●リプレイ本文
中国軍の拠点を襲う暴風のようなモールドレの攻撃。
翼竜の姿をしたキメラが、その周囲を守護するように飛び回っている。
そこから少し離れた地点に、一台のジーザリオが現れた。
その後部座席から、にゅ、と何かが顔を出していた。大口径の重機関砲。
次の瞬間それが火を噴いて、キメラの一体をよろつかせる。放ったのはリズレット・B・九道(
gc4816)。機関砲を扱ったとは信じられないほど小柄な少女は、貫通弾もスキルも使った大盤振る舞いな攻撃を、人形のような無表情で淡々と行う。
車両を運転するのは秋月 祐介(
ga6378)だ。涼しい顔で撃ちまくる彼女の前で、祐介の表情は苦々しかった。
車体の全幅の2/3程をもつ、反動のばかでかい重火器が後方で暴れまくっているのだ。停止していてもハンドルを取られる。
平穏な戦後を迎えるために伝手を作るには戦果が必要。その機会にはいいと思って参加した作戦だ。危険は覚悟の上だが苦労も多そうだ。撃っている間は、ハンドルの制御に集中しないとひっくり返りそうだった。
と、そのハンドルが、突如静かになる。一旦砲撃が止んだのだろう。
『――こちら秋月傭兵曹長‥‥』
そこで一度避難する中国軍に連絡を入れる。軍の流儀に則り肩書きと目的を告げ、立て直しの状況についての情報提供を求めると、狙撃位置を変えるべく車を走らせた。
戦端は、こうして開かれた。
撃ち落されたキメラに向かって、二人の傭兵が駆けて行く。念のため補足しておくとこちらは生身だ。前に出るのが番 朝(
ga7743)。その後ろを走るのが八尾師 命(
gb9785)。
朝は、リズレットの銃撃が叩き落した一体にまず豪破斬撃を見舞う。
手にするのは「樹」と呼ばれる祖母の形見の大剣、だった。それを使って、厳重に包帯にくるまれたままの状態で横に殴りつける。
反動をそのまま、くるりと回って次撃に利用する。
「支援開始ですよ〜。何とか頑張りましょう〜」
台風のように暴れる朝の攻撃を、命が練成弱体をかけてサポート、というかダメ押しする。
元々銃弾を受けていたところに朝の猛攻を受け、あっけなく一体が地に潰れた。
とはいえ、剣の振りに任せて一定の動きしか取れない朝の動きは、敵のほうが数に勝る状況ではやはり大きな隙を見せる。反撃の火炎弾を受ける‥‥が、防具のおかげで傷は浅かった。初めから、そこまで見越しての作戦だったのかもしれない。
「おっと、また空を飛ばれるわけにはいかないですよ〜」
攻撃を終え引こうとした一体を、まだ治療の必要はないとみなした命が超機械で狙い撃った。中空を飛ぶ相手に手立てを持たない朝の為に、積極的に仕掛けていく必要があった。
「私の名はミリハナクですわ。貴方を殺す者ですの。最後の記憶として覚えてくださると嬉しいわ」
モールドレとの戦いの開始を告げたのは、ミリハナク(
gc4008)の宣告と。
同時に彼女が放った、地を走る衝撃。
モールドレの足元を狙い地面すれすれを狙って放たれたソニックブームは、余波だけで大地をえぐり土砂を上げながら突き進んで行く。
「へえ‥‥」
モールドレは迫りくるそれを興味深げに見据えて‥‥確かめるように大刀を大地に突き立てるようにして受けた。
そして、その表情に驚愕が浮かぶ。殺しきれなかった威力がモールドレの左脛を切り裂いた。
「なるほど、確かに‥‥こりゃ、気を引き締めないと本当に殺されちゃうかもだ」
すっ‥‥と、モールドレの表情から遊びが消える。直後。
「だから! お姉ちゃんは殺す! ドレアドル様の為に殺す!」
ひときわ高い歓喜の声と共に、モールドレは駆け抜ける。足へのダメージなど全く影響した様子はない。
だがミリハナクは落ち着いて、口元に妖艶な笑みを象って彼を待ち構えた。
足に少しのダメージでも与えられたこと、彼の気を自分に引けたこと、全て理解の上、計算の上だ。
モールドレの大刀、ミリハナクの滅斧「ゲヘナ」がぶつかり合う。
ふたたび、大地を揺るがす暴力と暴力。
真正面から受け止めると、身体がきしんで悲鳴を上げて――
「ふふふ、強い敵と戦うのは楽しいですわね。私の悦びの為に死になさい」
その痛みすら甘美というように、ミリハナクは呟いた。
挨拶代わりのやり取りが終わると共に、他の傭兵達も動いていた。
ミリハナクの援護に向かうのはクラフト・J・アルビス(
gc7360)と旭(
ga6764)。
「俺の方、向いてて欲しいなっと!」
クラフトは、命中をサポートする意味で、自分に向けて意識を向けさせるよう顔面を狙って急所突きを繰り出す。
旭は逆に、意識が完全にミリハナクのほうへ向かっているのを利用して、背後から足の関節を狙う。
二人の援護攻撃は‥‥。
「硬いねえおねえちゃん! 本気で、殺しにいくよぉー!」
結論から言うと、モールドレにまったく相手にされなかった。
クラフトは、有り体に言ってしまえばヨリシロを相手とするには実力が足りない。繰り出した一撃はほんの一瞬、頬に筋をつけただけであっという間にふさがっていた。もとより、興味を持った相手に集中しがちなモールドレだ。完全に脅威と認識されずにいた。だがその結果を受けてクラフトはあっさりと気持ちを切り替えて、最低、味方の邪魔にならないことだけを意識して後はただ攻撃することそのものだけに集中する。
旭は‥‥『狙いすぎた』のがまずかった。特定の箇所を狙おうとする、というのはその分、攻撃の勢いを殺す。まして、きちんと狙った箇所に当てるのはただでさえ難しいのに、己より機敏に動く相手にそれを行うというのは相当な困難だ。さらにいうなら、精密な攻撃をするなら大剣という武器は不適だった。結果、重量を以て斬る、という武器の特性を殺し、狙ったのとは違う箇所に浅い攻撃が入るだけ、となり‥‥すでに強化されていたFFにほとんど弾き散らされる。ただこちらも、数度試したのち難しいと悟ると、頭などダメージが高く狙いやすい箇所の攻撃に振り替える。元々過度な期待はしていなかったのだろう。
「痛いの痛いの、飛んでけ〜‥‥」
リズィー・ヴェクサー(
gc6599)が後方で、超機械「ビスクドール」、メリッサと名づけたそれを掲げ集中攻撃を受けるミリハナクの治療に集中していた。‥‥逆に言うと、集中しなければ間に合わなかった。ミリハナクの防御力をもってしても。一撃一撃が高威力なのではない。想像を超えて速いのだ。返礼の初撃と違い、ただ真正面からではなく器用に大刀を取り回しながらの多方向からの攻撃を、ミリハナクは時折受け損ねて直接その身に受けていた。
そしてそこに、キメラ班が対処し切れなかったキメラが参戦する。6体のキメラに対し、近くにいるのが二人では空を飛ぶ相手の動きを抑え込むことは不可能だった。この時点において、リズレットが落とせていたキメラは3体。他の2体のうち1体は正面に立つ朝に向かったが、また別の2体はモールドレの周囲にいる傭兵達に炎弾を吐きかけにいく。
ミリハナクと旭は防御力で無視した。だがクラフトはそうは行かない。回避しなければ危険と判断し、キメラに注意を向けざるを得なくなる。
そしてその後‥‥ミリハナクの目の前からモールドレが消えた。
「ほんっとに頑丈だね! こっちから殺さなきゃだー!」
向かったのは、練成治療を続けていたリズィーの元。リズィーは勿論、己が狙われることを警戒して位置取りには注意していた。決して大刀の届く範囲には近寄らず味方の影に隠れ、遠距離攻撃も範囲攻撃も警戒していた。だが‥‥彼女の元に到達したのは単純に敏捷。ミリハナクや旭より先手を取り、まわりこんで近づいた、それだけ。
「かはっ‥‥!」
猛烈な一撃が突きこまれる。腹部から盛大な血が舞った。
いざとなれば身体を張って止めるつもりでいた。練成治療をかけつづけて踏みとどまればいいと。
一撃で理解する。無理だ。己の防御力で己の生命力でそれは圧倒的に間に合わない。
再びモールドレの大刀が眼前で振り上げられる。
一撃目は目にも留まらなかった。
ニ撃目は血に濡れた刃の鈍い輝きは見えた気がした。
三撃目は‥‥やけにゆっくり、はっきりと見えた。
死
ぬ。
そう思ったリズィーを次に襲ったのは、雷のような衝撃。
目の前が真っ暗になった。
‥‥が、それが、恐れていた死の感触ではないことに、少しして気付く。
「うへぇー? なんだこれ!」
視界が暗くなったのは己の身体を覆う影のせいだった。その影を作っているのは‥‥かろうじて、迅雷を使って割り込んだ旭。そしてそこで、初めてモールドレが、でかい獲物を見つけたという喜びではない、純粋に不満の声を上げた。旭の大剣は、モールドレの一撃を完全に止めている。
「貴方の相手は私でしょう? 浮気は許しませんわよ?」
ミリハナクがそこに攻撃を仕掛けて‥‥だがそこでモールドレは、受けるのではなく退いた。
「まともに喰らったらやばい‥‥でも‥‥間に合わない。倒しきれない‥‥」
呟くと、モールドレは身を翻す。
まともに戦った時間はあまりにも短かった。
「興がそがれますわねっ‥‥貴方とは楽しめると思ったのに!」
ミリハナクがいらだたしげに叫ぶ。
「やい、モルモル! 此処で逃げるのかぉ!?」
己への治療を終えたリズィーが、恐怖を振り払い、敵を足止めしキメラを対処する味方に呼びかけるように叫ぶ。
‥‥狂気と狂気のぶつかりあいと思っていたミリハナクとモールドレの勝負だが、厳密に言えばその思いは少し、すれ違っていた。
純粋に、戦うために戦っていたミリハナクと。
「逃げるさ! 僕の命はドレアドル様のものだ! 勝手に死んだりしない!」
あくまで彼の狂気は「ドレアドルの役に立つこと」。殺しはその手段でしかない。だからこそ‥‥挑発で引き付けると言う事に誤算があった。戦法こそ身体能力に頼った単純なものだが、戦術は上位者によって上書きされたそれを忠実に実行するのだ。
――誰かの為に、なのか。
モールドレの狂気の質に、初めにちゃんと気づいたのは朝だった。
役に立ちたいとか、必要にされたい‥‥それは、分かる気がするから。
【なんか気になった】
それが、朝がこの依頼を受けた理由。ものすごくいい加減なようでいて‥‥もしかして、結構大事なことだったのかもしれない。
だけど。
『ここが分岐点だ。奴だけを狙うんだ!』
祐介から全員に号令がかかる。
そう、朝もここで逃がす気はなかった。
リズィーの足元を見る。治療されているが、そこにはすでに多量の血が落ちていた。
‥‥血溜りはもう、沢山だ。
朝は目の前のキメラを無視して、走り出す。
同時に、他の仲間達も。
しかし‥‥。
「え?」
追いかけっことなって、今度は、旭がモールドレに驚きの声をあげさせらせられる番だった。
迅雷を使って全力で追いかけたのだ。なのに‥‥追いつけない。
一見、モールドレは普通に走っているように見えるのに。
祐介はこの作戦に対し、運以外の全ての要素を塗り潰したつもりでいた。
だが‥‥そうだと言い切るには、まだデータが不足だった。
モールドレ。その報告で常に語られるのはその生命力の強靭さ。防御力と、ダメージの影響を受けない特異体質。故に戦法として彼は‥‥『回避行動を完全に捨てていた』。
それゆえにまだデータとして残っていなかったのだ。
その気になれば‥‥彼がどれほど疾いのかを。
旭の手に、愛剣の重さがのしかかる。その重量に阻まれて、スキルを使った全力移動が、モールドレの純粋な身体能力によって振り切られる。
その旭を、クラフトが瞬天足で追い抜いて‥‥だが、徐々にクラフトは失速する。
クラフトは、このまま走り続ければ追いつける自信があった。だが、腕試し、のつもりできていたからこそはっきり分かってしまう。すぐそばで繰り広げられていたミリハナクとモールドレの激闘、それが今の己と比べていかに桁違いか。そしてリズィーが受けた攻撃を思えば、ここで手をだしても‥‥おそらくろくな時間稼ぎにならない。
次にモールドレを追いかけるのはジーザリオ。祐介が叫ぶ。
「リズレット! 構えていろ、そして振り落とされるなよ!」
‥‥追いついたところで、二人で勝てるわけがない。
そしてなまじ手をだすことで、相手の注意を再びこちらに向けるようなことがあれば、待っているのは死かもしれない。
だがここまで来て手ぶらで帰る気はしない。
せめて、一つ確かめたいことがある。
(命をかける位の欲が出来ましたからね‥‥だから、こんな事にも命を張らねばならぬ‥‥か。やれやれ‥‥ですな)
内心で呟く。リズレットに、停止したら一度だけ後ろから撃って欲しいこと、出来れば足を止めて欲しいことを頼む。
そして停止までかかる時間を計算した上で、己の狙いの射程に入ると計算した位置で停止。
リズレットの射撃を――見極める。
銃弾は、はじける赤い光に全て阻まれる。
(強化FFはまだ残っているか‥‥? ならこの程度の土産は持ち帰る!)
ハンドルから手を離し、機械本を広げる。意識を集中し、電波増幅。そして機械本から放たれる電波が、モールドレに纏わりつき、干渉する。
「うう!?」
走るモールドレが僅かに動揺するのが見える。何かに抵抗すかのようにもがく様を見せた後‥‥更に足を急がせる。
(資料を見てあるいはと思ったが‥‥)
虚実空間。強化FFに通じるか。ジャック・ポットとは行かないが‥‥どうにか己に及第点を与えられる程度の情報は得られた。
そして、追撃を諦めて、ジーザリオは引き返す。
●
キメラが中国軍を襲わないかと不安もあったが、祐介たちが戻ると、主にミリハナクの八つ当たりな攻撃によって叩き落されていた。
ただのキメラ相手なら、傭兵達の能力は十分すぎるほどだ。
やがて祐介の下に中国軍から連絡が入る。そちらの状況はどうだと。短く状況を告げ、そして彼らが無事であるという確認を取る。
「皆さん無事でよかったですね〜」
命が笑顔で言った。
正直、おのおのに反省点がある結果の中、見事なマイペースっぷりであった。
まあ、彼女は目的を「敵勢力を撃破または撃退し、全員無事に生還する」と定めていたので、確かに現状においてはそれはきっちり果たされているのだが。
‥‥いや。ある意味で彼女を超える存在がここにいた。
クラフト。
緊張が解けるや否や、彼は疲れて熟睡こいていた。
「あのー?」
旭が、それはどうなのかなあと、困ったように声をかけ、軽くゆする。だが、起きる気配、0。
「‥‥また続くのか」
ようやく、全体の空気に近い心境を漏らしたのは朝だった。
完全な敗北、では、ない。
今回の戦いは、次につなげる情報を幾つももたらしている。
だが‥‥この場においては滅入るのは、どうしようもないことでもあった。