タイトル:紅白鼠と黒南瓜マスター:凪魚友帆

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/24 18:38

●オープニング本文


 暗闇の中。男たちは銃を構える。
「どこに居やがる‥‥」
 埃をかぶった廃工場。ここに潜むキメラの正確な姿は、未だ確認されていない。
 明かりを取り込むための窓は、全てにシャッターがおろされ、誰の手によるものか、窓枠に『溶接』されていた。入り口から漏れる光と、暗視装置の機能を頼りに、男たちは先へと進む。
『町外れの廃工場とは、出来すぎてやがる』
 イアフォン型の通信機から、仲間の声が漏れ聞こえる。
『怪談退治に派遣される兵士ってのも、笑える話スよね』
『実際に被害が出ている、仕方なかろう』
「無駄口は止せ」
 沈黙の代わりに返ってきたのは、重なった失笑だった。仕方あるまい。ここで被害にあった若者たちは、頭をチリチリに焦がし、口々に『黒い頭の怪物と、その下僕に襲われた』というのだ。これがキメラなら、焼けるのは頭どころでは済まない。結局の所、花火か何かで怪我をしたのに、苦し紛れの言い訳をしたのだろう。
『でも。本当にキメラだったら、何がしたいんスかね』
『さあな。お伽噺の悪役にでもなりたいんじゃないか?』
『キメラにそこまでの知識があるとは思えん。あるすれば』
 ――バグア本体の介入。
 元々、キメラはバグアの先兵なのだ。猛獣使いが何かを企んでいるのなら、あるいは、どのような目的が‥‥。
「まさか。陽動」
 兵士の呟きは、最後まで続かなかった。
 ――ヂッ!
『左方に熱ギャアアアアアアアアア!』
 ――ヂヂッ!
『おい、どうしやが‥‥ぁ‥‥ぁ‥‥』
 後方の二名の気配が消える。振り返った前衛組は、倒れ伏す仲間と、その上に陣取る小さな影を捉える。
 炎に包まれ松明と化した兵士の上には、うねる赤毛のネズミが。凍傷に顔を黒く変色させた兵士の上には、銀に輝く白毛のネズミが。
 その姿からして、一見してキメラとわかる。もちろん、大切な仲間たちを倒した仇だとも。
『きっ、貴様らァ!』
 軽機関銃の雨から逃れるように、二匹のネズミは闇の奥へと消えていった。何の妨害か、暗視装置をもってしても、彼らの姿は捉えられない。
「畜生」
 ゴーグルを外した二人の兵士。その前に、渦巻く気配があった。
『何だ‥‥ッ』
 四つの瞳に見つめられながら。その影は、火明かりの前に姿を現す。
 黒く丸い頭。黄色のマント。手にした鎌に血の滴。
『黒、南瓜?』
 ――ヂッ。
 ――ヂヂッ。
 それはまるで使い魔のように。黒南瓜の前に整列した紅白のネズミが、大きく口を開ける。
「まずい、退」
 それから先は、喋ることを許されなかった。
 倒れ伏した兵士たちを、黒南瓜が見下ろす。単に穴を開けただけの顔は、炎に照らされ、ひどく歪んだ笑みを浮かべているように見えた。

 あなたたち能力者に、黒南瓜の掃討が依頼されたのは、それから数日のことだった。

●参加者一覧

アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
水枷 冬花(gb2360
16歳・♀・GP
リリィ・スノー(gb2996
14歳・♀・JG

●リプレイ本文

●紅蓮
 暗闇に、水音が踊る。
 透明な液体が床に散る度、廃屋の中に、むせかえるようなアルコール臭いが充満していく。
 床の三方に、清めをするように酒を撒き。暗闇の中、人影がひとつ、腰の剣を抜き放つ。
 剣をかざし。刀身が、薄ぼんやりと光り始める。それに照らされる少女の顔は、不自然なほど、朗らかな笑顔だった。
 空に軌跡を描きつつ、刃が、地面に叩きつけられ。
 ――ゴオ。
 火花を種に上がった炎は、あおられるように、酒の道の上を滑っていった。
 真昼のように明るくなった廃屋で、白雪(gb2228)は、こう呟いた。
「‥‥かくれんぼはお終いよ」
 一拍置いて。それぞれの位置で待機していた仲間たちが、一斉に、その力を解放した。
「火を巻いた以上、早期に決着をつけたいところだな」
 そう呟くアンジェリナ(ga6940)の身体からは、漆黒のオーラが立ち上っていた。紅色に光る瞳が、廃屋の隅々を観察している。
「暑いのは苦手です‥‥」
 そう言って、リリィ・スノー(gb2996)は額の汗をぬぐう。この面子で最も幼い姿をした彼女の手には、不釣り合いなほどに長い銃が握られていた。彼女もまた、闘うべき宿命を背負った能力者なのだ。
 最後の一人。水枷 冬花(gb2360)は、月詠を握った手を口元に当て、静かに目を瞑っていた。その掌には、赤い刻印が浮かんでいる。
 それから、どれだけの時が過ぎただろう。
 ――ヂッ。
 ――ヂヂッ。
 その声はかすかに、しかし、耳障りに聞こえる。炎の熱気にあてられたのか、彼らは、いかにも簡単に、能力者たちの前に姿を現した。
 ――ヂイ!
 紅白一対のネズミたちは、こちらと距離を取りながら、何者かを待っているようである。その意味がわかるのに、さして時間はかからなかった。
 炎などものともせず。ゆらり、と現れる黒い頭。
 ――ヂイヂイ!
 ――ヂヂ!
 ネズミたちが上げるのは、賛辞か、それとも畏怖の声か。
 姿を現した黒南瓜に、冬花が視線を向けた。
「貴方たち‥‥時節を読みなさい。ハロウィンにはまだ早いわよ?」
 言外に、彼らの存在を否定して。
 ――ヂイ!
 紅ネズミの叫び声と共に、戦いは始まったのだった。

●氷と雪
 なぶるような熱気の中でも。白雪の額に、汗が浮かぶことはない。
「‥‥さあ、楽しみなさい!」
 輝く蛍火が行く先を照らす。そこにうずくまる銀毛のネズミは、鈍色の瞳を、ぎろりと剥き出した。
 ――ヂイ!
 瞬間。白雪の顔の側を、痛みを伴うほどの冷気が過ぎ去る。とっさに身体をかしげていなければ、顔面を冷凍されていただろう。
「やるじゃない」
 薄く笑い、跳躍。
 一息で白ネズミの元へ迫る白雪に、再び凍弾が発射される。しかしそれは、蛍火の刃にかすめ斬られ、あらぬ方向へと飛び出していった。
「ふふ。楽しい」
 その鬼気に、キメラであるはずの白ネズミがうろたえる。
 一瞬の隙をつき。蛍火の切っ先が、白ネズミの足下を駆け抜けた。
 ――ヂッ!
 小さな脚を切り裂かれ、動きを止める白ネズミ。その首筋に、ひた、と、剣が添えられて。
「‥‥もう少し、楽しませて欲しかったわ」
 ころりと落ちたそれは、まるでかわいい小物のようで。
 それを一瞥することもなく。白雪は、次の敵へ、その真紅の瞳を向けるのだった。

●紅と闇
 一方。紅ネズミとアンジェリナの戦いは、膠着状態を迎えていた。
「ちょこまかと‥‥ッ」
 彼女の振るう刃の舌を、赤い疾風が駆け抜けていく。
 遠距離からの氷弾を使う白ネズミと違い、紅ネズミは、生来の敏捷性で相手を攪乱しつつ、至近距離での炎弾を扱うらしい。現に、アンジェリナのコートには、かろうじて攻撃をかわした代償に、焼け焦げた跡があった。
 覚醒したとしても人の身、アンジェリナが全力で戦える時間には限りがある。対して、紅ネズミがどれだけの持久力を持っているか。敵の底力がわからない以上、戦いを長引かせるのは危険だ。
「くッ」
 もう何度目かわからない斬撃。それをかわした紅ネズミは、後ろに大きく距離を取った。すかさず剣を構え、アンジェリナは。
 動きを、止めた。
「‥‥」
 先ほどまでの激しい動きが嘘だったかのように。剣の切っ先をやや下向きに向けたまま、静かに立つアンジェリナ。その所行に、紅ネズミは、しばし攻撃を躊躇していたが。
 ーーヂッ!
 その小さな頭で、商機を感じ取ったのか。一直線へ迫る姿は、赤い弾丸にも似て。大きく跳躍。蛇のように開けた口から、今にも炎を吹き出さんと。
 する、直前。
「朱桜・弐式」
 最小の動きで。紅ネズミをかわし、剣が翻る。
「『時雨』」
 その声を発した時、彼女はもう、剣を鞘へ納めていた。
 その背後で、地に落ちる紅ネズミ。その身体がぴくぴくと痙攣し、やがて動かなくなった。
「目標、消滅」
 静かに呟き、アンジェリナが見つめる先。そこでも、戦いは始まっていた。

●南瓜と二人
 リリィの弾丸が貫いたのは、背後のコンテナだけだった。
「南瓜料理は好きですけど‥‥アレはいただけませんね‥‥」
 長銃を構えるリリィの前で、踊るように空を駆ける黒南瓜。とぼけたような作り付けの顔は、見れば見るほど憎たらしい。
「何だか、焼け焦げた南瓜みたいですね、アレ」
 皮肉の一つも呟きたくなるもの。言葉を理解したのか、振り返った南瓜の頭めがけて弾丸を放つが、結果は同じだった。
「動きを止めないと、銃撃じゃ無理ですね」
「そう」
 横合いからの呟き。それに振り返った時にはもう、冬花の姿は眼前から消えていた。
 低い姿勢からの急襲。南瓜の下に回り込んだ瞬間、直角に飛び上がり、月詠の刃を振るう。
「チッ」
 手応えは軽い。切り裂いたのは、彼の身につけた南瓜色のマントだけだった。
 もっとも、それだけでも、南瓜の気を引くには十分だったらしい。手にした鎌が鋭く降られ、冬花の首筋を狙う。
「ッ」
 とっさに後ろに倒れ込み、すんでのところで刃をかわす。落下の衝撃を両手でうけとめ、後転して立ち上がる。
 流れるような冬花の動きが面白かったのか、南瓜はますます、彼女に狙いをつけたようだ。ゆらりゆらりと揺れ動きながら、冬花の首をいただこうと、何度も鎌を振るい続ける。
 ふざけた外見をしていても、南瓜の動きに隙はない。次第に追いつめられていく冬花の目が、徐々に据わっていく。
 十二、三度目の斬撃だろうか。今まで回避を続けていた冬花の足並みが、ぐらりと揺らいだ。
 ここぞとばかり、振り下ろされる鎌。それは、冬花の額をかち割ろうと、真っ正面から迫ってくる。
 襲い来る恐怖。冬花はそれを。
 ――ギィン!
 横に渡した月読の刃で、がっちりと受け止めた。
「今!」
 冬花の声に、南瓜は、己の失策に気づいただろうか。
 動きを止めた一瞬の間。それだけで十分だった。
「トリック・オア・トリート‥‥弾丸よければプレゼントします‥‥」
 冷たい声とは裏腹に。弾丸の衝撃は、爆発にも似ていた。
 南瓜の頭が大きくえぐれ、黒々とした中身を見せる。半分になった顔で、南瓜は、冬花の顔をまじまじと見つめ。
「さよなら」
 鎌をはねのけ。白い刃が、南瓜の首をすっぱりとはねた。
 やけに重い音を立て、値に転がる黒南瓜。
 紅白ネズミの遺骸を片付け、仲間たちも、その姿を見下ろしに現れる。
「笑ってる」
 誰ともなく、思わず、そう呟いて。
 その顔は、最後まで、とぼけた笑みに彩られていた。
 しばしの沈黙。それを破ったのは、廃屋が崩れ出す、轟音の合図だった。
 無言のままうなずいて、能力者たちは廃屋の外へと去っていく。
 残された亡骸は、全て、瓦礫の下に埋もれて行くのだった。