タイトル:其は百を殺すモノマスター:凪池 シリル

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/23 00:37

●オープニング本文


「よく来て下さいました、孫少尉。【北京解放の英雄】殿の働き、期待させていただきますよ!」
 酒泉攻略後。インド方面を攻略するUPC軍からの要請に応じ協力派兵として派遣された孫小隊を出迎えた第一声は、そんなものだった。
「‥‥。はい?」
 何を言ってるんだ、と、咄嗟に返した声はかなり間の抜けたものだったと思う。が、相手は聞こえなかったのか気付いていないのか、気にした様子はない。
「いやー、さすが北京解放後勢いのある中国軍ですな。急な要請に対し、今もっとも活躍している者を渡してくれると」
「‥‥。ああ‥‥」
 続く言葉に、漏れた声はやはりどこか生返事だった。今度は、何となく裏事情を察したが故に。
 つまり――中国軍としては、今積極的に協力派兵に応じている余裕はまだない。大きな戦いが減ってきた今だからこそ、中国政府は、国内の立て直しに力を注ぎたいのだろう。とはいえ馬鹿正直にUPC軍にそれを言うわけにもいかず‥‥。
 で。たかだか一小隊に過大な噂を盛り付けて『数は出せないが有能な人間を貸してやるから』と言うことにしてメンツを保とうとしたのだろう。
 北京解放戦において、小隊長と言う身でありながら総司令官である椿中将に重用されたという実績を持ち、その後も主要な戦いには必ずと言っていいほどその名前がある孫小隊ならば、軽く調べられた程度なら誤魔化せると。
 事実、どうやら目の前の相手は、皮肉でなく本気でそれを信じているらしい。
 正直、冗談ではないと思う。だがいきなりここではっきりとそれを言うのも憚られた。わざわざ協力的な空気に水を差し、中国軍のメンツを潰すことになる。だが、頭から自分が英雄などという虚像を信じ込まれて、戦略にゆがみが生じても困る。
「‥‥一つ、誤解しないでいただきたいのですが、個々の戦力としては我々は大したことはありません」
 孫少尉は、慎重に言葉を選びながらゆっくりと口を開いた。結局のところ、『そこを何とかうまく誤魔化し通せ』というところまでが任務なのだと割り切って。
「個人の能力を頼みにするのではなく、確実な情報と、連携。これを怠らないことこそが、個体の能力に驕るバグア軍に対する、我々の何よりの武器であると言うことです」
 くれぐれもこちらを頼りすぎないこと、そしてそちらの働きに期待している、むしろ現地に慣れている者こそが要となるべきであると、失礼にならないように説いて、相手の反応を見る。
 神妙にうんうんと頷いてくれてはいるが、果たしてこちらの望むとおりに受け取ってくれただろうか。若干、不安は残った。

 ‥‥自分が、中国軍の英雄であると。ちらほらとそんな声が上がっているのを、耳にしなかったわけではない。
 ‥‥何故だろう。どうしてそうなったのだろう。彼自身としては、不思議でならない。結論として、中国軍は今北京解放という成果に高揚しているのだろう思うことにした。興奮が冷めれば、あるいは本当に英雄となるべき紛れもない才能を持った人材が現れれば、自分のことなどすぐに忘れられるだろうと。
 ‥‥だが、今。このままこの幻想を放っておいていいのだろうか、と、不安を覚える。
 過度な期待をしないでほしい。自分はそんなに有能でも勇敢でもないのだ。当たり前のように、誰もが望む理想の結果を出せる、などというのは無論‥‥背伸びして理想に手を伸ばす人間でも、ないのだ。他者が己に幻想を見ているならば‥‥その綻びが、いつか滅びをもたらすかもしれない。
 何故自分が英雄などと言われるのだろう。
 もう一度、考える。

 ――一人殺せば人殺しであるが、百人殺せば英雄である。

 ふと思い出したのはそんな言葉だった。
 ああ、それならそうかもな、と自嘲気味に笑った。
 殺した敵の数。
 死なせた味方の数。
 見殺しにした、民の数。
 それくらいにはなるだろう。
 それを分かって‥‥言われているのか。

 ‥‥自分は一体、何になろうとしているのだろう。何になればいいのだろう。



「今回の目標は、マヘンドラナガール付近に位置するバグアの拠点を叩くことです」
 周辺に軍を展開、掃討し、精鋭を内部に突入させる。いつもの通りの説明をしながら、孫少尉は傭兵たちが自分を見る目を見ていた。

●参加者一覧

セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
小鳥遊神楽(ga3319
22歳・♀・JG
夏 炎西(ga4178
30歳・♂・EL
大島 菱義(ga4322
25歳・♂・SN
秋月 祐介(ga6378
29歳・♂・ER
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
御法川 沙雪華(gb5322
19歳・♀・JG
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
新出 早紀(gc7286
16歳・♂・HG
雨ヶ瀬 クレア(gc8201
21歳・♀・ST

●リプレイ本文

 何のために戦うのか。
 己は何になりたいのか。
 迷いを見せる孫少尉に、言葉は異なれど、多くの傭兵がそう問いかける。

 理由などない。
 選ぶことなどできない。
 兵士とはそういうものだと。

 ――ひときわ鋭い視線で問いかけられたとき、言葉にすることが、出来なかった。



 傭兵たちは班を二つに分け目標へと接近していく。夏 炎西(ga4178)はまずバイブレーションセンサーを発動して内部の様子を探る。
「一階は‥‥うろつきまわっているのはおそらくキメラか。二階以降は‥‥よく分からないな。微かな気配は感じる」
 抑えた声で仲間に告げる。振り向くと、大島 菱義(ga4322)と御法川 沙雪華(gb5322)が心得たと頷き、弓を構える。
 まずは沙雪華が。それから時間差で菱義が、弾頭矢を建物に向かって撃ちこむ。もちろん、さすがにこれで建物がどうにかなるわけではないが。
「動いた、な。二階は二人‥‥三階に一人か? それから‥‥キメラはさすがに足並みを崩したみたいだな」
 反応を、炎西が再び確認する。簡単に動揺を見せてはくれないが、それでも微動だにしないとはいかない。
「よし‥‥正面班、突入だ!」
 秋月 祐介(ga6378)が無線で連絡する。
 弾頭矢の衝撃に意識を逸らしたキメラの隙を突く形で、正面班が突入する。ミリハナク(gc4008)が、突入する一行を守るように盾を掲げ‥‥そこに向けてキメラが武器を振りかぶるより速く、小鳥遊神楽(ga3319)が動く。SMGの弾幕をまだ浮足立つキメラの足元に向けて一斉射撃。動きを制し、一部弾幕を集中させて一体のキメラを孤立させる。セラ・インフィールド(ga1889)がその一体を抑えるように前に出た。彼が持つ、円環状の刀、大振りかつ特殊な形状を持つそれは扱いに特に習熟がいる。室内であることも考えて、動きはコンパクトに。相手の攻撃を待ち、硬直したタイミングで、攻撃!
 刃に、キメラの鎧の硬い感触が返ってくる。一撃では効かない‥‥が、エースアサルトの破壊力が二撃、三撃と繰り返すうち、鎧の内側へと浸透していく。
「ぉー‥‥ミリハナクさん、御願いしますっ」
 ここでようやくキメラが反攻の動きを見せたところで、周囲の罠に視線を巡らせていた雨ヶ瀬 クレア(gc8201)が、ミリハナクの後ろに隠れるように動く。
「承りましたわ。ということでそっちは通行止めですのよ」
 複数のキメラの攻撃を盾で受けつつ、前衛を突破しようとしたキメラは天地撃をお見舞いして地に叩きつける。
 別のキメラは、銃で気を引いたミリハナクに対しそのままモーニングスターを振り上げ‥‥。
 振りかぶりきって止まったその一瞬を、ウラキ(gb4922)の拳銃が撃ち抜く。二丁拳銃での中距離戦。ながら彼の放つ一発は精密だった。鎧の弱い部分を見抜き、正確に、穿つ。
 仲間の攻撃に追撃する形で、新出 早紀(gc7286)がガトリングの連射を叩きつけ、押し返し、鎧の傷をさらに押し広げ、砕く。
『状況は?』
 外にいる祐介から連絡が入る。
「今のところ優勢ですねー‥‥楽です」
 クレアが答えた。この分だと、錬成治療すらしばらく先でよさそうだ。

「‥‥上階から逃走の動きは、今のところなさそうですね」
 一方。まだ外で状況をうかがっていた先行組から、沙雪華が声をかける。
「中で動きがある‥‥これは、キメラに合流する流れ、か?」
 次いで、再び内部の状況を探っていた炎西が報告する。‥‥逃げ場がないなら、頭数があるうちに総力戦に持ち込んだ方がましという判断か。
「こちらに裏口があります。炎西さん、突入の合図を」
 気配をひそめて近づき、菱義が言う。
 入口の鍵は祐介が電子魔術師で解除する。そして、全ての敵が合流したと思われるタイミングで‥‥挟撃するように、別動隊も突入する。
「さて、三年ぶりの依頼になりますか‥‥大規模作戦以外で戦うのは初めてですが気合を入れて頑張りますよ」
 弓をライフルに持ち替えて、菱義は呟いた。
 気配は殺していたつもりだが、味方と同時に突入ではあまり意味はなかったのだろう。強化人間はすぐ気付いて振り向く。ひとまず、まだ状況に動きが付いてきていないキメラを、背中から撃つ。隙間を打つように膝関節を狙った一撃に、同じ狙いを定めた沙雪華の追撃が重なる。
 対応に動く強化人間に、炎西が前に出る。祐介からの援護を信じ、天剣ラジエルを手に強化人間の抑えに回る。

 結論から言えば、傭兵たちの作戦にはそつがなく、そしてそれを実行するだけの実力は十分だった。ほどなくして、施設内の敵の殲滅が完了する。
 周囲の敵も退治されたようだ。そして、同様の施設が同じように制圧され、バグアの本陣へとUPC軍が侵攻を開始する。
 ‥‥かくして、マヘンドラナガール攻略戦は、人類側の勝利に終わった。

 ――帰りの高速艇の到着を待つため、軍と傭兵たちには一晩の時間が与えられる。
 そして‥‥冒頭の問いに、戻る。



「少尉、貴方は何の為に戦う?」
 軍の中での様子から、『英雄』と呼ばれ戸惑う少尉の様子に皆気付いていたのだろう。
 二人で話せるタイミングを見計らって、祐介は静かに問いかけていた。
「‥‥貴方たちの戦いの、その先。勝利したその後の為に、我々がいなければならないのだと‥‥北京の戦いで、そう思いました」
 一度目を閉じ、深く掘り起こした先に思い出したそれを、孫少尉は口にした。
「済南市を例に出すまでもなく。バグアとの戦いはその場で勝利してそこで終わりじゃない。――奴らの兵はいくらでも増産がききます。‥‥取り戻したものを守り続けるのは、色々なものに縛られる我々だから出来る役割なのだと」
 少尉の言葉に、祐介は一度興味に目を光らせ、しかしすぐに冷たい表情に戻る。
「僕が考えるのは、その更に先だ。少尉、そうして手に入れた平和の先に、我々が人でいられる保証は? 『狡兎死して走狗煮らる』、そうならないと言えますか」
 故に自分は二手三手先を考える。どうすれば世界に対する影響力を手にできるか、と。
(――『僕』?)
 そこで少尉は、祐介の口調が普段と違うものであることに気がついた。
「僕は守りたいモノの為。勝った後の居場所を作る為。その為ならそれ以外は迷わずに切り捨てる」
 探るように祐介の瞳をのぞき込む少尉に対し、彼は尚も語る。
「今の貴方には僕が求めても容易に手に出来ぬ好機がある。それを掴むも棄てるも貴方次第――進むならそれを助けるのは僕の利にもなる。棄てるなら次を探すまで」
 狂気ともいえるほどの本気。これが彼の本質なのか、と少尉は感じた。
「貴方は何の為にどんな選択をします?」
 問われる。
 彼の問いに応えるだけの明確な意思は今少尉にはなかった。私に、何ができる? 所詮一介の少尉に過ぎないのだ。ただ己が生き延びるのに必死なうちに、そんなことになっていただけの。今目の前にいる彼の期待に応えるだけの存在に、なりうるのか?
「もし、その理由も貫く意地も無いなら‥‥疾くこの舞台から失せろ!」
 感情をむき出しにして、祐介は叫んだ。咄嗟に浮かぶ反論は‥‥言葉にならない。逃げようと思って逃げられる立場ではないのだと。‥‥本気の言葉の前に、そんなおためごかしに何の意味がある?
 違う。
 自分は。

『自信が持てないならば‥‥辞めてしまうのも手だと思います。共に戦う方に対して失礼ですから‥‥』

 彼との会話の前に、沙雪華からも言われていた。

『少尉。傭兵との話も良いが、小隊の、あんたの部下の顔を見てきた方が良いんじゃないか』

 戦いの前。ウラキにそう言われて、部下を見た。彼らに対する責任を感じると同時に、一年前と比べて随分とたくましくなったことに気がつく。
 おそらくもう自分がいなくては駄目だと言うのは自惚れなのだろう。

 ――いやならやめちゃえよ。

 その選択肢は多分、自分が思っているほど非現実的ではない。
 なら‥‥。
 どうして自分は今、答えが出ない?
「少なくとも‥‥私は今、自分の意思で、ここでこうしているのでしょう、ね‥‥」
 零すように。どこか信じられないような様子で、孫少尉はそれだけを答えた。
「ただ‥‥貴方の問いに対するはっきりした答えは‥‥今は、見出していません」
 祐介は鋭い目を更に細めて、少尉を見つめていた。値踏みするように。
 見極めがついたのか、つかなかったのか。踵を返した彼の態度からは、読み切れない。



「今回はありがとうございました、少尉。北京解放の英雄のお噂はかねがね伺っております」
 セラは、少尉を見かけるとそう話しかけてくる。
「少尉は英雄と呼ばれることに戸惑っているようですが‥‥今までの行動を見させていただいた限りその資格は十分あると思うんですよね。いざ自分がその立場になってみると全く自覚がないというのもよくある話で」
「あ、いえ‥‥私‥‥は‥‥」
「誰かの言葉を借りるなら“英雄は陽炎、ただの言葉だ”といったところでしょうか。そんな物に振り回されて自分を見失うなんて馬鹿げています」
 少尉が戸惑っていると、通りすがりという感じでウラキがそこに混ざる。
「全く‥‥どこにでも気楽なのはいるな」
 ちらりと視線を彼方にやりながら――はやし立てていた現地軍に向けられているのだろう――ウラキがポツリと言う。
「しかし‥‥内省が過ぎる兵士も、同じ位に殺す訳だが‥‥両方気付かないから性質が悪い。だろう‥‥」
 だろう、と言われてもすぐに同意はしかねた。
「すまん。どうでもいい話だったな」
 そう告げて、ぶらぶらと手を振ってウラキは立ち去る。
 ――自身はひたすら結果にこだわり、結果を出すための選択をするだけだ。
 歩み去るその背は確立された何かを感じさせた。
「重荷になるようなら私達も手伝いましょう。英雄だからといって何でも一人で完璧にこなす必要なんてありませんよ」
 最後にそう言い残して、セラも去る。
 それからは、出会う傭兵に、次々と話しかけられた。
「孫少尉は、責任感が強くいらっしゃるから、苦しいのですよね。中国を守りたいという気持ちが強いからこそ‥‥それが皆さんに伝わっているから、人が集まってくるんだと思いますよ。
 孫少尉の持つ、英雄という言葉のイメージと違うとしても、それに救われてる方がいらっしゃるんです。自信を持ってください」
 色々言いながらも、沙雪華は最後にそう言って。
「何と呼ばれようと気にする事はないと思うよ。少尉さんを政治的に利用しようとする輩にだけ気をつけていれば大丈夫。いざとなれば部隊の人や少尉のために集まる傭兵もいるんだから。今まで通りでOK‥‥あ、休むのも仕事って事だけは理解してくださいね」
 早紀は‥‥最後を特に強調して、そう告げる。
「人の口に戸は立てられぬと言いますが、立てたい時もあり‥‥」
 炎西は、困りましたね、と笑みを浮かべながら言う。
「それでも己は己自身にしか成り得ませんもんね。そんな訳で少尉、一段落後の温泉旅行を提案致します」
 炎西の言葉に、少尉は僅かに引っかかりを覚えた。己が感じる漠然とした不安の正体、その言葉のヒントが、さりげなく今、あった気がする。
「英雄の称号がついたからと過去や今の己の行動に責任を感じたり、英雄たらんと周りの期待に答えようとしてプレッシャーを抱える事は無いと思います。英雄とは過去の行いが評価される物であって、貴方は貴方です」
 菱義はそう忠告する。そうして、最後に一言告げて。
 ‥‥そして。
「‥‥少尉」
 呼ばれて振り向いたところに、神楽がいた。

「‥‥英雄なんてモノに祭り上げられた事に戸惑う気持ちも分からないではないけれど。気にしすぎない方が良いと思うわよ。英雄なんて呼ばれても、少尉の本質が変わる訳じゃないんだし、‥‥」
「‥‥変わりますよ」
 神楽の言葉を遮って、少尉は咄嗟に口を挟んでいた。
「人は、変わります。周りの評価、環境によっても。ただ流され、生き延びることだけに必死だった私が、いつの間にか戦う意味を見出そうとしているように。‥‥変わります。良くも‥‥悪くも」
 戦うことにすっかり慣れた己の変化は果たしてどちら側だろう。これからどちらに傾いていくのだろう。
 神楽は優しい目のまま一つ苦笑を零す。
「一人で考え込まない事ね。一人で出せない答えでも二人なら出せるかもしれないんだしね」
 そっと告げた神楽の言葉に、少尉は菱義からの最後の言葉を思い出していた。
『それでも英雄になる、と仰るなら本音を言える方を探すのをお勧めします』
 ‥‥思いついたことがあった。別に英雄になりたいわけではないが。
 それでも、彼女に。上司でも部下でもなく、だけど気がつくと傍にいてくれる彼女になら。
「‥‥神楽さん。私をしっかり見てください。無条件に私を信じないでください。私は変わるかもしれない、これからの戦いで。その変化が、私を、周囲を、無用に傷つけるものでないか‥‥。貴女が‥‥傍で、見ていて、くださいません、か」
 絞り出すように。縋るように。少尉は神楽に懇願した。
 直後、ふわりと、優しい感触が少尉の首を包んだ。マフラーが、その首に掛けられている。
「――激励の証と思ってちょうだい」
 それは了解の意と取っていいのだろうか。どこか誤魔化すような微かな呟き、その瞬間の神楽の表情は、近すぎて分からなかった。

(うんうん、悩む英雄。青春ですわねぇ)
 最後に少尉に近づいたのはミリハナク。
「人間だけが英雄になれますの。悩みや弱さを抱え、それでも逃げずに前を見て、人と共に歩める者はいずれ英雄になれますのよ。今はハリボテであろうとも、いつかは到達する場所ですから、貰える称号は受け取っておくと便利ですわよ」
 そういうミリハナクの表情は、戦闘中と全く変化がなかった。愉しげな、笑み。
「数えられぬほどの敵をこの手で殺し、人を捨てた修羅を選んだ私からすれば羨ましい評価ですわ」
 虚をつかれたように少尉は目を見開く。もはや彼女は傭兵の中でも高位の破壊力を持つ存在と見て間違いないだろう。だが確かに‥‥彼女の在り方は『英雄』とは言い難い。
 己がたどり着くことの無い、目指すこともないだろう領域。一つの逆説的な答えを見せられて――だが道は違えども、その様には敬服を覚える気高さがある。

(‥‥さて、彼はどういう道を選ぶかなあ?)
 クレアは、最後は黙って少尉を見ていた。彼女も祐介と同様にアドバイスを‥‥あるいは、唆しをした。英雄であることを上手く使える側になれないかと。
(――それとも、それが出来ずに、潰されるのかなぁ)
 それも殉教者的で嫌いじゃない。
 どうなるかは、少尉次第だが。
「あは。退屈しないですみそう」
 根底に退廃を抱える彼女は、一人静かに呟く。



 今はただ、歩みを止めるには早いと。
 それだけを確認して、孫少尉は再び、この戦いの道行きに身を投じ続けることとなる。
 その命数は‥‥まだ、未知数だ。