●リプレイ本文
●紅蓮
暗闇に、水音が踊る。
透明な液体が床に散る度、廃屋の中に、むせかえるようなアルコール臭いが充満していく。
床の三方に、清めをするように酒を撒き。暗闇の中、人影がひとつ、腰の剣を抜き放つ。
剣をかざし。刀身が、薄ぼんやりと光り始める。それに照らされる少女の顔は、不自然なほど、朗らかな笑顔だった。
空に軌跡を描きつつ、刃が、地面に叩きつけられ。
――ゴオ。
火花を種に上がった炎は、あおられるように、酒の道の上を滑っていった。
真昼のように明るくなった廃屋で、白雪(
gb2228)は、こう呟いた。
「‥‥かくれんぼはお終いよ」
一拍置いて。それぞれの位置で待機していた仲間たちが、一斉に、その力を解放した。
「火を巻いた以上、早期に決着をつけたいところだな」
そう呟くアンジェリナ(
ga6940)の身体からは、漆黒のオーラが立ち上っていた。紅色に光る瞳が、廃屋の隅々を観察している。
「暑いのは苦手です‥‥」
そう言って、リリィ・スノー(
gb2996)は額の汗をぬぐう。この面子で最も幼い姿をした彼女の手には、不釣り合いなほどに長い銃が握られていた。彼女もまた、闘うべき宿命を背負った能力者なのだ。
最後の一人。水枷 冬花(
gb2360)は、月詠を握った手を口元に当て、静かに目を瞑っていた。その掌には、赤い刻印が浮かんでいる。
それから、どれだけの時が過ぎただろう。
――ヂッ。
――ヂヂッ。
その声はかすかに、しかし、耳障りに聞こえる。炎の熱気にあてられたのか、彼らは、いかにも簡単に、能力者たちの前に姿を現した。
――ヂイ!
紅白一対のネズミたちは、こちらと距離を取りながら、何者かを待っているようである。その意味がわかるのに、さして時間はかからなかった。
炎などものともせず。ゆらり、と現れる黒い頭。
――ヂイヂイ!
――ヂヂ!
ネズミたちが上げるのは、賛辞か、それとも畏怖の声か。
姿を現した黒南瓜に、冬花が視線を向けた。
「貴方たち‥‥時節を読みなさい。ハロウィンにはまだ早いわよ?」
言外に、彼らの存在を否定して。
――ヂイ!
紅ネズミの叫び声と共に、戦いは始まったのだった。
●氷と雪
なぶるような熱気の中でも。白雪の額に、汗が浮かぶことはない。
「‥‥さあ、楽しみなさい!」
輝く蛍火が行く先を照らす。そこにうずくまる銀毛のネズミは、鈍色の瞳を、ぎろりと剥き出した。
――ヂイ!
瞬間。白雪の顔の側を、痛みを伴うほどの冷気が過ぎ去る。とっさに身体をかしげていなければ、顔面を冷凍されていただろう。
「やるじゃない」
薄く笑い、跳躍。
一息で白ネズミの元へ迫る白雪に、再び凍弾が発射される。しかしそれは、蛍火の刃にかすめ斬られ、あらぬ方向へと飛び出していった。
「ふふ。楽しい」
その鬼気に、キメラであるはずの白ネズミがうろたえる。
一瞬の隙をつき。蛍火の切っ先が、白ネズミの足下を駆け抜けた。
――ヂッ!
小さな脚を切り裂かれ、動きを止める白ネズミ。その首筋に、ひた、と、剣が添えられて。
「‥‥もう少し、楽しませて欲しかったわ」
ころりと落ちたそれは、まるでかわいい小物のようで。
それを一瞥することもなく。白雪は、次の敵へ、その真紅の瞳を向けるのだった。
●紅と闇
一方。紅ネズミとアンジェリナの戦いは、膠着状態を迎えていた。
「ちょこまかと‥‥ッ」
彼女の振るう刃の舌を、赤い疾風が駆け抜けていく。
遠距離からの氷弾を使う白ネズミと違い、紅ネズミは、生来の敏捷性で相手を攪乱しつつ、至近距離での炎弾を扱うらしい。現に、アンジェリナのコートには、かろうじて攻撃をかわした代償に、焼け焦げた跡があった。
覚醒したとしても人の身、アンジェリナが全力で戦える時間には限りがある。対して、紅ネズミがどれだけの持久力を持っているか。敵の底力がわからない以上、戦いを長引かせるのは危険だ。
「くッ」
もう何度目かわからない斬撃。それをかわした紅ネズミは、後ろに大きく距離を取った。すかさず剣を構え、アンジェリナは。
動きを、止めた。
「‥‥」
先ほどまでの激しい動きが嘘だったかのように。剣の切っ先をやや下向きに向けたまま、静かに立つアンジェリナ。その所行に、紅ネズミは、しばし攻撃を躊躇していたが。
ーーヂッ!
その小さな頭で、商機を感じ取ったのか。一直線へ迫る姿は、赤い弾丸にも似て。大きく跳躍。蛇のように開けた口から、今にも炎を吹き出さんと。
する、直前。
「朱桜・弐式」
最小の動きで。紅ネズミをかわし、剣が翻る。
「『時雨』」
その声を発した時、彼女はもう、剣を鞘へ納めていた。
その背後で、地に落ちる紅ネズミ。その身体がぴくぴくと痙攣し、やがて動かなくなった。
「目標、消滅」
静かに呟き、アンジェリナが見つめる先。そこでも、戦いは始まっていた。
●南瓜と二人
リリィの弾丸が貫いたのは、背後のコンテナだけだった。
「南瓜料理は好きですけど‥‥アレはいただけませんね‥‥」
長銃を構えるリリィの前で、踊るように空を駆ける黒南瓜。とぼけたような作り付けの顔は、見れば見るほど憎たらしい。
「何だか、焼け焦げた南瓜みたいですね、アレ」
皮肉の一つも呟きたくなるもの。言葉を理解したのか、振り返った南瓜の頭めがけて弾丸を放つが、結果は同じだった。
「動きを止めないと、銃撃じゃ無理ですね」
「そう」
横合いからの呟き。それに振り返った時にはもう、冬花の姿は眼前から消えていた。
低い姿勢からの急襲。南瓜の下に回り込んだ瞬間、直角に飛び上がり、月詠の刃を振るう。
「チッ」
手応えは軽い。切り裂いたのは、彼の身につけた南瓜色のマントだけだった。
もっとも、それだけでも、南瓜の気を引くには十分だったらしい。手にした鎌が鋭く降られ、冬花の首筋を狙う。
「ッ」
とっさに後ろに倒れ込み、すんでのところで刃をかわす。落下の衝撃を両手でうけとめ、後転して立ち上がる。
流れるような冬花の動きが面白かったのか、南瓜はますます、彼女に狙いをつけたようだ。ゆらりゆらりと揺れ動きながら、冬花の首をいただこうと、何度も鎌を振るい続ける。
ふざけた外見をしていても、南瓜の動きに隙はない。次第に追いつめられていく冬花の目が、徐々に据わっていく。
十二、三度目の斬撃だろうか。今まで回避を続けていた冬花の足並みが、ぐらりと揺らいだ。
ここぞとばかり、振り下ろされる鎌。それは、冬花の額をかち割ろうと、真っ正面から迫ってくる。
襲い来る恐怖。冬花はそれを。
――ギィン!
横に渡した月読の刃で、がっちりと受け止めた。
「今!」
冬花の声に、南瓜は、己の失策に気づいただろうか。
動きを止めた一瞬の間。それだけで十分だった。
「トリック・オア・トリート‥‥弾丸よければプレゼントします‥‥」
冷たい声とは裏腹に。弾丸の衝撃は、爆発にも似ていた。
南瓜の頭が大きくえぐれ、黒々とした中身を見せる。半分になった顔で、南瓜は、冬花の顔をまじまじと見つめ。
「さよなら」
鎌をはねのけ。白い刃が、南瓜の首をすっぱりとはねた。
やけに重い音を立て、値に転がる黒南瓜。
紅白ネズミの遺骸を片付け、仲間たちも、その姿を見下ろしに現れる。
「笑ってる」
誰ともなく、思わず、そう呟いて。
その顔は、最後まで、とぼけた笑みに彩られていた。
しばしの沈黙。それを破ったのは、廃屋が崩れ出す、轟音の合図だった。
無言のままうなずいて、能力者たちは廃屋の外へと去っていく。
残された亡骸は、全て、瓦礫の下に埋もれて行くのだった。