●リプレイ本文
ぎゃあっ、ぎゃあっと、何とも不気味な鳴き声を残して、鳥が森を越えていく。
街の東にある森は、地図上で見れば確かに森の規模としては小さなものだった。だが、実際にこうして目の当たりにすると、言われた数字より大きいように感じる。
「一応、方位磁石は効くようだな」
「方位磁石があっても迷いそうよね、この密集具合」
きちんとN極が北を向いている方位磁石を見下ろして呟いた崔 南斗(
ga4407)の隣で、筍・佳織(
ga8765)が森を見上げて溜息を吐いた。
「とりあえず森の地図を渡しておきますね〜」
「うわ、大雑把な地図だなぁー」
佐伽羅 黎紀(
ga8601)に配られた地図を見て、不二宮 トヲル(
ga8050)が困ったように頭を掻く。渡された地図は森の大まかな形と、申し訳程度にある看板の位置を示していた。森に何度も入っていて慣れている猟師などなら大体判るのだろうが、土地勘のない彼らにとってはあまり意味のない地図だ。
「迷ったとしても、西に向かって真っ直ぐ突き進めば、いずれ街に戻れるだろう」
「まあ、まずは一刻も早く子猫を見つけることですね」
地図を折り畳み、淡々と告げる二階堂 審(
ga2237)に苦笑して、新居・やすかず(
ga1891)は森の中へ一歩踏み出した。
『ミケちゃーん、出てきてー、ミケちゃーん』
「ミケちゃーん!」
ボイスレコーダーから流れる依頼者の女性の声と共に、不二宮が辺りを見回す。結構な大声で叫んでいるのだが、密集した木々に阻まれて遠くに響いていないような感覚があった。
「ミケさーん、出てきて下さーい」
「ミーケーちゃーん!」
不二宮と同じように、子猫の名前を叫びながら森の中をウロウロとしているのは新居と筍だ。その手には子猫が好んでベッドにしているという布と、いつも食べている餌とミルクを持っている。
「子猫だというから、それほど遠くには行ってないと思ったんですが‥‥」
「わあああ、嫌な想像しちゃうよぉー」
「いやあ! 不安にさせないで!」
ぼそりと呟いた新居に、不二宮が顔を覆うと、筍が身震いをして自分を抱きしめた。それに新居が「しっ!」と唇に人差し指を当てる。
「今、何か聞こえませんでしたか?」
言われて、筍が小首を傾げ、不二宮は耳を澄ました。風に揺れて、ざわざわと鳴る木々。遠くで聞こえる、鳥の声。
その合間に、小さく届いたのは、今にも消えそうなほど掠れた猫の鳴き声だった。
「え? え? 近くにいるの?」
「落ち着いて下さい、佳織さん。静かに」
急にわたわたし始めた筍の肩を、新居が穏やかに叩く。それを後目に、不二宮はきょろきょろと辺りを見回すと、地面にしゃがみ込んで両手を耳の後ろに当てた。
「んー、こっちら辺から聞こえたと思ったんだけど‥‥」
ジーッと耳を澄ます不二宮に、新居がゆっくりと近づく。と、ぬかるんだ地面にずるりと足を取られ、新居は慌てて近くの木に手をついた。
「はあ、ビックリ‥‥あれ?」
溜息を吐くと同時に聞こえた鈴の音に、新居の動きがはたと止まる。ゆっくりとしゃがみ込むと、まるで小さな洞窟のようになっている木の根元で、キジ三毛の子猫が丸くなっていた。
「あ、いました」
「え!? あ、ホントだ!」
新居の声に、不二宮の表情がパアッと明るくなる。か細い声で鳴いている子猫をゆっくり抱き上げると、子猫はホッとしたように目を閉じた。
「いやぁ〜ん! めんこーい!」
「早速B班に連絡をしましょう」
不二宮の腕に抱かれる子猫に筍が身を捩っている間、新居は反対方向を探している筈の3人に無線を入れる。
「‥‥判った。こちらはまだキメラは発見していない。急いで合流しよう」
無線の声にそう返して顔を上げたのは二階堂だ。その内容に崔と佐伽羅が了解したように頷く。
「これでひとまずは安心だな」
「そうですね〜、良かった〜」
道しるべにと、木の枝につけていた黄色いリボンを辿りながら、3人は足早に来た道を戻って行く。子猫が無事に見つかったことで、それぞれの表情は明るい。だが、その身からは緊張感は消えなかった。3人共、いつキメラが出ても対処出来るよう、辺りを探るようにして進んでいく。
「しかし、こう木々が密集されていると、いざというとき戦い難いな」
チッと舌打ちをして、崔は髪に引っ掛かった枝を強引に取って呟いた。森は足を踏み出せば、3歩に1回木の根元と言えるほど木々が密集している。
「隠れるには最適だがな」
「だからビックスパイダーもここを選んだんですかね〜」
くいっと眼鏡を押し上げて返した二階堂に、佐伽羅が頭上を見上げながら呟いた。葉の闇の隙間にちらりと見えた青い空から、ぎゃあっと鳥の鳴き声が降って来る。
「上ばっかり見てると転ぶぞ」
「は〜い」
崔の警告にのんびりと返事を返しつつも、「おっきぃ木ですね〜」と未だ上を見上げ続けている佐伽羅に、崔が呆れたように目を細める。
「あれ? 今何か‥‥」
崔が軽く肩を竦め、再び歩き出したときだった。ぽかんと口を開けて上を見ていた佐伽羅がぼそりと呟いた途端、ピンッと糸を張ったように、佐伽羅の雰囲気が変わる。
同時に、3人の遥か頭上を白い糸が渡り、次の瞬間には黒い物体が物凄いスピードで横切っていった。
「奴だっ!」
崔が叫んで、フォルトゥナ・マヨールーを構える。髪に枝が引っ掛かるのにも構わず、黒い物体が向かった先へ駆け出した。背後では走りながら無線で連絡を取っている二階堂と、いままでのぽややんとした表情が嘘のように無表情の佐伽羅が追って来る。
「皆さんっ!」
横から聞こえた来た声は新居だった。こちらに向かって手を上げる不二宮と、子猫が入っているらしい移動用のケージを持った筍の姿もある。どうやら既に、合流点である森の出口近くまで来ていたらしい。
「何が目的かは判らんが、物凄い勢いで向こうに行くのを見たぜ」
「ボク達もさっき見たよ。でっかい黒いのが飛んでくの」
崔に続けたのは不二宮だ。彼女の指差す向こうを見やり、全員が頷く。
「それじゃあ、あたしは先にミケちゃんを渡しに行くよ。早く病院に連れてってやりたいしね」
「ええ。お願いします」
新居に「まっかせといて!」と返して、筍がケージを抱えて出口へ向かう。と、その目の前に突然、黒い物体が降って来た。
「筍さんっ!」
不二宮の叫びに筍がハッと顔を上げるのと同時に、ぎゅっとケージを抱える腕に力を入れる。黒い物体ビッグスパイダーは、腹部後端にある出糸突起から伸びた糸を上空の枝に結び、宙に浮いた状態で筍を脚部で殴りつけた。殴られた筍が一瞬ぐらりと傾いだ横を追い越すように、佐伽羅の撃ったペイント弾が通り抜け、ビッグスパイダーの顔面を覆う。それに驚いたのか、ビッグスパイダーは素早く糸を引き、頭上にあった木葉の茂みに隠れた。
「怪我は?」
「あたたた‥‥何とか。自身障壁が間に合わなかったら危なかったわ」
駆け寄って練成治療をかける二階堂に笑って答えて、筍がケージの中を確認する。子猫は不安そうにパッチリと目を開けてこちらを見ていたが、どうやら怪我はなさそうだ。筍が安心したようにホッと息を吐く。
「そこか!」
移動の為に姿を現したビッグスパイダーに向かって、崔がフォルトゥナ・マヨールーの銃口を向けた。弾丸はビッグスパイダーの腹部に辺り、その衝撃に木に伸ばされていた糸が切れて、ビッグスパイダーが地面に落ちてくる。バキバキと枝を折りつつ、地上近くまで落ちたビッグスパイダーに二階堂が練成弱体をかけるのと同時に、佐伽羅がイアリスを翻してビッグスパイダーに飛び掛る。
ビッグスパイダーはそれを防ごうと、出糸突起から糸を吐き出した。巻きつこうとする糸を、佐伽羅が放ったソニックブームが切り刻む。ソニックブームはそのままビッグスパイダーの前足の一本に当たり、関節部を切り落とした。
二階堂が全員の武器に練成強化をかける。それを受けて、新居のスコーピオンがビッグスパイダーの脚部の関節を狙った。よろけるビッグスパイダーに、瞬天速で近づいた不二宮が傷ついた関節部に刹那の爪を繰り出す。疾風脚でスピードの上がった急所突きが関節部を蹴り潰した。
両前足をやられて前のめりにバランスを崩したビッグスパイダーは、糸を吐き出して宙へ浮き上がる。そして、大きな木の幹に張り付くと、地上に向けて糸を繰り出した。槍のように伸ばされた糸が、咄嗟に回避した不二宮の腕と新居の肩を掠める。
2人の体を掠めた糸は、佐伽羅の脇腹にも届いた。傷は浅いが、抉られたような痛みに佐伽羅は少しだけ目を細め、細胞を活性化させた。治っていく傷口に構わず、イアリスを構えてビッグスパイダーに向かう。
佐伽羅を援護するように、スコーピオンを構えた筍がビッグスパイダーに弾丸を撃ち込んだ。足元には子猫の入ったケージがある。その間に二階堂が新居に近づき、練成治療をかけた。
佐伽羅を止めようと、ビッグスパイダーが次々と糸を繰り出す。それに、木を蹴って駆け上がった不二宮が、ビッグスパイダーを蹴り落とした。落とされたビッグスパイダーは咄嗟に体勢を整えるが遅く、佐伽羅が接近する。イアリスが翻り、流し斬りを放った。
腹部に当たったイアリスは、その衝撃でビッグスパイダーの体を浮き上がらせる。それを狙って、狙撃眼を使った崔が貫通弾をセットしたフォルトゥナ・マヨールーの引き金を引く。強弾撃と急所突きのかけられた弾丸はビッグスパイダーの腹部に穴を開けた。
ビッグスパイダーの体がゆっくりと地面に沈む。その様子に傭兵達が息を吐くと、不二宮が今気付いたように「あいたた」と腕を押さえ、二階堂が軽く肩をすくめて不二宮に練成治療をかけた。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
無事に子猫を依頼主の女性に渡した傭兵たちは、涙を流しながら何度も何度も頭を下げる女性に嬉しそうな笑みを浮かべて顔を見合わせた。ケージの中では、子猫が安堵したように眠りについている。
「無事でよかったね!」
「早く元気になって下さいね〜」
子猫を覗き込み、不二宮と佐伽羅がにこにこと笑っていた。
「キメラも倒せたし、これで森も少しは平和になるだろ」
「そうだな」
嬉しそうな女性の姿を見て微笑む崔に、二階堂が頷く。と、その女性につつつつっと近づいてきたのは新居だった。小首を傾げる女性の手をがっしりと握って、にこりと微笑む。
「すみません。一つお願いがあるのですが‥‥ミケさんの写真を焼き増しして貰えませんか?」
「あ! ずるい! あたしも!」
新居のお願いに、筍がすかさず便乗する。それに、女性は一瞬きょとんとした後、「喜んで」と微笑みを返した。