●リプレイ本文
傭兵たち一行は高速艇を降りて、目的の村を目指し山中を急ぐ。
もう日が最も高くなる時刻で、突き刺すような冷たさはなかったが、それでも時折吹く風は体を震わせる。
やがて村が見えてくる。入口付近から様子をうかがうと、兵士がせわしなく動く中、村の人々はのろのろと誘導されていた。皆、背中を丸め俯き加減なのは、寒さだけのせいだろうか?
さらに近付くと、兵士の一人が傭兵たちに気づき、一礼の後にどこかに向けて駆け出していく。
やがてその兵士から連絡を受けたのだろう、孫少尉が走り寄ってきた。
前にも依頼を受けて少尉の顔を知っている犬坂 刀牙(
gc5243)が顔を上げた。声をかけようと、口を開く。だが。
「お集まりいただきありがとうございます――ですが、ゆっくり挨拶している時間はありませんね」
刀牙が声を発する前に、先に少尉が言葉をかけた。少尉はさっと一同に一瞥だけすると、手早く状況を話し始める。最後に偵察がとらえたキメラの位置と状況、そこから推察される現在位置と村に到達するまでの予想時刻。それから‥‥上空のHWたちのこと。
完全に話しかけるタイミングを失って、刀牙は言葉を飲み込む。そうするうちに少尉は全ての説明を終えていた。「宜しくお願いします」とまた頭を下げると、すぐに背中を向けてしまう。
「な、なんか避けられてる気がするんだよー?」
取り残された気分で刀牙は思わず零していた。
傍にいた鹿島 行幹(
gc4977)が不思議そうに刀牙を見る。
「別に。単に忙しそうに見えたけど‥‥それとも何か避けられる覚えでもあるの?」
聞かれて刀牙はうぅーんと首をひねった。前の依頼の時に何かしただろうか? 特にこれと言って思い当ることはなかった。もっとも、最後の方は疲れていたのでちょっと記憶が曖昧だが。
「気のせいかなあ‥‥」
どこか不安げに刀牙は呟いたが、じっくり考えている余裕はなかった。他のものたちが移動を始めると、あわててついていく。
そう、今はそれどころではない。まずは、この村の住民の避難の為に、一刻も早くキメラを退治しなければいけない。
●
山中を分け入って進む。真っ先に表情を変えたのはアンジェラ・D.S.(
gb3967)だった。
まだキメラの姿は見えない。だが、地響きの音、感じる振動から間もなく交戦に入るであろうことを予感する。
「コールサイン『Dame Angel』、山中より下る長虫群を迎撃。殲滅敢行するわよ」
淡々と告げられる言葉。一同は声で、あるいは構えることでそれに応じ、戦闘準備に入る。
同時に響いた呼び笛の音は蓮角(
ga9810)が発したもの。
「こっちだ、芋虫ども!」
やがて山頂方面よりなだれ落ちてきたクローラー達が十分に近づいてくると、蓮角はさらに気を引こうとするように声を発した。
計12体もの、巨大な芋虫。力づくで木々を押し破り、あるいは何体かは冷気を吐きだし凍らせ砕きながら突進してくる。
「‥‥さて油断せずに行こう」
赤い霧(
gb5521)が呟くと、傭兵たちはそれぞれの武器を手にクローラーに向かっていく。
塊になって突進してくるクローラー達は一見、全て同じ姿をしている。事前に冷気を吐き動きを鈍らせてくる個体がいると聞いていた蓮角は、まずは慎重に攻撃を重ね敵の動きを見極めようとする。やがてクローラーのうち数体が、天を仰ぐようにその身を直立させ体を震わせる。と、その後、ばぁっとその口から冷気を吐きだしてきた。
「あ、あう‥‥カチンコチンで、さ、寒‥‥いんだ、よ‥‥?」
避け損ねた刀牙が呻く。寒いだけじゃない。冷気を当てられた箇所が硬直して動かない。そこへ別のクローラーが喰らいつこうと体を振り上げ。
「そう簡単にやらせるかよ、芋虫野郎!」
行幹がすかさずフォローに入った。隙に蓮角が刀牙に近づき様子を見る。
「ただの冷気攻撃ってわけじゃ、ないな。気をつけろ! 吐いたのはそいつらだ!」
治療を施しながら蓮角は鋭く仲間に警告を発した。
アンジェラが目を細め、射撃の的を蓮角が告げた対象に絞る。銃弾により動きを阻害される個体と、されない個体とで集団にばらつきが生まれる。
その動きに合わせるように、鷹代 朋(
ga1602)から鋭い気配が察せられた。動けるクローラー‥‥冷気を吐かないと思われる方から3体が、その気配に引きつけられるように朋に向かっていく。同時に朋は目の前の一体に攻撃を加え‥‥計4体のクローラーをその身に引きつける。
「とりあえずは抑え込みだけど‥‥そっちが終わるまでに減らしておくさ」
ニッと笑って朋は仲間に告げる。
クローラー達の群れが、その種類ごとに分かれたのを見てとって‥‥傭兵たちもまた、一瞬の目配せとともに二手に分かれた。
フィオ・フィリアネス(
ga0124)と蒼唯 雛菊(
gc4693)はコンビを組んで、朋の横をすり抜ける攻撃型クローラー二体の相手に向かう。
「いくよぉっ!」
連携の意味も込めて、フィオが声を上げながら突進、手にした爪をクローラーに叩きつける。連撃をたたき込むと、また前進した時と同じように素早く飛びのく。身軽な体を生かしたヒット・アンド・アウェイ。獰猛なクローラーが怒りを示すようにその身をフィオに向けると、
「今度はこちらですの!」
その横面をはたくように、雛菊が攻撃を加える。反撃の暇を奪うかのように。
その雛菊の体がクローラーから離れた時に、赤い霧が、フィオと雛菊が相手する二体のクローラーに、数で抑え込むように向かって行った。
「グゥオォォオオオオオオ!!!」
覚醒と同時に昂る気を吐きだすように、赤い霧の口から咆哮が放たれる。勢いそのままに、苛烈な一撃が、クローラーのぶよぶよした体に突き立てられる!
圧倒的な威力に、盛大にクローラーの外皮が破られ、体液がぶちまけられる。フィオが思わずうわ、という顔をしたが、真っ向からそれを浴びる赤い霧は全く気にする様子もなく追撃を加えた。――あっという間に、一体がどうと地面に倒れ動かなくなる。
冷気を吐くクローラーの方は、ひきつけ役がいない分、アンジェラは弾幕を張ることによって逃さぬよう足止めに徹していた。その弾幕を上手く利用して、蓮角、行幹、刀牙がそれぞれにクローラーに向かっていく。刀牙が身軽な体を使ってひっかきまわす中、蓮角の高い攻撃力が、行幹の機械剣の威力が、的確にクローラーの体に刻まれていく。勿論先ほどので危険性は十分承知したのか、全員、冷気への警戒は怠らない。
そうして。
「大丈夫っすか? 後もう一押しっす!」
目の前のクローラーがだいぶ減ったところで、行幹が朋の方へと声をかける。4体ものクローラーに囲まれていた朋だったが、防御に特化した能力はその攻撃をことごとくせき止めていた。まだまだ余裕だ、とばかりに笑みを返して見せる。
ちょうどその時、アンジェラが、弱ったと見られるクローラーを狙い澄まして銃弾を叩きこみ、とどめを刺していた。
「‥‥B、カウント6。こちらは終了だな」
討ち漏らしの無いよう、常に全体を見渡し討伐数をカウントしていたアンジェラはそう呟く。
先に終わったのはこちらの班。だが当然、休むつもりもなくもう一方へと向かっていく。
「瞬蒼襲牙【貫】!!」
ちょうどその時、雛菊が必殺の一撃を一体のクローラーに撃ちこんでいた。クローラーは地に倒れ、その体を震わせる。そこに赤い霧が、容赦なく油断なく刀を突き立て、確実に息の根を止める。
‥‥あっという間に逆転した数的優位を生かし、傭兵たちはクローラーを囲い込む。
「切り開くのは、脱出路ではありません」
フィオが、雛菊に代わり前に出ながら口にするのは。
「――いつの日か村の人が故郷に戻る帰還の道なのです!」
人だけじゃない、村にも被害を出さないという、絶対の決意。
「‥‥A、カウント6」
フィオが倒した一体を見据え告げるとアンジェラは、確認するようにぐるりと、周囲の状況を確認する。
死体は、中には容赦なく切り刻まれたり、勢いを利用して二枚卸のような状態にされたりと中々バラバラに散っており、正確な数を把握するのは難しい状況であったが‥‥振動や異変がないか注意深く観察すれば、もはやクローラーは残っていないと断じて問題のない状況と見える。
――十分な戦果、と言っていいだろう。
「こちらは完了した。そちらの状況は。大尉殿」
確信して、無線で、アンジェラは連絡を取った。
『‥‥了解しました。こちらも出発可能ですので、合流をお願いします。地点は‥‥』
手短な返答の後。
『‥‥‥‥‥‥‥あと、すみません。少尉です』
複雑そうな様子で、最後に、躊躇いがちに訂正が入った。
まあ、これくらいのちょっとしたポカはご愛敬、である。
●
「さってと。みんな、無事かなっ」
移動中の一隊と合流を果たすと、フィオが村人たちに向かって明るく声をかけた。
‥‥だが、村人たちの反応は、ますます不安、むしろ不信を募らせるような感じで‥‥
「フィオさん、マスク付けっぱなしですの」
つんつんとつつきながら、雛菊が指摘した。
「え? あ。あはは‥‥虫の体液で汚れるのがいやだったんですよ?」
苦笑しながら、フィオはあわててニット帽とフェイスマスクを外した。
現れた少女の顔、先ほどまでの怪しげな姿とのギャップに、村人たちにざわめきが生まれる。
隙をつくように、傭兵たちの幾人かが村人たちに混ざっていった。
「‥‥怖かった、よね。もう大丈夫だから」
朋は、子供たちや若年層を中心に話を聞いて回る。無理しなくていい、心配なことがあるなら素直に、何でも言ってくれていいんだよ、と。もともとは彼は教員志望の学生だった。多少、子供の扱いは知識としても心得ているし‥‥何より彼は、本心から子供好きだ。優しい声音に、何人かの子供は朋の傍に身を寄せ、そしてついには泣き出す子もいた。朋はぽんぽんとその背を叩き、じっくりとその言葉に耳を傾けながら言葉を返していく。
(自分の子と、こういう風に話せるのはいつかな‥‥)
ふと朋は、そんなことを夢想していた。
「えへへ、トナカイさんなんだよーっ!」
そうして、響いてきた刀牙の声に我に返る。刀牙の方を見れば、彼は拾ってきた木の枝を持ってトナカイのまねをしていた。
「うん。みんないい子にしてるから、サンタさんがみんなをちゃんと避難所まで連れて行くようにってトナカイはお願いされたんだよー。だから大丈夫だよ」
続けてかけられた声に、子供たちは顔を見合わせていた。
「‥‥怪我した方、いませんか? 皆さん大丈夫ですか?」
雛菊は、駆けずり回って状況をしっかりと確認する。本当にキメラの被害がないか確認するまでは、気が抜けなかった。何か言いたげな顔を向ける者がいれば、必ず話を聞いた。
そうして、一通り回り終えて。
「私と同じ思いはさせずに済んだ‥‥かな?」
安堵のため息とともに、一人ごちる。
その呟きにかすかに滲むのは‥‥憎しみ。大事なものをバグアに奪われたことに対する。だからこそ。村に大きな被害が出ていないことに、彼女は心底安心していた。
そうして、村の人たちと会話する様子を、蓮角は移動の最後列から、どこか遠い目で見ていた。
視線は、失われた己の腕へ。彼も、村人たちの様子が気にならないではなかった。だが。
「こんな怪我はそう負うものでもないけど‥‥そんなことは普通に暮らしてればわからないですから、ね」
己を納得させるように、あるいは戒めるように、呟く。
このような姿を見せてはかえって不安にさせるだろう、と。
だから彼はあえて何も言わず、護衛に徹することにした。殿を買って出て、油断なく周囲に目を光らせている。
「‥‥」
赤い霧も。己の姿が、性格が、人を怯えさせるものであると自覚して、同じように佇んでいる。表情のないその顔は、確かに一見冷たくも見えた‥‥が、子供たちを見つめるその視線は優しい。
彼らは気づいているだろうか。時折、ちらちらと様子をうかがう村人が居たことに。彼らの姿に躊躇ってはいるが、声に出せぬ感謝がそこにあったことに。
いつの間にか、日が傾きつつある。
山中の道は寒さをますます厳しくして、吐く息は白く、漏らした端から凍えていくような気すら、覚える。
だけど。
「きっとおウチに帰れる時がくるよ。花の咲く季節に戻れたらいいよね☆ その時は、あたし遊びに行ってもいいかな?」
フィオの明るい声が響き渡る。
厳しい季節は、何時か過ぎる。
やがて、凍えるこの大地が解けるときも来るだろう。
――その時、人の心も。氷に閉ざされていない、そんな地にすることが出来れば。
今は、祈りだ。
だけど、その意思があれば、いつか必ず――