●リプレイ本文
●捜査
説明する教師から目を外し。ぽつりと呟く。
「賑やかな‥‥場所ですね‥‥」
「は?」
怪訝そうな教師に首を振り、占部 鶯歌(
gb2532)は手元のメモを閉じる。ここで起きた事件のあらましは聞き終えた。想像するだに不思議な事件だが、裏にバグアが関わっているといえば、納得もできよう。
教師に一礼し。鶯歌はしばし、学内を歩む。
何が面白いのか、わいわいと騒ぐ学生たち。机に座った男子が手をたたいて喜べば、壁によりかかった女子が、ひそひそと何か話している。
どこにでもある、普通の学校。その思い出を、鶯歌は持っていない。
「‥‥私にも‥‥そんな時代が‥‥あったのでしょうか‥‥」
ふとよぎる不安。髪をかき上げて不安を払った鶯歌の元に、足音が近づく。
「占部さん、こちらでしたか」
ひょうひょうとした笑顔。小走りで現れた周防 誠(
ga7131)もまた、この事件を捜査する仲間である。彼には、学生への聞き込みを担当してもらっていた。
「何か、わかりましたか」
「いいえ、全く。被害者の共通点、浚われる際の徴候、その後の経過。何一つわかりませんでした」
やれやれ、と手を差し上げた誠は、それでも笑顔を絶やしていなかった。いぶかしがる鶯歌に、誠はにんまりと笑ってみせる。
「嬉しいお知らせです。噂によれば、トイレのスーバさんは、美しい少女に目を付けて、さらってしまうそうですよ」
「それの、どこが」
「いやだなあ」
クスリと笑って。誠はこう付け加える。
「我が隊の潜入隊員は、美人揃いではないですか」
●潜入
「美しい少女に目がないってことは、襲われたら美人認定されたってことでいいんでしょうかね?」
「んあ、なーに?」
寝ぼけまなこのクラスメイトに、いやいや、と手を振ってみせ。リリィ・スノー(
gb2996)は視線を泳がせる。余計なことは話してはいけない。とはいえ、かりそめの同級生たちと交流しなければ、自分の目標は達成できないのだ。
「それで、あの‥‥この学校にある噂話とか、興味があるので教えて欲しいんですけど」
「あー? あれ、うちのクラスの佐藤と、数学の田中が付き合ってるとか」
「いやいやそういうものではなくて!」
素直にトイレの噂と聞けないのは、同じ質問を他の生徒にもしているからだ。目立ってはいけない。しかし動かなくてもいけない。潜入捜査というのは、なんとも難しいものである。
「で、なによ」
「いや、その、ええと」
「――最近、聞くでしょう? トイレのスーバさん」
「ん? あー、あんた、確か」
顔を上げたリリィが見たのは、セーラー服を身にまとった黒髪の少女。
リリィに目配せした白雪(
gb2228)は、再び眠らんとするクラスメイトに向きり、目を細める。清楚とした姿に、薄い笑顔が映えた。
「最近も、誰かがさらわれたとか」
「小林? あれ確か、親の都合で転校したんじゃなかったっけ」
「そうは言いつつ‥‥気になるのでしょう?」
にこりと笑み。目を覚ましたクラスメイトに、ずいと近寄る。
「ねえ、スーバさんの噂、知らない?」
「まあ、んー‥‥。あたしも詳しくは知らないんだけど。決まったトイレにだけ出るとか、美少女しかさらわないとか」
「他には?」
「他ぁ? えーと」
記憶をたどっているのか。クラスメイトは、しばし目を瞬かせ。
「そういや、こんな話も聞いたことある。スーバさんが出た後は、天井が湿ってて、水滴が、ぴたーん、ぴたーん、と、って」
「なるほど」
す、と顔を離し。白雪は、リリィに小さく手招きをする。
「あ、はい。それじゃあ、また」
「んー、またねー」
捜査が終われば二度と会えぬ少女に向けて、リリィは小さく会釈する。
振り向きざまに追いかけた先。白雪と並んで、廊下を歩く。
「天井、ですか」
「ええ。そこに、何かがある可能性が高い」
ならば、先手を打って種を明かし、敵の手鼻をくじくのみ。
二人が進むその先。三階のトイレのすぐ前に、仲間たちの姿があった。
●調査
「ちゃんと見張っていて下さいよ」
そう言い置きして。ゴーグルを装着した誠は、便座の上に両足を乗せる。
噂の舞台であるトイレの個室。その天井に指を走らせ、誠は神経を尖らせる。
「‥‥ん」
指先に、湿った感覚。万能ナイフの刃を開き、そこに沿わせる。
「入った」
その台詞が終わらぬ内に。天井の壁面が、ぐらりと開いた。
「おおっと! ‥‥なるほどなるほど」
ぽっかりと空いた穴に首を突っ込み、誠はしげしげと周囲を見渡す。
そこは、狭く小さな部屋だった。最低限の換気口がある他は、明かりも隙間も、なにもない空間。
「ここにしばらく閉じ込めて、しかるべき後に取り出すと」
「協力者が存在するわけね」
白雪の呟きにうなづいて、誠は天井の扉を閉める。
「ネタはバレた。後は実行犯を退治して、主犯をあぶり出そう」
「それじゃあ」
うむと頷く誠に向けて、白雪は、静かに微笑むのだった。
●遭遇
「ただし、どこから出てくるかは分からない、と」
個室の戸を閉め。一人になった白雪は、ぼうっと視線をなびかせる。
閉鎖された空間は、あまり居心地の良いものではない。それが御不浄となれば尚更だ。その不安な心持ちが、バグアに好まれたのかもしれない。
知らぬ間に浮かべた冷や汗を拭い。ふ、と、息をつき。
ぴちゃん。
「‥‥物音。人の気配じゃない‥‥?」
呟きが終わらぬ内。わき上がる威圧感。
「ッ!」
振り返った白雪。その目の前で、便座が跳ね上がる。
――ヒヒィィィィン!
水音と共に響き渡るいななき。便器の奥より魚の下半身を伸ばし、水色をした馬が、ひずめを大きく振り上げた。
それに対するのは、黒き閃光。
「甘いわ」
叫ぶ白雪の髪が、見る間に銀へ染まっていく。紅色の瞳でひと睨み。蛇剋の歪曲した刃が、馬に向けて振り上げられる。
「散りなさい」
一閃。馬の右脚がはね飛ばされ。
二撃。馬の喉元が切り裂かれ。
三発。もだえ苦しむ馬の胸に、深々と刃が突き刺さった。
――フ、シュルル‥‥。
ぐったりと動かなくなった馬。その身体より刃を抜き出し。
「さあ、あの子たちはどうなるかしら」
そう呟き、白雪は薄く笑うのだった。
●貫通
その頃。二階の個室では、リリィが馬と対峙していた。
――ヒヒィィン!
「認定されたのは嬉しいけど、あなたは要らない‥‥」
構えるのは一丁の拳銃。狙いを定める腕に、青く輝く幾何学模様が浮かんだ。
――フシュウ!
大きく身体を反らし、馬が威嚇の鼻息を上げる。しかし、リリィは動じることなく、銃口の向かう先を、少しずつずらしていった。
――ヒイィン!
しびれを切らした馬が、そんな声と共に襲いかかる時。
「チェックメイトです‥‥」
放たれた弾丸が、馬の眉間をまっすぐに打ち抜く。
一瞬のけいれん。馬の目がぐるりと裏返り、床にぐにょりと伸びた。
「良かった‥‥」
ほっと一息。銃をしまおうと。
――ヒュウ!
「ッ!」
とっさに放った弾丸は、断末魔の泣き声を上げた馬の側をそれ、床に小さな穴を開ける。銃口を向け直した時には、馬の息は、既に無くなっていた。
「油断大敵、ですね」
苦笑したリリィは、銃をしまい、個室から出て行こうし。
――ぁ、ぁァッ!
「え?」
かすかな声に振り返り。リリィは、己が開けた床の穴を、じっと見つめるのだった。
●救出
その声は、一階の個室の外へ居た鶯歌の耳にも、しっかりと届いていた。
「上‥‥ッ」
構造は覚えている。個室の中に飛び込みつつ、手にした刀を抜き放つ。
「ハッ!」
飛び上がった瞬間、手にした刀で天井を一閃。
四角く切り取られた天井。構造材が床に飛び散るのも気にせず、鶯歌は刀を放り投げ、手を広げる。
一拍遅れて。落ちきたのは一人の少女。
「きゃああ!」
「落ち着いて。といっても、この状況じゃ‥‥」
とりあえずは、少女を外へ運び出さねばなるまい。そう思ってドアを蹴り開けた瞬間、扉に、何か硬いものが激突する音が聞こえた。
「ん‥‥?」
思わず、少女と二人、扉の向こうをのぞき見て。
そこには、鶯歌がさっき話をしていた教師が、目を回して気絶していた。
「これは、まさか」
「どうかしましたかっとおおっと! 他人が居るじゃないですか‥‥」
トイレの入り口で立ち往生している誠を見て、少女が目を丸くする。自分の状況に気づく前に、鶯歌は少女を誠に託し、倒れた教師の傍らに座る。
「いや、まだ証拠はありませんから‥‥」
そう思いながら、教師の上着を探る。そこから出てきたのは、幾枚もの少女の写真。それも、隠し撮りされたような位置取りで。
しばしの沈黙。見つめる先に、扉の開いた隣の個室。
瞬間。鶯歌の左手に、蒼色をした水巴の紋が現れた。
「このような場所に潜むとは‥‥恥を知れッ!!」
鳩尾に拳の一撃。ガッと目を見開いた教師は、再び、深い眠りに落ちるのだった。
●離別
なにはともあれ。
「無事に終わってよかったね」
静かに呟き。白雪は、屋上の芝生から身体を起こす。
あの教師は、バグアに洗脳をかけられ、より良いヨリシロをバグア側へと送る係にされていたらしい。本人の歪んだ欲情も多分に関係しているようだが、適切な治療を受ければ、命だけは長らえられるだろう。
既にバグア側へと渡された少女たちの行く末に心は痛むが、助けられた生徒が居たことは、せめてもの救いだろう。
そんなことをつらつらと思い。振り向いた白雪が見たのは、黙り込むリリィの姿だった。
「どうかしたの?」
「あ、いや、その」
口ごもるリリィの耳に届く、駆け足の音。
振り返ったリリィが見たのは、息を切らしたクラスメイトの姿だった。
「はあ、はぁ‥‥もう、水くさいじゃん」
「あ、その」
「一身上の都合だか知らないけど、転校するんなら一言いいなさいよ」
「‥‥うん」
かすかに頷き。リリィは、小声で呟く。
「きっとまた、会いましょうね‥‥」
その可能性は低くとも。戦いが終われば、きっと。
小さな手で握手する二人の上を、秋の風が通りすぎていった。