●リプレイ本文
●それぞれ
「いくらかわいくても、キメラはキメラ。きっちり退治しないと」
そう。そうなのだ。そうなのだが。
「ふわふわ、もこもこ‥‥」
目を輝かせる真白(
gb1648)を横目で見て、ため息をつくアズメリア・カンス(
ga8233)。だが内心、キメラの姿を基にぬいぐるみでも作ろうとしていることは、絶対の秘密である。
「かわいらしいけどキメラなのよねぇ。倒さないと‥‥ね」
そうはいいつつ、フィオナ・フレーバー(
gb0176)はどこか気だるげ。可愛いもの好きとしては、それを倒すというのはストレスが溜まるものなのだ。
「ふわふわ‥‥もこもこ‥‥!」
「ま、まあ。可愛いといえど、キメラはキメラですし‥‥」
にまにまと笑うルーシー・クリムゾン(
gb1439)の隣で、冷や汗を浮かべる文月(
gb2039)。どうも、このメンバーでは、冷静に事にあたれそうにない。
そんな中。もこもこ好きと少し離れて、現場の地図を見る影があった。
「サイエンティストの篠崎美影(
ga2512)といいます」
「絶斗(
ga9337)だ」
挨拶を交わす二人の前。その前で、リシェル・バンガード(
gb1903)が眉根を寄せる。
「もこもこで、ふわふわ‥‥ですか。全く、何故そんなものにそそられたりするのでしょう」
その原因が理屈でないことは予測できる。だからこそ、敵であるキメラは、恐るべき存在なのだ。
「さて、そろそろ調査を始めるか」
「ええ」
絶斗に見送られ、美影が向かった先。それは。
「貴方の尊い犠牲は無駄にしませんわ♪」
にこりと微笑む美影の前で、上官の男が、目をぱちくりとさせ――。
●もこ談義とバイク跡
かくかくしかじか。
「というわけで、本っつっ当にかわいらしいんです!」
そんな野太い絶叫が、会議室の中に朗々と響く。
しばしの間。最初に動いたのは、目を輝かせたルーシーだった。
「おお、同士よっ! 貴方もこの素晴らしさがわかりますかっ!」
「ハッ。この流れは」
男の証言をメモしていた文月が、収集組に視線を滑らせる。その直前。
「ふわふわもこもこの魅力に勝てる人なんていませんよー!」
威勢のよい真白の声が、場の空気をそちらに持って行く。男とルーシー、そして真白の三人で、もこもこ談義に花が咲く。
「まず触り心地が‥‥」
「見るだけでも癒されて‥‥」
「抱き抱えると至高の幸せが‥‥」
そんな会話が、延々と続くような気配を見せ。
「私たち、その可愛いキメラを倒さなきゃいけないんですけど‥‥」
フィオナの弁にも聞く耳持たず。ううむとこまったその時に、す、と、リシェルが進み出る。
「一応申し上げておきますが‥‥キメラのかわいらしさやなんやら、『無駄に時間を裂く情報』は不要です。長引かせるようなら、顔面にバイクのタイヤ跡くらいは覚悟して下さいね?」
ぴたり。
にこにこと笑顔で囁くリシェル。だがそれが、逆に、彼の本気度を見せているような気がした。
震え上がる三人の隣で、情報を整理していた美影が、うんと頷く。
「キメラのだいたいの出没場所はわかったから。次は作戦ね」
「向こうがだまし討ちをする以上、囮を使うしかあるまい」
絶斗の言うことはもっともだが、誰がその役を務めるのか。しばしの間があり。
「かわいいもののためなら‥‥噛まれるのだって怖くないのです!」
「囮役、私がやりましょう‥‥」
決意の顔で、頷き合う真白とルーシー。もこもこは、命の聞きさえ乗り越えるのだ。
ではそれで。と、話が進む中。アズメリアはふと、先ほどまで元気だった男が、うつむいているのに気づく。
「どうかした?」
「ああ、いや。世の中には、私を越える、素晴らしい人たちが居ると思ってね」
涙を拭う男を、しばし見つめて。彼のためにも、可及的速やかにキメラを退治しようと決めたアズメリアだった。
●もこもこ包囲網
そして、準備は整えられる。
「もこもこちゃん、どこですかー?」
「ほら、カリカリ持ってきたよ!」
茂みの裏やら電柱の影やら。ルーシーと真白は、キメラの隠れていそうな場所を、ひとつひとつ調べていく。
やがて日は傾き。二人は、小さな、人の居ない公園へとたどり着いた。
視線を巡らすルーシーは、ふと、砂場の上に転がった、小さな塊を見つける。ふらふらと近づいてみれば、それは、子猫をそのまま大きくしたような、もこもこの獣であり。
「ぁ〜ぅ〜‥‥かあいい‥‥もう我慢できないっ」
「ん? あ、ルーシーさん!」
時すでに遅し。細い腕を、その獣に伸ばした瞬間。
がぶり。
「あいたーーっ!」
周囲に響く絶叫。それに合わせ、能力者たちが、輪を組んで現れる。
「逃がしませんよ!」
キメラの退路を塞ぐ文月の隣で、リシェルが頭を抱える。
「まさか、本当に噛まれるとは‥‥」
「それが性なのだろう。先に行かせてもらうぞ!」
キメラより少し離れた位置から、助走をつける絶斗。その頃、ルーシーの腕から離れたキメラは、次なる狙いを真白に定めていた。
「く」
応戦しようとした、その時。
――にゃ〜。
(「くーっ。可愛すぎる!」)
思わず呆然とした真白向けて、キメラがバッと飛びかかり。
「必殺のぉぉ‥‥ドラゴンキィィィック!」
寸前。横合いから繰り出された絶斗の蹴りが、キメラを弾き飛ばした。
「ああっ」
「ルーシーさん、悲しい顔をしてる場合じゃないですよ?」
「可愛い外見ですることはえげつないですわ!」
フィオナと美影の治療を受け、一息つくルーシー。傷が癒えた所で、美影の手が、彼女をどんと突き飛ばす。
「さあ、処置は済ませましたよ。もう一度逝ってきてくださいね♪」
「ええっ」
「ああ。あまり長引かせていると。リシェルさんがもこもこ踏みにじるって」
「えええっ」
焦って振り返るルーシーが見たものは、明るい笑顔のリシェルと、その隣で青い顔をしている文月だった。思わず大口を開ける程のショックを受けるも、戦列に復帰するルーシー。
その頃、キメラの前には、目をつむって銃を構えた真白がいた。
「何も見えない何も聞こえなーい!」
闇雲な乱射。しかし、キメラの動きを封じるには、十分な攻撃だった。
立ちすくんだキメラめがけ、ルーシーが弓を構え――放つ。
――ニャ!
弓を背中に受け、キメラの動きが明らかに鈍る。弱ったキメラに畳みかけるよう、アズメリアが駆け出していた。
「かわいいっていいうのが、誰にでも通用すると思わないことね」
月詠の刃が、毛皮の防御を突き、肉を断つ。甲高い声で鳴くキメラに、更に刃を押し込んだ。
「終わりよ」
もの悲しげな鳴き声が、数秒の間、だんだんとフェードアウトしていき。
「可愛いけど、あれはキメラ、倒さないといけないんだよ。そこは覚えておいてね」
フィオナの目が細まるのと、鳴き声がとぎれるのは、ほぼ同時だった。
●愛するが故に
現場の後始末を終え。ふと、リシェルが呟く。
「‥‥はあ、僕には理解できませんよ‥‥」
そう。余人に計り知れぬ思いこそが、もこもこ愛好者たるゆえんなのだ。そこを的確に突くキメラを作る程に、バグアの人間研究も進んでいるということだろう。
「好きなんだもの、仕方ないじゃない?」
「確かに、あの可愛さは凶器でしたね」
くすりと笑う美影の隣で、つい、ため息を付いてしまう文月。その肩を軽くたたいた絶斗は、遠い目で、沈みゆく夕日を眺める。
「人の無邪気な嗜好さえも利用する。やはり、バグアは許せんな」
その言葉に、皆は小さく頷いて。
「しかし。愛玩とは、恐ろしいものですね」
ひとり呟き。リシェルは、地上に落ちていたもこもこの毛を、ざり、と踏みつけた。