●リプレイ本文
●夜の豆腐屋
心は冷静、然し身体は迅速を心掛け。
「とはいえ。闇夜の探索は疲れる」
ふうとため息を付き。南雲 莞爾(
ga4272)は、大きな調理台に背を預ける。
営業後の豆腐店。調理場の一角には、豆腐の材料である大豆が、壁のようにつまれていた。いつもの姿ではない。これを狙うために現れるものを、おびき出すための餌だ。
「果たして、来て下さるでしょうか」
心配そうに目を伏せ。優(
ga8480)は、月詠の鞘を強く握りしめる。緊張しているのは、今回の作戦が、相手を倒すために行うものではないからだ。程々に、敵を逃がし、その奥にある大きな驚異を、排除せねばならない。
水滴の落ちる音だけが響く中。莞爾は、通信機のスイッチを入れた。
「こちら豆腐班。未だ目標は現れない」
一拍置いて。通信先の何者かが、音が漏れるほどの笑い声を上げたのだった。
●闇のスーパー
「けひゃひゃ、了解なのだよー」
その声は、がらんと広いスーパーに、ぐわんぐわんと反響する。
「ドクター、声が」
「なあに。この程度で逃げるキメラではなかろう」
クククと笑うドクター・ウェスト(
ga0241)に、やれやれと首を振るカルマ・シュタット(
ga6302)。二人の姿は、スーパーのバックヤード、緑色の床の上にあった。
「下手をすれば徹夜になるか」
「若いんだからなんともないだろう?」
そういうドクターは、カルマよりもずっと若々しいオーラを発している。キメラより前に、ドクターの扱いに気をつけねばと思いつつ、カルマは朱鳳の鞘で肩を叩く。
目標となるキメラの姿は、三○センチ程度。どこから入って来るにせよ、物音を立てないはずはない。問題は、気配がないとしか思えないほどに、キメラの詳細情報が無いことだ。
「どう思います、ドクター」
「キメラは不思議な生き物だからねえ」
気の抜けた返事。思わず苦笑したカルマは、手にした通信機をチューニングする。
「こちらスーパー班。いまだ敵は現れていません」
返事は、無い。
それどころか。通信の切断を表すビープ音が、カルマの耳に、空しく響くのだった。
●夜の中華料理屋
電源を落とした通信機をしまって、アズメリア・カンス(
ga8233)は低く身を屈める。
黒く染まった中華料理店。その食料庫を眺められる厨房の一角に、彼女と、稲葉 徹二(
ga0163)は居た。
二人がじっと見つめる先。そこに『影』があった。詳しい姿は、暗視スコープを通してさえ見渡せない。ただ、三つの楕円を繋げたような姿。それに、蠢く長い脚が、『それ』が今回の目標だと示していた。
「人様の飯に種植え付けて根こそぎたァ、阿漕な真似しやがる」
「静かに」
おっと、と口を押さえた徹二をよそに、アズメリアはクルメタルPー38の銃口を上げる。そこに込められているのは、殺傷するためとは別の弾丸。静かに狙いをつけ、息を殺す。
「‥‥ッ」
炸薬音。血の代わりに飛び散ったのは、うっすらと光るインクだった。
「命中」
「後は任せてくだせェ」
一瞬うなずき合い。アズメリアは、驚いて逃げ出したキメラを追い、残された徹二は、わずかにこじあけられた食料庫に駆け寄った。
「こいつか」
食料庫の壁にへばりついている、黄土色の粘着体。その上に蛍火の刀身を添え、徹二は薄く目を細める。
「ッ!」
瞬間。滑らかにすべる刀身が、スライムの種を、壁から綺麗に剥がし落とす。
店内に静けさが戻る中。徹二は腰の通信機をたたき起こし、大声を張り上げた。
●追跡
『スライムの種排除完了。ただちに隠密蟻の追跡であります!』
「了解」
短く返答し。莞爾は、即座に立ち上がり、外を目指す。
「中華料理屋からのルートですか」
「追っ手を増やさなければ、見失う可能性がある」
莞爾の台詞にうなずいて。優もまた、走る速度を上げていった。
やがて、中華料理屋の前に辿り着く二人。そこには、じっと立ったままの、カルマとドクターの姿があった。
「カルマさん、ドクター。追跡は?」
「なに、彼女に任せておけば大丈夫。下手に追っ手を増やすと、逆に追跡が困難になる」
ドクターがそう説明している時。ここより少し離れた路上に、アズメリアの姿があった。
「逃がさない」
目印は付けた。だがそれは、とてもか細く、ともすれば見失ってしまうようなものだ。だから、絶対に目を離さない。
追跡を続ける彼女の姿は、待機班にはわからない。思わず、ため息をついてしまうカルマ。
「無事にたどり着けるでしょうか」
「ま、大丈夫じゃないかなー」
軽い声。思わず振り向いた先。
「ダメでも、我輩が補佐すればいいのさ」
真剣な顔で呟く、ドクターの眼鏡が光る。
「スライムの後始末って、あれで良かったでありますか」
そう呟き、中華料理店から、刀を握った徹二が出てくる頃。ドクターの持つ通信機が、小さく音を立てた。
「もしもし。うむうむ」
皆の注目を集める中。ドクターは、にやりと笑い、ピースサインを出して見せた。
●遭遇
そこは、街外れにひっそりと建つ、廃業した喫茶店だった。
割れた窓ガラスを踏みつけ。それは、カウンターの奥へと歩みを進める。
強靱な顎で、そこにある半固形物の塊を掴み。カウンターを乗り越え、外へと。
「そこまで」
闇夜を照らす、月詠の刃。
アズメリアを見上げ。群青色をした蟻は、ねばつく牙を、ねちゃりと広げる。
店内が照らし出されたのは、その時だった。
「これで、逃げも隠れもできないでしょう」
店のドアを開け放ち。懐中電灯を構えたカルマの隣で、エネルギーガンを構えるドクター。
「裏口も押さえさせてもらいやしたぜ」
そう言って、調理場の方から現れる徹二。その後ろには、莞爾と優の姿もある。
完全に囲まれたと気づき、動きを止める蟻。その小さな頭で、何を思いついたのか。
――ギッ!
鳴き声のような音を立てた瞬間。カウンターの奥にいた『それ』が、ぬるりと姿を現した。
嫌悪感を催す、黄土色の肉体。いや、それを生命と呼ぶべきなのだろうか。
「これが本体ですか」
「カルマ君、アズメリア君。蟻の方は頼んだよ」
エネルギーガンの銃口が、スライムの方へと向けられる。
光線の奔流。それが飛来した瞬間、戦いは始まった。
「フッ」
軽く息をつきつつ、蟻へと迫るアズメリア。身軽なフットワークで、月詠の刃を蟻の頭に振り下ろす。
――ギギッ!
蟻の頭部を抉る刃は、しかし、蟻の牙にがっちりと押さえ込まれてしまった。自身の肉体の数倍の重さを持ち上げるという力が、アズメリアの腕にのしかかる。
「そうはさせません!」
横合いから飛び出してきたカルマの手には、朱鳳が握られていた。胴体の継ぎ目に向かって、それをざくりと突き入れる。
――ギッ!
痛みのあまり、蟻の顎が開いた。自由になったアズメリアは、改めて、蟻の頭部に狙いを定め。
「ハッ!」
一撃。鋭い刃が、蟻の頭部を串刺しにする。
「こちらは大丈夫。向こうは」
カルマが目を向けた先。そこに、煌めく刃があった。
「ッらあ!」
覚醒の効果で気迫を得た徹二の蛍火が、光輝く刃を、スライムへとたたき込む。
波が引くように攻撃から逃げるスライムは、次の瞬間、揺り戻しのように粘液を突き出してくる。
「させません」
防御態勢を取る徹二の前に、立ちはだかる優。月詠を巧みに使い、粘液を切り払う。感情を宿さない冷たい瞳が、スライムをじっと見つめていた。
そして。その背後で、薔薇の刻印の入った銃を構える者が一人。
「退け‥‥ッ」
とっさに両脇に避けた二人の間を、疾風が通り抜ける。
ほぼ零距離で、突きつけられる銃口。引き金が、強く引かれる。
刹那。スライムの身体が、粉々に砕け散った。
「排除、完了」
そう呟く莞爾の前で、細かい欠片になったまま、うねうねと蠢くスライム。
その一片に、光の筋が照射された。
「後始末は我輩に任せたまえ」
スライムの欠片をひとつひとつ潰しながら、何事かをメモしていくドクター。彼には彼の、研究目的があるのだ。
やがて、全ての欠片が除去される頃。割れた窓から、うっすらと朝日が差し込む。
頭を串刺しにされ、息絶えた蟻も。日差しの中では、ただの大きな虫に過ぎなかった。
夜は明け。そして。また、日常が始まる。