●リプレイ本文
星の海を、一隻の輸送艦が進んでいく。まさに無限に広がる空間に、その船はあまりにもちっぽけに見えた。そこに乗り込む彼らは、これから、宇宙に比べれば更にちっぽけなKVに乗り込んで、戦いに挑むのだ。その心境はいかなるものだろう。
「‥‥ん、どした?」
一通りブリーフィングを終えると優人は、背中を向けて僅かに肩を震わせている勇姫 凛(
ga5063)に声をかける。
「‥‥ラスプーチン。べっ、別に凛、今ツボに入ったりなんか、してないんだからなっ」
そう答える凛の様子はどう見ても必死で笑いをこらえていた。どこか勝ち誇る顔の優人の前に、すっとシンディ・ユーキリス(
gc0229)が前に出る。
「ハヤテハヤテハヤテハヤテハヤテハヤテ‥‥」
連呼されるのは今回彼女が駆るKVの機体名。噛まずにすらすらと言う彼女の様子に優人は背後に「ガーン」という文字が見えそうな勢いで固まる。
「‥‥シンプル・イズ・ベスト」
サムズアップして勝ち誇るシンディ。
「っていうかハヤテなのかよ!? 色々な意味で負けた!? くそぅどういうことだ! はやみんに続いてシンディまで裏切ったな!?」
「誰が何の裏切りなんだ。意味分からねえよ」
「あ。徹さんのリバティー、かっこいいですー。リトルフォックスも宇宙進出なんですねー。おめでとうです」
しれっとそこで混ざるアクア・J・アルビス(
gc7588)である。
「‥‥うん。半分だけね。まだ仮対応で本格進出ってわけじゃないんだけどね。格好いいよねりばてーさんね」
壁にもたれかかりのの字を書く優人。
「リトルフォックス隊って賑やかだねぇ。軍の人って某中国軍の少尉さんみたく、お堅い人ばっかりだと思ってたけど」
その様子を見て呟いたのは美崎 瑠璃(
gb0339)である。彼らは彼らでお固いかと言うと疑問の余地は残る気がするがこの場にそれを突っ込める人はいなかった。
「デュアマントシュオタプもかっこいいですよー」
瑠璃の視線の先で、アクアがフォローしていた。
「まあほら。俺も宇宙未対応機だし」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)がなんとなく混ざる。へえ、と彼のKV出撃申請を確認してみれば、R−01改。
「これはこれで逆になんか‥‥感慨深いものがあるね」
ポツリとこぼしたのは誰なのか。ひとまず、一行の空気に、未知の、広大な世界に対する恐怖というものは、はっきりと見えるほどには存在していないように思えた。
むしろ、どこか高揚した空気すら、ある。
「わぁ、あれって地球ですよね? 本当に青いんですねぇ」
外を眺めて、ミレーユ・ヴァレリー(
gc8153)が声を上げる。彼女が指差す故郷の星は、バグア襲来前から伝えられていたものと変わらず――奇麗な青だった。こうしてこの場から眺めていると、今もあのどこかで戦争が起きているなど、信じられなくなるほどに。
「宇宙ですー。また、私はここに来たですー」
アクアもいつしか、同じように窓に張り付いて叫んでいた。彼女は宇宙に出るのが今回は初めてではないが、科学者としては何度きても感動ものらしい。‥‥未知、というのはむしろ、好奇心の高いものにとってはおもちゃ箱、宝石箱のようなものか。ユーリも、「わ、色々浮くー」などと言いながら船内の無重力状態を確かめている。
「宇宙での活動はこれが初めてだ。ようやくここまで来れたんだな」
少し違うトーンでつぶやくのは、高遠・聖(
ga6319)。
「もっとも‥‥感慨にふけるのは、無事に任務を終えてからにするべきだろうが」
気を引き締めるように、もうひと呟き。
「宇宙戦闘はなかなか勝手が違いますよって、機会を見つけて慣れておかへんとあきませんわ。今回の任務もええ機会や思うて頑張らせて頂きますわ」
同調するように、月見里 由香里(
gc6651)が言った。先の大規模作戦で所属する小隊が宇宙を戦場としていたのだ、というと、聖がほう、と興味深そうに由香里を見る。
聖もまた、今後小隊での出撃の可能性を考えて宇宙での戦いを探りにきたのだという。
(私は『千本桜』の慣らしができればいいんだが)
星月(
gc8302)もまた。これからの戦いの予感を胸に愛機と共に戦場に乗り出すときを待ちわびている。
「‥‥皆さん、そろそろです。出撃準備を」
それから暫くの後。クルーがそろそろ警戒宙域に入ると告げ‥‥各々機体に乗り込み‥‥そしてKVが、無限の海へとその身を投げ出していく‥‥――
●
KVが虚空をかける。操縦する感覚としては地上の空を行くのとそう変わらないか。
(宇宙、は2回目ですが‥‥今回は障害物無しですね‥‥)
ハミル・ジャウザール(
gb4773)が内心で呟く。輸送船の中はまだ明るかったが、KVのコックピットのすぐそこに広がる宇宙はますます己を圧倒させる。
(前と違う状況ですし‥‥慎重に行きましょうか‥‥)
周囲の景色があたり一面、星の海。上も下もない空間は、ぼおっとしていたら方向感覚を失いそうだな、と思った。
『‥‥反応、ありました。敵軍です‥‥』
じっと見つめていたレーダーの端に、うごめく複数の点が現れたのを認めて、ハミルが全員に通達する。
「最初に行って最後に戻る、凛、しっかりと踏みこたえなくちゃ」
凛のハヤテのエンジンが一段階高く唸りを上げる。同様に、まずは宇宙対応機のものが簡易ブーストを起動、先行し様子を見る。
「宇宙(そら)に虹の橋を描け、アルコバレーノっ!」
そのまま凛はハヤテの機動力で一気に敵群を距離を詰めると、ホーミングミサイルを発射。
七色の弾頭は敵群の先頭、小型キメラの群れに突き刺さり、四散させる。ひとまず眼前に広がるのがキメラの姿のみと認めて、凛はさらに距離を詰めていく。
キメラたちもこちらの動きに反応は見せていた。飛び出た凛機に対しわらわらと群がろうと動きは見せているが、広すぎる空間でその動きは普段以上に愚鈍に見えた。もがくように前進するキメラ、まだ遠目に見えるだけの今、どこか滑稽にすら思える。だがそれを微笑ましく眺めているつもりなど傭兵たちにはもちろんなかった。
凛に続いて前に出たのはハミルの機体。キメラたちの先頭集団をロケットランチャーが叩く。そのままハミルは敵と中距離を保つ位置に止まった。全体を見渡せる位置で、策敵と援護に注力する構えか。
「よーく狙って‥‥そこですねっ」
ミレーユ機が、ハミルのロケットランチャーを潜り抜けて――というか、数が多い上に的が小さいのでカバーし切れなかった、が正しいだろう――出てきた数体を、スナイパーライフルで狙い撃つ。照準最適化機能を機動。小さな点に見えないキメラの動きを捉え、貫く。
『おーすげー。あの機体なんだっけ?』
『‥‥だから、あれがラスヴィエートな』
精密な射撃に、リトルフォックス隊の面々が感嘆の声を上げ、ミレーユは思わず陽だまりのような笑みを浮かべた。
シンディ、由香里もひとまずは中距離での射撃に入る中、星月は敵集団の先頭に向かって一気に突き進んでいく。
と、少し距離を置いたところで星月機は人型に変形、そのまま近接攻撃に入ろうとする。
宇宙空間で人型での前進はやはりどこか心もとないものはあった。本当に進んでいるのか確信が持てなくなるような、代わり映えしない光景に、一気に体が重くなったような錯覚すら覚える。それでも、向かい来るキメラをランスで、蹴散らす! ‥‥格闘距離に入ってさえしまえば、動きは、問題ない。星月は確信する。
近づいてくる相手はこれでいいが、距離のある敵は? 手近な相手を蹴散らした後、星月は次に、中型の一体を相手に見据える。
『あたしがウィングエッジで仕掛けるから、そこ狙って!』
そこへ、瑠璃機がアサルトライフルで仕掛けながら彼にあわせ、即興の連携を申し出る。回り込むように切り込んでいく瑠璃機、そこへ正面から突入する星月機。二機のスフィーダが、絶妙な軌跡を描いて中型キメラの身体を二つに引き裂いた。
「宇宙を自由に探検させて欲しいのでキメラさんは邪魔なんですー」
アクアも派手に飛び回りながらレーザーカノンを放つ。気を引くためにと意識しつつ、水素カードリッジの残量を気にすれば無駄うちは出来ない。これも宇宙戦ならではか。
「宇宙キメラさんの破片とかすごいもって帰りたいですー」
ちぎれ飛び宇宙を漂うキメラの残骸を名残惜しげに眺めるアクア。残念ながら今回の作戦でいちいち回収している暇はないだろう。その準備もなければ、なおさらに。まあ、分かっていて言っているのだろう。意識を切り替えてすぐ次の一体へと向かう。
そうして――少し様子を見た後に、後発組が動く。
『増援‥‥来るだろうかねぇ?』
聖が呟く。
『まあ、あればこの景色ならすぐに分かりそうだけど』
ユーリが答え、しかしおしゃべりの時間はあっという間に終わる。後続の二機は、あっけなく先発組が交戦する宙域に追いついていた。
実のところ、いざ戦闘態勢に入ってしまえば、最終的な機動力は『強制的にブーストを使わざるを得ない』宇宙未対応機の方が速くなってしまうのだ。宇宙においても、簡易ブーストと違いブーストであれば移動力は二倍となるのだから。足回りの速さを考えるのであれば、せっかくのブーストを生かす形で未対応機の方が仕掛ける、というやり方もあったかもしれない。
とはいえ、どう転ぶかわからない戦況において、錬力に余裕があるほうが先陣を切るという運用は間違いではなかった。結果として、安定した状態で、全員がすぐに合流できる形を作る。
『‥‥!? あの‥‥一体。気をつけて‥‥下さい‥‥』
ハミルが奇妙な動きを捉え、全員に注意を喚起する。見れば大型のキメラが、奇妙に身をくねらせ、まるで砲台のように身体を変形させていく。そうして、長く伸びた口から覗いたものは。
『‥‥プロトン砲!? 射線上にいる奴は全員避けろ!』
聖が叫ぶとその場から離脱。他の面々も咄嗟に散り散りになる。
直後、虹色の光がまっすぐ虚空を貫いて走り抜けていった。
『これは‥‥キメラと言って、油断してたら危なかったですね』
ミレーユが、冷や汗混じりに呟いていた。
『よく見てれば、KVならよけるのは難しくないだろうけど‥‥』
『輸送艦などの護衛対象がいれば、優先排除対象、だな』
ユーリ、聖がそれぞれ呟く。記憶にとどめるように、その姿を目に焼き付けて。
『じゃあ、ちょうどいい、あれから倒す訓練だねっ! 消費が激しいから1回しか使えそうにないけど‥‥』
挑むように瑠璃が呟いて、メテオ・ブースト機動。
『『瑠璃色の騎士』、美崎瑠璃とスフィーダ! 推して参るっ! ‥‥なーんちゃって♪』
瑠璃と同時に。
「さぁて‥‥頼むぜ相方」
星月も呟いて、同じくメテオ・ブースト機動。先ほどでこつをつかんだのだろう、このニ機はいつの間にか自然と連携している。
ハミルはこの時点から、戦域の掌握に集中する。脅威度の高い個体をマーク、味方へと連携する。
『なら‥‥凛はあっちを相手かな』
凛が別の大型キメラを見据えて突撃をかける。
砲台へと変形したキメラは、代償に機動力が犠牲になったように見えた。
「相手の動きさえ掴めば、白兵だって仕掛けられるんだからなっ‥‥」
突っ込みながら、凛もまた人型形態へとKVを変形させる。
変形中の隙は、由香里がミサイルポッドで弾幕を張ってサポート。これが目くらましにもなり凛の機体はそのまま砲台キメラに肉薄する。
「アサルト・アクセラレータON、碧の光を槍に込め貫けハヤテ!」
キメラの身体に食い込んだ【SP】練機槍「旋」が、皮膚の下から淡い光を発してその成果を主張する。のたうつキメラ。
更に動きが鈍ったそれに対し、由香里機は砲台の死角に回り込みながら射撃を重ねる。もとよりキメラ、それが更に動きにくい形態へと変化し手傷まで負ったとあれば飛行形態のKVの機動についてこれるはずもなかった。一方的に削り取っていく。
『ん。私も‥‥仕掛ける。援護お願い』
シンディが呼びかけて、一体のキメラに近づいていく。初の宇宙戦ということで色々試したいのは彼女も一緒らしい。どうやら彼女も、機拳での一撃を狙っていくようだ。
「近接戦も経験しておきたいところだが‥‥さすがに諦めるか」
困難さというよりはバランスを見極めてだろう、聖が呟き、代わりシンディの援護に入る。
‥‥事実、並みのキメラの動きであれば人型形態でも距離を詰めることは可能だろう、と聖は見ていた。ある程度まで距離を詰めてさえしまえば、射撃で牽制しながらなら近づけるだろうと。だが自分自身がそれを試せるのは、また今度の機会か。
『そっちも、援護を頼めるか』
聖はここで、リトルフォックス隊との連携を図る方向にシフトした。
『おっけ。じゃこっち周りの敵削る方向で行くんで。他、開けて欲しい道があったら言って。ってことでー』
前半は傭兵、後半はチームに向けて宣言する優人。なんだかんだで、彼らもよくまわりは見ているか。
『なるべくあいつ‥‥落としていきたいね』
援護を受け、ユーリも前に出てリニア砲をうちこんでいく。
アクアもアサルト・アクセラレータを起動して追い立てる。
兵士達の援護を受け、難敵に対し傭兵が火力を集中。僅かな時間で‥‥大型の撃破に、成功する!
『そろそろ撤退します。すみませんが、後はよろしくお願いしますね』
ころあいを見てミレーユが告げ、撤退の動きを見せる。
調子にのって本来の目的を忘れてはいけない。誰かがそれを言い出すのも大事な役割だった。
錬力に不安のある機体から順次撤退していく中‥‥最後に残ったハヤテが、CRブーストをかけて一気に離脱。
追いつくキメラはいなかった。そして‥‥追いつくような、敵の出現も。
●
「ということで結論。このへんはわりといけそうなきがする。まる」
帰りの輸送船で、優人が皆を労った後、何かを呟きながら書きとめていた。
「それ、報告書じゃないですよねー?」
アクアが少し不安そうに見守っている。この辺も科学者としてのサガだろうか。
「‥‥まあ、一言で要約するとそういう事になる、気がするんだけど」
結局、最後まで援軍の気配はなかった。とすれば、宇宙の捜索ルートとしてこの道は有効なのか。可能性は高い。
ただし、時間がたてばその情報も不確かなものとなる‥‥わけだが。
となれば。
「また‥‥出撃する日も‥‥遠くないかな‥‥」
シンディがぽつりと言った。
続く、戦いの日々。だけど。
(地上から見上げるだけだった星の海を、今こうして飛んでいる‥‥不思議な感覚だけど、悪くない、かな)
皆、ほんの少し、そんな気持ちがあるのも事実だろう。
次に繋がる何かは、得られたか。それぞれが、星の海に思いを馳せる。
「戻ったら、紅茶を入れて一息つきたいですね‥‥」
だがひとまずは肩の力を抜いて。ミレーユが、ふぅ、と息を吐きながら言った。