●リプレイ本文
「ふむ、先日の提言はある程度反映された様だけれどまだまだ、不足の部分が有るという処かね」
錦織・長郎(
ga8268)はいつものように全体考察から始めた。場所は済南市内に借りたビルの一室。今回の計画の傭兵側の拠点として、ヘイル(
gc4085)が準備したものだ。
「そして済南市でのLH市民受け入れ事業とは中々大胆なものだが、交流を深める点としては良い線だね」
この計画は、ある意味【北京解放戦】の後始末で、【アフリカ奪還作戦】のフォロー。
ここはお互い両市民の意識を埋める為に協力すべきだと。
長郎はそう言って、改めて、今回協力して全体統括に当たるヘイルを見る。
「人の心は難しいが‥‥俺にも出来る事はある筈だ」
課題は多い。互いにそれは認識している。それでも、やるべきという気持ちにヘイルとしても異存はない。
「くっくっくっ‥‥孫君も大変な事だが、過度の負担はこういう風に言って貰えれば支えるのでね」
緊張をほぐすためか、冗談めかして長郎が肩をすくめて言うと、ヘイルも思わず苦労性の友人を思って苦笑した。
長郎がまず行ったのは、周辺区域の区分け。能力と希望により第一次としての哨戒計画を決定する。
それに沿って、2機のKVが、周域の空を舞った。
うち一機を駆るのは、鹿島 綾(
gb4549)。
(愛機は大規模で大破。俺自身も、その時に負った怪我が治りきった訳では無い。でも、泣き言を言ってはいられないさ。やるベき事が、ある内はね)
内心で呟き、普段と感触の違う操縦桿を、しっかりと握り直す。
本部から必要な情報は受け取り、KVにインプットした。それらを元に、担当区域をスコープシステムを活用しきっちりと哨戒する。
見下ろす視界の隅で、何かが動いた気がした。敵影に、真新しい大破の記憶と傷の痛みを思い出さないわけではない。だが迷うことなく綾は、接近しての詳しい調査を選ぶ。
「人々を守る為に、自分の意思を以って、身を挺して戦う。それが俺達‥‥傭兵というものだろう」
味方機に連絡を入れ、KVを旋回させる。
『了解こちらLH1。担当地区を引き続き監視中。支援が必要なら言ってくれ』
綾の連絡に応答するのは、もう一機のKV、サヴァーを駆るリック・オルコット(
gc4548)だ。
操縦桿を操る手には、綾よりは余裕が見られた。
(まあ、人助けは他の連中に任せるさね)
彼がここに居る理由は、仕事だからだ。周囲の人間がどう思うかは関係ない。受けた依頼を遂行する。
ただしいい加減に、ではない。金をもらっている以上、受けた仕事は完遂する。
それもまた高いプロ意識。
思い入れはなくとも、手を抜くことなど決してない。
彼が長郎に申告したのは、朝・昼・晩二時間ずつの哨戒。時間をずらして現れる敵もいるだろうということを考えれば、効果的なやり方と言えた。特に注意を払うのは敵地に近いところや主要道路付近。
遠くで、煙幕が上がるのが見えた。綾が敵発見の合図に使うと言っていたものだ。
同時に下に視線を下せば、一台のジーザリオがそちらに急行しているのが見える。
「それにしても、お人よしは多いもんだね」
ひっそりと、リックは呟いていた。
「自分との哨戒でよかったのですか?」
そのジーザリオを走らせていたのはクラーク・エアハルト(
ga4961)だ。同乗しているのは小鳥遊神楽(
ga3319)。
「‥‥あたしには済南市に暮らす人たちへ届かせるだけの確かな言葉は用意できないから」
神楽の答えに、クラークは苦笑する。
「自分もですよ。交渉事だとか人との触れ合いは苦手ですからね。とりあえず、この銃をぶっ放すだけですよ」
自分は傭兵‥‥戦う事でしか、自分は人に貢献できない、と、クラークは己をそう思っている。
「せめて街の人たちが少しでも安全に暮らせるように、危険を減らしておく事はけして無駄にはならないと思う。こういう小さな積み重ねが少しでも街の人たちのあたし達傭兵への好意や信頼に繋がってくれれば良いと思っているわ」
クラークの内心に気付いたのか。神楽は、続けてそう言った。
クラークが再び苦笑したところで、付近の空に煙幕が上がる。
綾からの合図だ。二人の顔つきが急に変わる。
『場所と敵の詳細を!』
二人は即座に連絡を取る。
『獣型だ! おそらくパワータイプ! 街道に近づいている、急げるか!』
「了解っ! 神楽さん、飛ばしますよ!」
やがて見えたのは3匹のキメラ。
「さあ、弾幕パーティーだ」
車両から降りるなり、クラークが、M−183重機関銃から一斉に弾幕を発射する。
猛烈な銃弾の嵐にしかし、少し後方にいたキメラが、他の個体の影から弾幕の薄いところを潜り抜けて前に出ようとして‥‥その頭を、精密な狙撃が撃ち抜いた。神楽のスナイパーライフルの一撃である。
面での制圧射撃と、点での精密狙撃。息のあった連携は、互いの弱点を打ち消し合う。
近寄ること叶わぬまま、キメラはあっという間に退治された。
他班も、連絡を受け、周域の哨戒活動を進めている。キメラ発見地点が報告され、地図上にバツ印が示される。そのバツ印はすぐに、『対処完了』のマークで上書きされていく。
‥‥だが、この任務の障害となる敵は、決して町の外だけではない。
●
「どうにも嫌な感じだねぇ。あちこちでピリピリしているなぁ」
市内をぶらぶらと、見学者を装うように歩くのはレインウォーカー(
gc2524)と。
「事前情報にもあったように親バグア派と呼べる方々も相当数いるようですからね、無理もないでしょう。何せ自分たちの明日がかかっているのですから」
彼とは腐れ縁で、互いのことを知りつくした良き相棒である音桐 奏(
gc6293)である。
「それも分からなくはないけど、ねぇ。バグアに従っていればいつまでも平和に過ごせるという確証はないだろうに‥‥っと?」
雑談しながら、しかしこの場にこのタイミングで傭兵が二人、優雅に観光目的、などというわけがなかった。
仮設住宅の建設工事現場に、一台の車が不審な様子で止められる。そこから出て、そそくさと入っていく人影。
「予想通り馬鹿が現れたみたいだねぇ。行くぞ、音桐」
このために、市内の、襲撃が予想される地点を歩きまわっていたのだ。
やがて爆竹の音。直後、悲鳴。
「今すぐ工事を中止しろ! この町に災いを招き入れるのは断固として反対する!」
ナイフを振り回しながら、一人の男が、事務所を制圧しようというのだろう、駆けていく。
だが、素早く動いたレインと奏により、男の動きは、目的地に到達することすらなくあっさりと取り押さえられる。
「さて、ここから先は警察の仕事だぁ」
非覚醒のまま、武器を使わず穏便に抑えながら、役割は弁えているとばかりに、警察に連絡を入れ身柄を引き渡す。
なんだこいつら部外者がとわめきたてる男だが、目撃者が多く、凶器も所持しているとなれば言い抜け出来るはずもなかった。
やってきた警察は、男を引き立てながら、素直に「協力感謝します」と二人に述べる。
レインはただ肩をすくめた。
「LHの避難民を受け入れたとしても平和と安全が約束される訳ではありませんからね」
男を見送りながら、先ほどの話の続きなのだろう、奏が口を開く。
「どちらにもリスクとメリットがある。だから人は悩むのでしょう。そして、自分が正しいと思った選択肢を選ぶ。それは私たちも同じです」
「人生は重要な選択肢の連続、かぁ。ボクは自分が後悔しないで済む選択肢を選びたいよ。自分の意志で、ねぇ」
「ふふ、同感ですね。私はそれを観察させてもらうとしましょう」
再び歩きだす。そうして、二人が今度見た相手は。
「市議会に、事業撤回を求める署名を! 危険因子を招き入れないため、協力を!」
議会の前で、反対署名を求める人の姿だった。
行きかう町民は、事業案内のポスターと声を上げる一団を見比べながら、迷うように足を止める。
「ああいう風にやられたんじゃボクらみたいなのは手を出せないねぇ。他の奴らの活動に期待って所かなぁ?」
「彼らもそれを理解した上で行動しているのでしょう。私たちは私たちにできる事をするとしましょうか」
「了解、と。それじゃぁまた散歩に行くとするかぁ。散歩に、ねぇ」
そうして二人は、裏方らしく影へと消えていく。
そうして、表に居る敵を相手取るのは。
「親バグアと反バグア、か。人と人とだって意見が衝突する。人とバグアが共存できるはずもない」
一団の前に現れ、静かに、ゆっくりと会話を試みるのは杠葉 凛生(
gb6638)だ。
「バグア統治下で小康状態を保っていたとしても、一時的なこと。将来、子や孫‥‥。自分の子孫に、バグア支配下の世を託すのか。子がヨリシロとされても、黙っていられるのか」
「子や孫を考える前に、今命が失われたら元も子もないだろう!」
強面の凛生に対し、挑みかかってくる青年。そこにあるのは不自由のない現状が変化することへの恐れ、と凛生は見ている。
しかしそれは永遠に続くものではない。目を逸らし続けても、いつかは直視しなければならない時がくる。
だから凛生は望む。納得のいくように会話を、と。
凛生とバグア派の者の会話を、遠巻きに眺める人の輪が出来ている。
その中で一人、物腰が違うものがいることに凛生は気付いた。
はっきりという敵意はない。だがその所作は訓練されたものを感じる――おそらく軍人、孫少尉の配下か。
ただ応援に来た、というだけではないだろう。おそらくこちらの行動の把握、下手な言動を取らせないための監視もかねている。
信頼して欲しい‥‥とは思わなかった。
信頼は乞うものではなく、積み重ねるものだ。
自分の行動が全て、どう受け止めるかは相手次第だと。
凛生は向き直り、署名活動をしていたものとの会話を再開する。
‥‥とある酒場。そこでも今回の事業計画のことは人々の口の端に乗っていた。本当に受け入れていいのか、バグアに守ってもらう道は本当にもうないのか‥‥。
「面白ぇ話してるみたいだな。俺も混ぜてもらっていいか」
そこへ現れたのが、荊信(
gc3542)である。
「人につこうとバグアと組もうと構いやぁしねぇ。それを胸を張って語れる”誇り”があるのか?」
荊信は、バグア側に寄って話をしていた男に目を向け、話しかける。
「‥‥誇りで、命が守れるか?」
「御前等が俺を仲間と信じて賭けるなら、俺は皆遮盾の名にかけて、是非を問わずに守ってみせよう」
意地悪な問いに、荊信は淀みなく応えた。
綺麗事などいらない。『手前ェの誇りと仲間の為に戦う』、それだけで命をかけるのには十分だと。
「『バグアに従うのが正しかった』そう言えるなら、何でまだこんな場所に居る? 要は、適当に楽に流されて手前ェは何もしたく無ェだけだろうが! どんな選択をしようと手前ェで選び取ったモンなら、俺の言葉に堂々と言い返してみろ!」
「流されてなどいない!」
一人の男が叫びかえす。
「悩んださ‥‥でも、俺にはあんたみたいに戦う力はないんだ! 俺一人意地はって死ぬならいい、だが妻が居るんだ! 娘が居るんだ! 何に代えてもその安全を一番に考えるのが俺の”誇り”だ! 裏切り者と言われようがそれでも!」
だからそのために、今はどうするのがいいか分からない。そこで口ごもる男に。
「ハハッ、俺とは違うが、ソイツは確かに筋の通った答えだ」
またカラリと、荊信は応えた。ならば、その意思は認める。いつか道を違えたらその時はお互い全力で行こうと。
ぽかん、と、男が口をあける。
「あんた‥‥人類に味方しろと言いに来たんじゃ、ないのか」
「いいや。俺が言いたいのは、『筋を通せ』、それだけだ」
全員が押し黙るのを見て、荊信は立ち上がる。次の場所へ行くために。
気持ちのいい男だ。それは誰もが認める。
羨ましいとは思った。そしてその盾は、何かあれば言葉の通り、共に闘うものを守るのだろうと。
何も言わない。だがその背を見送るものは多かった。
ハンナ・ルーベンス(
ga5138)は、市内を観察し、地域住民が“政治権力”ではなく、“精神・慣習”として意見を仰ぐ存在、所謂“長老”と言うべき存在を探し求めていた。
「‥‥儂にあうために随分と苦労なさったようだの。“最後の希望”の一欠片どの。そこまでして儂にあいに来て、さて、どのような“希望”を我らに見せてくれるのかね?」
その労力に免じて話は聞いてやろうというのだろう。訪ねた先の老人は試すように言った。
「未だ仁にしてその親を遺つる者はあらざるなり。未だ義にしてその君を後にする者はあらざるなり‥‥」
「‥‥異国の方に、“孟子”を説かれるとは一本取られましたな」
ハンナが呟いた言葉に、少し感心した風に老人は応えた。
「再び戦火が舞い降りるのかとご心配やもしれません。それでも、私達は皆様にお願いする他に無いのです。兄弟肉親恋人伴侶を、掛け替えの無い絆を見失う事の無い様に」
そうして、この国の教えの通り仁の心で答えてほしいと、今回の事業に協力をお願いしたいと、誠実に頼みこむ。
「‥‥だが急激な変化は、反作用も大きかろう」
老人は慎重に答えた。長きに渡りバグアの支配下にあった。その意識を急速に改変させようとすれば、戦火ではない別の火種を生むのではないか。他者にとっては良薬でも、慣れぬものが服用すれば劇薬となることがある。この受け入れ事業が、そうならぬと言えるのか。
「そのお話も、ごもっともと思います」
ハンナは、反対の言葉にも真摯に耳を傾ける。
難しい問題だ。だからこそ、一つずつ解決していかなければ、と思う。
那月 ケイ(
gc4469)はその時、丁寧に市内を歩き回っていた。
彼が行うのは、LH市民に対する資料作成のための準備だ。
移住、避難場所の現状。移住地周辺の生活環境。この辺は、実際に歩き回ってみたほうが分かるだろう、と。
少しでもこちらに興味を持っている人を見かけたら、積極的に話しかけた。
「この町のいい所ってなんですかね! 教えてもらえますか」
気さくに話しかけながら、その実慎重に、己の発言に対する相手の反応をうかがう。
自分の言葉に、態度に、何かこの町の人にとって、NGとなるような事項はあるだろうかと。
気付いたことがあれば、仔細にメモしていく。そして。
「こんなもんでどうですかね」
定期的に、済南市情報の取りまとめとして動いている夏 炎西(
ga4178)に情報を伝える。
炎西は、LH側で働きかけている傭兵とも連絡を取り合って、重要度の高いものから整理する。
「ああ‥‥ここにこんな店があるんですか。病院はここ‥‥うん、受け入れてくれることも確かめてくれたんですね」
にこりと、炎西は微笑みながらケイの苦労をねぎらう。それからときおり、「あれ‥‥これは」と、同じ中国人だから分かるニュアンスの違いや誤解を正していく。
急ぎの情報はすぐにLHに送付し、他に使えそうなものはパンフレット用にまとめ、市内の信頼できる業者に託す。
それから炎西は、機材を持って出かけていった。
自分たちではない、この町に居る、避難民を受け入れようという人たちの生の声を、集めるために。
LHでも働きかけは始まっていた。
ミリハナク(
gc4008)はLHの広場で地道に、受け入れ説明会のチラシを配っていた。
特別なことは何もしない。無難で地道に。そこにある想いは、傭兵の信頼回復、それだった。
‥‥ここはLH。彼女の誠意を今一番見せるべき先は、ここではない。だが、だからあえてなのかもしれない、彼女がここでの活動を選んだのは。見せつけるためでなく、振りでなく、地味に堅実に、誠実を己に課すために。
ミリハナクが告知した、説明会の準備を進めるのはヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)と流叶・デュノフガリオ(
gb6275)の二人だ。
ヴァレスは街頭で、避難希望者を募ったり、要望を聞くアンケート調査などを行っていた。
‥‥興味の目を向ける者はいるが、中々ペンを握ろうとする者はいない。荒れ果てても、住み慣れた地を離れ、見知らぬ地へ行くことには不安がある。
それでも、何名か、とりあえず様子を聞きに来るものはいた。
具体的な疑問を投げかける者もいる。
「希望については必ず希望通りとなる訳ではありませんが、先方と相談し、可能な限り実現出来るように致します。他の方々の同様に対応致しますため遅れるかもしれませんが、返答が来次第おって連絡させて頂きます」
すぐに答えられないものに対しては、ひとまずは丁寧に誠実に対応した。
説明会までにこれらは応えられるよう準備しなければ、と、ヴァレスは、主に炎西と連絡を取り合う係を受け持つ流叶の元へと向かう。
彼女も、パソコンにFAXにと活用しながら、せわしなく己の元に集まる情報を纏めている。
そんな妻の姿を見て、ヴァレスも、己の集めたアンケート整理に取り掛かる。
「流叶〜、こっちは終わったよ♪ 一息つこうか♪」
暫くして、得意の紅茶、アイスティーを淹れて休憩をはさみつつ。
「ん、それじゃ頂こうかな」
集中していた流叶も、夫の気づかいにほっと一息ついて、一度気を緩める。
LH住民向けのパンフレットも滞りなく作成が完了し、準備が整っていく。
●
傭兵たちの活動情報は、孫少尉の元にももたらされていた。
それらを纏め、部下たちへの支持を纏める孫少尉の元へ現れたものがいた。
「孫。スリーストライク、だ。同じ失敗を3度した、な?」
UNKNOWN(
ga4276)だった。
「昔にも言っただろう、孫。お前は表面を眺めるだけで過剰に反応する。時間を置いて見直せと。それができない限りお前は『孫々』だと」
きつく叱る口調。
「昔、似た様な軍人が北米にいた。それは大問題にまでなった。気付いている者は少数だが」
対し孫少尉は一度、あえて思考を止め、口を閉ざして聞くことにした。
「行動を悪意でしか、表面でしか眺めず、軍は正義という報告し、傭兵を添え物にしたと。
大きい事したいなら、何度でも見直し色々考えろ。何をしたいか時間を置いて3度見直し、何をしたか報告を時間を置いて3度見直せ。最低として3度、だ。現場100回というぐらい、何度してもいいぐらいのものだ。そしてきちんと見てくれる第三者の意見も聞きなさい
表面だけ眺めてしまい、それで過剰に動く癖を見直し、自戒しなさい。
前回、それをしているかね? 私は今回も前回ともそれ以前とも、同じ事を君に言うのみ、だ。前回は抽象的にだが、それは少しは成長をと思ってだ」
ここで、少し間。
「成長どころか、悪化しているのを見て非常に残念だ。私はこれから中国軍は決して助けないだろう。協力もしないだろう。君の拒否からだ」
そしてここで孫少尉は、少しだけ反応を見せた。
「孫。お前が何も見ようとしなかった。表面眺めているだけ。それが如実だったから。愚かな事に、ね。何も理解していない事が判り、非常に残念だ。
彼らが本当に何を言いたいか、何度でも見直しなさい。
LHの住人に対しても、だ。彼らは同じではない。見ているつもりで表面しか眺められないなら、よく考え直しなさい」
ここで彼は一度言葉を切り、そして。
「徐々に危険な方向に行っている」
警告するように言ったそれが、最後の言葉だろう。判断すると、孫少尉は、一度深呼吸する。思い浮かぶ言葉を、短い時間でなんとか整理する。
「確かに私はかつて何度か、貴方の前で至らぬところを見せました。そしてその時、貴方はこう言った――『傭兵は傭兵らしく。軍人は軍人らしく』、と」
思い出したのはかつてのUNKNOWNの言葉。それが、彼と自分との決定的な隔たりを示しているのだろう。
「‥‥やり方という表面ではない、能力と成果を見ろ、というのは成程貴方の言う『傭兵らしい』考え方なのでしょう。ですが、私の『軍人としての』判断でいえば、貴方の言う表面、【不要な場面でスキルを用い、鍵のかかる場所に侵入した】というのは、到底見過ごせることではありませんでした。
ましてそれを行った場所は【軍施設】、【軍人である、私の依頼として】行動していた時です。ならば、傭兵と言えど越えさせてはいけない枠組みはある」
顔を上げる。次の言葉は、相手を見てはっきりと言わねばならない。
「前回の――【太原】の、件については、今の貴方の言葉を聞いてなお、私は私の判断が誤りであったと認め、謝罪する意思は、今はありません」
それが、わざわざULTの本部を通じて、依頼として――報告書として残る形で自分の【対処】を求めてきたのであろう彼への、孫少尉の答えだ。
考えていなかった、相談しなかったと思うのだろうか。
本当に軍として【表面】を【表面】通りに処分していたら、どうなっていたか分かっているのだろうか?
それでも道を違えるならもう、やむを得ない。彼と自分は徹底的に相容れないのだろうと。
「‥‥私があなたを拒否したから、あなたは中国軍への協力を拒否するという。ですが、私の祖国はそうはしないでしょう。1人の傭兵と絶縁したとしても、傭兵全てを同じような目で見ることは無い、そう信じています」
さようなら、今まで、ありがとうございました、と言葉を添えると、これでもう話すことはないと視線を逸らし、孫少尉は再び作業へと戻った。
●
「今、あなた達の力が、協力が必要です。一緒に戦って欲しいんです」
ヘイルの用意した事務所に詰めよる、抗議の一団にケイは必死で呼びかけていた。
「戦え!? やっぱりか! 俺たちに戦場に立てって言うのか! 無力な俺たちに!」
「戦場に立つだけが戦いじゃない。今外で敵の掃討をしている傭兵が全力で戦えるのはここで休める態勢が整っているから。‥‥そういう戦い方もあります」
そんな綺麗事を‥‥と言おうとする一団に、更にふらりと近づいてくるものが居る。
柳凪 蓮夢(
gb8883)だった。
周辺のキメラ相当活動に参加していた彼の動きは、疲労と負傷で重たげだ。
「やあ‥‥今日の戦果の、報告に、来たよ」
簡易キットで治療しただけの怪我からは、まだ血が滲んでいる。その姿に抗議の団体は、僅かに気勢を削がれる。
蓮夢は彼らにぺこりと頭を下げる。そして。
「別に‥‥今すぐ信用しろ、とは言わない。ただ‥‥見極める為に、少しだけ、私達と関わりを持ってほしい」
それが降り積もる事によって、信頼に、変わって行くと思うから、と。
それだけ言って、蓮夢は背を向ける。
まるで無防備に。町の人を、信じて。ここは休める場所だと。ケイの言葉を示すかのように。
かつりと、杖の音がした。
一人の老人が、そこへと現れる。町人たちにはっきりと動揺が走った。
「別に‥‥抗議活動を止めに来たわけではない」
小柄な体に確かな威厳を湛えて、老人は言う。
「ただ‥‥一つ釘を刺しに来ただけだ。事業が始まるまで。好きに己の主張はするがよい。だが、意に沿わぬ結果になったとて、戦禍に巻き込まれたものたちに石を投げることは許さぬ。その瞬間、我らに正義はなくなる」
それこそが、希望という薬をその場で劇薬に変える過剰反応。それをしてしまえば終わりだと、老人は告げた。
「じゃが、儂がいいたのはそれだけだ」
踵を返す老人に、ハンナが十分以上ですと恭しく礼をする。この上なく心強い、事業への支援だった。
ヘイルはその時、一度全体指揮を長郎に託し、人に会いにいっていた。
面会の叶った、親バグア派に属する市議会議員である。
正装し、丁寧な物腰で、今回の事業についての理解を求める。
人類の希望とされるLHからの避難を受け入れることで、世界的にも名声が高まり、交渉次第で援助が受けられる可能性が高い事。
新たな仕事の創出で経済が活性化し、利益が出る事。
もちろん傭兵による警備・キメラ駆逐も行われる事など。
議員がはっきり顔色を変えたのは、一度バグアを退けたこの街が再びバグア支配になったとしても、強圧的な支配になる可能性が高い事を説明した時だ。
その際、彼は、地域のバグアトップがウォンではなくなったと教えた。
‥‥この地を支配していた思想が、バグアの中でもかなり特異なものであることは理解していないわけではなかった。
そして、曲がりなりにも議員である。世界情勢は把握している。バグアの中でも意見が分裂し、混乱が見られると。
‥‥バグアに支配を任せることがいかに危ういか、分かっていても目を逸らしていたそれを、今度こそ議員は思い知らされる。
傭兵達の活躍により、少しずつだが、だが事業の障害は確実に取り除かれていく。
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)の機械剣の一撃が、飛び掛るキメラを迎撃する。怯んだところに、住吉(
gc6879)が、超機械から生み出した旋風が襲い掛かる。
「‥‥終わりか? 街道が近いからな。ここはしっかりやっておかないと」
周域のキメラ掃討活動も、終盤と言ってよかった。それゆえに油断は許されない。
住吉が、探査の目を発動してあたりを警戒する。
「多分大丈夫だと思うんですけどね〜」
「多分、じゃ、まずいだろ‥‥」
ユーリが不安げにぼやいた。その不安は、この場限りのことではない。
「避難の受け入れ‥‥か。上手く行けば、確かに距離は縮まる‥‥のかな?」
呟く言葉に。
「市民というものはですね、衣食住、そして身の安全さえ保障されれば、主義主張、そして支配‥‥なんて大して問題は気にならないものですよね〜‥‥なんて、適当に言ってみたりですね〜」
やはり適当な感じで、住吉が答える。
だが、気軽にいったその言葉こそが、実は事の本質を恐ろしく的確についている。
そうなのだ。結局、人類につこうが、バグアにつこうが、そんなものどうでもいい。ただここの人たちは、生きるのに、己の利益に貪欲なだけ。奇麗事で脚色する前にやるべきことをきっちりこなすことこそが最も確実なアピールなのだ。
だから。本音を言えば。
事業に賛成した市議も、孫少尉すらも。
実際、この町に避難民が来てくれることなど、期待していなかった。
それにかこつけて、周域が安全になれば。
後になって、物流が回復し、地域が活性化すれば、また考える余裕も生まれるだろうからと。
だって、たとえ住居が壊れようとも、危険だろうとも、故郷を離れるだけで、知らぬ土地にくるのは勇気がいる。
まして‥‥この町は。
●
「バグアに味方していた町、だったんでしょう?」
LHでの説明会会場。一人の青年が立ち上がり、鋭い声でそう質問していた。
「‥‥そうだね」
落ち着いた声で答えたのは、これまでずっと、中立的な立場で意見しまとめる役を務めていた、大泰司 慈海(
ga0173)だった。
「安全だったLHから、親バグア派がいる済南市へ移るのを不安に思うのは当然だと思う」
その役割として、不都合なことも隠さない。隠そうとすれば、不信を生むから。ただ、誠意を持って対応する。
「でも、不安に思っているのは済南市民も一緒。人類に見捨てられたという傷を心に持ち、避難を受け入れることで、バグアを刺激する可能性も孕んでる」
それでも、お互い優しく手を差し伸べ合って、分かり合えたらいいなって思う。
優しく、相手に合わせて。しっかりと目を見て、一方的に話すのではなく、『会話』する。
「‥‥本当に、向こうにそんな気があるんですか?」
なおも疑わしげに、青年は問いかける。
そこで、一つの映像が流された。
済南市から届いたビデオレターだ。
そこには、どこかぎこちない態度で、避難民を歓迎する意志を、避難生活を心配する言葉を、語りかける人たちがいた。
ビデオレターをもたらした炎西は、済南市の空を見上げて、祈っていた。
彼が今回、この任務に赴く際に、己の持ち物から持ち込んだものは二つ。
UPC南洋瀋陽従軍勲章。
UPC北京解放作戦従軍勲章。
その、たった二つだけだった。
一切の武器も持たず、防具も、一つのアクセサリすら着けず。
ただ、この国の、己の故郷のために戦ってきた証、その意志だけを携えて、ここに来た。
「かの地を安定させるのは、疑心では無く‥‥信頼だと私は思います」
再びLH。そっと言葉を寄せたのは、流叶だった。
「抗う意思を、そして今は手を伸ばす意志を――示しているかの地を、もう一度‥‥信じてみませんか?」
向こうには、初めの一歩を踏み出した人を、勇気を出した人が、いるのだと。
‥‥まだ、ごく一部の人であることは、確かなのだけど、それでも。
質問を投げかけた青年は、まだ、立ち続けている。
済南の実情を知っていたということは、真面目な青年なのだろう。正義感の強い、言ってしまえば、青い。言葉通りの、青年。
その彼が、再びゆっくりと、口を開く。
「――この地への避難を、希望します。どうしたらいいですか」
きっとそれは、信じたわけではないのだろう。
それでも、確かめたい、と思ったのだ。確かめに行くべき、何かがあると感じて。
それでいい。
それがいいのだ。
すぐに信じるのではなく、あっさり変わるのではなく、少しずつ知ろうとしてくれれば‥‥。
いつかそれが、理解に繋がる。
●
後日。
済南市を訪れたLHの民は、用意した住居の数よりずっと少なかった。
出迎えた済南市の市民も、決して多くはない。
きっと交流は、ごく一部のものだけに限定されるだろう。
それでも、彼らは、一歩を踏み出したのだ。
歓迎光臨!
孫小隊と、傭兵達は、撤収の準備をしながら、共にその光景を見届けていた。
小さく振られる旗の文字が、孫少尉には大きく大きく見える。
やってくれた。
彼らは、成し遂げてくれたのだ。
どれほど感謝すればいいだろう――!
「人材は企業の財産だ。人そのものが国、とも言う。恐らく、地球も人あってこそ、なのだろう」
凛生が言った。
「エミタの発見、能力者の誕生から、まだ歴史は浅い。この力はバグアと戦うためのものだが、エミタを埋め込まれた能力者の寿命等、不明な点も多い」
戦後、この星を支えるのは、人だ。戦うことしか出来ない己に代わり、どうか、彼らも復興のために力になって欲しいと。凛生は心から願う。
呟きを聞いて、一人の軍人が、ぴしりと敬礼をした。
‥‥親バグア派と話をしていたとき、群衆の中で見た姿だった。
「こんな唄がありましたね‥‥」
ハンナが、一つの歌を口ずさむ。
歌う傭兵の背中を見て、孫少尉が思い出したのは、かつて傭兵たちと、小隊の皆で歌った日のこと。
――‥‥その時、隣で歌っていた女性(ひと)のこと。
『一度は道を違えても、同じ世界を目指すなら手を取り合える事もきっと来る。それまで互いに頑張りましょう 小鳥遊神楽』
彼女の想いは、おそらくこちらが必要以上に傭兵と仲が良い様子を他人には見られたくないと気遣ってくれたのだろう、部下に、紙片に託される形で伝えられていた。
孫少尉はすがるようにそれを握り締める。
(あの日はもう‥‥遠い幻だろうか‥‥それとも‥‥)
分からない。こちらが今どれほど感謝の気持ちを抱えていても、向こうがこちらをどう思うのかは。
不安に潰されそうになりながら、孫少尉は、ハンナの歌の通り、泣かないように天を見上げていた。