●リプレイ本文
●アルファ・スタート
「これで大丈夫なのでしょうか」
「うーん‥‥」
顔を見合わせ、しばし沈黙。
ヘッドライトを装着した都倉サナ(
gb0786)と群咲(
ga9968)の口には、薬局で売っているような立体マスクがかけられていた。ガスマスクの調達が間に合わず、仕方なく、有毒ガス対策にと調達した一品。しかし、効果は期待薄。なにより、年頃の女子として、この格好は少し悲しいモノがある。
そんな二人の隣で。ゆっくりと、下水に足を漬ける人影があった。
「臭いー‥‥。下水道に住み着くなんて、イヤなスライム‥‥」
しかめ面の風花澪(
gb1573)は、嫌がってこそあれ、ガスを吸い込んだ様子は無い。顔を見合わせたマスク娘たちは、早々に、可愛らしい口元を露わにした。
「無線連絡にも不便だしね。チームブラボーの周波数は、と」
通信機をいじる群咲。その肩を、澪がつついた。
「ねえ。あれはあのままでいいのかな」
澪が指さす先。振り返った群咲がみたモノは、自然にマスクを着こなした、ドクター・ウェスト(
ga0241)の姿。
「コーホー、コーホー‥‥うむ、何もいないヨーダねー」
マスク、白衣、独特の雰囲気。あまりに自然な組み合わせに、しばし沈黙が拡がり。
「‥‥いいんじゃないかな、似合ってるし」
ともあれ、時間はないのだから。そう納得し、四人は、暗い下水道の中を潜っていった。
●ブラボー・スタート
ところ変わって。別の入り口では。
「地図によると。ここから三百メートル進んだところに、大きな空間があるわ」
「こんな暗い中を探索なんて、ぞっとしないなあ」
地図を畳んだ緋室神音(
ga3576)の隣で、くわえタバコの遠見多哉(
ga7014)が、面倒そうにスコーピオンを抱え直した。
ライターに手を伸ばそうとした所を、神音がにらむ。ここは地下、いたずらに酸素を消費してはいけない。
「やっぱりくさいです‥‥」
そう呟く古郡聡子(
ga9099)は、やや青ざめている。それでも、キメラを退治し、この街を守りたいという気持ちは、誰よりも強い。
一歩ずつ下水に踏み込んでいく聡子の背後で、紫東織(
gb1607)は、ファングをいつでも取り出せる位置に仕舞っていた。スライム戦にこそ使えないかもしれないが、この道行き、何が現れてもおかしくない。
二手に分かれたチームは、下水の逆流が頻発する地帯の両端から、しらみつぶしにスライムを探す手はずになっている。
「行きましょう。アルファチームも出発しているはずよ」
号令にうなづき合い。四人もまた、臭気漂う地下道へ進んでいった。
●アルファ・サーチ
そして、こちらでは。
「ううん。灯りがあっても、やはり暗いですね」
「うわーなんかぬめぬめするー」
「あんまりさわらない方がいいよ。ここ下水だし」
うげ、と手を引っ込めた澪にティッシュを渡して、群咲はもう一度、この空間を見渡していた。
暗い、汚い、臭い。こんな場所に、生物が住めるのだろうか。
「そういえば。私、聞いたことがあります‥‥」
震える声で、サナが呟く。
「ニューヨークの下水道には、大きなワニが住んでるって‥‥」
「へえ、面白いじゃん!」
澪はそう言って笑っているが、サナや群咲は、明らかに顔をひきつらせている。そんなものが出たら、スライム退治どころではない。
そんな空気を感じたのか。ドクターがフッと息をついた。
「なあに。ここはただの地方都市。そんなものはいない」
妙な確信を持った声に、安心する二人。
だが。彼はふと頭上を見上げ、こうも呟いた。
「居るとすれば、アレ、だねえ」
●ブラボー・サーチ
「そういえば」
視線を上げた多哉が、ぽつり呟く。
「上官のやつ。他にもキメラがいるかもとか言ってたっけ」
「何が潜んでいるのでしょうか‥‥」
震える声の聡子の肩に、神音が優しく触れる。
「見えない敵に怯えるりも、先を見据えなさい」
うなづく少女にほほえんで。しかし、神音も、多哉も、静かに黙ったままの織でさえ、不安を抱いていないといえば嘘になる。
ともかく、まずはスライムの発見が先決。そう確認して進む四人の最後尾、織は、しきりに、ちらちらと背後を伺っていた。
「どうかしたかい」
「いや‥‥」
四人の足が止まり、織の隣に多哉が立つ。足音が消えた下水道の中は、ただ、静かに水音が。
ブゥン。
「く!」
とっさに銃を構えた多哉が、下水道の壁に火花を散らす。
銃撃の残響音に混じるように。今度は確かに、複数の羽音が聞こえた。
「この音は、まさか」
「想像したくないけど」
月詠を構えた神音が、顔をしかめるのと同時に。
三匹の黒い昆虫が、三角形を描いて飛来した。
●アルファ・エンカウント
四人の耳に銃声が届いたのは、広めの空間にたどり着いた時だった。
「ブラボーが交戦中?」
「く。電波が届かない。これだから地下は!」
どことなくうきうきとした澪と、いらついた群咲。二人が駆け出そうとした時、小さな悲鳴が、耳に飛び込んできた。
「あ、あの」
そう言うサナの顔は、ガチガチに凍り付いており。
「足下に、なにかこう、ぐちゃぬるべちゃって感じのものが‥‥」
一瞬の間。二人の反応は早かった。
サナの元に駆け寄り、二人がかりで抱え上げる。下水から飛び出したサナの靴。その靴底が、ずるりと溶けていた。
「隠れんぼのつもりかい? ハハッ、沈んでちゃ分からないよ!」
高笑いと共に。三人の前にドクターが立ちはだかり、エネルギーガンを乱射する。
弾き飛ばされ、蒸発した下水の底。黄土色の粘液が、ぐにょりと動き出した。
「居た!」
澪の叫びに驚いたのか。潮が引くように。道の向こうへ消えていった粘液。
それから、少しの間をおいて。
暗い闇の奥から。見上げるような黄土色の壁が、ぐんにょりと姿を現した。
「で、出た!」
「ブラボーに連絡!」
「あと少しで‥‥よし通った。聞こえる? 応答して!」
●ブラボー・ブレイク
「ごめんなさい、今ちょっと忙しいの!」
通信を切る間も惜しく。武器を構えた神音の頭上を、ブラインドビートルが飛び去っていく。
「虫は虫らしく、叩き殺されていれば良い」
覚醒の作用で浮かぶ笑みを深め。多哉の銃口が、虫の動きを先読みし、轟音とともに弾丸を放つ。
空中で四散する虫。その残骸をはねのけて、もう一匹の虫が、聡子へと迫る。
「きゃ!」
とっさに防御の構えを取る。その前に、ファングを構えた織が立ちはだかった。
「ハッ」
鍛えられた拳法による一撃が、虫を頭上へはね飛ばす。
我に返った聡子は、降ろしていた弓を素早く構える。その両腕に白い輝きが満ちた瞬間、狙い澄ました一本の矢が、虫の胴体を貫いた。
「これで二匹」
「後は‥‥緋室さん!」
言われるまでもなく。神音は、愛用の刀を構え、ふっと目を閉じていた。
「アイテール‥‥限界解除、戦闘モードに移行」
瞬間。神音の背に、輝く、虹色の翼が現れる。
「潰れなさい! 剣技、神槌!」
そして、交差。
神音の側を通り過ぎた虫は、しばし直進した後、はらりと砕けた。
「やった!」
歓声を上げた聡子の耳に、通信機の雑音が聞こえる。
とっさに機器を手に取った聡子は、その向こうに叫んだ。
「なんとかなりました。今から向かいます!」
●アルファ・デストロイ
「本当? 早く、早くね!」
そう伝えるが否や、群咲は通信機を投げ捨て、スパークマシンを抱え上げる。
黄土色のスライムとの戦闘は、膠着状態に陥っていた。ドクターの援護のおかげで、こちらが急激に押されることはない。しかしこちらも、確かな攻め手を欠いていた。
「たたっ斬るう!」
どこか楽しそうに刀を振るう澪の手により、スライムの肉体はずたずたに切り裂かれていた。しかし、生物にあるべき重要器官を持たない液状の身体に、斬撃はなかなか通用しない。
唯一、有効と思わしき兵器を持つ群咲は、スパークマシンの先端を、スライムへ向けた。
「くらえい!」
放たれた電撃。それは、スライムの表皮を茶色に焦がし、ついでに、下水の中にも拡散していった。
「うわあっちっち!」
飛び上がったドクターを見て、舌打ちする群咲。このままでは、スライムの芯まで焼き焦がす前に、味方に被害が出る。
その時。サナが動いた。
「撃ち込みます!」
サナの取り出した弓には、不思議な力が込められている。サナの意図に気づいた群咲は、ドクターと澪に、退くようにジェスチャーした。
サナの渾身の力で、一杯に引き絞られた弓。そこから放たれた矢は、スライムの肉体に、深々と突き刺さった。
「よし!」
勢い込んで、スパークマシンを構えようとする群咲。しかしスライムは、矢を消化しようと、粘液の腕を、抱え込むように伸ばす。
「させるかあ!」
素早く動いた澪が、激しい斬撃で、粘液の腕を切り飛ばす。
吹き飛んだ腕の一本が、ばたんばたんと暴れ回る。次の瞬間、闇の中から放たれた電光が、その腕を芯まで焼き上げた。
「お待たせしました!」
スパークガンを構えた聡子の背後から、織が弾丸のように飛び出していく。隣に並んだ織にうなづいて、群咲は、スパークガンのスイッチをオンにした。
飛来した二筋の電光は、矢尻めがけて命中する。その瞬間、何の変哲のない矢が、まばゆく輝き始めた。
矢を通して伝わったエネルギー。それが、内部から、スライムの肉体を焦がしていく。
皆が見守る、数分後。
人工物の焼けるイヤな臭いと共に、スライムの本体は、茶色のコゲの塊となっていた。
●アフターミッション
「あったー!」
澪が指さす先。下水にたゆたうスライムの塊が、電撃によって始末される。
「それ、いいねえ。今度手に入れようか」
「今は探索に集中して。あ、ここにも!」
「こっちにもありました!」
スパークガンを持たない、澪、多哉、神音、サナの四人を先頭に、スライムの残党を探す。全てを駆逐できるとは思えないが、あまりに小さい破片ならば、再生力も低かろう。
「と、思うんだけどね」
「そういう研究、UPCではしないの?」
「どうかしら。やっていたとしても、私たちには見せないわよ」
「怖いですね、キメラ、ううん、バグアって」
サナの思いは、この場にいる誰もが共有するものだ。だからこそ、彼らはUPCへ協力し、命を懸けてバグアと闘っている。バグアに対抗できるのは、彼ら能力者だけなのだから。
もう何個目かわからない破片を焼いた後、聡子が、ふと呟いた。
「そういえば、ドクターは?」
「ん? あれ、そういえば」
周囲を見渡した群咲が、後ろを預かる織に視線を送る。しかし彼は首を横に振り、先を行く仲間が見逃した破片を焼くだけだった。
その場の全員で、視線を交わし。
「まさか」
「まさか、ね」
そう口々に言って。彼らはまた、単調な作業に戻っていった。
●エピローグ
それから数日後。
暗い、人気のない研究室。その中央に置かれた容器の中に、黄土色の液体が詰まっていた。
「ふざけている! コレは危険すぎる‥‥」
胸の十字架を握りしめ、彼は、側にあるレバーを押した。容器の下に青い炎が広がり、容器も中身も、全てを焼き尽くしていく。
後に残るのは、茶色の、焼けた砂。彼はそれを、一粒残らず包み込み。
「地底のモノは、地底の底に」
静かに、ダストシュートに放り込んだ。