●リプレイ本文
●作戦会議
「‥‥酷いことをするものだ」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)の呟きに、深く頷く一同。
キラーロリスの潜む研究所へやってきた能力者たちは、研究室の一角にスペースを借り、今後の作戦を練っていた。
「キラーロリス再び‥‥ね」
研究所の見取り図を確認しつつ、しみじみと呟く緋室 神音(
ga3576)。過去にキラーロリスと闘った際には、それはもう、酷い目にあったのだ。
「髪を切るなんて、恐ろしいキメラです。心してかからないと」
気合いを入れる石動 小夜子(
ga0121)は、敵を誘い込む『罠』の中での待ち伏せを担当していた。しかし、そのためには、囮を使わなくてはならない。
「お寺に行ったら切ない事になったんだろーなー」
のんきに呟く弓亜 石榴(
ga0468)には、囮集めの秘策があるらしい。仲間たちもそれに期待しつつ、それでも、囮が集まらなかった時のことを考え‥‥。
「駄目ならやむを得ん。うちの髪で釣ろう」
『いやいやいや!』
全員からのツッコミを受けて、少し残念そうなエルガ・グラハム(
ga4953)。腰まで伸びた自慢のストレートヘアも、暑い夏には少々辛いらしい。
ともあれ。各自の役割分担を確認して。能力者たちは、それぞれの持ち場に散っていった。
●囮捕獲
研究所の休憩室。紫煙くゆる雑然とした場所に、エルガの姿があった。
「頼む。餌役になってくれ!」
「せめて囮役と言って下さい。餌じゃ食べられるの確定じゃないですか!」
そういうのは、まだ二十台前半の、新人らしい研究者。もちろん、髪はフサフサである。
研究所内での立場、髪の量、再生する可能性を考えて、白羽の矢を立てられたのが、この青年だった。ただ、どう考えても貧乏くじを引いたのは明らかなので、こうしてゴネられているのだ。
押し問答がしばらく続き。ため息を付くエルガの背を、誰かがつついた。
「ピッチャーこうたーい」
そういって現れた石榴は、さっきと違う服を身にまとっている。ゆるい作りの服の胸元は大きく開き、年にそぐわない豊満な谷間が、はっきりと覗いていた。
青年の視線が、思わず釘付けになる。その隙をついて、石榴は、上目遣いで手を合わせた。
「お兄さんに危ない目がないように、私がぴったり付いてるから。ね、おねがーい」
「ぴ、ぴったり、ですか」
ごくり、と唾を飲む青年。その隣で、エルガがこほんと咳払いする。
「どうしても無理というなら、やはり自分が囮を‥‥」
「いやいややります、やりますから!」
確かに言質を取って。エルガと石榴は、こっそり目配せをかわした。
●詰まりの間
同じ頃。ホアキン、小夜子、神音の三人は、敵を囲い込むための、空き部屋作りをしていた。
「大物はだいたい運んだぞ」
「データディスク類も、残らず運び出しました」
チェック表を見ながら、運んだ品物の点検をするホアキンと小夜子。じんわり汗をかいた二人の前に、アイスコーヒーのグラスが差し出される。
「お疲れさま。ごめんなさい、私だけ動かないで」
「いえいえ。それで、何かわかりましたでしょうか?」
こくり、と頷いて。神音は、片づけられたテーブルに広げられた、研究所の詳細地図を指し示す。
「監視カメラや目撃情報によると、敵の逃走経路は、だいたい同じ方向に向かっているの。映像から見て、敵は一体。逃げた先に、何か、重要なものがあるかもしれない」
「敵が一匹なら、こちらで退治している間に、探索するという手もありますけど」
「男の俺は、狭い場所の探索は無理だ‥‥」
ホアキンの前で、小夜子と神音の視線が交錯する。微笑んで頷いた神音は、剣と、地図の縮小版を手に、部屋を出ていく。
「大丈夫でしょうか‥…」
「それは俺たちも一緒だ。早く準備を整えよう」
それぞれが、それぞれの出来ることをする。それを再確認して、二人は、運び出した物の最終チェックに回った。
●這い寄る足音
そして、作戦が始まった。
「白衣とか着てみたりして。似合う?」
そう呟く石榴は、囮役の青年と腕を組んで、研究所内を練り歩いていた。せめてもの防備にと帽子を被った青年は、押しつけられた膨らみの感触に、囮の緊張も何も吹き飛んでいる。
ぼうっとした青年と歩くこと十数分。音は、天井から聞こえた。
──カリ。カカカ。
足音。いや、それはまるで、刃の切っ先を、研ぎ石で削っているような音だった。
「来た」
小さな呟きは、のぼせ上がった青年の耳には届かない。小さく苦笑を浮かべた石榴は、さりげなく、戦場として選んだ会議室へとエスコートを始める。
その、直後だった。
──カリ‥‥キィン!
金属の切断される耳障りな音と共に、小さな塊が、青年の頭上へと落下する。
鋭い前歯を持つそれは、青年の頭にとりつくと、ひと噛みで帽子を破り、その下を目指す。
そこに割り込んだのは、鋭い手刀だった。
「やらせない!」
物陰に隠れていたエルガの、飛び出しての攻撃。瞬時に飛び退いた敵の代わりに、青年の頭に手刀が直撃したが、髪を切られるよりはましだろう。恐らくは。
「髪を取られる前に逃げるぞ!」
「うん!」
気絶した青年を二人がかりで担ぎ上げ。走り出したその後ろを、茶色の弾丸が猛追する。
息切れ寸前まで加速して。なんとか青年の髪を守った二人は、敵もろとも、会議室の入り口の中に飛び込むのだった。
●剣と栗鼠
「バトンタッチ!」
そう言うが否や、エルガと石榴は、青年もろとも床に倒れ込む。その背後で、会議室の戸が、がっちりと閉まった。
「ああ」
「はい!」
方や直刀、方や刀を構えたホアキンと小夜子は、その切っ先を敵へと向ける。
慌てて逃げ出そうとした敵は、壁に張り付き、一気に天井まで抜けようとする。だが、しっかりと塞がれた通気穴の前に、一瞬動きを止め。
「てい!」
薙ぐように振り抜かれた小夜子の刀が、敵を床へと追い落とす。起きあがった敵の前に、ホアキンが剣を突きつけた。
「避けてみろ」
次々と繰り出される剣は、牽制としてのものだ。闘牛士として、野性に対する扱いは慣れている。敵の中に、次第に溜まっていくフラストレーション。小さな瞳に怒りの炎が宿るのを、冷静に感じ取り。
瞬間。飛びかかってきた敵の身体を、大きく弾き飛ばす。
空中を転がるリスの身体。その下に、小夜子が、一陣の風となって迫る。
一瞬の間。満月のように切り上げられた切っ先が、敵の身体を両断した。
――ギャ!
最期にそんな悲鳴を残し。研究所を恐怖に陥れたキメラは、その生涯を閉じたのだった。
●巣
その頃。刀を携えた神音は、研究所の奥、しばらく使われていない倉庫の中に居た。
薄暗い室内に舞うものは、無数の髪。そして、倉庫の中央に作られた、毛造りの巣。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
この中に、何が潜んでいるかはわからない。しかし。
「夢幻のごとく、血桜と散れーー剣技・桜花幻影」
この髪の本来の主のためにも。これは、絶対に消さなければ。
粉々に砕かれた巣は、ただのチリとなり、清掃装置の中に消えていくのだった。
●戻らないもの
事件は解決した。しかし、それで全てが戻ってくるわけではない。
「先輩! 元気を出して下さい。あの憎きキメラは居なくなったんです!」
そう言われても、丸刈りにされた心の傷は、そう簡単に治るものでもない。髪は女の命というが、男にだって、自身の源であるのだ。
すすり泣く男を、無言で見つめる能力者たち。その中から、エルガがずいと進み出た。うなだれた男に近づき――その禿頭に、軽く口づけする。
「ッ!」
「タデ食う虫も好き好きといってな‥‥いろんな趣味の女がいるぜ」
彼女らしい無骨なフォローに、男と、その背後で沈痛な顔をしていたスキンヘッドたちが、ハッと我に返る。
「明るく生きろ」
しばしの間。そして。
――男たちは、小さく、しかし、しっかりと頷いたのだった。