●リプレイ本文
「またこんなキメラ‥‥。どうしてこんな酷いのばかりっ‥‥」
ULTからあらかじめ情報は得ていたが、実際に、明らかに人を改造して作られたのだろうキメラを目の当たりにしてララ・スティレット(
gc6703)は叫ばずには居られなかった。
彼女が人型のキメラと相対するのは二度目。無理矢理同族殺しをさせられているような不快感がそこにあった。
「彼女たちは必ず救います」
ララの叫びに答えるように前に出たのはストレガ(
gb4457)だった。ララと対比すると、その声は酷く淡々としている。だがそれは今彼女が冷静ということではなく――真逆。怒りに満ちているが故の状態。目の前の、非道な実験の結果に対する憎悪‥‥それは、過去に己に対して行われた実験にも重ねられて。
「この光は牙打ち砕く守護の極光。恐れぬなら刮目して来い!」
気を引くために、セラ(
gc2672)が盾に装備したパーツ、光殻「レイディアントシェル」を輝かせながら叫ぶ。
その横で、蒼唯 雛菊(
gc4693)が自身より大きな剣を担ぎキメラたちを睨みつける。
始めに動いたのはユウ・ターナー(
gc2715)だった。彼女の表情にはやはり悲しみが浮かんでいる。だがそれでも、やるしかない。出来ることは、これしかないのだ。超大型のSMG【ヴァルハラ】から、ユウは敵に向けて一気に弾丸を放つ。一団をまとめて薙ぎ払う強烈な弾幕に、キメラの群れの動きが崩れた。それを見て、傭兵たちは一気にキメラたちに駆け寄っていく。
「本来なら同情やら哀れみやらと行くところですが‥‥」
雛菊は静かに言って、身を低くしてキメラたちに近づいて行く。だが、彼女の心にはそうした感情以上に、バグア・キメラに対する深い憎しみがあった。‥‥向かってくる以上、それは敵であり、滅びと悲しみを生み出す存在。ならば‥‥外見がなんであれ、全力で潰しに行く。
下手に振るえば簡単にバランスを崩しそうなほどの大剣を、彼女は遠心力を利用して振り抜く。
『心と四肢に砂を撒き、埋もれるように沈みなさい』
前衛がキメラの進軍を一度食い止めると、ララの歌声が響き渡った。ただの歌ではない、それは動きを縛る力を持つ呪いの歌。
「皆、あの音で集中力を欠いてないか? 俺の歌で平常心を保ってもらおうじゃないか」
そう言って、ララに合わせるように歌い始めたのはウィリ(
gc6720)だ。だがそれは、異形のキメラが発するものとは違う意味でひどかった。声はいい。いいのだが、音程が明らかにおかしい。有り体に言えば音痴だ。思わず数名の傭兵が微妙な視線を向ける。
「ん? ひどい歌だ? ハハハ、何を言う。楽しいだろう? 楽しければそれでいいじゃないか。さぁ、肩の力を抜いて、よろしく頼む」
一行に漂う悲壮な空気を払うように努めて明るくウィリは言ってのける。だが実のところ、その内心は全く余裕ばかりでもない。
(しっかしこの寒さはまいったね。はは、油断したよ)
チューレの気温は能力者にも容赦がない。防寒対策が不足していた彼は、明らかにその動きを鈍らせていた。
気付いたのか――まあ、状況的にキメラもウィリの歌声に腹を立てたということはないだろう――キメラの一体がウィリへと注意を向ける。キメラが、傭兵の前衛をかいくぐり、そちらへ向かう動きを見せたところで、ライオットシールドがそれを阻んだ。
元々、ハーモナーたちに攻撃がいかないよう意識していた沙玖(
gc4538)のものだ。
「俺の盾はどんな攻撃をも防ぎきる! 甘いな」
叫ぶと横からおやおやという声が聞こえてきた。
「私の横で最強の盾を言うのかい? 君のそれは知っているが、大きく出たね」
これまで何度か沙玖と依頼を共にしたセラ‥‥いや、アイリスのものだ。
「‥‥ふっ‥‥そうだったな。今のコイツ(盾)はまだ真の力を解放させていない‥‥現時点ではそちらの方が確かに上だ――この場のフォローは任せよう!」
そう答えて沙玖は踵を返し、キメラに向かっていった。
「‥‥まあ、その真の力とやらも何度か聞くが‥‥本当にいつか見せてくれるのだろうね?」
苦笑し、見送るように呟いて、アイリスはフォローを頼まれた状況を見つめ直す。敵の前衛は8体。それに向かう傭兵も8人だが、内訳は前衛が5人、フォローが3人だ。前線を維持しきるには、数の上ではこちらが不利。
「まぁ、苦労するのが前衛の役割だ」
だがそんな状況にも、彼女は不敵に笑って見せた。
その横で翡焔・東雲(
gb2615)が駆ける。一気にキメラの一体に肉薄すると、エミタの力を受け赤く輝いた刃が数度閃き――そして、瞬く間に一体を斬り伏せた。一気に攻撃を仕掛けたのは、早く数を減らして仲間を楽にしたい、という判断も、もちろん、ある。が。
(奇妙なキメラ‥‥人間の意識は既にないのだろうが、それでも)
翡焔は、奥に居る一体へと視線を向ける。聞いてて苦しくなる、見ていられないような痛々しい有様で、それはつぶれた声を張り上げ続けている。
(それでも‥‥キメラのままで居させられない。こんな行為許せるモノか!)
怒りを力に変えて、彼女はさらに別の一体へと向かう。
(‥‥早くそいつを止めてやってくれ‥‥)
祈りに似た気持ちを、奥のキメラへと向けた時。
『敵が目標地点に到達、5カウントでタイミングを合わせるぞ』
ララの無線機に、静かに声が響いた。
カウントダウンと同時にラサ・ジェネシス(
gc2273)のSMGと春夏秋冬 歌夜(
gc4921) の弓による射撃が放たれる。死角から、全く不意に攻撃を受けた後衛のキメラたちが、明らかに混乱を見せてその隊列を乱す。
出来た隙間をこじ開けるように二つの影が側面から飛び出してきた。ネオ・グランデ(
gc2626)と石凪 死憑(
gc6704)だ。
「‥‥近接格闘師、ネオ・グランデ、推して参る」
瞬天足を使って一気に奇妙なキメラまで接敵すると、急所と見られる胸や喉元を狙って一気に連撃を仕掛ける。同時に死憑もまた、大鎌から瞬速の一撃を繰り出して一気に息の根を刈り取ろうとする。
「悪いが即効で終わらせる‥‥疾風雷花・桜」
傭兵たちは、前情報にあった敵の布陣から、後列の奇妙なキメラに何かあるだろうと踏んで、そこから先に片付けるという作戦に出た。伏兵を置き隙を見て後方を取るという方法で。
決して楽ではなかった。先に引きつける8名は数的不利を引き受けることになり危険度が増す。相手が連携してくるのもあって、実際何名かは無視できない、手痛い反撃も受けている。
だからこそ、この奇妙なキメラ、伏兵班は一気に片を付けてしまいたかったのだが‥‥届かない。倒し切れなかった。
奇妙なキメラとの間に、庇うように盾を構えたキメラが割り込んでくる。
(失敗、した)
誰より悔しげに内心呟いたのは、歌夜だった。歌夜も、ウィリと同じように、防寒対策に不足があったのだ。伏兵し、射撃を行うにはそれは致命的だった。明らかに動きの鈍る指先に、矢はことごとく狙いを外した。
だが、打ち倒しこそできなかったが、攻撃を受けたことで奇妙なキメラの上げる声が一度、途切れる。
とたん、前に居るキメラたちの苛烈な攻撃が目に見えて減衰したのに傭兵たちは気づいた。
やはりあの声には何かあるのか。何名かが、改めてその声に意識を向け、そして。
「‥‥お歌、だよね?」
ユウが呟いて、耳を澄ます。何を歌っているのだろう。聞きたい、と、思った。
つぶれた声。かすれた声。ほとんど音に、まして声にもならないそれの断片を。拾い集めて、繋ぎ合わせて。
「そうか、片割れを失い道具としての形を失ったのか」
アイリスが、言った。
「悲しい歌声だナ‥‥スマナイ‥‥我輩は殺す以外の救う手段を持ってイナイ‥‥」
唇を噛み、ラサはSMGを構え直す。
(‥‥あれは、きっと。材料に、なった、人の。残滓。幽霊。みたいな、もの)
震える手に息を吐きかけて、歌夜は弓を握りしめた。
(そうじゃないと、悲しすぎる。だから、終わらせないと)
寒さにくじけそうになる心を奮い立たせる。当てられなくても、せめて気を引くくらいはと。
(音は他人の心を時に陽気に、時に鼓舞し、時に静かに落ち着け、時に悲しみと向き合わせる。それは受け止める相手次第だろう。けれど、何かを伝える、表現するもの。アレの音は、いったいなんなのか。俺の心にはどう響くか、なんてな)
ウィリが内心で呟き。
「あなたの声っ‥‥私、忘れないからっ! 絶対に忘れないから!」
そうして、ララが感じるままに叫びを上げた。その目には、大粒の涙があふれている。
「だからもう、眠って!」
そうして彼女は歌を変える。彼女に捧げる、安らぎの歌。その魂が少しでも救われるように、と。
『巡りゆく時間のなか すべてを忘れて 深く眠れ』
エミタが彼女の想いに応え、まどろむ力となって奇妙なキメラを包み込む。戦闘中だ、歌で眠らせたところですぐに目覚めてしまう。だがそれは決して無駄ではない。一瞬でも意識が途切れれば、そこで『歌』も途切れるのだ。そこから改めてキメラが歌い直すまで、歌の効果は解除される。
「人で無くなった者か‥‥石凪と死て俺が終わらせてやる」
死憑が言った。実のところ彼には目の前のキメラがなんであろうがあまり気にしていない。ただそこに敵がいるから刈る。そういう存在だ。
彼の言葉に合わせるように、傭兵たちが動きを取り戻していく。伏兵では仕留めきれず状況は乱戦となったが、ララが作った隙で押し切る目は見えてきた。
完全には成功しなかったとはいえ、歌うキメラから狙うという方針は変わらない。その歌が、他のキメラを補助しているとなればなお。
遊撃班として前衛に居たものはより注意を引くべく攻撃を激化させ、伏兵班はどうにか隙をついて防御キメラをかいくぐり歌キメラを狙う。
ユウは足元を狙って射撃し、連携する足並みを崩すことで援護射撃。時折、歌うキメラの喉元を狙って撃つ。
雛菊は膝関節を集中して攻撃し、機動力を奪おうとする。キメラの歌が効いている間は、相手の動きもするどく狙いが定まらなかったが、今は徐々に当たり始めている。何度か攻撃も受け劣勢だったが、やがて押し返し始め、
「瞬蒼襲牙【一閃】!!」
一撃離脱の後、瞬天足から攻撃を加え、一体を撃破。
アイリスは、盾とガントレットで相手の攻撃を受け流し、他者が攻撃しやすいよう敵の体勢を崩そうとする。
ウィリは呪歌を歌い続け、一体一体動きを止めていた。
死憑は防御型キメラに苦戦していた。素早い一撃に盾による防御は許していないはずだが、それでも返ってくる手ごたえは固い。通じていないのは分かっていて、相手の反撃も防御特化とはいえ決して甘いものではなかった。
「そっちに手ぇだすんじゃねえ! お前の相手はあたしだ!」
目の前の敵をさっさと片付けた翡焔がそこにフォローに入る。己が倒れるのもいとわないという様子で仲間を守り、敵を薙ぎ払う。
同じく沙玖も目の前の敵を二体打ち倒すと、防御型キメラに向かった。足さばきで相手を惑わすと、側面から攻撃し盾の隙間を狙う。
そうして仲間たちがこじ開けた隙に、ネオとストレガが歌キメラに取りついた。
ネオは逆に、大振りをせず爪と脚爪でコンパクトに攻撃を加えていた。常に足を止めず、極力敵の側面に回り込むように立ち回る。
ストレガも沙玖と同じように、流れる動きで敵の弱点を狙っていく。
歌うキメラ、ということで、一同が警戒するのは何か他に音波攻撃や特殊能力がないか、ということだった。もっともな懸念だが、そう言った気配はなく。
ただ、だからといって簡単に倒せる相手でもなかった。
特殊な筋繊維と埋め込まれた金属。うねる異形の腕から繰り出される一撃は鋭く、人間に出来ない不確定な動きでネオを捉え、ストレガを薙ぐ。喉だけではなく、キメラが繰り出す動作はその身に負担が大きいように思えた。大きく動くその度に、メキ、ミシ、といやな音が響いてくる気がする。
早くこの敵の動きを止めたい。誰もが思うことだった。
一体、一体とキメラが倒されていく。だが、配下のキメラを援護するための歌を、奇妙なキメラはそれでも歌い続けていた。
やがてその身が倒れ伏しても、つぶれた喉からはかすれた声が漏れ続けた。
目を、閉じて。
ララが与えたまどろみ、その中で。
ネオとストレガが動きを止める。
ふと、気づく。
その歌詞がいつの間にか、変わっていることに。
奇妙に響く、アルトだけの歌。
そのソプラノのパートを紡ぐものはもう居ない。
共に歌えるとしたらそう、夢の中で、だけ。
はたしてキメラは夢を見るのだろうか? 分からない。分かりようはずもなかった。
ただ、まるで何か、どうしてもやり残したなのかを成そうというように、死に抗うようにして声を振り絞る様に、傭兵たちはつい、とどめの手を止めていた。
歌が紡がれる。
最後まで。
アルトだけの、滑稽な歌が?
いや、もしかして、もしかしたら目の前のキメラ‥‥いや、彼女は今、誰かと歌っているのか――そんな気がして。
歌が止んだ。
キメラが一瞬、とても満足したような顔を見せた‥‥気がして。
びくりと、その体が奇妙な痙攣を始めた。
「まずい‥‥下がれ!」
手を止めながらも、怪しい動きをしないか見張っていたネオが声を張り上げると、皆、咄嗟に飛びのき、あるいは盾を掲げる。
直後、閃光がほとばしり、膨大なエネルギーがキメラの体から放たれた。
幸い、事前に警戒していた傭兵たちに大きな被害はなく‥‥そうして、戦闘は終結した。
それは、終わらない歌が終わったときでも、あった。
●
「人形の座から転がり落ちたガラクタの末路か、切ないものだね」
アイリスが言った。その言葉は酷薄なようでいて、声はどこか優しい。
「墓でも作るか‥‥」
沙玖が呟く。キメラはキメラ、何であろうと倒すが、死んでしまったなら、コレはキメラではなく人だったもの、だ。そう言って。
反対する者はいなかった。バグアへと憎悪を向ける雛菊さえも。言うとおり‥‥目の前に居るのはもう、キメラたちでは、ないのだと。
「どうか安らかに眠ってくださイ‥‥貴方達の無念はキット晴らしマス」
十字架を手に、ラサが祈る。
ユウが、静かにハーモニカを吹いた。鎮魂の為の曲を。
「私達は彼女を救えたのでしょうか‥‥」
ストレガが、誰にともなく呟いた。答えられる者はいない。これが救いとは言えないかもしれない。でも、何かは出来たのかもしれない。分からない。
きっと、いくら考えても答えのでない問いだろう。
ただはっきりしているのは、これで終わりではないということ。
傭兵たちにはまだ、やるべきことがある。こんな悲劇を少しでもなくすために。
これはまだ、グリーンランドでの戦いの、ほんの一端にすぎないのだから。