タイトル:エンタングルマスター:凪魚友帆

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/28 01:21

●オープニング本文


 荒い息が、床の埃を吹き散らす。
『おいディーヴィ、無事か?』
「足をやられた。すまないが救助を頼む」
 その台詞に返事はない。当たり前だ。ここで助けに行ったら最後、『やつら』の餌食になるのだから。
 痛む右足をかばいつつ、男はアサルトライフルを構え直した。たとえ斥候部隊としても、男もまた、UPCの一員である。そう簡単に、キメラごときに負けて良いわけではない。
 だが。相手の姿が見えないのでは、手の打ちようがないではないか。
「次はどこだ。上か、下か?」
 キメラが潜んでいるのは、床の間、配管の通る狭い隙間だった。
 キメラはそこで、男たちの足音を敏感に察知し、一人になったところで襲いかかる。
 おぞましいことに。『やつら』が使うのは牙や爪ではない。それよりも更に柔軟で、力強い部位。
「くそ。トカゲの尻尾如きに‥‥ッ」
 そう。彼らは尾を使い、敵を絞め殺す。そして、もて遊ぶように喰らうのだ。
『ディーヴィ』
「なんだ。助ける気になったか」
『ジェイクがやられた』
「‥‥そうか」
 まだ隊に入って間もない新人兵士。人類の敵であるバグアを己の手で下すと、意気揚々と任務に望んだ矢先だったのに。
 いや。他人の心配をしている暇はない。ふと、物音が一つ――。
「ッらぁぁァァァァァア!」
 縦断の雨が、眼下の床を蜂の巣にする。残響音が耳をかき破り、ぼんやりとした時間が、ほんの一瞬だけ。
『ディーヴィ!』
「ああ、まだ大丈夫」
 それから先を、言うことは許されなかった。
 薄い床を突き破り、長く太い尾が、男の首に巻き付いた。

 ――ごきゅり。

 あまりにもあっさりとした音を立て、男の首がその使命を終える。
 そのまま床下に半身をうずもらせ。ぴくぴくと痙攣していた男の指も、やがて、しずかに動きを止めるのだった。

 先遣隊全滅の報を受け、あなたが廃病院へ派遣されたのは、それから数日後のことであった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
煉威(ga7589
20歳・♂・SN

●リプレイ本文

●歩く博士
 かつん、こつんと。
「さて何が出るかな〜」
 踊るような声音で呟き。ドクター・ウェスト(ga0241)は、愛用の白衣をひるがえし、まるで我が家の庭を眺めるように、うきうきと歩んでいる。
 もっとも。ドクターが踏みしめているのは、薄汚れ、反り返ったリノリウムの床なのだが。
「何か必ず出ると分かっているのだ、怯えていても仕方ないだろう〜」
 カラカラと楽しそうに笑い、ドクターは眼鏡をずり上げて。
 瞬間。遠く響く金属音に、びくりと身体を震わせた。
「い、意志を強く持ったとしても、生物の本能として恐怖感を抱くのは致し方ないがね〜」
 いいわけがましく呟いてみても、それを聞く者は側には居ない。
 ふむ、と呟き。ひょいと通信機を出したドクターは、甲高い声でがなり立てる。
「けひゃひゃ、我が輩がドクター・ウェストだ〜」
 もちろん、これも意味があってのことなのだ。ドクターの孤独感を紛らわせるという意味も含め。
「こちらはなかなか良い眺めだよ。ああ、そこの割れた窓なんて、いかにも何かが飛び出して来そうなウワア!」
 驚く姿はおどけたもので。通話相手の慌てる顔を想像しながら、通信機を耳に当て。
「うむ? よく聞こえないが」
 そこから先は、喋れなかった。
「ぬ!?」
 相手が出てきたのは窓ではなく、天井に空いた換気扇の残骸の中からだった。鞭のようにしなる生物の尾が、ドクターの細い首に巻き付き、今にも括り殺さんと、ギリギリ音を立てて締め付ける。
 これはもしやまずい状況では。柄にもなくそんな事を考えた時、白い光が、暗い室内を一瞬にして染め上げた。
「‥‥ドクター、リトルリザード。笑顔だ」
 飄々と言ってのけるのは、咥えタバコをくゆらせる、白黒色の紳士だった。
「すでに逃げておる。しかももう撮影済みである」
「たまには仕掛けられる側も良いだろう?」
 余裕の笑みで、UNKNOWN(ga4276)は使い捨てカメラをコートにしまうと、尻尾が逃げていった先をじっと見つめる。気配がないところを見ると、別の場所に移動してしまったらしい。
「まあいい。貴重な犠牲のお陰で、相手の素性は確認できた」
「我が輩、目が悪いので、戦闘で色々と誤射するかもしれないが、気にしないでくれたまえ」
 もちろん。とニヒルな笑みを浮かべてみせるUNKNOWNの背後で、黒髪を後ろで束ねた少女が、わたわたと駆け寄ってきた。
「ドクターさん、大丈夫ですか!」
「おかげさまでね」
 大人二人の間に漂う空気に顔を引きつらせつつ、平坂 桃香(ga1831)は、ドクターが落とした通信機を拾い上げる。幸い、機能に障害は無いようだ。
「でも、向こうも、ドクターが囮だと気づいてしまったでしょうか」
「我が輩の研究では、リトルリザードに高度な知性は確認されていない。そもそも、相手はこちらの顔を見ていないであるからな」
 なるほど、と呟き。桃香は、囮の証である通信機を、ドクターにきっちり返すのだった。
「やれやれ。さて、向こうの班はどうなっているかな」
 ドクターが見つめる先。崩れ落ちた床の下に、階下の様子が垣間見えた。

●闊歩
 荒れ果てた病室を横切るのは、ピンク色のナースだった。
「廃病院に幽霊が出るみたいな噂が立っても、責任は取れないわ」
 くすりと微笑み。艶やかな長髪をアップにまとめた緋室 神音(ga3576)は、かかとの高いブーツをコツコツと慣らしつつ、ほこりっぽい病院を優雅に進む。
「廃墟マニアの気持ちが、少しわかるかも」
 冗談口調で呟きつつ。彼女の目は少しも笑っていない。
 油断無く周囲を見渡し、耳をそばだて。どこから来たるかわからない敵を、一秒でも早く見つけようとする。
 彼女の耳が物音を捕らえたのは、休憩室にさしかかった頃だった。
「上?」
 見上げる先。むき出しになった配管に、かすかな振動を見取る。注意をそちらに向け、月読の刃を、鞘から引き出そうと。
 動く直前。床が爆ぜた。
「なッ」
 一瞬の隙が反応を鈍らせる。ツタのようにわき出した一本の尾は、神音の上半身にしゅるりと巻き付くと、恐ろしい力で引きずり込もうとする。
「く。そういうのは‥‥趣味じゃない!」
 膝をつきつつ。かろうじてこらえる神音の側に、黒い影が舞い降りる。
「力は入りますか」
 蒼白の顔に薄い笑みを浮かべ、アルヴァイム(ga5051)は尾の根を両手でがっちりと掴む。彼のやらんとすることを察して、神音も、渾身の力で膝を起こす。
「くッ」
「くう‥‥」
 二人の力と尾の力が釣り合い、我慢比べに入ろうという頃。廊下の影から現れたのは、拳銃を横に構えた一人の少年。
「俺も活躍して目立ってやるぜ! まずは芋掘りからだな!」
 歓声と共に。煉威(ga7589)の手から放たれた弾丸が、床の残骸を削る。障害物を失い、均整を保っていた尾の力が、がくりと落ちた。
「今です。せいの‥‥!」
「くぅッ!」
 一息にこめられた力で。床の中に隠れていたものが、ずるりと引き出された。
 ――ギイ!
 そんな声を上げるのは、暗闇に馴染んだ一匹の蜥蜴。
 やけに平べったい体つき。目は退化し、代わりに耳は蝙蝠のように大きく。牙の並んだ口は、地獄への裂け目にも見える。
 ギリギリと歯を鳴らし。地上に引きずり出されたリトルリザードは、神音から尾をふりほどくと、さっと飛び退き、こちらを威嚇し始めた。
「やっと出てきたな!」
「これからが勝負ですね」
 愛用の銃を構える青年と少年の間で。神音もまた、月読の白刃を抜き放つのだった。

●追撃
 それと同じ頃。駆け足で走るUNKNOWNと桃香の姿があった。
「モグラ探しとは大変なものだ。農家の方々には頭が下がる」
「そんなレベルじゃないですよ。あ、そっち!」
 桃香が指さす先。崩れた壁の隙間から覗いた緑色の肌に、UNKNOWNが手にしたスコーピオンの弾丸がたたき込まれる。赤い肉を露出させつつ、壁の中のキメラは、再び表から姿を消す。
「あっちです!」
「やれやれ、これではキリがない」
 はやる桃香の後ろで、UNKNOWNがコートの埃をはらう。もっとも、彼らとて、ただ敵を追いかけ回しているわけではない。
「UNKNOWNさん、まだですかっ?」
「もうすぐだ。プレゼントも待っている」
 作戦前、廃病院の見取り図と各所の写真を頭にたたき込んだ彼の脳裏には、逃げ続けるキメラがどこへたどり着くか、ありありと見えているのだ。
 そして。もう何度目かわからない角を曲がった時。視界が、上下に拡大した。
「到着だ。地獄の大穴に」
 UNKNOWNがそう言って笑う先。フロアの一面が崩れ落ち、はるか下には、破片にまみれた水槽がたゆたっている。
「落ちたな」
 その言葉通り。床の隙間から飛び出したリトルリザードは、水槽の中に沈没し、苦しそうにもがいていた。
「後は良いだろう。桃香、一階の援護に回れ」
「わかりました」
 去っていく足音を背中で受けつつ、彼はスコーピオンの弾倉を込め直す。
 見下ろす先。リトルリザードは、水槽から脱出しようと、破片のひとつによじ登っていた。そこに狙いを定め、銃口が火花を噴く。
 再び水面にたたきつけられたリトルリザード。その小さな瞳が、湖面の向こうで揺らぐ、一つの人影を捉えた。
「また会ったのであるよ」
 クククと笑い。仁王立ちしたドクターは、抱えたエネルギーガンの銃口を、水槽の中心へと向けるのだった。
「この我が輩がたやすい相手ではないことを思い知るがいい〜」
 台詞の最期は、強烈な沸騰音にかき消される。
 一瞬にして姿を消した水槽の中。リトルリザードの肉体は、すでに生物としての役割を終えていた。
「まあ、思い知ったときには君は標本だがね〜」
 ふふんと得意げに笑い、ドクターは、カメラを構えたUNKNOWNに、ピースサインを作ってみせるのだった。

●迎撃
 遠く雷鳴が聞こえる頃。一階の戦場も、終盤戦に入ろうとしていた。
「散れぇい!」
 煉威の握る拳銃から、無数の弾丸がばらまかれる。網のような弾丸に飲まれ、リトルリザードの身体に、いくつもの弾痕が穿たれる。
 動きを鈍らせた蜥蜴は、それでも反抗しようと、自在に動く尾をくねらせ。
 直後。尾の中程に、鋭いヒールが突き刺さった。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
 泡を食うキメラを見下ろして。神音は、刃を翻し。
「夢幻の如く、血桜と散れ‥‥剣技・桜花幻影(ミラージュブレイド)」
 閃光に似た斬撃。それは、リトルリザードの首を、いとも簡単に切断する。
 大きな痙攣も、やがて収まり。ふうと息を付いた神音に、煉威が手を振った。
「やったっすね! これで全員」
 その瞬間に窓を割り。牙の並んだ大口が、いまにも煉威に食らいつこうと。
「ッらあ!」
 横合いからの斬撃。桃香の手から延びる白く美しい爪が、リトルリザードを大きく弾き飛ばした。
 それが地面へ落下する直前。アルヴァイムの持つ大きな拳銃から、三発の弾丸が放たれる。
 ――ギャ!
 喉、胸、腹の急所を貫かれ。リトルリザードは、ようやく息の根を止めるのであった。
「全く、油断なりませんね」
「ま、マジっすね」
 顔を青ざめさせた煉威の顔を見て、神音に桃香、アルヴァイムでさえ、思わず笑みを浮かべてしまう。
「おお、ここにいたであるか〜」
「さあ、後で試写会をしなければな」
 近寄るドクターとUNKNOWNに手を挙げ。もう、何かが飛び出してくることはなく。
 廃墟の静けさは、能力者たちによって、再び取り戻されたのだった。