●リプレイ本文
グロウランス(
gb6145)は、行きの高速艇の中奇妙な心地でいた。
(傭兵として、再び立つ事はないと思っていた)
だが、彼は今ここにいる。その理由はなんだろうか。
(‥‥ただの気まぐれだ。笑うなら笑うといい)
内心で呟いて、自嘲気味にも見える奇妙な笑みを浮かべる。
気まぐれ。意地っ張りとかではなくそれは事実なのだろう。時として合理的でないことをする、それが人間というものだ。
――ならば、バグアはどうなのだろう。
(敵は何故この場所を狙ったのか。戦略的に重要な地点でないなら他の目的があるはず)
杠葉 凛生(
gb6638)は移動の僅かな時間すら無駄にするまいと、思考を巡らせる。
今回出現したキメラはその形状からしてユダ増殖体から分化したものである可能性を指摘されているという。そのユダ増殖体が、前回中国に現れ、討ち漏らしたものであるならば、逃走した女スパイが指揮している可能性もあるか。陳中佐に、彼女について情報を確認しておこうと思った。もっとも、同じ中国軍とはいえ北京軍と広州軍、更に前線と内勤の差があるとあっては、細かい情報までは分かる可能性は低いが。
あとは‥‥凛生は窓の外へと視線を向ける。キメラが現れたとされる森はあれだろうか? ひとまずは軍の駐屯所へと向かうので、それほど近づいてくれるわけではなかった。とはいえ‥‥増殖体が降下したなら何かの痕跡は残っているはず。遠目にも、違和感を感じた点については記憶の隅にとどめておこう。
「‥‥こちら秋月傭兵少尉です。今回はよろしくお願いします」
現地に到着すると、秋月 祐介(
ga6378)はまず今回協力体制をとる兵士たちに丁寧に挨拶をした。相手のリーダーらしい青年は、「少尉殿でありますか」と少し恐縮した様子を見せる。階級にへつらうというわけではない。ただ、傭兵という立場でそこまで認められたことについて、興味と敬意を向ける価値があると認めたのだろう。‥‥彼らもまた、叩きあげて己を認めさせてきた者たちゆえに。
打ち合わせはスムーズに進んだ。となれば、時間を無駄に使っている場合ではない。一行は、そのまま現場の街道へと向かっていく。
(あんまり戦力減らされるのは困るからね。何が起きてるかの状況把握優先で‥‥可能なら原因の排除。この方向性で行くか)
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は、決して無理をする必要はないと己に言い聞かせながら、探査の目を使用しつつ周囲の状況に意識を走らせる。
だがそこまで注意せずとも、最初に生まれた気配は見落とすことはなかっただろう。一行の進路前方より、異形の群れが行軍の音も殺意も隠すことなく現れる。その数、10‥‥は余裕で越すか。
あからさま過ぎるその登場に、これがすべてだと考えるものはいなかった。だからといって放置していいものでもない。動いたのはミリハナク(
gc4008)。盾を構え、単身で前進。
全速、というほど早い速度でもない彼女の突出を、慌てて追うものはいなかった。
迎撃してくるキメラ。一見、たった一人でのこのこやってきた風の彼女を、取り囲むようにしてキメラとミリハナクが接敵する――
(‥‥3‥‥2‥‥1)
同時に、彼女が内心でカウントしていた数が0になる。キメラの群れの頭上に、何かが放り投げられた。その『何か』は、直後に炸裂。激しい音と光を撒き散らす。
そして――彼女を取り囲むキメラが、暴風と共に吹き散らされていく!
当たり前だが閃光手榴弾がキメラを吹き飛ばすわけがない。目を眩ませるとともにミリハナクが十字撃を放ったのだ。哀れ、最接近していたキメラは早くも虫の息といった様となった。
「数の力を潰すのは暴力ですのよ」
不敵な言葉。包囲の崩れたそこからミリハナクは手早く、だがどこか悠然と後退する。
「新手が来るよ! 気をつけて!」
幸先のいいスタートに気を許すことなく、ユーリが鋭い声を上げた。事前の予想を裏付けるように、周囲から新たに多数の気配が生まれていく。
声に応じて、終夜・無月(
ga3084)がその一角に向かっていった。彼はミリハナクのように特別な作戦をとってはいない。己の眼と技量を頼りに切り込むのみだ。しかし見切りと回避を主体として戦法を組むのは、敵が数に任せて押し寄せるこの状況では、見る時間と避ける空間に余裕がなさすぎた。彼の高い能力は、数によって封殺される。だが高い防御力によって、一方的に嬲られるということもなかった。無月の刃は、それでも確かにキメラをえぐり続けている。
彼の攻撃力を無駄にするのは惜しいと、兵士たちがリーダーの号令の元援護に入る。包囲に割り込み、治療を施すことで戦線を維持する。
一方ミリハナクの援護にはユーリと館山 西土朗(
gb8573)が向かう。すでにミリハナクの攻撃を受けたキメラたちはかなりダメージを負っている。
ユーリはひとまず陽動部隊の全滅を己の役割として、機械剣を振るいキメラにとどめを刺していく。これなら両断剣の必要はないかな、と判断していた。数が厄介なだけで、一体一体はそこまで難敵ではない。
(こりゃ、ますます囮の可能性が高いな)
だからこそ油断がならないと、ユーリは警戒を強めた。
西土朗は負傷に対し随時錬成治療を飛ばしているが、この調子なら前に立つ二人にはさほど必要ないだろうと見ていた。余裕を見て、兵士たちに錬成強化を飛ばし、全体戦力を安定させることに貢献している。
「ただ待ってるだけってのもつまんねーし暴れるぜ!」
一度は後方に位置していた空言 凛(
gc4106)が、全体の流れに大人しくしているのを耐えかねるように前に出た。無月たちと共にキメラに一撃を加えては離脱。常に位置取りを変えてのその動きは‥‥キメラ相手にしては、大げさだった。意識して、長時間同じ場所にとどまらないように立ち回っている。
クラフト・J・アルビス(
gc7360)は、はっきりと力を温存しながら戦っていた。大きな動きを取りやすいようにキメラの集団からは距離を取り、それでも時折零れてきた敵のみを相手にしている。
(さあ、乗ってこい――)
そうした味方の動きを受けて、祐介が全体指示を飛ばしながら、静かに何かを待っていた。左手に盾を、庇うように捧げ持つ。そして、気取られぬように、そっと己の右側に陣取る那月 ケイ(
gc4469)へと視線を送る。ケイもそれに対し、静かに頷いて構える。
静かな殺意が、少し離れた位置から戦場に向けられている。
統率の元、人類軍が押している戦場。その中心にいる人物は、急所を庇いつつ的確な指示を飛ばしている。この状況で、どこを、どうやって狙うべきか。
潜む悪意はゆっくりと銃口を指し向け。
引き金に指かかけられる。
狙いをつけた瞬間、必殺の意思を込めて、立て続けに引かれ――
そして、生まれた数条の光が向かう先は。
「が、ぁぐぅっぅっ!?」
最前線で、兵士たちを取りまとめていたエクセレンターが悲鳴を上げ、膝をつく。
‥‥バグアの目的が、この戦場において勝利することであれば、無理をしてでも祐介を狙うというのが正解だろう。だが事情は異なった。今回、バグアが一番の目的としたのは、『次の足掛かりとなるヨリシロ候補を得ること』である。だからこそ、劣勢を理解した瞬間バグアたちは、『とにかく兵士の中で有能な者を殺害し連れ帰る』ことに作戦をシフトしたのだ。
――敵の指揮官は理解しているのだ。傭兵たちの能力を。バグアの勝利が、揺るぎないものではないということを。
しかし、バグア狙撃兵による集中砲火という、並みの兵士であれば文字通り「ひとたまりもない」状況であったにもかかわらず、幾つかの傭兵たちの判断が兵士たちのリーダーの命を繋ぎとめていた。
彼の傍に配していたキャバルリーが、防御陣形によりダメージを軽減する。
西土朗は、遠距離攻撃の対応を優先に考えていたことで。凛生はヨリシロ化への懸念を当初から考えたことで、バグアの意図を即座に察したことで。素早く狙撃に対し応射にはいることができ、結果追撃を逸らすことができた。
「た、隊長ー!?」
それでも、目の前の光景に悲鳴を上げたハーモナーに。
「怯む、な! 全く問題、ない‥‥状況は、傭兵殿の‥‥目論見の‥‥通りだ! 狙撃兵は、その身を晒した! 探れ!」
苦痛に耐え抜きながら、エクセレンターの青年は声を張り上げる。はっとなったのはハーモナーの少年だけではない、祐介もだろう。‥‥今は、失策を悔んでいる場合ではない。最悪は逃れたのだ。まだ、やれることが、やるべきことが、ある。
ハーモナーの少年がバイブレーションセンサーで光が生まれた方向を探る。
「んなとこに隠れてねぇで遊ぼうぜ!」
「みーつけた。ボッコボコでよろしく!」
探り取った位置に対し、待ってましたとばかりに凛とクラフトが飛び出した。バグア兵も、狙撃を諦め深手を負った兵士を確保しようとしたのだろう、キメラ数体を引き連れたバグア兵と二人が鉢合わせになる。
「さすがにノーガードって訳じゃねぇか。こっちは任せな!」
凛の拳がキメラの鼻面を強烈に叩く。横に吹き飛ばし、こじ開けた道に、クラフトが突撃する。
キアルクローでバグア兵が向けた銃口をはじき、そのまま腹部に向かって食らわせる。バグアの表情は分からない。手ごたえはあった。反撃の蹴りを上体を反らして避ける。
もう一体いた狙撃兵に対してはグロウランスが向かっていた。木々を盾にしながら少しずつ近づき、好機に瞬天速で一気に接近。雷槍で打ち合いをしつつ相手の出方を見る。捕縛、あるいは逃走させて本体の場所を探りたかったが、バグア相手に一人でそれを狙うのは少々厳しい作業だった。相手はグロウランスに対し手加減する必要など微塵もない。その差が出てじりじりとグロウランスは削られていく。撤退させることは叶わずに、味方の合流を待って撃退を計る流れになる。
しばしの攻防の後、バグア兵が諦めたのか後退を始めた。まだ余裕のある傭兵たちは、バグア兵だけでも倒せないかとクラフトと凛が先頭となって追跡にかかる。
(‥‥この方向は‥‥?)
凛生がはっと気がつき警戒を発すると同時に、異様な光と音。
プロトン砲が、木々を焼き払いながら迫りくる。咄嗟に反応したが、クラフトと凛は余波で吹き飛ばされた。
――なぎ倒された木々の奥に、巨体がはっきりと姿を現していた。
そこには、前回の戦闘でついた傷が確かに刻まれてはいる。だが、それでいてなお、生身で相まみえるには異様な存在感があった。
その前に立ちはだかるバグア兵。そして――
「ヨリシロ‥‥何 新蕾か」
確かめるように。反応を探るように、凛生が言葉をかける。女性兵士の姿をしたヨリシロ‥‥新蕾は僅かに反応を見せた。名を呼ばれたこと、そのものに対して。
「‥‥試しに聞くけど、貴方は『私』のことをどこまで知っているのかしら?」
凛生は少し逡巡した。どう答えるべきか。だがその間が、一つの答えを彼女に与えたようだった。
「‥‥大したことは調べられなかった? そう――陳中佐は、やっぱり『私』に目を止めることはなかったの」
声は、静かだった。
「どういう、意味だ? 広州軍に取りいることが、『新蕾』の目的か?」
「どうなのかしらね‥‥思った以上にショックではないかも。この気持ちは何かしら。私も早く認められたい、羨ましい‥‥――だけど、なんでかしらね。ふふ、本当に、深く探って見るほど分からないものだわ。わずらわしい素体だこと」
なおも探りを入れようとする凛生の言葉は、中断された。増殖体が上げた駆動音によって。相手は、どうやらおしゃべりはここで終わらせる気らしい。
傭兵たちは、どうするか。可能ならばここで増殖体は叩いておきたいと多くのものが判断していた。だが、ここに全ての戦力を集めていたわけではなかった。バグアを追跡する際、キメラを放置するわけに行かなかったのだ。兵士のリーダーを負傷させてしまった故に、さすがに全てを任せるわけにはいかず、一部の傭兵が殲滅まで付き合うこととなった。残った傭兵の中には、最大火力と言えるミリハナクも含まれている。
「おおぉおおっ!」
迷う時間は無いと判断して、ケイが吠えた。気迫を増殖体に叩きつけ、己に目を向けさせる。防御力の高い自分を布石に状況を観察すればいい――そう判断して、前に出る。
増殖体の火力が周囲を揺らす。ケイが、味方の回復を受けながら耐えしのぐ。爆炎を縫ってやってくるバグア兵を、クラフトと凛が中心となって迎撃する‥‥。
やがて暫くの交戦の後に出した結論は、双方共に撤退、であった。新蕾としても、女王から借り受けた兵力をそれほど失いたくなかったのだろう。
バグアは増殖体を盾にするように。傭兵たちはケイを殿として。気付けば徐々に距離を取り――やがて戦線は、自然と分離していた。
「こちら秋月傭兵少尉。増殖体の位置が判明しました。今なら叩けます。即時のKVでの殲滅を具申します」
ひとまず安全を認めると、祐介は、ただでは転ぶまいと広州軍に即時に連絡を取る。
『‥‥そう、か。情報感謝する。極力急ぎ‥‥手配する』
陳中佐の返事は、予想が当たったことで逆に苦々しさを含んでいた。やはり、という言葉すら出ないほど、分かり切っていたことではないか。なのになぜ、ここまで情報がでなければ動けないのだ。そんな‥‥最前線ではなくなったが故のままならなさ。
今回の傭兵の報告で、哨戒および撃破のためのKVは準備されるだろう。今から、いや――今更。
『――兵士を守ってくれたこと、感謝する。そして、少なくともしばらくの間、わが軍は増殖体の脅威に対応できるための配備がなされるだろう。感謝する。貴殿らは広州軍の崩壊を防いでくれた』
だが、次に返ってきた言葉はしっかりとしたものだった。
通信の後、治療を受けたリーダーの青年が改めて、これほどの戦闘で死者が出なかったことに対し傭兵たちに礼を述べた。
●
「やはり、違う‥‥この残念さは、あくまで手段の一つがふさがれたというそれで、目的が達せられない絶望には程遠い。『私』がこんなにも焦れるのは、何故? ただの出世欲じゃない‥‥そこに、女王に捧げるべき、衝動の、力の源となる『想い』があるのかしら――?」
落ち伸びた先で、新蕾は新たな目標を探る。手にした資料と記憶を探る。
女王に命じられたヨリシロは、そうして、己の心を揺さぶりうる、次に見据えるべき標的を、探していた。