●リプレイ本文
●出発前
依頼を聞き集まった傭兵たちは、相談しながら現場の町へと向かっていく。
「キメラの数がわからないのが面倒なところですね‥‥。手早く排除できる敵は片付けましょう。てこずりそうな敵は無線機で連絡を‥‥」
水無月 蒼依(
gb4278)がたすき掛けをしながら言う。
「家が壊れちゃった人とか、どうするんでしょう‥‥学校とか無事なんでしょうか?」
和泉譜琶(
gc1967)は、不安げにつぶやいた。
「町の被害を抑える為に早く倒さなければいけませんね」
譜琶の言葉に紫翠 瀬良(
gc1079)が応える。
と、そこでセラ(
gc2672)は一人、突如振り返った。
そこには傭兵たちをすがるように見ていた少年と少女がいる。
彼女は、少女と目が合うと‥‥にっこりと、勇気づけるように笑って見せ、そして改めて前に向き直って駆けだした。
少女は、何かショックを受けて硬直するかのように、町へ向かい走り出した傭兵たちを見つめ続けて‥‥。
彼らが見えなくなると、また俯き。そしてスケッチブックの新たなページをめくると、再び猛烈な勢いで絵を描き始めた。
「ん〜やっぱり高いところから探すのが基本ですからね‥‥。早く見つけて倒しちゃいましょう」
町に到着すると、蒼依は素早く適当な建物に上り、キメラの姿を探す。予想通り暴れる姿は遠目にもすぐ分かり、彼女は幾つかの方向を指し示す。
その一つが町の中央付近を指すと、セラが迷うことなくそちらに向かって走り始めた。
「絵‥‥大切な思い出だけれど、私は‥‥」
ウルリケ・鹿内(
gc0174)はしかし苦渋の表情で呟いた。彼女も少女の思いは聞いていた‥‥聞こえてしまって、いた。
だが、町全体の被害を最小限にと考える、ならば。
ウルリケは、あえてセラとは別の方向へと走り出す。
「ウル姉さま! 私も!」
そんなウルリケに、ティナ・アブソリュート(
gc4189)が、声をかけて追随した。
「う、ウル姉さま‥‥?」
呼び名に戸惑いながらもウルリケはそのままティナと共に駆けていく。
「チッ、どいつもこいつも善人ぶりやがって、自分から仕事増やして何が楽しいんだよ」
湊 獅子鷹(
gc0233)は一人、不快感をにじませてそう零した。
彼にとっては少女や避難民のことなど正直、どうでもいい。受けた依頼はキメラ退治だけだ。
‥‥が。
(「待てよ‥‥少女の絵の腕が上達すれば‥‥この先、良い儲け話になるかもな」)
ふとそんな考えが浮かび、獅子鷹は一つ下種な笑みを浮かべると‥‥セラを追って走り出す。
これで、この場に残るのは四人。
蒼依が確認したキメラの居場所は‥‥残り、二つ。
自然、残りも二手に分かれてキメラに向かうことを考えた時点で。
「今回も一緒ですね! 赤槻さん、必殺技を期待してもいいですか〜?」
譜琶が、赤槻 空也(
gc2336)にそう、声をかけた。
「わ、ワザだぁ?? 期待すんな! さっさと行くぞオラ!」
空也は、必殺技と言われて、なぜか恥ずかしげに、ごまかすようあわてて動き出す。
その様子を見て、蒼依と瀬良は何も言わずに、共に動き出し。
かくして、傭兵たちは4チームに分かれて行動を開始した。
●ウルリケ&ティナ
暴れるキメラの姿はすぐに見つかった。聞いた通りの、熊をより凶悪化したような姿。
「それでは、お掃除の時間です‥‥」
ウルリケは、自らに集中を促すべく呟き。
「こちらを向きなさい!」
熊の気を引くため、大音声で叫ぶと同時にやや大げさな挙動で突進していく。
熊が振り向くころには、ウルリケはその懐に飛び込んでいた。そのまま胴体に、エミタの力を乗せた強烈な一撃を叩きこむ!
苦悶と怒りの咆哮を上げ、熊は反撃の腕を振り上げた。数度それは、ウルリケの肌を浅く傷つけ、しかし。
「どこを見てるんです?」
別の場所から声がした。死角に潜り込んでいたティナのものだ。そのまま熊が居場所に気づくよりも早く、立て続けに熊の体を切り裂く。
「可愛くない熊さんですねー」
余裕を見せるようにティナは言った。
熊の注意が今度はティナに向いたのを見て、ウルリケとティナの二人は自然、視線を交わし頷く。
「あなたに時間を割いてる暇は無いんです!」
ティナが叫び、熊に向かって踏み込んでいく。牽制するように、数度細剣を閃かせ。
「ティナさん、お願いします。‥‥ここなら!」
ウルリケの合図とともに、ティナはふっ‥‥とこれまでとは違う大きな動きを見せる。
つられて熊が思わず前に出たところに‥‥熊の眉間に、薙刀の一撃が真正面から突きこまれる!
まともに入った一撃は熊の額を割り、威力を完全に脳に伝え‥‥巨体が、どうと地面に倒れる。
しばらく、その様子を見て、絶命を確認すると、二人は無線で状況を伝え、そして、また走り出した。
●蒼依&瀬良
「思えば最近、キメラ退治しかやっていないような‥‥仕方ないか」
走りながら瀬良はふと、呟いていた。
「僕は‥‥何も感じないからね」
自らを納得させるかのように自嘲気味に続ける。
(「‥‥それにしてもあの女の子は何を思っていたんだろう?」)
来る途中に避難所で見た少女の表情を思い出す。
例えば住む場所が、仕事が、食べ物がなくなれば困る。それは理解できる。だがあの少女の表情は、そうしたことに対する不満や困惑とは、別物な気がした。
じゃあ何なのか? きっと‥‥自分には分からない。
そう思ったところで、いつの間にかキメラのそばまで来ていた。
「キメラを発見しました。これより攻撃に移りますね」
蒼依は無線で連絡すると同時に動く。SESの力を脚に伝え一気に熊に肉薄するとそのまま片足を軸に回転、身体全体で円を描き、勢い付けて切りつける。
攻撃は綺麗に入った。熊に決して浅くないダメージを与えたのを確信しつつも、蒼依はその手ごたえに内心で舌打ちする。――二刀を扱うがゆえについやってしまったが、非物理的な一撃に勢いをつけたところであまり意味はない。
だが、落ち込んでいる場合ではない。敵はこれだけではない。戦闘不能に持ち込むまで、一気に叩きこむ!
気を持ち直して、剣を幾度か振るい。
「こちらばかりに気をとられると‥‥怪我しちゃいますよ」
呟くと同時に、熊の腹が横手から薙がれる。瀬良の大鎌による一撃。悲鳴にくぐもった絶叫が熊から洩れる。
「五月蝿いな‥‥消えろ」
感情を失った少年の声はしかし今、確実に苛立ちを含んでいた。瀬良は覚醒すると負の感情のみ、蘇る。
「この一撃で沈め!!」
その昏い想いをぶつけるように、瀬良は大きく鎌を振り下ろす。一気に刈り取るよう、縦一文字に。脳天から入った一撃が、宣言通り熊の体を沈めた。
●空也&譜琶
『クー兄さんそちらの状況は?』
空也は、公民館へと向かったセラと無線で確認し合っていた。
『聞こえたんだよ! 女の子の想い! 迷トリオが女の子の笑顔を守るんだよ! がんばろうねクーお兄ちゃん♪』
「‥‥ガッテン、愛と笑顔と愉快をお届け‥‥迷トリオの合言葉な。絵は任せるぜ! 町も絵も‥‥全部守るぞ‥‥!」
互いの状況、そして何より‥‥想いを。
そうしながら空也と譜琶が熊の破壊した後を追いながらたどり着いたのは、まだ新しい一軒家の並ぶ一角だった。熊は今、そのうちの一軒の門扉を破壊し、庭へ、そして家屋へと乗り込もうとしているところ――
「‥‥壊される前に潰すぞ‥‥」
呻くように呟き加速する空也の眼に、ふと瓦礫と化した塀が目に映る。そこには、揃いの色の大小二台の自転車――仲の良い兄弟がいることを思わせるそれ――が潰され埋もれている。
無意識に彼は、額のバンダナに触れていた。それは彼の弟の形見。託された想いを残すカタチ。‥‥だからこそ彼は、絵に祖父への想いを乗せる少女の気持ちが無視できない。
「いつも! いつも! テメェらは大事なモンブッ壊しやがってッッ!」
叫ぶとともに空也は踏み出す。そこへ。
「最初の一撃、私がいっていいですか?」
譜琶が声をかけた。空也ははっと我に返る。冷静さを失うほどではないが、幾分上がりかけていた血が落ち着くのを感じる。
「オッケ‥‥最初頼む‥‥タイミング合わせるぜ‥‥」
空也の返事に譜琶は頷く。銃を構え狙い澄ました一撃を熊の目元に命中させる。
熊がひるむのを確認すると同時に、空也は一気に熊に接近した。
「あとは、お任せします〜そのかわり、援護は任せてくださいね!」
呼びかけて譜琶は弓に持ち替え、援護射撃に徹底する。絶妙なタイミングで降り注ぐ矢に気を逸らされる熊に、空也は一撃を確実に重ね続け。
「ブッ飛ばしてやらァ‥‥『貫通練拳』!」
爆発するような勢いで踏み出される脚。その勢いを零距離で撃ちこんで、熊の体を吹き飛ばした。
●セラ&獅子鷹
真っ先に公民館のほうへと向かった二人が、目的地にたどりつく頃には、まだ熊は手前の駐車場で暴れており建物自体は無事だった。
セラはそのことに安堵しながら覚醒する。
そうして彼女は、一度具合を確認するかのようにぐるりと首を回す。
町。
少女の願い。
仲間。
自分自身。
「まったく、守るものが多くて大変だな」
呟くセラの様子は、先ほどまでと明らかに別のもの。実際、それはセラとは別物――覚醒時に現れる人格、アイリス。
「ま、退く気はないがね」
そう不敵に言うと彼女は前に出る。
「久々だな不破流を使うのは、そこの嬢ちゃんの盾になれるかが課題だな」
同時に獅子鷹はそんなことを考えていた。彼もまた、セラのことは実力的に認めつつも、傷つけるわけにはいかないと思っている。
獅子鷹は動き回りながら近寄り、その間にショットガンを熊の腹に叩きこむ。二人同時に熊に接敵し‥‥だが、そこからの動きはどこかちぐはぐだった。
何せ互いに盾となり、前に出ようと考えているのだ。思惑が完全にすれ違っている。
「軌道が単純すぎる。君、やる気あるのかい」
アイリスはそう挑発するも、もともと知性のないキメラに言葉はあまり意味がない。まして、殺意をむき出しにして前に出てくるものがいれば。
獅子鷹は銃をしまい、二刀の小太刀を逆手に持つ。熊が繰り出す一撃を捌き、避けようとするが、思った以上に鋭く重い一撃と、アイリスとの位置取りが上手くいっていないことがありやや動きが悪くなる。爪は防いでも、衝撃による打撲傷が獅子鷹に刻まれていく。
「無様だね。小娘一人押し潰せないとは」
まずいと思ったか、アイリスが強引に前に出ながら再び挑発する。さすがの熊もうっとおしそうにアイリスに向けて腕を振るった。
が、彼女の持つ頑強な盾は強烈な一撃を完全にはじき返す。熊の体勢が崩れる。
「さっさと寝とけ! デカブツ」
機を見た獅子鷹が一気に攻めに出る。
「鎌鼬」
その技の名が呟かれると同時に、流れる軌道を描く二刀の小太刀。その動きに熊が翻弄された瞬間、一刀が足の甲を貫き完全に動きを縫いとめたところで、もう一刀がしゅるりと弧を描き喉を掻き切る。
血しぶきを上げよろめく熊。大勢はこの時点で決していた。
やがて‥‥他のキメラを倒した仲間が集い始めると、熊が完全に動きを止めるまでさほど時間はかからなかった。
●公民館の絵
「そうだ、絵は‥‥どうなりましたか?」
気がかりで仕方なかったのだろう。ウルリケがはっと問いかける。
セラ――覚醒が終了し、今はあどけない少女の顔に戻っている――もその言葉に、あわてて顔を公民館へと向けた。
中に入ると、はたしてそれらしき絵はすぐに見つかった。
入ってすぐの場所に飾られた、闇の中に咲く、8枚の花弁をもつ花の絵。
押しつぶすほどの、絶望にも見える暗闇の中描かれるその花は、まるで花びらそのものが光を放っているように堂々と咲き誇っているようだった。
「はぁー。よ、よかった‥‥」
ウルリケが嘆息する。
まず確認しておきたいことは確認できた。
「町の方にもキメラが居なくなったことを知らせましょう」
蒼依の言葉に一同は頷き、引き返していく。
傭兵たちが闘うその間、少女は一心不乱に鉛筆を走らせ続けていた。
心配げにその手元を覗き込んだ少年が、驚きの表情を見せる。
「なあ‥‥その、絵って」
思わず聞いた少年に、少女はゆっくりと頷く。
「いつか、おじいちゃんが言ってたこと、思い出したの。絵は、ただ目の前にあるものの姿だけを写すんじゃない、って」
だから絵描きに必要なのは手よりも眼、そして心だと。対象がもつ力を、何かを感じ取るための。
「‥‥あの花の絵は‥‥だから私は‥‥」
再び少女が鉛筆を握りなおしたところで、
「あ」
少年が声を上げる。‥‥傭兵たちが、戻ってきたのだ。
ぱたぱたと、そのうちの一人が駆けよってくる。
「セラってばおじいさんの絵を守ったよ! だから笑おうよ♪そのほうがきっと楽しいよ♪」
少年と少女は、すぐには何も返せない。ただ顔を見合わせる。
「セラの言う通りだぜ。あんま笑わねぇと…俺みたいにヒネちまうぜ?」
空也が、苦笑気味に続ける。
少女は顔を上げようと、して。
「おっと、仕事増やされたんだ、追加料金頂かねえとな」
そこで獅子鷹が、一転して冷たい声で言った。
「何年かかっても良い、その絵を書いた画家を超えてみろ」
少女は‥‥返事はできなかった。再び顔を曇らせて、怯える。
「ねえ、私絵心ないんだけど。そんなに上手いなら教えてくれない?」
微妙な空気の中、ティナがいたわるように少女に声をかけた。だが少女は震えて固まるまま。
「大丈夫だって!」
そこで少年が、明るい声で言って少女からスケッチブックを取り上げた。
「傭兵の皆さん! こいつの大切なもん守ってくれてマジありがとうございます! そんで‥‥こいつなら大丈夫っすよ!」
「ああっ‥‥駄目!?」
そうして少年は、少女の制止を振り払い、手にしたスケッチブックを傭兵に向けて掲げる。
そこに描かれるのは、8枚の花弁をもつ花‥‥ではない。
戦場に赴く、8人の背中、だった。
戦いに向かうその様子は、鉛筆で描かれたモノクロームのものであるにもかかわらず‥‥光に向かって歩いているように、見えた。
それには、少女があの時、傭兵たちに抱いた期待が。この時代において、傭兵たちに見出した希望が描きだされようと、していた。
「なるほどこれは‥‥いい絵ですね」
新たな声は、少年と少女のさらに後ろから聞こえてきた。
依頼主の町長だった。傭兵たちは、ひとまず簡潔に経緯を説明する。町長は満足げに頷いて、そして、少女と傭兵たちに視線を巡らせながら、言った。
「よければ、この絵をしばらく公民館に飾らせてもらえないでしょうか? この日の感謝と‥‥復興への希望を掲げるために」
と。
少女はあわてて、しかしただ、ためらいがちに傭兵たちを、見る。
――結末はどうなるかはここには記せない。傭兵たちの返事次第だ。