●リプレイ本文
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閉鎖された九州自動車道を、傭兵たちの乗る車両の一団が走り抜ける。
先頭を走るのはインデース。その背後を、護衛のように4台のバイクが追随している。バイクのうち二台は、AU−KVのバイク形態だ。
「どこまでも真っ直ぐなアメリカとは違うのだよね〜」
インデースを運転するドクター・ウェスト(
ga0241)は、どこか楽しそうに呟く。
高速道路を、渋滞を全く考慮しなくていい状態で走るというのは、平時であればなかなかに快適な道のりだったろう。
「煙草は駄目かね?」
同乗するUNKNOWN(
ga4276)がドクターに遠慮がちに聞いた。が。
「山間ミッドナイト〜! 悪魔のインデース〜!」
意味不明なことを言いつつ運転するドクターから返答はなかった。ノリノリ過ぎて聞こえなかったのか、黙殺することによって否定を示したのか。分からないが、どちらにしても改めて問い直す気にはなれず、UNKNOWNは諦めることにしてしょんぼりと肩をすくめる。
「ターボばあちゃんですって一度見てみたかったのよ」
同じくドクターの車に乗る南 星華(
gc4044)は口元に薄く笑みを浮かべて呟いた。
「都市伝説だかなんだか知らねぇが、俺に任せておけよ」
春夏冬 晶(
gc3526)が応える。
「これが俺の初陣になる訳だが‥‥ババアが相手じゃな。俺の本気を出すまでも無いだろうぜ」
そう言って彼は、余裕を見せるようにふふんと鼻で笑った。
車に乗るのは、以上の四名だ。
AU−KVのうち片方、リンドブルムを駆る沖田 護(
gc0208)は、しばらくの間は、どこか慎重に運転していた。
「実戦でバイクは初めてなんですよ。エミタとリンクすれば大丈夫ですけど」
普通のバイクで並走する如月 芹佳(
gc0928)の視線を受けて、沖田は言う。その言葉の通り、試すような走りは徐々に確信に、自信に満ちたものに変わっていく。
「バイクは趣味で乗るけど、こういった敵は許せないね‥‥」
護の様子を見て芹佳はそう零した。彼女にとっては今回の件は、車両の走行を妨害するという点が気に入らないようだ。
「‥‥ターボばあちゃん、だったか?」
芹佳の呟きに、今回の依頼の詳細を思い出したのだろう。彼女と同じくバイクに乗る――ちなみに車両も同じく、SE−445R――ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が言う。
彼はジャパニーズホラーは苦手な性質だったが‥‥不思議と今回は恐怖を感じなかった。むしろ好奇心をそそられている。
「‥‥見間違えじゃあないんですかね?」
そう言ったのは、AU−KVのうちもう片方、ミカエルで走る秦本 新(
gc3832)だ。彼はまだ半信半疑だった。
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そうして八名の傭兵がしばらく高速道路を流していると、インデースの窓からUNKNOWNの腕が覗いた。くい、と動かされるそれ――事前にあらかじめ打ち合わせておいた、『敵影発見』のハンドサイン――を見て、一同に緊張が走る。そうして、思い思いに後方を確認、敵の姿を認めると。
「おい、なんか敵っぽいのが見えてき‥‥ババアだぁぁぁぁ、ババアが走ってやがるぅぅぅ!!」
晶が先ほどの余裕をあっさりと手放して叫び。
「ぎゃー、本当におっかない老婆どもが追ってくる!」
ホアキンは、新鮮な驚きに、目を丸くして仰け反る。
「まったく、そんなキメラがいるはず‥が‥‥、あ‥‥、あ?」
新は、はじめはやれやれと呟いたものの、次第に声をかすれさせると。
「あはっはははは! このミカエルに、ははっ! 追い付けますか?あはははっ!」
しばらくの間、恐怖に引きつった笑いを上げて、変な汗に滑りそうになるハンドルを必要以上に強く握りなおす。
(「さすがバグア、嫌がらせを超えた何かだ」)
キメラの姿と仲間の様子を見て、護は思わず呆れと感心を同時に覚えていた。
「リアリティが今ひとつね」
星華はどこか残念そうに呟いていた。
もう一人の女性である芹佳も特にリアクションはない。こういうのは意外と女性のほうが強いのかもしれない。
とはいえ男性陣も全てが浮き足立っているわけではない。UNKNOWNも変なキメラは慣れっこになってしまって特に驚くこともなかった。
そんな中、ドクターが考えるのは少し別のこと。
「ほう、以前北アメリカで取り逃がしてしまったキメラの調整型かね〜」
彼は、前に実際このようなキメラを目にしている。そのときは「ターボ・グランマ」という名で呼ばれ‥‥そして、依頼は失敗した。が、さて、今回はどうなるか。
そうこうするうちに、キメラはその外見からは到底想像できない速度で近づいてくる。
UNKNOWNは車内の手すりを掴んで窓から身乗り出し、銃を構えてばあさんの動きを警戒する。
しかし、六体のばあさんたちはまず、バイクやインデースには目もくれない勢いで走りぬけ、その横を通り過ぎ、そして追い抜いていく!
そこから先は、聞いていたとおりだった。少し前に出たところで振り向き、先頭の一体が身構え、インデースに向けて飛び掛る!
だが、UNKNOWNが、星華が、銃弾でその動きを牽制。迎撃。
「ドクター信じてるからね」
星華がドクターに向かって囁いた。ドクターは搭乗者に負担をかけないぎりぎりの勢いで減速、車両を横に滑らせ、キメラを回避しながら停車する。
「取り逃がすな〜!」
ドクターが叫ぶと、呼応するようにバイク達はブーストを掛けて回り込み、取り囲む。
「先手必勝、行きます!」
護が叫びつつ前に出る。そのまま一体のばあさんに向けて剣を繰り出した。
対象となったばあさんは、かっと白目を見開いた顔を護に向けた。俊敏な動作でバックステップ、護の一撃を避けると、反撃の掌底を繰り出してくる。
咄嗟に盾で受け、軽く後方へ飛ぶ。だがそれでも受けた衝撃は殺しきれず、盾を持つ腕に痛みが走る。それでも護の顔に焦りはなかった。
「力はあるけど、動きは単純。勝機はあります」
今の一撃で何かを見極めたのか、再び構えなおす。続く一撃を、今度は盾で受けるのではなく、足捌きで避わしながら側面に回り‥‥ばあさんの腕が伸びきり、硬直する瞬間を見極めて死角から攻撃。
「‥‥悪く、思うな」
キメラに情けは無用。一言告げて、護は更なる一撃を加えるべく、動く。
芹佳はバイクを停車させると、エミタの力で脚力を上昇、一気に一体のばあさんの眼前までに迫る。そのまま地面すれすれまでにしゃがみこむと、手にした剣を横に薙いだ。
リーチの長い武器を使っての、足元を狙った攻撃。ばあさんは芹佳の目論見どおり、跳んで避わす。
空中に飛んでしまえば、足場を確保するまで次の動きは出来ない。そこを狙って更なる一撃を繰り出そうとして‥‥だが、その時ばあさんは前方に向かって跳んでいた。この場所で、最も近い足場――芹佳の肩を狙って。
「それも折り込み済みだよ」
しかし芹佳はその先を見ている。ふっ‥‥と、風が彼女の周囲に巻き起こった。いや、彼女自身が風と化して、一瞬にしてその場から移動している。
回避され、目測を失ったばあさんが、彼女の目の前で落下していき。
「機動力勝負なら、負けない!」
叫びと共に、振り下ろされた剣がばあさんの身に叩き込まれる。
「最初から本気でいかせてもらうわ」
星華の呟きは、先ほどまでよりもより妖艶さを増していた。蠱惑的に、ぺろりと舌を伸ばして紅い唇をなめると、手にした銃を盾に持ち替え前に出る。
彼女の元には二体のばあさんが近づいていく。
「羅刹と妖怪どちらが強いかしら」
囁き、手にした刀を振るうが、複数体を相手取ることになり序盤はやや苦しい動きとなった。ばあさんの拳が幾度か盾の上から星華を叩き、彼女の刀は空を切る。
しかし、不利な状況を見て取れば、仲間からの援護も彼女の元に向かいやすくなる。傷が癒え、援護射撃がキメラの足を止め、そこに彼女の刀が打ち込まれる。
「ドクターが後ろにいると心強いわ」
そうして、彼女の唇は、寒気を覚えるほど綺麗な笑みを形作り。
「私の妖刀「天魔」物の怪を斬るにはちょうどいいわ」
言葉の通り、彼女の刀――使用者の生命力を引き換えに力を与える、まさに妖刀、だ――が、ばあさん達を切り伏せる。
「老婆を殴るのは性に合わんが‥‥俺より馬力もある以上、問題ないか」
ホアキンは、どうにかショックから立ち直ったのか、バイクを停めると左手に刀を抜く。
まずはその場で、刀のSESを最大限に活性化、そのまま振るうと、衝撃波が一体のばあさんの脛を打った。包囲を崩さぬよう、突出しない位置取りを探して、彼は新に手近な一体に近づくと斬撃を加える。
相手の攻撃をかわしながら、側面に回り込んでの一撃。
‥‥目の前にいるのはやはり、キメラなどではなくただの老婆ではないのか――そう、錯覚してしまいそうになるほどに、熟達した一撃はあっさりと、その腕を斬り飛ばす。
ばあさんが苦悶に呻く‥‥のは、やはり見たくなかったのか。その隙すら与えずに、続く一撃が喉を貫いた。
「悪いが‥‥ここは行き止まりだ」
目の前の相手が絶命したのを確認しながら言う。
‥‥冷静ささえ失わなければ、並のキメラ退治など、彼にとってはもはやどうと言うことはない。
「糞、ちょこまかと‥‥、怖いんですよっ!」
一方、戦闘となってもなお、ばあさんのインパクトから立ち直りきれていないものもいた。
その一人が、新である。
必死で槍を振るっているが、腰の引けた一撃では今一つ攻めあぐねる。
「キメラの癖に、意外と良い動きするじゃないですか‥‥」
新が呻く。ばあさんの掌底を受け、体勢が軽く崩れ、ここに隙があるとみたかばあさんの白目がぎろりと鈍い光を放ったところで‥‥。
(「突破される!?」)
ふとよぎった予想が、新に冷静さを呼び戻させた。包囲から取り逃がすのだけは阻止しなければならない。
「逃がしはしません!」
叫んで、槍を繰り出す。同時に錬力を込めると、AU−KVが竜のごとき唸りを上げる。
突進してきたばあさんが押し返され、再び包囲の中央へ。後方へ援護する仲間の攻撃が、そこに向かって放たれた。
「でえっ! ‥‥このっ! くそっ!?」
立ち直れていない、今一人が晶である。逃げ腰になりながら、それでもどうにか闘っている、と言う有様だ。ある意味当然と言うか、闇雲に、やけくそに繰り出される攻撃はむなしく避けられ続ける。
「を?」
だが、晶の拳があるとき唐突にばあさんを捕らえた。その衝撃も、晶の予想以上に大きく、ばあさんの身体が吹っ飛ばされて転げる。
「無理する必要はない。確実に、だ」
後ろで、ずっと周囲を警戒し、全体のサポートに徹していたUNKNOWNが後ろから語りかけた。
晶の攻撃があたるようになったのは、UNKNOWNがずっとキメラの足を撃ち、動きを鈍らせていたからだ。
攻撃の威力が高まっているのは、ドクターの練成強化によるもの。
‥‥なのだが。
「おいおい、俺をガッカリさせんじゃねえよ」
続けざまに攻撃し、命中するようになったと確信すると、晶はすっかり調子に乗って大振りの攻撃でキメラを殴り続けている。
「‥‥まあ、もう心配することも、ないかな」
ふっと小さく笑うと、UNKNOWNは言う。
その声はとても優しく、紳士然としていて。口元にも、いつもの穏やかな微笑が浮かんでいて。
だがその眼は笑っていない――だがまあ、それもUNKNOWNには『いつも通りの事』、だ。彼の今の気持ちが結局どうなのかは、計り知れるはずもない。
ドクターは練成によって仲間を強化し、あるいは癒し、時にはエネルギーガンで攻撃しながら、基本的には全体の援護に徹していた。
そうして、他のものとは一歩引いた視線で、冷静にキメラを観察し続ける。
一つ言えるのは、前見たキメラとは別物だろう、と言うことだった。コンセプトや性格がまるで異なる。
‥‥少なくとも、目の前のこれは随分とわかりやすく『キメラ』、している。すなわち――本質はあくまで人類への攻撃と破壊にある。そして、目的がはっきりしていれば‥‥対処も分かりやすい。同行した傭兵達の腕前を総合して考えれば、おそらく負けることはあるまい。そう結論して‥‥しかしその胸中に浮かぶのは失望だった。
結局のところ、なんら変哲のないキメラだ。
彼が一番の興味とするフォース・フィールドも。その強度や反応は、これまでに散々見てきたオーソドックスなもの。おそらく、新たな発見はあるまい。
それでもその一部を持ち帰れば研究材料にはなるか。傭兵達があらかたばあさんを倒し終わったのを見届けると、ドクターはゆっくりと近づいていったのだった。
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ドクターとUNKNOWNが、ばあさんの死体の一つに近づき検分をはじめ‥‥この二人が、戦闘状態を解いたことで、他の者も、状況が終了したとほぼ確信し、戦闘は、終わりを告げた。
「まぁ、こいつらが弱かったんじゃなく‥‥俺が強かっただけだな」
晶がそう言って――少なくとも本人は決まっているつもりで――びしっと締める。
「‥‥皆さん‥‥、お疲れ‥‥様‥‥でした。‥‥しばらくご老人には会いたくありません」
新は疲労しきった状態でそう言った。
「これでこの一帯も平穏になればいいですね」
そう言ったのは護だった。
「バグアは確実に地球人を研究している。今回の騒動も、その実験の一つだったのでしょうね」
彼は続けてそう言うと、表情を引き締める。
星華は疲れた皆をねぎらうように、この後お茶でもどうかと誘いかけ。
芹佳は、ドクター達が検分する間をもてあましたのか、ハーモニカを吹き始めた。何名かは、その唐突さとマイペースさに訝しげな視線を向けていたが。
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余談。
星華が誘った、お茶の席にて。
「ねえ、皆さっきのターボばあちゃん走ってるとき一体多くなかった」
星華は、ふとそんなことを言った。
「もしかして本物が混じってたかも」
続く言葉に、新がやめてくださいよ、とばかりに身体を震わせる。
「‥‥それは、ないですよ」
冗談だろうと思いつつも、震える新が気の毒になったのか、UNKNOWNが苦笑していった。
「倒したキメラが何体か。周囲から新手が来ないか。私はずっと警戒していましたからね。現れたキメラは六体。倒したのも六体‥‥で、間違いありませんよ」
そう言うと、結局この場は和やかに収束し。
それからしばらくあと。どこかの場所。
「まー、アレほどの能力者たちが来ちゃえバ、アノ程度の期間で作ったキメラじゃしょうがないナー」
どこかで、何かがそう言った。
「だガまー、一部の能力者ヤ兵士どもハ思った以上にビビッてたし、使い方次第じゃア対費用以上の効果ハあるンじゃネ?」
そうしてそれは、首を捻りながら、試すように、今回のキメラ作成に使った『資料』に手を伸ばし――
一つの恐怖は終わった。だが、もしかしたらそれは新たな恐怖の始まりかもしれない。