●リプレイ本文
「相手は小型キメラ10、こちらは9人。楽に終われそうね、油断はできないけれど」
天羽 恵(
gc6280)さんがいうように、情報を見る限りでは、さして苦労するようには思えなかった。
もちろん実物を見るまでは何が起こるかは分からないけど。必要以上に気負っても仕方がない。
短い挨拶と打ち合わせだけをすませて、あたしたちは現場に急行した。
ドクター・ウェスト(
ga0241)と秋月 祐介(
ga6378)さんが錬成強化をかけて回る。
秦本 新(
gc3832)さんがAU−KVの力を借りて一気に敵の距離を詰める中、住吉(
gc6879)さんが先手を打って銃撃、空に居る蝶の意識をこちらに向けさせる。
SMGを持つヴァレリア・リーコック(
gc5206)さんは、木を背にして背後を取られないようにしながらキメラを迎撃していた。
エスター・ウルフスタン(
gc3050)さんはやたら長い槍を扱い辛そうにしながら、降りてきたキメラを薙ぎ払っている。きっと彼女は、その槍の扱いに慣れるために、あえて難易度低めとされたこの依頼に参加したんだろう。表情から、何かをつかみ取ろうとしているのが見て取れた。
恵さんは、剣を手に、慎重に、基本に忠実に動こうとしているように見えた。転職直後だと、依頼の前に聞いた。エスターさんと同様、動きに慣れることを主目的にしているみたいだ。無理に前に出ようとはせず、他の人をフォローするように立ち回っている。
あたしも負けていられないと剣を振るう。
他の人の邪魔にならないよう、上手く連携できるよう、その動きを追って――追っているのは、それだけが理由だろうか。
その動きに。表情に。意思に。どうしても目を奪われている、気がした。
‥‥まだ、こないだの感情を引きずっている。
「近距離だからって刀が出るとは限らん!」
声に振り向けば、龍鱗(
gb5585)さんが脚甲で、間近まで迫るキメラを打ち払うところだった。そのまま叩き落とされたキメラが完全に動きを停止したのを確認すると、状況を見るためだろう、軽く周りを見回した龍鱗さんとあたしの視線がたまたまかちあう。
‥‥彼は、何かに気付いたような表情をして、暫く、はっきりとあたしに視線を向けていた。
いや、戦闘中だ、実際の時間としては大したことはなかったのだろうけど‥‥。
『なるほど‥‥まぁそれは後で‥‥な』
ふっと彼から漏れた苦笑に、声に出さずにそう言われた、気が、した。
彼が向き直るのを見て、あたしも慌てて構え直す。‥‥そうだ。何にしても、今は後で、だ。
まずはキメラを退治しないと――。
だけど、当初に見たとおり。このキメラ退治自体は、大したことなく終わった。
バケモノみたいな槍の扱いに慣れてきたエスターさんが、恵さんが作った隙を見て構える。
「LEADY FOR DETONATION‥‥」
炎の槍に、力が宿る。
「GAE BOLG !!」
うまれた衝撃波が、宙に居るキメラを焼く。
その横で、もう一匹、最後の一匹に向けて、膨大なエネルギーの光が放たれて――。
「何か聞きたいことでもあるのかね〜?」
その、最後の一撃を繰り出したエネルギーガンを放ったドクター・ウェストを、あたしはどこか呆然とした目で見ていたのだろう。問われて、あたしははっとなった。
「い、いや‥‥あの、凄いな、って‥‥」
しどろもどろに、あたしはそれだけを答える。高位のエレクトロリンカーの放つ知覚攻撃の凄まじさは理解してはいたが、実際目の当たりにすると驚いて――というのもまあ本音だが、それが全てじゃ、ない。
「家族を殺したバグアが憎い、バグアに与するものが憎い、ダカラ我輩は力を求めた」
言葉の奥で本当にあたしが知りたいこと、そこまで見抜いたのだろう。さらりと、しかし重大な事をドクター・ウェストは答えた。言葉に乗せられる憎悪は紛れもなく本物。彼が力を求め、そして強くなった理由もきっとそこにある、そのまま――
「ソシテ能力者最初の大規模作戦の時、『人間』でなくなったことを思い知った。UPCの軍人に聞いてみたのだよ、『ほとんどの能力者が戦闘の素人だが何故KVで戦わせるのか』とね。答えは『マッハ6の機動に、体を鍛え抜いた軍人でも耐えられないから』だった。つまり10歳の子供でも、能力者であれば人間には耐えられないマッハ6の機動に耐えることが出来てしまうのだよ〜」
そうして得た、それほどの力に、彼は納得していないのか。
「我輩は能力者という『地球がバグアと戦うための武器』を使わなくとも『人間』自身の力でがバグアを倒せるよう、最大の障害であるFFの無効化を研究しているのだよ〜」
言葉を聞いて一つ理解出来たことはある。彼ほどの人がこの程度の依頼に参加した理由。さしあたりキメラであればどんなものであれ研究の材料にはなるということだろう。
‥‥でも、分かるのは、それだけ。
「どんな理由をつけようが、我輩は『憎しみ』で戦っているがね〜」
聞いているだけしかできない。根本にある想い、在り方。それは決してあたしには分からない。それでも感じる熱の激しさに、ただ立ちつくす。
「このキメラで昆虫採取の標本を作ったら子供達喜びますかね〜?」
そんなあたしの横で、突如住吉さんがそんなマイペースなことを言った。
「いや、でかいし可愛くないし、それ以前にキメラの死体は基本的に未来研に持ってかれると思うけど‥‥」
思わず突っ込んでしまった。
「‥‥。まあ、依頼も順調に片付いたし。ちょっとした打ち上げがてら、皆で食事でもどうかしら」
少しゆるんだ空気に滑り込むように、そう言ったのは恵さん。
辞退したのは、帰って研究すると言ったドクター・ウェストだけで。
何となく、流されるようにあたしも食事会に行くことになってしまっていた。
●
簡単に、今日の依頼の総括だとか、互いの自己紹介だとか、そこから派生した取り留めのない雑談なんかを、あたしはどこかぼぉっと聞き流していた。
おしゃべりするのは嫌いじゃないしご飯も美味しいんだけど‥‥気持ちが集中できてない。
龍鱗さんがあたしに向かって話しかけてきたのは、まさにそれを自覚した時だった。
「何か抱え込んでるなら出しちまえ。言えない、言いたくないなら無理には聞かないけどな」
びくり、と硬直してしまう。別に、隠し立てしたいわけじゃない。ただ、楽しい時間を邪魔したくはないと思ったんだけど‥‥皆に、気づかれちゃってたんだろう。こちらを見る目に、黙ったままでいる方が邪魔だと思って‥‥ごめんね、と言ってから、先日感じたことをぽつぽつと語り始める。
一通り話終えるまで、皆口を挟まずに聞いてくれていた。恵さんが上手く相槌を打って、こんがらがるあたしの思考を、上手く言葉になるように導いてくれる。‥‥でも、やっぱり‥‥これだけじゃ、もやもやは晴れない。
「んー、才能、か」
うちもあるわけじゃないけどねー、と、言いながら口を開くのはエスターさん。まー、悩みはわかんないでもないけどさ、と言いながらその口調はあっけらかんとしている。
自然、視線で問い返す。じゃあどうして、と。
「うちには夢があるわけだし、それを叶える為には挫折なんてしてる暇、ないのよね」
警察、それもカウンターテロのような危険な仕事に就くことが小さい頃からの夢。その想いだけで強くなったのだという。言って彼女は少し照れたように笑った。
「なりたい自分の為、か‥‥」
呟きあたしは俯いた。あたしには、そういうのはまだはっきりした形はない。
「私も、暫く目標を見失っちゃったこと、ありますよ」
迷っていると、そう言ってくれたのはヴァレリアさんだった。
「エミタの反応検査で数少ない適合者と言われたので、『世の為、人の為』って覚悟で親の反対を押し切ってきたんですけど、学園に入ったらゾロゾロいるじゃないですか」
‥‥そうなのだ。千人に一人の世界って言うのは、思っていたよりは広かった。そうして、千人に一人の中で、また千人に一人がいる。
「でも、今の小隊に入って大規模戦闘に参加してたら『自分の手の届く範囲で味方の役に立てればそれで良いかな』って思えるようになったんです」
続くヴァレリアさんの言葉には、あたしは曖昧な笑みを返すのみだった。なんだろう、あたしもはじめのころは、それでよかった気がするんだけど。
「もっと自分の力を信じてみても、いいんじゃないでしょうか」
と、恵さん。
この力は、能力者になれなかった999人の人達がただ怯え、絶望するしかないほど強大な敵を、一人で払いのけることができる力。
今まで依頼で助けてきた人達、これから先あなたが救うかもしれない人達にとって、あなたの存在は必要で、唯一のものだと思う、と。
「そう‥‥かなあ?」
考えてしまう。例えば今回の依頼、あたしがいなかったからって変わっただろうか。
‥‥と、そこで、溜息をついてあたしは頭を振った。駄目だ。言われたことに対して、わざと悪い方に考えるようになってる気がする。折角相談に乗ってくれているのに、性格悪いなあと思う。
「‥‥昔の自分見てる気分だな」
いや、今も本質は変わってないか。龍鱗さんが、軽く頭を掻きながら言った。
「劣等感‥‥虚無感‥‥まぁ言い方は色々あるが。抱えた物、思った事、多分今後もずっと出てくるだろう。酷い言い方かもしれんが根本的な解決はきっと無い」
「‥‥‥‥」
「ただ、自分で自分を否定しようとしちゃいけない。否定したらそれこそ何の意味も無いモノになっちまう」
まっすぐこちらを見ながら言われて‥‥あたしは、何も返せない。今、龍鱗さんの顔はとても穏やかに見える。今のあたしが、昔の彼のようだと言うならば、未来、あたしはこんな顔が出来るんだろうか?
「諦めるな、ってことじゃないでしょうか。いえ、もしかしたら違うかもしれませんけど。私から言いたいのは、それですね」
言葉を継いだのは、新さん。
「‥‥今の自分に満足できているわけでは無いのでしょう?」
それを聞いて、はじめてあたしは、あ、と思った。そう‥‥か。あたしの今の気持ちは、そこから始まってるのか。
「だったら‥‥、足掻く事です。自分が納得できるまでは。別に、一つの事で勝てなくとも良いじゃないですか」
力で勝てないなら知恵で、知恵で勝てないなら心で。また別のもので勝負すれば良い。
別に仲間(傭兵)を負かしたい訳じゃない。
ただ誇れる自分になる為、皆と同じ場所に立つ為に、と。
「そう。たとえ贋物でも、やりようはある」
そこに口をはさんだのは、祐介さんだった。
贋物。そう言った時の声にははっきりと、何か含まれていた。‥‥あたしが、『劣化コピー』という言葉を口にした時もそういえば、この人は反応していた。この人も、何かを持っているのだ。深くて昏い何か。この人‥‥この人ですら。
そこで思い至る。秋月祐介。どこかでその名前を見た記憶がある。人づてに噂を聞いたとかではなく、どこかではっきりと――。
「貴方、もしかして前の大規模作戦の時に――?」
記憶の底から探しあてたものを、そっと口にすると、祐介さんは、ああ、と言って、そういえばそんなのもあった、と無造作に何かを引っ張り出して見せる。
「確かに、こんなもので評価はされたかもしれませんね」
‥‥UPC鉄菱勲章! 間違いのない本物。軍から特に顕著な活躍をしたと認められた証。
やっぱり、彼の名前を見たのは、勲章授与者として掲示されていたところでか。
だけど。
「どれも1回きりの反則みたいなもの‥‥高みにいる連中には遙かに及ばない‥‥」
全てが借り物、贋物だと、彼は言う。
そして、それでも。たとえ劣化コピーでも、やれることはある、と。
「何につけても弱点を見つける事、弱点を見つけたら、後は実行を恐れないこと‥‥それがなんであれ、たった一つでも弱点が有るならば、打つ手は無限に有る」
一度ここで、祐介さんはふーっと深く息を吐く。
「この考えにに至るまで、随分とかかりましたよ‥‥」
そのあとに、零れるように出てきた言葉は――一転して、柔らかだった。
「掬い上げて貰えたから‥‥ですかね」
視線が、ここではないどこか遠くを見るものに変わる。
「何も無かったし、人類だとかそんなのはどうでも良かったんですが‥‥今は、自分の大切なモノの為だけに戦うだけ‥‥」
”大事なモノ”の為なら、何だって捨てますよ。最後にそう締めくくった彼の瞳は、きっと彼を『掬いあげて』くれた、『大切なモノ』へと向けられている。
それがなんなのか‥‥まあ、あたしだって一応女だ。概ね察することはできるわけで。
ああ――いいなぁ。
それは本当にうらやましいなあ、と、今の祐介さんを見て思った。
そうしてから、これは本当に嫉妬だな、と気がついて、可笑しくなって。
「‥‥なんだ、そんな顔して笑えるじゃないですか」
ふと、新さんに言われた。
「――え?」
「その顔が出来るならまだ大丈夫ですよ――笑顔で、いきましょう」
え。いや、今あたし、どんな顔していたんだろう。なんとなく気恥ずかしくなって、ぐにぐにと顔をいじる。
「結局――どんな選択をしたいですか?」
それでも、あたしの気持ちが少し上向いてきたのを察してか、住吉さんがここで問いかけてきた。
「『傭兵を続ける』か『傭兵を辞めるか』、別の選択肢か」
「‥‥別の選択肢、って?」
「そうですねえ‥‥選択を先送りにするのも一つの手段ですよ」
とりあえず今日は飲んで食べて寝るとかどうですか。
茶化すような言葉だけど、確かに、元気が出ないときに一番効くのは、そう言うのかもしれない。
「そうだな。悩んでいい、迷っていい。目的はゆっくり探せばいい」
龍鱗さんが言う。
そっ‥‥か。
あたしは、ぐっと腕を上に組み背伸びをして、一度、意識して肩の力を抜いてみた。
迷っていても‥‥いいのか。
ならもう少し、こうしていよう。
結局、理由を探しているあたしは――なんにせよ、ここに『居たい』のだから。
胸のつかえがとれたわけじゃない。やっぱり、『居ていい』理由が見つからないままここに『居る』のは、まだ少し切なくて。
でも、だから。
居場所を、理由を探しているあたしだから。
だから最後に――今この想いを、照れずにちゃんと言っておこう。
ささやかなことだけど。
ただ話を聞いて、聞かせてくれた、それだけのことでも。
答えはまだ見つからないけど。
‥‥嬉しかったよ。
「皆、ありがとうね。今日、貴方たちと一緒に仕事できてよかった」
いつかまたあたしが、誰かからこんな言葉を、胸を張って受け取れる日が来るかなあ?
村を一つ守ったとか。
誰かの涙を止めて見せたとか。
そんな――綺麗なものじゃなくても。