少尉はその時、禁煙パイプを取り出そうとしていたのか、俯き気味だった――感じがした。
そうして、刀牙がそんな様子の少尉に近づいた瞬間、突如噛みつきかかるような動きを――した気配に、思えた。
かぷ、という擬音が聞こえた――気もしなくもなかった、とか。
そんな感じのあと。
「‥‥ぃっ!?」
小さく、だがはっきりと聞こえた少尉の悲鳴に一同が一斉にそちらを向くと。
刀牙は犬歯を見せながら「あれ?」という表情をしていて。
少尉は鼻から口元にかけてを手で押さえて俯いていた。ここからは全員ちゃんと見ているので間違いない。
「あう‥‥お肉に見えたんだよー‥‥ごめんね?」
「‥‥‥‥‥‥いえ。そういうことでしたら。勘違いなら仕方がないです。事故ですし」
「ご飯の中のお肉の量増やしてほしいんだよー‥‥」
「‥‥‥‥‥‥分かりました。検討してみます」
とりあえず、直後に二人が会話したのはそんな、当たり障りのない内容だった。
直後、どこかぎこちのない様子の少尉に部下が尋ねたところによると。
「‥‥一つ、認識を改めたいと思います」
神妙な顔で、少尉は言ったという。
「私にもまだ‥‥失うものは‥‥失いたくないものは、ありますね」
しみじみとそういって、最後に。
「――危なかった」
そう締めくくったとか何とか。
まあ結局何かあったのかは不明であるし、あったとしても未遂っぽくはあるようである。
●てなわけで、お疲れ様でした。
そんなわけで、数名に何かしら犠牲は出つつ。
それでも工夫と努力の甲斐あって、情報はどうにか、纏まりつつあった。
膨大な情報の中から絞り込まれた、確度の高い情報群。それにより導き出される推論は。
――ウォンは今、中国国内で活動している可能性が高い。おそらく北京に現れるだろう、と。
予感でしかなかった情報が、傭兵たちの手によって、ほぼ確信へと変わりもたらされることになったのである。