●リプレイ本文
黒の到来
静かな街を、少年が歩む。
廃墟のようなシャッター通り。ときおり通り過ぎる生ぬるい風が、破れたチラシと、捨てられた空き缶を転がしていく。
寒々しさを覚えずにいられない情景にも、少年の顔は、純朴そうな笑顔のままだった。
てくてくと歩きながら。彼、火茄神・渉(
ga8569)は、ぽつりと呟く。
「ハーピーかあ‥‥噂じゃ綺麗なお姉さんなんだよなあ」
人の身体に鳥の羽根。美しく鳴くとも、おぞましく騒ぎ立てるとも言われる、伝説の妖鳥。
ただ。彼が待っているのは、架空の存在としての彼女らではない。悪しき存在により改造され、人としての相を持ってしまった、哀れな怪物。
「でも、悪い事をするキメラは、倒さなきゃいけないんだ」
渉には、そのための力と義務がある。ジャケットに潜ませた四本爪。身体能力を練り上げる異能。それら全てを駆使して、人類の敵を滅せねばなるまい。たとえ、相手がどのような姿をしていても。
「オイラは、精一杯頑張るぞ!」
そう、元気よく手を振り上げた、頭上。
――ケケ。
その声に見上げる先。外套に爪を食い込ませた巨大な鳥が、羽根で身体を隠していた。
「すげー」
渉が思わず呟く中。翼が、ゆっくりと開かれる。
そこに居たのは、黒衣の少女だった。円らな瞳をぱちくりとさせながら、何か言いたそうに、こちらを見つめている。
その姿に、目を奪われた瞬間。
――ケェェェイッ!
「ッ!」
怪鳥のごとき叫び声。醜く大口を開けた少女が、渉へと迫る。
とっさに後ずさった距離を、少女体が一気に詰める。顔をかばった腕めがけ、鋭い爪が突き出され。
――ヒュン!
その矢は、建物の影から放たれた。弧を描き、渉の頭上ギリギリを越えたそれは、少女の脚に、深々と突き刺さる。
「大丈夫ですか!」
「う、うんっ」
渉の目に力が戻ったのを確認して、ルーシー・クリムゾン(
gb1439)は、次の矢をつがえる準備をする。
その頭を、横合いから突き出された腕が、思い切り叩き落とした。
――シャアッ!
そのすぐ上を、黒衣をまとった鳥人が飛び去っていく。若い女性の姿をした彼女は、やぶにらみの目で眼下の能力者たちを見据え、豊かな胸を揺らしながら大きく羽ばたく。
「ぼさっとしてんじゃないよ。敵の増援だ」
悪びれもせず姿を現したのは、ルーシーのものよりも大きな弓を構えた神崎 真奈(
gb2562)。クールな瞳が、空舞う女性をきつく睨む。
「今日はお前等が狩られる番だ」
構える弓を引き絞る手が、白く染まるほどの激情。
「落とします」
二つの鏃が、両翼を狙い。
――ヒュッ!
――ヒュンッ!
「悔い改める必要はない‥‥大人しく狩られろ」
真奈がそう呟いた刹那。羽根を射抜かれた女性体が、空を飛ぶ力を失った。
ゆらり、と落ちる。その下には、サベイジクローを構えた渉の姿。
「よっ」
予想外に軽い足取り。しかし、その身体は、砲弾の如き勢いをもって、女性体へと突き抜ける。
――シャアッ!
応戦する鳥の爪をかいくぐり。獣の爪が、黒衣にざくりと潜り込み、次の瞬間、衝撃を持って振り抜かれた。
「これがオイラの必殺技だ! スーパー流し斬り!」
その言葉に嘘はなく。大地へ落ちた女性体は、力なく呼吸を繰り返すだけ。
その真上。手の届く位置で矢をつがえ、真奈が呟く。
「なぜか」
一撃。
「お前が」
二撃。
「気にくわない」
三撃。
――シャアアアアッ!
その叫びを背に、真奈はくるりと振り返る。
その背に爪を伸ばそうとした姿のまま。女性体の肉体に潜り込んだ弾頭矢が、一斉に破裂した。
「よし、やっつけた!」
「喜んでる暇はないよ」
即座に構える弓。その視線の先には、逃げ去る少女体の姿があった。
「こら、まてー!」
「恐らく仲間の元へ。B班へ急ぎましょう!」
駆け出すルーシーと渉の後ろ。真奈は、強ばった片手を何度も揉むと、舌打ちと共に、仲間たちの後を追った。
●黒の掃討
一方。その頃。
「ええと、こいつは糸目の美乳か」
‥‥。
「誰だっ。言うだけで恥ずかしい識別名を付けたやつは!」
「多分あの人‥‥いえ、何も言えません」
天に吠える蓮角(
ga9810)の隣で、悲しそうに目を伏せる佐倉霜月(
ga6645)。その後ろでは、大弓を構えた神無月 るな(
ga9580)が、なんともいえない苦笑を浮かべていた。
――キィィッ!
そんな三人を見下ろすのは、糸目の間にシワを寄せた、黒衣の鳥人間。
縦型組織の弱点を抱えつつ。ともあれ。こちらもまた、女性体のハーピーとの戦いに入っているのだった。
「佐倉さん、連絡をお願します」
「は、はい」
顔をひきつらせる霜月を置いて、刀を振り上げた蓮角は、女性体に向けて、大仰な動きで駆けだしていく。
一斬、二斬。やや大振りな攻撃は、空を飛ぶ彼女には通用しない。気分を良くしたのか、女性体が空中で静止し、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「ハーピーに忍者服。意外と合ってるかもしれないな」
こちらも余裕を残した顔で、蓮角がひょうひょうと呟く。気迫を込めるのは今ではない。なぜならば。
「これで落ちなさいな‥‥」
夜月を思わせる冷たい声。女性体が、それに気づいた時。
――ビンッ!
長き弓から放たれた太矢。それは、女性体の胸に深々と突き刺さり、彼女を大地へと引きずり倒す。
「よっしゃ!」
ここぞとばかり勢いを付ける蓮角。その後ろでは、霜月がようやく、A班との連絡に成功していた。
「はい、糸目の美乳と交戦中です。緊急時ですからセクハラだなんて言わないで下さいねっ!」
早口にまくしたてた霜月。その顔色が、さっと強ばる。
「え、微乳の方がこちらへ?」
黒い影が頭上を通過したのは、その直後だった。
「ッ蓮角さん!」
その声に気づいた時、蓮角の刀は、女性体の身体に突き刺さっていた。声と気配に気づくも、すぐに刃は引き抜けない。
その隙をついて。少女体の爪が、蓮角の背へと迫り。
――ヒュ!
「撃墜」
淡々とした声は、るなの背後から聞こえた。
肩で息をしつつ。ルーシーが弓を降ろすと同時に、少女体が地上に墜落する。その頭には、深々と矢が突き刺さっていた。
「お待たせ!」
「残りは二羽‥‥いや、一羽か」
駆け寄る渉の後ろ。真奈は、蓮角の刃が女性体の命を刈り取ったのを確認する。
「さてと。後はリーダーを倒」
刹那。蓮角がとっさに首を傾げたのは、能力者としての直感のためだろう。
空より飛来した何かが、蓮角の耳を薄く裂く。大地に突き刺さったそれは、自ら浮遊すると、回転しながら空へと戻っていった。
「あれが‥‥」
誰ともなくそう呟き。空の一点を見つめる。
――シュウウ‥‥。
かすれた息をつく彼女の元へ、星形をしたキメラが還っていく。
爪でそれを受け止め。黒衣に収まり切らぬ爆乳を揺らし、ハーピーリーダーは、日差しを隠すほどの大翼を広げるのだった。
●黒の決闘
その時。リーダーの動きを、蓮角は見逃さなかった。
「来るぞ!」
言うが否や、横っ飛びに体をかわす。その一瞬後に、星形キメラが手裏剣のようにすれ違っていった。
そして。そのキメラに狙いを定め、るなが薄く微笑んだ。
「逃がさない」
その言葉に偽りはなく。射られた矢は、回転するキメラの、星形のでっぱりのひとつに命中する。
バランスを崩し、彼方の方向に飛んでいくキメラ。その先には、太い爪を構えた渉と、両刃の剣を構えたルーシーの姿があった。
「もう、飛ばせはしない」
大地ごと、キメラを貫くルーシーの刃。びちびちと跳ねるキメラの前で、渉が、腕を大きく振りかぶった。
「これで最後! 運命一閃! 両断剣!」
その宣言通り。キメラの肉体は、真っ二つに裂かれるのだった。
――シュウァアアッ!
怒りの声を発するリーダーの前に、蓮角と霜月が立つ。
「さっさと降りて来い!」
「嫌でも降りてもらいましょう‥‥ッ!」
霜月の持つ小銃から、幾多の弾丸が、リーダーに向けて放たれた。そのいくつかは翼に当たり、リーダーの高度を徐々に下げる。
その戦いの背後で。静かに矢をつがえる真奈の姿があった。
「気に入らない」
独り言と共に、弓を構え。
「お前に、空を往く資格はない」
弓が鳴る。飛来した矢は、リーダーの翼に深々と刺さり、次の瞬間、爆発した。
ぐらり、と身体が傾く。その下に、霜月の姿があった。
「傷つけるためだけの爪など、この世にあってはならないんです」
呟きと共に、一閃。リーダーの片足が、すっぱりと切断される。
――シュアッ!
苦しい叫び。それでもなお、リーダーは空へ舞い上がろうとする。
それを遮るように。刀を大上段に構えた蓮角が、息を吸い。
「ッせや!」
刃の筋にまとわりつく炎。それは、リーダーの肉体に燃え広がり、柔らかな羽毛を真っ赤に彩っていく。
空に浮かぶ松明のように。彼女が焼け落ちるのを、能力者たちは、最後まで見つめていたのだった。