●リプレイ本文
(本来の生育環境から離れさせられても尚育ち、その姿で人の心を安らげさせてくれるというなら、私は、守らなきゃならない。それが庭師の勤めだからね)
宇宙が初任務となるメアリー・エッセンバル(
ga0194)だが、植物を愛する彼女の、本依頼に対するモチベーションは高かった。そうして彼女は早速、宇宙服を調達しに行き。
‥‥そして。
(こんな恥ずかしい格好で戦闘出来るかー!)
いま、輸送艦の隅で震える彼女の視界の先では濃紺のスカートの裾が広がっている。
そう、駆け足でショップに向かった彼女が調達できた宇宙服は何故か『メイド服』仕立てであった。
低重力環境でスカートはちょっとした動きでふわりふわりと揺れて、抑えるためにはっとつかむと、そうだ、このスカート部分を取っ払ってしまえば‥‥そんな思考が浮かび、裾を握る手に軽く力を込めた、その瞬間。
「とてもよくお似合いですわよ、エッセンバル様」
ぽん、と後ろから両肩を掴む者がいた。メシア・ローザリア(
gb6467)である。声は朗らか、手も軽く添えるように置かれているだけなのに、何故だろう、逆らえない圧力を感じるのは。
メシアは肩に手を置いたまま、メアリーごと向きをクルリ、と反転させると、皆の方に向けてつとととと、と押しやっていく。
そんなこんなで連れてこられたのが夏 炎西(
ga4178)の前である。
メアリーの姿を見て炎西は、暫く声も出せずに驚いていた。
「ねえ、夏様? とてもお似合いだと思いませんこと?」
メシアの言葉にはっと我に返ると炎西はカックンカックンと頷いていた。そして戸惑うメアリーに気付くと、何か声をかけねばと慌てて口を開く。
「どどどうされましたメアリーさんその恰好‥‥宇宙服? そうでしたか‥‥一寸防御面が心配な気もしますが、とても可愛らしいですね!」
やがて吐き出された声は、完全に感動で上ずっていた。
(神様ありがとう‥‥!)
メアリーにとっては悪魔の罠でも、炎西にとっては神の恵みであったようだ。
ここまで露骨に喜ばれると、メアリーとしても無碍にも出来ない。諦めたように、軽くスカートを握っていた手をそっと離す。
気を紛れさせるようにそっとメットの後ろを撫でて、ぎっちりと編み込んだ髪の状態を検め。
「‥‥暴れるんなら、ばっさり切るわよ」
そうして、覚醒時に暴れてしまうそれに、言い聞かせるようにポツリと言ったのだった。
そんな余談もあったりしつつ。
「フン、身体も武器も軽いのだよ」
月面に降り立った緑間 徹(
gb7712)は、確かめるように軽く身体を動かしてから呟いた。
覚醒し、その時にいつもしているように、左手で眼鏡のズレを直‥‥そうとして、宇宙服のメットに阻まれる。
「‥‥行くぞ、アキレウス。お前の出番だ」
徹はそのまま、何気ない風に言って直刀を構えるが、その前に動きが一瞬固まっていたのは果たして誤魔化せたのか。
徹の横に並ぶ同小隊の那月 ケイ(
gc4469)は。
「何度も撃退されてるのに、懲りずによく来るねぇ」
徹の挙動には気付かなかったのかそれともあえてスルーしてあげたのか。遠くを見ながらそれだけを言った。
「ま、この前のデストロイなんちゃらとかが降ってくる時の激戦に比べたらあれくらいのキメラの襲撃くらいへっちゃらへっちゃら! ぱぱーっと片づけちゃおう!」
そういうのは、この前ケイと一緒に月面攻防戦に参加した美崎 瑠璃(
gb0339)だ。
「‥‥今ここにいる科学者の人にとっては、バグア来襲以降見上げることしかできなかった宇宙に記した第一歩がこの崑崙基地なんだから」
今ここでその歩みを止めさせるわけにはいかない。瑠璃と対照的に、静かに言ったのは小鳥遊神楽(
ga3319)。その手にはすでに、SMGがしっかりと構えられていた。
作戦は打ち合わせ済み。突撃してくる敵の一群が射程に入ると同時に、神楽のSMGが火を噴いた。
神楽の掃射が一度止むと、一体に向けてメアリーが瞬天速で距離を詰める。エーデルワイスが、破壊光線を出す器官に向けて突き出される。攻撃を受けたキメラがメアリーに向き直り、今まさにダメージを受けた個所に光がともる――
徹もまた、己から近い一体に、迅雷で一気に距離を詰めていた。大剣を、無駄のない動きで、一切反応する隙を与えず相手に叩き込む。一撃を加えた後、徹は――
「わっ?」
「‥‥む」
反撃を避けようと瞬天足で下がったメアリーが、一度敵から離脱しようと再び迅雷で駆けた徹が、同時に小さく声を漏らした。
‥‥駆け足をすると、蹴った感触が地上と違うのがはっきり分かる。
勢いをつけて踏み出した一歩は思った以上に身体を動かす。その感覚の落差に始めはやはり戸惑いを覚えてしまう。
二人が僅かに浮足立ったところで、別方向からの攻撃が来た。横手からの体当たりにメアリーは突き飛ばされ、徹には立て続けの麻痺光線が襲う。
「‥‥おのれ、ここは通さん!」
メアリーとペアで行動していた炎西が、突破を阻もうと――しただけなのかどうかは不明――彼女の側にいるキメラに突撃、彼女のカバーに入る。虚闇黒衣で光線への抵抗力を高めて彼女を庇おうと立ちはだかるが、メアリーはすでに気を取り直して再びキメラとの距離を詰めていた。そのまま、協力してキメラにダメージを与えていく。
「おっと、こっちもやすやすとは通れると思うな!」
徹が回復のために下がったところには、ケイ。言葉と共に、全身から覇気が膨れ上がる。三体のキメラがそれに引きつけられて彼の方へと向きなおった。
三方向からの同時攻撃はさすがに彼の機動力では全てを避けきれない。ケイは一体に対し盾を掲げて真っ向から受け耐える。
「なかなか癖になる痺れなのだよ」
「すぐに治療いたしますわ」
その間に、舌打ちしながら下がる徹に、メシアが近寄ってキュアをかけると、徹は再び前線へと向かう。
宇宙の生身戦が初体験のメンツの中で、もっともよく動けているのは黒羽 拓海(
gc7335)か。
彼は地上よりも隙が大きくなると見て、極力浮かない事を心がけていた。はじめはやや力をセーブすることになるが、彼の持つ機動力ならば、それでもキメラの動きには十分対処できる。
「敵がボールなら『崑崙は』ゴールであたしたちはキーパー! そう簡単にゴールできると思ったら大間違いだぞっと!」
瑠璃が後方から叫ぶ。
彼女は適宜錬成治療を飛ばし‥‥そして、突破をかける敵を阻みにいくものに、絶妙のタイミングで錬成強化。
「ボールは友達、という台詞を思い出したが‥‥どう考えても友達にすることじゃないな」
瑠璃の言葉にふと呟きながら、拓海がキメラを脚爪で蹴りあげる。2mもある、謎光線を出すような球体とはさしもの某キャプテンでも友達になれるだろうか‥‥さておき、隙だらけになったキメラに神楽とメシアが射撃で追撃する。
役割は綺麗に分けられていた。神楽が制圧射撃を中心に全体を抑え、メアリー、炎西、徹、ケイが前に詰めてきっちりと止める。拓海が遊撃として敵が集中したところのカバーに回り、メシアは後方から全体を見て、射撃で突出した敵を抑え麻痺を受け下がる味方を治療する。そして瑠璃が錬成強化と錬成治療で全体の底を支えていた。
数で劣る序盤をしのげば、やがて敵の撃破と共に優位は明らかになっていく。加えて。
「同じ手は食わん。――一度食らえば懲りたともいうがな」
これは徹の呟き。そう、月面に不慣れなメンツも、時間がたてば徐々に体を慣らしていく。
そうして一行は、危なげなく基地の防衛に成功したのだった。
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「付け焼刃のものですが、お手伝いさせて頂きたいわ。それに、共に時間を過ごしたい方もいると思いますので」
傭兵たちより少し後に帰還してきた兵士に向けて、メシアはそそくさと近寄り治療を申し出た。発言と共に、ちらり、と神楽に視線を向ける。
――小鳥遊様と少尉の関係もリサーチ済みですわ。
視線はそう語っている。神楽は少し苦笑して、でもありがたいと思うことにして、メシアに軽く頷き返すと孫少尉へと近づいていく。
(あっちは、邪魔しちゃ悪いよねー。それじゃああたしは、と)
その様子を見て、瑠璃は小隊員の方へと視線を巡らせる。
「あれ、にゅいちゃんもいる!?」
そうして見つけた一人の元に、瑠璃は駆けよっていった。徐 海麗。何度か瑠璃が関わってきた孫小隊の隊員の一人だ。
「あははー逃げなくなったねー」
引っ込み思案の彼女も少しずつ成長しているようで、瑠璃は朗らかに笑って、思わず偉い偉いと頭を撫でる。
「にゅいっ!? ‥‥や、まだ誰でも平気なわけじゃないですけど‥‥美崎さんはもう平気です‥‥」
照れて言う徐隊員の言葉に、瑠璃はますます嬉しくなる。そうして、暫く歓談に興じて。
「え? ここに太原衛星発射センターの研究員さんたちもいるの?」
何気なく出てきた話題に瑠璃が少し大きな声を出すと。
「‥‥ここの研究者と知り合いなのか?」
そこに、拓海が身を乗り出してきた。様子から、研究に興味があることがありありと伺える。
一応聞いてみようか、ということになった。
瑠璃が研究エリアにひょこっと顔を覗かせると。
「ああ、君か。いつぞやは世話になったな」
室長はあっさりそう言って一行を招き入れたのだった。どうやら今回の傭兵たちの働きは、崑崙の住民には満足のいくものだったようだ。
拓海は早速しゃがみこんで、植物の様子をしげしげと眺める。
「やはり、地上とは違いますね」
「そうだな。‥‥しかし、ここだからこそ、地上よりも植物本来の性質が観察できる部分もある」
そうして拓海と室長は、暫く専門的な会話に興じる。
「傭兵になる前は、生物系の研究者を目指していたんですよ」
そうして、何気なく言った拓海の言葉に。
「――別に過去形にしてしまうこともないんじゃないか」
室長が、ぽつりと零した。能力者適性がある以上、バグアの軍勢を戦うことを選んだのは間違いではないだろう。だけど‥‥もしかして。今人類が月にいる現状を考えれば、その先を考える事だって決して夢想ではないかもしれない、と。
「‥‥いやすまん。余計な一言だった」
そう言って、室長は研究の説明に戻る。
そんなやり取りもBGMに、ケイもまた少し離れてシロイヌナズナを眺めていた。
「どうした。花が咲いたら彼女にでも送るつもりか? ――地球の花より、随分頼りなく見えるが」
からかうような徹の言葉、『彼女』という単語に、ケイが即座にわたわたと反応する。
「な‥‥! ど、どうしてそうなるんだよっ!」
そうして、思わず植物の茎に指先を引っ掛けて‥‥再び慌てて向き直った先で。地上よりしなやかなそれが、低重力の元でふわふわと揺れた。
頼りない、花。
徹はそう言った。そうかもしれない。元気に揺れているように見えて、その実繊細で。それで時折項垂れて、咲かせようとしているその花の重みに耐えられるだろうかと心配にさせる。
――守ってやらなきゃ、俺が。そのために俺はどれほど傷ついたって‥‥。
ふと自然と浮かび上がった思考を。
「‥‥頼りなく見えても、この花はちゃんと自分の力で生きようとしてるよ」
ケイは、新たに抱く想いを言葉に出して上書きする。
「過保護に守らなくても、それを少し支えてやるだけでいい。‥‥人と一緒だな」
ケイの返答に、徹は一瞬驚いた顔をした。
「俺の知る那月とは、少し変わったか?」
病的に何でも護りたがった男は、見護る強さを持ちつつある。徹の言葉に、今度はケイが首をかしげた。
「変わった‥‥俺が?」
自覚は無い。無いが‥‥変われたのならば、それは今隣にいる者や周囲の人たちのおかげなのだろう。
だから。
「そっか‥‥ありがと、な」
徹の言葉に、ケイはそう応える。
「フ、何の礼だかわからんな」
薄く笑う徹に、ケイは気恥ずかしくて、はっきりと何がと答える事はできなかった。
「地球の自然環境下に居ないあなた達にとって、此処は生き辛いかもしれない。でも、頑張って。あなたの咲く姿を心待ちにしている人が居るの」
ふと、メアリーの言葉が一行の耳に飛び込んでくる。ふと気がづけば皆、花咲くその日を心待ちにしていた。
「地球には偶然水があり、植物の御蔭で我々が呼吸できる。何気ない日々の事が如何に大切か、こうしていると実感できますね‥‥」
メアリーの言葉に、傍らに立つ炎西が、そっと。
「守りたい、です」
だけど確かな意思を込めて、そう言った。
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そうして、帰りの輸送艦が出発するまでの時間。一行は噂のレストランエリアの微妙な食事なども体験して(「‥‥アイツらの作ってくれた飯が、かなり美味かったのが分かるな」とぼやく拓海に、炎西が「水や空気が貴重とは、煮炊きがままならないという事ですよね‥‥」とフォローだか同情だかな言葉を呟いたりもしていた)。ゆっくりと、静かに、短い『崑崙』でのひと時を過ごす。
神楽も、その時間をずっと、孫少尉と一緒に。
「‥‥本当なら、あたしも陽星さんと一緒にここに詰めていたいんだけど、その辺は傭兵稼業の辛いところね」
近づく別れの時間に、神楽は普段より少し甘えた様子を出してそう言った。
「お役ご免になって、地上に戻ったらまたデートしましょうね」
続く言葉、お役御免、という単語に陽星は少し苦笑したが
「そうですね‥‥次に地上に戻ったときは、必ず。約束します」
どこか心ここにあらず、といった声で、だけど、しっかりと彼はそう答えた。
間もなく‥‥時間。神楽は照れと名残惜しさを誤魔化すように、並んで歩いていた位置から足早に数歩、前にで――ようとしたところで、急に後ろに引っ張られる。
何が起きたのか一瞬、理解できなくて。
「‥‥あんなこと、言うからですよ」
拗ねたような陽星の声が耳元で聞こえて、後ろから抱きしめられているのだと理解する。
「‥‥帰したく、ありません。本当なら、私だって」
カッと、鼓動が体温が上がっていくのを神楽は感じた。だけどやがて、溜息とともに腕は離される。お互いよく分かっている。彼の立場でそんなことは許されないと。
短い逢瀬は、これで満足しておくしか、なかった。
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メシアは最後、月面から臨む地球、その光景をしっかりと目に焼き付ける。愛に生きる者を応援する彼女の成果は今回は中々に満足のいくものであった。
‥‥彼女自身が、しがらみを捨てて、共に居たいと願った人はもう亡くなってしまったけれど。
「本当‥‥。広くて、何処までも続いていて。まるで様々なしがらみが些末事に思えるわ」
宇宙、その中にぽかんと浮かぶ、地球。光景に、メシアは感嘆を漏らす。だけど。
「矮小だとしても、卑屈にはならないわ。無力でわたくし達は塵の様な存在。けれど、それでも此処にいるのよ」
彼女は、確かに、誇り高くここに在る。
――彼らの戦いはまだまだ続くし、崑崙の日々も続く。これからも。