●リプレイ本文
『私がこの地に根をおろしてもう、何年たつでしょう
また、花咲く季節がやってきました
だけど。いつもなら二つ三つの蕾がようやく開こうというときにぽつぽつと訪れ出す人たちが、今年はそろそろほとんどの花が満開になろうというのにやってきません
ただじっと耳を澄ます私に聞こえてきたのは、恐ろしげな音でした』
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傭兵たちは話を聞いて、花畑にキメラが行かぬよう、早くにキメラを発見、出来れば引きつけつつ倒したいと考えたようだ。
ラウル・カミーユ(
ga7242)は呼び笛を吹き、レーションの包みを開け匂いを流したりなど、存在をアピールしながら進む。
神翠 ルコク(
gb9335)はキュルキュルと、野鳥の鳴き真似などしながら歩いていた。
鈴木庚一(
gc7077)は、足跡や猪の習性などを考慮した追跡に意識を置いてついて行く。
そして、香月透子(
gc7078)が、いつキメラが出現しても対応できるよう構えていた。
やがて響いてくる重く速い足音。
どうやら今回のキメラは正しくキメラとして調整されていたらしい。こちらの気配を認め、猛進してくるのがはっきりと感じ取れる。一同は身構える。
「敵発見したヨ。そっちどうー?」
ラウルは一度無線でどこかへと連絡していた。
『こちらも向かっている。それから‥‥』
答えたのは、村人たちから情報収集の為に遅れての現地入りとなった夏 炎西(
ga4178)だった。答えながら炎西は、情報収集に同行していたメアリー・エッセンバル(
ga0194)に振り返る。
「メアリー、我々はこっちからだ! 挟撃を狙うぞ!」
強く一言言って、再び身を翻し駆けていく。
‥‥いつもと違う口調。呼ばれ方。覚醒特徴を知らなかったわけではないが、少々面食らうメアリーだったが、すぐに「今はキメラと花畑!」と気を取り直し、パン、と一度顔を叩いてから急いでついて行く。
先行班は、前衛にルコク、透子。後衛にラウル、庚一の形に別れてキメラへの対処に入っていた。
花畑に向かわれるのを警戒して、前に出たルコクが、透子の弾幕をすり抜けてきた一体を、盾扇を掲げ身体を張って止める。ラウルがそこに、射撃を入れて、キメラの進路を誘導する。
炎西に聞いた目的地まで引っ張ったところで、後衛が射撃で、ダメージを与えつつ動きを牽制、突破を防ぐ中、前衛がしっかりと一撃を加えていく形を作る。
ある程度の形勢が作られてからは、庚一は意識して透子のフォローに回る。彼女はどうも前に出がちだから、と。
(‥‥あー‥‥まあ、心配する事もないだろうがね)
庚一の視線の先で、透子がキメラの一撃をすり抜けざまに側面に回り、強烈な一撃を浴びせていた。
そこへ、メアリーと炎西が合流してくる。背後から奇襲する形でダメージの浅いキメラに攻撃を加え、立ち位置を更に押し込む。これで、包囲が完成し、逃がす危険性は少なくなる。
炎西がキメラの動きをアルティメットまな板で抑え込むと、メアリーが狙い澄まして爪の一撃を加えた。御馳走の予感だからと、なるべく傷つけずに倒したいようだ。
攻撃力は侮れないがそれに気を付ければ彼らの実力ならば問題ないと言える敵だった。やがて目の前の5体はあっさりと片付けられた。
万一に備え、更に周辺を哨戒するが‥‥どうやら、これで終わりのようだ。
ならば次に確認すべきは。
一同は頷き合い、聞いていた花畑の場所へと向かう。
――そして。
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『恐ろしい音が止むと、やっと、今年一つ目の花を摘み採られていきました
一つ目の花は白い花でした。僅かにクリーム色がかった優しい色です
とても純粋な想いを表すかのように』
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惹かれるように花畑に入ると、ルコクはそこから一輪の花を、根から丁寧にそっと採った。
「姐姐(ジェジェ)はちゃんと、生きて、此処にいるから」
綺麗にとれたことにほっとしながら、そうっとルコクは花に向けて呟いた。
安らかにとは言えないけれど、失ってしまった同胞たちへ。
それから、逃げ延びたかもしれない同胞たちへ。
渡したい相手は余りにも遠くにいる。でも、想いは届くと信じたい。
そうして‥‥ルコクが顔を上げた瞬間、柔らかな風が吹いた。
大樹の枝が揺れると、葉の間に出来た隙間から日差しが零れてきて‥‥ルコクを照らす。
――大丈夫。私たちの想いも、此処に在ります。
漏れる日の光から、空から、聞こえてきた気がした。
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『二つ目の花は何とも言えない色でした。藍? もう少し別の色も混ざるでしょうか
濃淡のある花弁は光と影の加減でまた違う色合いを見せ、その人その時により異なる色で表せそうです
‥‥それを摘んだ方の気持ちも、でしょうか』
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「‥‥『あなたへの花』‥‥『永遠』‥‥ね」
庚一は、何気なく、なんとなくと言う感じで花を一輪摘み取ると、ぼんやりと見ながら呟いた。
そして、思う。そんなものないだろうよ、と。
「‥‥渡す奴の心意気、心持ち、なのかね」
信じる者にはあるのかもしれないが、少なくとも自分には存在しない。
(‥‥そんなものがあったら今頃は‥‥)
思考はすぐに途切れた。考えるだけ無駄だ、と。
それでも、また別のどこかで思う。ある意味『永遠』は、もう始まっているのかもしれないと。
だが思考はそこでまた中断される。‥‥面倒臭い、と。
そうする間、視線の先にはずっと摘み取ったばかりの花があった。
庚一はそこでくるりと振り向く。そして。
「‥‥透子、これ、お前にやるわ」
花を、どこか、面倒臭いものを押し付けてやるとばかりに、向いた先に居た相手に差し出した。
――お前に渡す『永遠』なんて、最高の皮肉だろう? と。
それはかつて永遠を誓った相手。『元』婚約者。
今は婚約を破棄し‥‥そして親交は残っている。
彼がどうしたいのかは、いつもの如何でもよさそうな表情からはうかがい知れなかった。
その、彼の視線、差し出された花の先で、彼女は。
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『三つ目の花は堂々たる紅。凛として己を誇るような鮮やかな色でした。
ですが、花弁の元の方が、少しだけ。迷いを残すかのように薄くなっています。
その薄紅は‥‥可憐な色にも思えました』
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庚一の視線の先で透子もまたその手に花を持っていた。
彼女がこの花畑に訪れてまず‥‥純粋に、綺麗だと思った。きっといろんな人の想いがここを作ったのだろうと。
守れてよかったと、本当に、そう思った。
そうして、惹かれるままに花を一輪、手にとって。
(『あなたへの花』‥‥か。私の「あなた」は‥‥)
自問する。自分はまだ希望を持っているのかと。
永遠。一度は固く誓ったはずのもの。
だけどそれははかなく散ってしまった。いや。
(‥‥私が自ら散らせてしまった)
だからこそ、彼女には分からない。永遠、そんなものが本当にあるのかと。
‥‥でも。
透子は、庚一の差し出した花の前で暫く固まっていた。
(永遠を誓って別れた私達。それでも今、まだこうして一緒に居るわ。‥‥そう言う意味では永遠もあるのかもしれない)
視線は、相手の差し出した花に。
意識は、己の手の中にある花へと向けながら、思うのは。
(こうして交流は続いている。これからなんて誰にも分からないけれど‥‥願わくば‥‥このままで)
――うぅん。違うわ。
――本当は‥‥。
「誓った永遠は消えて無くなってしまったけれど‥‥」
やがて透子も、己が手にした花を、交換こ、という風ににこりと奇麗に微笑んで差し出した。
「今も一緒に居る‥‥。この永遠を願うわ‥‥」
今はそれだけを言って。
二つの花が、二つの永遠が、行き来する。
(本当は‥‥あの時に戻りたいのかもしれないけれど)
そうして最後に、透子は一人、こっそりと呟いていた。
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花畑を離れると一行は報告の為に村へと戻っていく。その際猪キメラも持ち帰っていた。ルコクが、猪なら栄養源になるからと、村のものに必要か問いかける。
その後ろで、炎西がひとまずと、一匹を解体して鍋にしようとしていた。
ものがキメラということで、正直村人たちは引き気味ではあったのだが。
「うわーい。美味しそうー!」
メアリーが笑顔全開で鍋に向かうのを見て、村人達の表情が戸惑いへと変わっていく。
「‥‥大丈夫なんですか? それ」
やがて勇気ある村人がメアリーに問いかけると、
「大丈夫! 炎西さんの料理は美味しいから!」
ぐっと親指を立てて返事をした。いや、不安視してるのは料理人の腕前ではないのだが。
しかし自信満々に大丈夫と言われるとだんだん価値観が揺らいでくる。やがて美味しそうな匂いが漂ってくると、たまらず「食べたい‥‥」と言い出す子供が現れ、その親が毒見を申し出、上手そうに食ってるところに惹かれる人間が集まり‥‥という形で広がっていき、気が付けば鍋を囲んでの宴会が出来上がっていた。
そうして、その片隅で。
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『四つ目の花は奇麗な紫でした。それを摘んだ方の瞳と同じ色
その花を摘み上げるその人の表情はとても暖かで。どこか寂しそうで
そっと花を摘んだ後、その人は暫く、私のほうを見ていました』
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「リュンちゃんに一緒に来てもらって良かったナ♪」
ラウルはそう言って、宴会が始まった村の片隅でリュイン・カミーユ(ga3871)に花を渡していた。
ラウル自身にも将来を誓った相手はいる。だが、彼が今回、『永遠』を渡す相手として選んだのはリュインだった。
永遠の想いを誓うのは、何も恋人に限らずともいいだろうと。一生を誓った相手と、同じくらい大事な存在だから。
だから、形に示す永遠は‥‥もうすぐ、同じく彼女が永遠を誓っただろう相手のもとへ巣立っていく彼女へ。
‥‥大事な大事な妹が他人のものになるのは正直、寂しくて。
(だカラ、僕はあの木みたいに見守‥‥れるよになりたいナ)
そう思って。
目を閉じて花畑の光景を思い浮かべながら、ラウルは跪く。
「いつまでも僕はお兄ちゃんデ、リュンちゃんを大切に思ってるカラ」
そうして、ラウルはリュインの手の甲にそっとキスをした。
「そう神妙にされると些か寂しくもあるな」
今まで過剰にウザかったので妹離れしてくれるのは喜ばしい事だが、と、辛らつな言葉もきっちりと言いながら、リュインは少し居心地悪そうに答える。
「我らは双子。生まれた時から一緒で、そしてこれからも一生兄妹には変わりないだろ?」
そうして、手の中の花をもてあそびながら、リュインはさりげなくそう言っていた。
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「‥‥あの。途中だった話のことなんですけど‥‥」
別の場所。食事を楽しむメアリーに話しかけたのは、村の女性の一人。情報収集のときにメアリーが話しかけた相手だ。先行班が早めにキメラを見つけた都合で、会話は慌てて中断となったのだが。
「あ、う、うん。え、えとえと、ちょ、ちょっとあっちでっ‥‥!」
とたんにメアリーはわたわたと、少女を引っ張って更に隅のほうへと移動していくのだった。ルコクが、興味深そうにさりげなくついていく。
「あのぅ‥‥改めて。自分の事を好きって言ってくれる人が『あなたへの花』をくれたら、お返しに何をしたら良いのっ?」
真っ赤になって涙目で尋ねるメアリー。
「受け取ることそのものが返事ですから‥‥特に決まった形はないです。押し花にしたりして、大事にするという人がほとんどですけど。‥‥受け取るんですよね? もう受け取ったんですか?」
ほわほわと憧れの目を向けて少女が問い返してくる。メアリーは「う‥‥まだ‥‥多分これから‥‥」と不安そうに返す。
「その人の事は、好き‥‥だと思う、けど。好きって言ってくれてる人に、その‥‥私が良かれと思って何か変な事しちゃって、もし嫌われたらって思うと、怖くって‥‥」
過去の失敗もあって、どうしても不安が滲み出る。新たな一歩を踏み出していいのか、どうしても踏ん切りがつかない。
変わるきっかけを、彼女は欲していた。
そんなときに聞こえてきたのは‥‥。
「ぎゃあぁああっ!?」
‥‥ラウルの悲鳴だった。
「‥‥ふん。愚兄はやはり愚兄か。油断するとすぐ調子に乗る」
共に、現れたのは何らかの制裁措置を課したのであろうリュイン。だが、呆れながらも確かな親愛の滲む二人の関係が、ちょうど今の己の呟きと重なって、思わずメアリーは「いいなあ」と零していた。
「何がいいものか。ウザい愚兄など」
「ああいや、そうやって‥‥呆れながらもお互いのことなんでも受け入れられる関係が、さ。一つの理想なんだろうなあ、って」
‥‥深い絆があれば、それも可能なのだろうか。
どうすれば、そんな二人になれるんだろう。
「‥‥決まった『正しい形』などいえんさ。我ら兄弟のことも。それぞれの婚約者のことも。我らだからこの形で上手く言った。汝には汝たちの形がある」
「ん‥‥そう、だね」
その形が分からないから不安なのだけれども、と。そのまま、なんとなく始まるガールズトーク。
「頑張ってください! 僕も応援してますっ!」
幸せそうにそれを聞いていたルコクが最後に、ぐっと拳を握り締めて言った。
なんとなくそれが、最後の一押しになってメアリーは立ち上がる。
「メアリーさん。あの、少し‥‥よろしいですか」
遠慮がちに、炎西がメアリーに声をかけたのは、そのときだった。
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『5つめの花として選ばれたのは、花としての盛りは過ぎてしまったものに思えました
色は黄と橙の中間、陽の光のようなとても暖かな色ですが、美しく咲く時期はすぐに過ぎてしまうでしょう
それでも。その花が選ばれた理由は‥‥』
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「花園の花に、加えて頂けませんでしょうか?」
炎西は、そう言ってメアリーに花を差し出した。
種を結びそうな、その花を。
「この花に託された思い、私達でも育てていけたらと、そう思いまして‥‥」
まっすぐに見つめてそう言われて、メアリーは暫く、呼吸もままならない心地だった。
どうしようなんて答えればいいんだろう今自分はどんな顔してるだろう今口をあけたら変な声が出そう呆れられるかなって言うかもう呆れられた?
ぐるぐると頭が混乱して熱でどんどんボーっとしてきて。
滲む視界の向こうで‥‥炎西はずっと、穏やかな顔のままメアリーの言葉を待っている。
‥‥なんで私一人だけ慌ててるんだろう。
急に我に返った。そして、なんだか急に笑えてきた。
改めて、差し出された花を見る。
‥‥この人と育てていきたい、と思った。
花だけじゃない、二人の永遠の形も。
最初から、二人で。
「ありがとう。2人で、育てようね」
メアリーは、そうして。大事そうに、両手で花を受け取った。
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『遠い地で、新たな花が咲くのでしょうか
その結果を私は知ることが出来ませんが、だからこそ
その花を、「今年六つ目の花」と数えておこうと思います
ああ。また誰か、ここに近づいてくる足音が聞こえますね
――今年七つ目の花を採りにきた方でしょうか』