●リプレイ本文
「これであの線が繋がった‥‥か」
流叶・デュノフガリオ(
gb6275)が呟く。
「クリシュナ少尉は、人間に絶望したのでしょうか。それとも‥‥」
呟きを受けて、夏 炎西(
ga4178)が言った。
何故、どうやって、何を目的に。
思うが、それを問いたい相手は今目の前にはいない。
(悲しい事だが現状では、向こう>こちらよりも、こちら>向こうの裏切り不等式が発生するのは状況の優勢度から省みれば止む得ないのだろうと当人は感じてるのだろうが)
錦織・長郎(
ga8268)は、いつもどおり、冷静に全体を考察することから始める。
(それが本来阻止すべき立場である人間が行うのは、非常に拙い事なのだよね)
なので、見つけたからには速やかに身柄を確保することが危急となる。
ここに至る道。その、前の事件を辿りここに来たメンツは知らず顔を見合わせた。
「‥‥時間です。突入しましょう」
と、そこで、孫少尉が傭兵たちに告げる。まだ周囲の状況は物々しいが、安全が確認されているのを待っている場合ではなかった。
地図を手に改めて目標を確認し、傭兵たちは進軍を開始する。
突入までも、決して順調ではなかった。一つの倉庫に向かう一行を、一体ずつの蝙蝠型キメラと人馬型キメラが阻む。うっとおしい、とばかりに皆武器を手にする。
人数差もあって、倒すことにさほど問題はなかった。だが、貴重な時間をわずかでも消費させられたことに苛立ちを覚えないわけではない。
迅速に。だが、焦りは禁物。一行は己に言い聞かせて気持ちを落ち着かせると、改めて目的地の前に立つ。
「良い立地だね‥‥こりゃ攻めにくいや‥‥」
黒木 敬介(
gc5024)が見上げ呟いた。
だが、此処まで来て立ち止まる気など彼らには毛頭ない。
無言で頷き合い、各々動きはじめる。
「ULT傭兵、貴公達の身柄を確保する‥‥正規軍も直に来る、投降しろ」
メガホンを手に、月城 紗夜(
gb6417)が呼びかけた。
反応は、ない。
もとよりそんなあっさりと投降してくることなど期待したわけでは、ない。
数秒待ってから、紗夜は正面玄関から踏み込む‥‥と、見せかけて側面に回り、竜の爪を発動させて壁を破壊する。
投降を呼びかけたのは正面から行くと見せかけたブラフ――と、見せかけて、さらに。倉庫の裏手に、数名の傭兵が回っていた。
だが。降伏勧告を受けたその時。
どうするのかとどこか愉しげに問いかけたスワロウテイルに。
「貴方は周囲の警戒を強めなさい。配置はこのまま。一階にキメラと狙撃手を。貴方ともう一人で私の周りを固める。そのままです」
冷静なままクリシュナは答えた。
非能力者、そして裏口入学とはいえ、クリシュナは士官として務めてきた軍人なのだ。派手に騒いだところで浮足立ったりはしないし、陽動は警戒する。そして――
「ちなみに、傭兵たち。次はどのような手で参りますでしょうかね?」
「――そうですね。制圧戦ですから、オーソドックスな初手でしたら、せ――」
クリシュナの言葉は、階下から響く炸裂音にかき消される。閃光が一階の窓から漏れ出てくるのが見えた。
「‥‥まあ、分かっていても、キメラですと対処しきれないのがネックではございますが」
聞こえなかった主の声に、スワロウテイルが続ける。
●
手榴弾の炸裂が終わると同時に、紗夜が開けた穴から傭兵たちが踏み込んでいく。
反応を受けて、物陰からわらわらとキメラたちがはい出してくる。
何体かは潜んでいたことによって光の影響から免れたのだろう。手榴弾の影響が完全には見られていない様子もみられた。
『お〜お〜人型キメラのゾンビもどきが盛りだくさん』
湊 獅子鷹(
gc0233)が、痛みを感じる頭を押さえながら軽口をたたいた。
遮蔽物が多いということで狙撃を警戒し、背を低くしてジグザグに動きながらキメラたちに向かっていく。
傭兵たちの予想通り、キメラの数を減らそうと専念していたヘイル(
gc4085)に向かって、凶弾が放たれる。彼もまた予測はしていたため、完全に不意を打たれることはなく、その威力のほとんどは装甲によって弾かれた。
そしてそれを受けて‥‥和泉譜琶(
gc1967)が動く。射線から狙撃手の位置を割り出すと、速射で一気に撃破を狙う。
潜む敵をあぶり出すために貨物を破壊していた炎西が、譜琶の射撃を見て超機械の標的をそちらへと向ける。破壊された積み荷の向こうに強化人間の姿があらわになると、愛梨(
gb5765)がそこへ向けて突撃していった。
炎西、愛梨、譜琶の連携で強化人間にあたり、紗夜、獅子鷹、ヘイルの三人がキメラの殲滅に当たる形になる。
炎西が、手や顔を狙った嫌がらせのような攻撃を与え気を逸らし、愛梨の攻撃を援護するが、さすが強化人間とあってそう簡単には墜ちない。応射が、始めに狙ってきた譜琶へと返され、無視できないダメージが彼女の小柄な身に撃ちこまれる。
‥‥とはいえ、全体の状況を見れば、傭兵側が押してはいる。
だがそれは、彼らが予想していた戦力よりもここに居る敵戦力が少ないからだ。
何名かは、時折不安の視線を上へと送る。
それでも、目の前の敵を倒すしか今は出来なかった。
●
長郎、流叶、敬介の三人はそのころ、裏手に回って上階を見上げていた。長郎が周囲に鋭く意識を飛ばし、やがて一つの窓を侵入経路として定める。
敬介は壁にナイフを突き立てると、一気に壁を駆け上がる。3階の窓まではどうにか駆け上がることが出来た。‥‥まあ、その後そのまま屋内に侵入するには、派手に窓ガラスを割って入ることになるが。
流叶は続いて手持ちのアンカーとリールで侵入する。長郎もそれを借用して続いて侵入することになった。
彼らは急ぎクリシュナを確保するため、罠を警戒しつつ捜索を開始する。
だが、侵入した部屋から一歩出たその時点で、強い気配が二つ、通路の向こうから発せられる。
大剣を構えた大男と‥‥この場にそぐわぬ執事服。一同に緊張が走る。
「スワロウテイル、‥‥この前の暗躍もキミなのだろう? キミの目的は‥‥と聞いても、答えてくれやしない、だろうかね‥‥?」
流叶の問いかけに。
「――お答えしても、よろしゅうございますよ?」
優雅に微笑んで、スワロウテイルは答えた。
流叶の顔に、僅かに驚きが浮かぶ。
「時間稼ぎのおしゃべりでございましたら、こちら側といたしましては歓迎するところでございますから」
「‥‥全く、いやな手合いだね、キミは」
流叶が眉をひそめると同時に、敬介が動きを見せた。
「や、邪魔するぜ。観念する? それとも抵抗する?」
言うと同時に、標的をスワロウテイル一本に絞って、最大火力で一気に勝負をかける。
全体の動きに注視していた長郎が、孤立しないよう注意を呼び掛けつつフォローの射撃を入れる。
だが、それでも。
あっさりと、スワロウテイルは敬介の動きを見切って避わすと、同時にわずかに動きを見せる。
「くぁ‥‥」
敬介から短い呻きが漏れた。肩とわき腹に鈍く輝く食用ナイフが深々と突き立っていた。
スワロウテイルはそのまま、銀盆で横殴りして敬介の体勢を崩すと、傭兵たちから距離を置くように数歩退く。
追いすがろうとする流叶。だがその前に大剣を構えた強化人間が立ちふさがった。
流叶はあえて、その間に立つことを選ぶ。一人で二体を相手にする心積りで、とりあえず目の前に居る強化人間に強烈な一撃を加えた。
さすがに一瞬でやられたりはしない。だが、強化したはずの皮膚から伝わってくる衝撃の大きさに目を見開き、苛立ちの表情とともに流叶に向けて大剣を振り下ろす。それは、手ごたえなく流叶の体をすり抜けていった。無駄の一切ない最小、最速の動きで避け、そして隙を作らぬよう素早く体勢を戻したためそのように見えたのだ。
「テメエ本当に人間かっ!」
常識外れの体捌きに、強化人間が思わず叫ぶ。
だが、回避型の流叶に、二人の動きを阻むのは難しいものがあった。スワロウテイルはそのまま、深手を負った敬介を叩きのめすと、長郎にもナイフを放つ。
腕や足を切り裂かれながら、長郎は作戦、特に戦力の配分を誤ったことを理解していた。上階に主戦力を残され、そして上から来たメンツはそれに対応しうる戦力として十分とは言い難かった。あくまで冷静に判断しながら、状況の変化を待つ。
やがて、苦戦中の連絡を受けた陽動班から、紗夜が竜の翼で一階の敵を振り切り駆けつけてくる。彼女が強化人間の対応を引き受けると、状況が少しずつ好転し始めた。流叶がスワロウテイルを押さえつける中、紗夜と長郎が協力して強化人間を打ち倒すのに成功する。
「貴様が噂の黒執事か。話には聞いている」
やがて聞こえてきた声はヘイルのもの。それは、一階の敵が全て倒され、陽動班がここに到着した事の知らせだった。
圧倒的な戦力差。もはやスワロウテイルに勝機はない。
「‥‥貴様と俺の行動原理はよく似ている。戦う誰かを助けるという点ではな。だが。その戦いの根本にある願いを、祈りを歪める貴様は気に入らないし許せんな」
「歪める‥‥でございますか。確かに。歪むほどの想いにならねば人が、脆弱な人が己の想いを遂げるなど難しい‥‥と、思ってはおりましたが、ね」
逃がすつもりはないというヘイルの言葉に、逃げるつもりはないという態度でスワロウテイルが答えた。
「あのお方は! 私の言葉など必要とせず! 自身の望みで! 人の身であるまま己のすべきことを定めた方でございましたよ! だからこそ‥‥」
銀盆で傭兵たちの攻撃を受け止め、反撃のナイフを放ち。それでも徐々に傷を負いながら、スワロウテイルは叫ぶ。
「‥‥あと、僅か‥‥約束の時間まであと僅かで、ございます、よ‥‥」
崩れ落ちる最後の瞬間まで、スワロウテイルは退かなかった。
●
――だが、この時。逃亡の阻止という観点では、勝敗はすでに決していた。
一人、陽動班とは別所から一階に侵入する形で捜索に当たっていた風代 律子(
ga7966)は、スワロウテイルが倒されるその前に、クリシュナと対峙していた。
投降を呼びかけると、彼は従うでもなく拒否するでもなく、ただ静かにそこに立ち続けていた。
「信念を貫きたければ生きなさい」
諦めた様子の見れるクリシュナに、律子はただそれだけを、静かに告げた。
「――そう、おっしゃるなら見逃してもらえませんかね。私がこれからも生き延びる芽があるとすればそれだけでしょう」
「それは――出来ないわ。こちらも任務だもの」
律子にとってはあくまでそれが最優先である。クールに彼女は告げた。
そこへ、連絡を受けた仲間たちがなだれ込んでくる。
強化人間との戦闘に、何名かはぼろぼろの様子だった。
皆、油断なくクリシュナの様子をうかがっている。そして、その様子に全員が違和感を覚え始めていた。
獅子鷹などは見苦しい抵抗を見せれば遠慮なく脅し、場合によっては足を刺してやるくらいはしてやろうと思っていたのだが、いざ当人を目の前にすると動けなかった。どうも、そういった様子とは違う。
「何故その意志をもっと上手に使えない」
口を開いたのはヘイルだった。
「悲劇が見えるのが悔しいからと、全てを悲劇で塗りつぶそうとしてどうする。バグアが人類をどう扱うか位分かるだろう」
「名誉や誇りで死んだ人は生き返りませんよ。それを捨ててでも生を取る事は間違っていますか?」
例えば使い捨ててきた新兵たちも。生き延びたいのであれば兵士になった矜持など捨てればよかったのだ。生きていようが死んでいようが、将来的に人類側の戦力を減らすことが出来ればクリシュナにとってはそれでよかった。
「俺は奴ほど優しくないのでな。誰かを生贄にする前にまず自身を死ぬまで削れ、と言わせて貰おう。人類全てより自分の祈りを選んだんだ、今度はバグアを裏切るぐらいはやって見せろ」
そのつもりならこちらにも考えはある。言外にそう匂わせてヘイルはクリシュナを見る。
返答は、微笑とも苦笑とも、何とも取れない溜息だった。
「これがあなたの望んだことなんですか?」
続いて口を開いたのは譜琶だった。
「私達は負けませんよ。だって、逃げないですから」
まっすぐ見据える少女の瞳。クリシュナはもう一度ヘイルを見て、そして譜琶を見返して、口を開く。
「――貴方がたの勝ちと言い切れるかは、分かりませんよ?」
不敵な発言に、一同に緊張が走る。
「私は、囮に過ぎないのですから。――私の回収は最後、それも半ば諦めていました。すでに本命となる、中国に潜んでいたバグアの主戦力は、私の回収は不要との連絡を受け中東方面へと逃れているはずです」
一同に動揺が走る。負け惜しみのハッタリ‥‥とも言い切れないと、最初に感じたのは愛梨だった。彼女は、この倉庫にたどりついて真っ先に、周囲を確認した。飛び降りる際にクッションになる廃材、バイクなどの有無。貨物用エレベーターの位置など。そうして、微かに疑念を感じたのを思い出す。この倉庫の主は、真剣に逃げ延びる気があるのだろうか、と。
クリシュナはもう、使い捨てられる覚悟を決めていたのだ。
そうして、そこまで覚悟を決めた人間に対して、傭兵たちの言葉は、その意思を曲げるには‥‥少なかった。
カリ、と、クリシュナの口内から小さな音が響く。
「‥‥待て!」
傭兵たちの、誰かがそう叫んで――
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「‥‥こちら突入班。ターゲットの死亡を確認いたしました。当班の作戦はこれで終了となります」
孫少尉が、他の部隊に連絡を入れる。
そうして、傭兵たちに振り向くと、ご協力ありがとうございますと深々と頭を下げた。
一部の傭兵たちの表情は冴えなかった。それを見て、孫少尉は再び口を開く。
「‥‥皆さんはよくやってくれたと思っています。もしこの結果に不足があるのだとすれば‥‥私の、せいですね」
きっとこの事件は、始まってしまった段階でもう遅かったのだと。
「‥‥この度は、私たちの不始末を皆さんに負わせる形になって、大変申し訳なく思います‥‥お疲れ様でした」
告げてから孫少尉は再び傭兵に背を向けて、もう一度、申し訳ありません、と呟くと、クリシュナの遺体を抱え上げた。
傭兵たちが抱える想いは様々だろう。
ただ、今、すぐに声をかける者はいなかった。
かわり、ヘイルと譜琶は、最後のクリシュナが自分たちへと向けた視線を思い出していた。
諦めの色は変わらないながら、そこにはわずかに、羨望が混じっていたようにも思えた。
己が失ってしまったもの。――最後の希望への。
そして考える。‥‥わざわざ自分が囮であることを、彼が告げる意味はあったのだろうか、と。
‥‥中東方面という言葉を遺したのはブラフなのか。
それとも、ほんのわずか、バグアを裏切って見せろ、諦めるなという言葉は通じたのか。
――今すぐには、分からない。