●リプレイ本文
遠目に、今回の舞台となる廃村が見えてくる。
傭兵たちは自前の車両を駆り、村へと急ぐ。
事態が事態なだけに、今回、傭兵たちと兵士たちが細かく打ち合わせをする時間はなかった。
しっかりした作戦を立てる余裕はなく、出発前は短い会話があっただけ――。
「我々は急いで捜索するので、後からの捜索と支援を頼みたい。人手がいる。なるべく能力者は全員動員してほしい」
移動しながら、秋月 祐介(
ga6378)が短く孫少尉に要請する。
そのつもりでした、と返事はすぐにきた。傭兵たちが先行してくれるならば、兵士の安全性は高まる。ならば一般兵はともかく能力者を動員することに問題はないと判断するには十分。
村に付くと、バイクに乗るものはそのまま、車に乗っていたものはここからは徒歩で行動する。
「孫少尉、小隊の皆さん、バックアップよろしくお願いしまーっす!」
一度距離が離れ、置き去りにしたようにも見える兵士を気遣うように美崎 瑠璃(
gb0339)が通信を入れ、傭兵たちは本格的に捜索を開始した。
傭兵たちがとった捜索方法は単純と言えば単純だった。四手に分かれ、入口方面から奥に向かってざっと捜索して行くローラー作戦だ。
最初に動きがあったのは、ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)、流叶・デュノフガリオ(
gb6275)、鹿島 綾(
gb4549)の班。
意図的に駆動音を響かせ進行する一行に、目論見通りキメラが立ちふさがる。
鬼のような体躯をした人型キメラが四体。綾は隙を窺おうと一歩下がり、ヴァレスはバイクを物陰へと退避させる。始めは流叶が一人で前に出る形になった。
機動力の高い流叶だ。力だけが自慢のキメラに易々と不覚を取ることはない。だがさすがに一対四となると攻めに転じるのは苦しい。暫く回避に専念させられることになる。
「ゴメンね――させるかこのっ!」
やがて前に出たヴァレスが、横合いから殴り込みをかける。
「さって‥‥流叶に手を出そうとしたんだ。覚悟してもらうよ♪」
「‥‥フォローはありがたいが、ぶちのめすのに夢中になって目的を忘れないでくれよ」
軽い口調ながら怒りをにじませるヴァレスに、流叶が苦笑気味に応じる。
そこからは、夫婦二人の息のあった連携攻撃‥‥同時ではなく、互いの隙を埋めるように、時間差をつけて。
敵の注意が完全に二人に引きつけられたところで綾が動く。一番側面に居る一体の死角に回り込み、腰に強烈な一撃。たまらずもんどりうって崩れ落ちるキメラの喉に、槍を突き立てる。
「馬鹿正直にやって時間をかけてる場合じゃないからな‥‥欲張りなんでね、俺は」
槍を引き抜きながら、周囲に目を走らせる。欲をかくならば拾いに行かなければならないものは多い――
だがひとまずは、目の前の敵に集中する。
「お待たせー、もう大丈夫だよっ♪」
瑠璃が、発見した傭兵の状態を確認しながら声をかける。
彼女とカルマ・シュタット(
ga6302)、とエヴァ・アグレル(
gc7155)三名で編成した班は、さっそく一名、傭兵の発見に成功していた。
「後から兵士が来ている。合流して保護を受けてくれ」
カルマが声をかけると、緊張で疲弊し切った様子の傭兵は無言で頷く。すまない、と情けなさそうに小さく言うのが聞こえた。気にするな、よく持ちこたえた、と、歩く力を与えるように軽く背を叩く。
『――すみません、そちらの班、動けますかっ!』
高所からの見回りを頼んだ兵士から連絡が入ったのは、その時。
敵に発見され、追われている傭兵がいると言う。他班はすでに交戦中、すぐに向かえるのはこの班だと言う。
場所を聞くと、本来この班が向かう範囲とはやや外れることになる。一行の脳裏にちらりと浮かぶのは資材を積んだ車両のこと。当初の計画通りいけば、彼らが向かう先にある。後れをとれば奪取される可能性が高まるが‥‥。
「こっちよ! 聞こえる!? すぐに助けに行くわ! 出来ればこちらに逃げてきて!」
聞いた方角へ向けて、エヴァは一瞬の迷いなく声を張り上げる。
(この状況が既に敗北みたいなものだもの――天秤にかけるならエヴァは命を取るわ)
資材を失い遅滞した影響と責任は生きた皆でカバーすればいい。
(ママならきっとそうする)
最後に己を奮い立たせるように内心で呟いて、駆けだす。カルマも瑠璃も、何も言わずにそれに付いて行く。
バイクで移動する白鐘剣一郎(
ga0184)、ウラキ(
gb4922)、秋月 愁矢(
gc1971)の三名は、一名傭兵を発見した後、さらに、もとより連絡を受けていた一名が居る場所へと急ぐ。ウラキは特に、今居場所が、無事が確認されている二名は何としても救助したい、と考えていた。
(‥‥拾えるものから、拾っていく)
決意し目を光らせる。急いで逃げ込んでいたなら、痕跡は消しきれないはず。足跡。血痕。注意して、救うべき相手を探す。そうして、やがて一つの廃屋に目を付け、声をかけると‥‥躊躇いがちに、一人の女性がそこから姿を現す。よろよろと剣一郎たちに近づこうとしたところで、熱線がそれを遮った。肩を焼かれ、倒れる女性。
「なによバイクとか。大人気なくない?」
声に拗ねた感じといやらしさを漂わせてナイフと銃を持った少女が現れる。
「生憎と。こちらは遊びのつもりは毛頭ない」
油断なく刀を抜き剣一郎が応じた。近づく少女とキメラをウラキの銃弾が牽制し、その隙に愁矢が女性のカバーに入る。
「天都神影流・嵐舞閃っ」
裂帛の気合とともに、剣一郎が猛烈な勢いで太刀を振るう。だが少女はキメラを盾にするようにして軽快な動きでそれを捌く。一撃目は浅く皮膚を裂くにとどまり、二撃目以降は避けられた。ウラキがそれをフォローするように射撃を加える。
「‥‥うざったい!」
動きを制限に来るウラキの射撃に、苛立ちを隠さず少女はフェザー銃を、少し前に出たウラキに立て続けに放った。
「がっ‥‥」
咄嗟に盾を掲げるが、それでも幾筋の光がウラキの腕を脇腹を焼く。たまらず膝をつくウラキ。
「‥‥こっちだ!」
愁矢が女性と同行したままウラキのカバーに入る。二人纏めて庇うことになろうとも、味方の為の壁となるのが己の役割と判断して。少女からの続く攻撃は、錬力を込めた愁矢の盾が防いでみせる。
だがそれで僅かに後衛の動きは乱れ、その間に少女はキメラを一部後ろに向かわせると剣一郎へと専念する。
剣一郎は、外見に惑わされて油断するつもりは全くなかった。だがそれを抜きにしても、少女の技量は高い。己の小柄な身を逆に生かした戦い方を熟知している。
腕をすり抜けるようにして、密着するほど接近されて剣一郎は不覚を理解する。完全にナイフの間合い、太刀の取り回しが厳しくなる。ナイフの攻撃が、剣一郎の肩に刻まれる。
だが、まだ傭兵たちに焦りはなかった。
敵の猛攻を耐え抜いていると、後衛を攻めるキメラを、ウラキとは別の銃撃が横手から襲う。
小鳥遊神楽(
ga3319)のものだ。そばを行く彼女と、祐介、沙玖(
gc4538)の班が合流してきたのだ。沙玖がそのまま神楽の射撃を利用して近付くと、キメラの一体を斬り伏せる。
「あぁんっ‥‥もう、やめやめっ!」
それを見るなり、少女は急に剣一郎から飛びのいた。ひゅぃ‥‥と口笛を吹くと、少女のそばにいたキメラが彼女のカバーに入り、また、付近から新手の現れる気配がする。
「なによもうっ! あんたらごときが、こんなのあり得ないっ! もう、言われたことやって帰る!」
そして少女はそのままぷい、と振り向くと駆け出してしまった。
傭兵たちは少女の実力を脅威とあらかじめ聞いていた。故に‥‥無理に抑え込みにいくものも、いなかった。逃亡への対処は取られていない形になり、キメラに阻まれたこともあって反応が遅れる。
そして少女の進む先。村の奥へと向かうその進路が、何を目的としているかも瞬時に悟る。おそらく少女は知っていた。その上で‥‥『狩り』を楽しむために後回しにしていたのだろう、資材を積んだ車のありか。
その背を、祐介はどこか醒めた目で見ていた。
(総てを選ぶのは不可能だ――人は万能ならざるが故に選ばねばならない)
ギリギリまで選んでいる余裕など自分には無い。ならば。
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ここで‥‥少し時間を巻き戻す。
「少尉、何か悩んでいるみたいね。良ければ聞かせてくれないかしら?」
それは小隊と傭兵たちが合流してすぐのこと。
じっくり打ち合わせる余裕がないのならば、と、いっそ神楽は短い時間を孫少尉と会話することに使っていた。
躊躇う時間も惜しければ、素直に孫少尉は己の戸惑いを口にする。もしかして今回の件、厳しい選択を迫られることになるかもしれない、と。
言葉に、神楽はほんの少しだけ考えて、答えを返す。
「何かを救える立場にあるのなら、あたし達はまずそれを救う為に力を尽くすべきと思うわ」
助けを待っているモノを救うのが力を持たされた自分達の責務だと。
「‥‥救助者を、最優先するということですか?」
それが他を、切り捨てることになってでも。
言外に込められた意味に、気付かなかったわけではないのだろう。それでも神楽はあっさりと答える。
「あたしの手はそんなに長くないから、自分の手の届く範囲で頑張るしかないしね」
「――そうですか」
応える孫少尉の声には、僅かな迷いしか見せなかった神楽への感嘆が滲んでいる。
「まあ、軍人である少尉と傭兵でしかないあたしでも色々と違うんでしょうけどね」
最後に、孫少尉の立場に理解を示し、フォローするように神楽はそう言った。
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神楽の言葉に、そしてこれまでの傭兵たちの行動にある程度垣間見えていた通り、多くの傭兵たちが考える結論は「人命優先」だった。
出来ればすべてを手にしたいと、そう望む者も少なからず居たが。それでも、どうしても選ばなければならないなら、と。
だから祐介はこの結果を冷静に見ていた。資材を奪取、あるいは破壊し、それで満足して逃亡してくれるならば上々。犠牲が出ないならば、それを選んだ以上やむを得ない結果だと――
だが、向かう少女の足を、銃弾の幕が一度押しとどめる。
「――牛伍長! 貴方と私で前に出て止めます! 僅かな時間で構いません、無理を感じたら即離脱!」
「応!」
そうして――奥から‥‥資材車両のある方角から、孫小隊の一班が前に出た。
傭兵たちは、多くの「人命優先」の意思の元、皆で作戦をそろえ統一した動きを見せている。
そうしてそれをあらかじめ、短い言葉ながらも伝えてくれていたならば。
信じて――そして、彼らが勇気と意思を持って切り捨てた天秤の最後の傾きは‥‥我らが手を伸ばそう。
ある程度、救助者が確保できた段階で、あとはそちらは傭兵たちに託し、一班を資材の方に回す。
それが、傭兵たちを後から追い、見ていた孫少尉の「結論」だった。
「っざけんじゃないわよぉお!? よりにもよって、あんたら雑兵に止められるあたしじゃないわよっ!?」
フェザー銃がナイフの攻撃が、怒りにまかせて振るわれる。傷つきよろめく二人。
「雑兵? ――ふ。違うな。そいつらは、俺の頼もしき仲間なのだから!」
だが、そこで追いついた沙玖が、背後から少女に斬りかかる。
不敵な笑みが浮かぶのは、覚醒の影響によるものだけではないだろう。彼にとって、軍にはもう何人か知った顔がいる。これまで行動で示していた、頼りにしている、という気持ちは通じていただろうか? 結局、高揚する気分に、想いは自然に声になってしまったが。
再び対峙する傭兵たちと強化人間。その反対側をフォローする兵士たちの後ろを、さらに別の影が通り抜けた。
目の前の敵を倒し終えたカルマが、車両目掛けて全力で走り抜ける!
全てを守ること。難しいが、可能性があるならば、諦めない。乗り捨てた自らの車のことなど構うものか!
錬力を乗せた脚力で一気に資材車両の元まで到達し、乗りこむと、後方の仲間の元へ。
「臆面も無く弱い者イジメなんて、レディの風上にもおけないわね。レディは相手を包み込む優しさ、母性が大切よ?」
呆然とする少女の元へ、エヴァが告げる。キメラを打ち倒した傭兵が、救助を終えた兵士が、‥‥そして救助をされた傭兵の中で、まだ戦う気力を残したものが、ジワリと迫る。
「おーおー。ちったあ思いしりゃあいいとは思ったが、完封負けとはなあ」
呆れとも感心ともつかない声が、別所から聞こえてきたのは、その時。
瞬時に緊張が走る一同の前で、コン、と音がした。
少女の元に転がるそれは、傭兵であれば目にする機会は多いだろう。
実際、今回、それを用意していたものも多く居る。
――閃光手榴弾。
認識した瞬間、目を、耳を覆う一同。
光の奔流と爆音がやんだ後――少女は傭兵たちの目の前から姿を消し。
「あーもう、最悪! 最悪!?」
屋根の上で、軍服姿の男に小脇に抱えられわめき散らしていた。
「うるせぇよ。これで最近の人間どもは力押しじゃ勝てねえってわかったろうが。なんにせよ賭けは俺の勝ちだ。次は俺の指示で動いてもらうぜ?」
男の言葉に、身構える一同。
話を聞く限りでは、この状況は、この男がお膳立てしたのだ。
少女に浅はかさを思い知らせる、そのために。
‥‥それだけの為に、人の命を弄ぶような、こんなステージを用意した。
「んだよ。今回はこれで撤退してやるからンなに睨むんじゃねえよ。それとも何か? どんだけ犠牲を出してもここでヨリシロ一匹倒しとくってか? そうじゃねえだろうテメェらは。そんならこの結果はねえ」
言われて一同は押し黙る。見透かされている。こちらに余力がないことも――性格も。
肩をすくめて「ではどうぞ、さっさと行って下さい」と祐介が告げると、笑って男は夕闇に消えていった。
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「‥‥皆、無事か?」
暫くの静寂の後、剣一郎が告げる。確認すると、傭兵にも、兵士にも、負傷者はいるが深刻な事態に陥っているものはとりあえずいなかった。救助すべきものたちも、全員確保されている。‥‥それから、資材の無事も確認された。
当初の目的を考えれば、文句のない成果。
厄介な敵は現れたが、ひとまずは満足していいだろうと剣一郎が結論付けると、皆頷いて互いを労い合う。
‥‥だが。
「‥‥孫少尉?」
いつもならば真っ先に礼を言う者が声を出さないのを不思議に思い、神楽が声をかける。
そして。
「馮‥‥少、佐‥‥」
それで金縛りが解けた孫少尉がかろうじて口に乗せたのは、行方の知れなくなっていた恩人の名。
――風が、かすかに煙草の香りを運んできていた。