●リプレイ本文
●森の中へ
「藍小姐お誘いアリガトー! お手伝いスルっ」
ドアをバタンと開いて飛び込んできた人影は、櫻井 壬春(
ga0816)だ。
じゃれつくような勢いで藍に会釈し、舌っ足らずながらも、後ろに現れた女性の事を一生懸命に、紹介する。
「こちらアヴィ‥‥アグレアーブル(
ga0095)。俺にとっては、大切な家族。アヴィ、此方は藍さん‥‥前に話したお店、の、店長さんっ」
「壬春が、お世話になっています」
「いえ、こちらこそ」
軽く会釈するアグレアーブルにつられて頭を下げる、劉藍。
他に、大曽根櫻(
ga0005)や緋室 神音(
ga3576)とは依頼を一緒した事がある。
それ以外にも何人かが、始めまして‥‥と挨拶を交わしている。
「店の噂は聞いていたが、こうして顔を出すのは初めてだな。改めて宜しく頼む」
白鐘剣一郎(
ga0184)が微笑み、劉藍に右手を差し出した。
挨拶の言葉を紡ぐ者の中で特に目立つのは、仮面をつけたThe SUMMER(
ga8318)の存在だ。
「私の名はThe SUMMER。呼びにくいようなら夏子でもサマ助でも好きに呼んでくれていい‥‥」
やや偉そうな口調でひと息に言い終えると、彼女は思い出したように付け加えた。
「因みに夏姉さんとか呼ばれると、個人的に嬉しい」
空は、カラリと晴れ渡っていた。これ以上に無いお花見日和だ。
「キメラが現れる様子は無いわね‥‥」
周囲をぐるりと見回しながら、神音が呟く。
桜舞う丘へは、キメラの目撃情報がある森を抜けねばならない。花見自体はとても楽しみで心躍るものだが、その道中では気を抜けない。それでも神音は、警戒がてら、こうやって周囲の景色を楽しんでいた。
「それにしても、この人数でこれだけ持ち込むとなるとさすがに量が多いな」
リヤカーを押し、剣一郎が一息ついた。
他には、佐伯(
ga5657)や壬春も手荷物を手に歩いており、男性陣は全員荷物を手に歩いている。
「大丈夫ですか? やはり俺も手伝いを‥‥」
「何、力仕事はお手の物だ。任せてくれ」
鏑木 硯(
ga0280)の心配に笑って答えると、剣一郎はリヤカーを引く腕にぐっと力を込める。
硯は外見こそ女性そのもので、大和撫子も頬を染めようかという可愛らしさだが、これでもれっきとした男の子。荷物を任されないのは、何となく女性扱いされているような気もしてしまう。
「ふむ‥‥」
そんな中、夏姉――ではなくて、SUMMERはふと樹木の幹に目を留め、足を止めた。
ふいに屈んでその様子を確認する。幹には引っ掻き傷が残っていた。それも、大きさはさほどでもないが、かなり深い。歯型の様に見えたが、とても、野生動物の残したものとは思えない。
壬春は耳を澄まし、周囲の様子を探っている。
「んっ‥‥静かでヨイ森‥‥何事もなければ、ヨイなー‥‥んー?」
ふと、雑草を擦れる男が聞こえて振り向く。その先では、劉藍が背をかがめていた。
「あら、かわいい小鳥」
小鳥が、一匹、二匹と彼女の前に現れたのだ。
見慣れない小鳥で、それも、妙に人に慣れている。
「おいでおいで、チチチ」
そっと手を伸ばす藍。三匹めの小鳥が、ひょと顔を出す。
「待て!」
SUMMERが声をあげたその瞬間、硯が飛び出した。
ガチリ――激しく歯を噛み合わせる音が、木々の合間を木霊する。
虚しく木霊するその音の主は、例の小鳥だ。
先ほどまでチュンチュン鳴いていた小鳥の口元は隅から隅まで裂け渡り、グロテスクな牙をむいている。
「危なかった‥‥!」
藍を抱きかかえるように飛び込んだ硯が、ゆっくりと起き上がる。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
「無粋な奴だ‥‥早々にお引取り願おうか!」
その動きを見るや、傭兵達は即座に覚醒状態へと突入する。腕にそれぞれの得物を握り、小さな鳥型キメラを睨み据える。壬春もまた、銃を構えて覚醒しようとしたが、その彼の前へとアグレアーブルが身を乗り出し、庇うようにナイフを構えた。
髪を金色に変えた櫻は腕に蛍火を掴み、右足を踏み出す。
びくり、とキメラが震える。
何と言うべきか、力の差が云々というレベルの問題では無い。
「チ、チュン?」
牙を隠し、今更猫を被る小鳥キメラ。
「花弁の如く散れ――剣技・桜花幻影・ミラージュブレイド」
神音が地を蹴り、鞘から月詠の刀身がきらめいた。
●桜舞う丘
暫くの間森の中を歩いた彼等は、開けた丘へと足を踏み入れた。
「わぁ――」
思わず声をあげる。
この時期に桜が、それもこんなに満開になっているとは思いもしなかった。
「さて、まずはレジャーシートを広げるとするか」
剣一郎がリヤカーからレジャーシートを引っ張り出し、ばっと広げる。このレジャーシートは、神音が準備しておいたものだ。広げたシートの両端を剣一郎と佐伯がもち、一番大きな桜の下、周囲が見渡せる場所へと静かに敷いた。
「情緒があんなぁ」
満悦といった表情で、佐伯が周囲を見渡す。
彼は以前、北海道の北も北、桜の開花宣言が一番遅い街に住んでいた。
開花宣言は五月も下旬と言う遅さで外は寒く、桜の品種も、染井吉野が殆ど無く、情緒らしい情緒は中々感じられなかったのだ。
山桜や八重桜には染井吉野には無い情緒があるが、こればかりは人の好き嫌いの問題。
佐伯は、小さな花弁がひらひらと舞うような情景を見た事が無く、これを見れただけでも大きな収穫だ。
「さて、ではそろそろ、食事を広げましょうか?」
藍の一言に、皆が持ち寄った食事、飲物をリヤカーから引っ張り出す。
もちろん、藍の用意したものは中華料理だ。人数を考えてか、かなりの量を作って持参している。運んだのは主に剣一郎達だけれど。
「炒飯はあるかな?」
ずいと身を乗り出し、弁当箱を覗き込む剣一郎。
「勿論です、沢山作って有りますよ」
「では、遠慮なく頂こう」
小皿に炒飯をとりわけ、蓮華でかきこむ。
「‥‥旨い」
舌を巻くその味に、彼は素直に感心した。
味には結構厳しい方だと自負していたが、これで注文を付ければばちが当たるというものだろう。
「なるほど中華なら何でもと言うだけはある」
そう言いんがら、彼は飲物をシートに並べる。
お茶類からジュース、キリマンジャロまで、その種類は豊富だ。キリマンジャロ・コーヒーに至っては幻の逸品だが、骨董品のように眠らせておくのは勿体無いと引っ張り出してきた。
「今日は、トクベツお気に入り、持って来たっ」
負けじと、壬春が飲物を並べる。
並べたのはハーブティーだ。これでもアイルランドの出身。隣同士のイギリスとアイルランドは仲が悪いが、それでも、隣には『紅茶の国』があった。彼の選んだハーブティーはオレンジにローズヒップ、ハイビスカスの三種類。いかにも春先に似合うものが並べられている。
「お酒はだめ、だもの。藍お姉さんも、飲む?」
「えぇ、もらいます」
藍はにっこりと笑う。
もちろん、壬春はアグレアーブルにも紅茶を淹れた。
「ん」
静かに頷き、彼女はカップを手にとった。
その態度は自然――ともすると当然といったふうで、まるで本物の家族のようだった。
「さて、と‥‥」
タッパーを開く神音。
その中には、ぎっしりとサンドウィッチが詰まっている。
わぁ、と声をあげ、硯が中を覗きこむ。神音自身が言うには、作れるのはサンドウィッチ程度という話だが、これだけの種類を作れれば大したもので、普通の人は作るとしても思いつかないか、簡単に作って済ませてしまうところだろう。
パンの選択だけ見ても、フランスパンからミルクハースと細やかで、フルーツサンドからサラダサンドに玉子サンドとレパートリーも豊富だ。
「それで、硯のそれは?」
「これですか?」
硯が手にしているお弁当は、杏仁豆腐と、それから、見た目は春巻きの山。
「どうやって作るのか、教えてもらえる?」
「はい! もちろんです」
レシピを熱心に聴きながら、神音は春巻きをひとつつまんだ。
中にはチーズとシシャモが入っていたかと思えば、他の春巻きにはそら豆に竹の子と、中身は様々、硯曰く、名付けて『ランダム春巻き』と呼ばれる一品だ。
一方、豪勢な重箱が、ドンと、シートのど真ん中に置かれた。
犯人は櫻である。
中には、竹の子の煮付けや、菜の花の辛子和え等の旬の料理からダシ巻き玉子という定番、梅や鮭が入ったおにぎり、更には桜餅やうぐいす餅といったようなお菓子まで揃っている。その難癖のつけようがない強力ラインナップは恐るべきものだ。
「ん。美味しい、です。これも手作り、ですか?」
取り分けた小皿を手に、アグレアーブルが首を傾げる。
訥々とした表情に変化は無いが、その反応は、心なしか驚いているようにも見えた。
「えぇ、美味しくできたようで良かったです」
にっこりと、櫻が微笑みかける。
櫻の和食、神音の洋食、藍の中華と、これで和洋中+アルファが揃い踏みした事になる。
一方、花見と言えば酒である。花を愛でながら酒を呑むのは悪い癖とも思えるが、こればかりはそう簡単にやめられない。
「劉さん、少しええかな?」
ほのかなアルコールの香りは、日本酒だ。
手にするコップには純米大吟醸が並々と注がれている。
彼の問いかけに顔を向けた藍を前に、よっこらせと腰を降ろす。さて用件をと切り出し、彼は事の次第を軽く話した。結論から言えば、中国に関係する話で、先の依頼における暗号について多少聞きたい事があったのだ。
つまり、クマガイソウが咲き乱れる場所が中国にあるのかという事と、中国でもクマガイソウは有名なのかどうかだ。
「うーん、申し訳ありません、あまり詳しくは‥‥」
申し訳なさそうにする藍。
中国と言っても、広い。学術的な正確な範囲はさておき、小さく見積もったって遥かに広大な事は変わりようの無い事実な訳で、劉藍が中国人とは言ってもスッキリとは解らなかった。
「いやぁ、ええんよ、知らないものは仕方あらへんし」
駄目元で、元より良い返事があるとは期待していなかった。
「暗号にするなら、大雑把な場所指示をするな〜」
いずこから暗号を送ってきた相手か、はてまたUPCの将官か、愚痴りながら次々と杯をあけていく。
「中々良い呑みっぷりだな」
隣で、ちびちびと杯を舐めるSUMMER。
格好こそ突飛な彼女だが、そうやって日本酒をあおる姿はまるっきり日本人のようにも見える。
「どうだ、お前も一杯」
「ん? そうだな、貰おうか」
剣一郎は、差し出された一升瓶をコップで受け、日本酒で喉を潤す。
その呑みっぷりはかなり様になっており、傍目に悔しさを感じるほどだった。
「ほぅ、お前と良い勝負だぞ」
SUMMERは、後ろの佐伯に話しかけたが‥‥返事が無い。
おかしいなと思い、ひょいと後ろへと振り向く。その瞬間、ドスンと音を立て、佐伯が寝転がった。頬をぺちぺちと叩いてみるが、顔を真っ赤にしてのんびりとお昼寝モード。
剣一郎とSUMMERは互いに顔を見合わせ、肩をすくめた。
「ふむ‥‥やはり桜には日本酒が合うな。花見酒という奴か」
●櫻舞う丘
宴も盛り上がってくると、自然と披露されるのが、そう、宴会芸。
そこには、周囲から囃し立てられれば、誰であろうと嫌とは断れぬという掟がある。異論は認められない。
櫻もまた、周囲から何かやってと囃し立てられ、嫌々といった風に立ち上がる。
すらりと刀を抜き、ゆっくりと剣舞を始める。
ふわりと流れてきた桜の花弁が、剣先で二つに別れた。
演舞――宴会芸と言っては失礼だろう――は短かったが、終った頃には、最初は嫌々だった櫻も、まんざら嫌ではなかったようにも見える。
「やっぱり、桜は良いですね‥‥」
満開の桜を見上げ、櫻はぽつりと呟いた。
「散る姿には、情緒もありますよね」
同意して、硯も同じように桜を見上げた。
「来年もこうして花見が楽しめる様にしたいわね‥‥」
レシピをとったメモを再確認する神音。
炒飯とチンジャオロースを口に運びながら、剣一郎が言葉を続ける。
「誘って貰った事に、改めて感謝せねばな」
「――ハッ、眠っとった!?」
がばりと起き上がる佐伯。
顔はと言えばまだ赤く、酔いは抜けきっていいなさそうだが、遅れてなるものかとゴマ団子を手にする。一方のSUMMERはと言えば、まだまだ平気と酒を舐めている。もっとも、彼女がどのぐらい酔っているのか、その様子は仮面に隠れてよく解らない。
(桜の花弁がデザインされた仮面というのも、いいかもしれんなぁ‥‥)
ふと、そんな事を考えていた。
丘のすみで、壬春が景色を眺めていた。
ぼんやりと眼を閉じ、微かな風を感じて両手を広げていると、誰かが隣に、ゆっくりと腰を降ろしたのが伝わってきた。
辺りを眺めて静かに呟いたのは、アグレアーブルだ。
「アヴィとお出かけ、ウレシー」
にっと笑い、壬春が肩を寄せる。
「ほら‥‥サクラ、ふわふわ、きれい。ゴハン、オイシー」
「‥‥綺麗」
促されて眺める。
風に吹かれ、桜吹雪が視界を覆い尽くす。
「とっても素敵な場所。弟さん、藍さん想イ、なんだね」
「そう」
「春風、甘い匂い。こうしてるの、だいすき」
アグレアーブルの表情には変化が少なく、表情からは、その心中は僅かにしか窺えない。殆どと言っても過言ではないほどに。ただ、彼女は柔らかな雰囲気で腰掛けていた。隣の壬春はのんびりと上機嫌で、聖歌隊時代に覚えた歌を、静かに口ずさんでいる。
「食べないんですか? 無くなってしまいますよ?」
藍の呼ぶ声がした。
壬春は小食だが、皆で食事をすると言う雰囲気は、嫌いではない。
アグレアーブルの後ろ、レジャーシートの方へと戻っていった。時刻はお昼時。花見はまだまだこれからだ。
(代筆:御神楽)