タイトル:遠きは花の香マスター:中畑みとも

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/03 11:04

●オープニング本文


 それがUPC本部に届くと、軍人達に緊張が走る。
 たった二行の文章と、差出人らしき名前が書かれた、一枚の紙。

『 弔いの石は碁の蝶を育て、共に幽谷の中へと姿を消さん。
  空を速く飛ぶ者は疾風を起こし、足の早い者は黒い雲を呼んだ。
                             クリュプトン・アントス 』


「またか‥‥」
 その文章を見たUPCの軍人は、不愉快そうに眉を顰めた。傍目には意味不明な文章だが、軍人はそれがキメラ出現の予告状であることを知っている。今までにも予告状が届いていたからだ。
 犯人の意図は判らない。だが、この予告状の示す場所には、必ずキメラが現われた。
 犯人が何を考えていようと、キメラが出現するのならば、それを倒すしかない。

 今までに来た予告状と、キメラ出現の場所を照らし合わせて判ったことは二つ。
 一つ目は、一行目はキメラの出現する場所を、二行目は出現するキメラを示しているらしいこと。
 そして二つ目は、キメラの出現場所が、絶滅危惧種に指定されている花の自生地であったこと。

 恐らく、再び届けられたこの文章もそうなのだろう。
 この暗号を解かなければ、キメラによる被害が出る。一刻も早く暗号を解き、キメラを退治しなければならない。
 その為に軍人は、傭兵達に協力を仰いだ。

●参加者一覧

鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
シエラ・フルフレンド(ga5622
16歳・♀・SN
ナオ・タカナシ(ga6440
17歳・♂・SN
ティーダ(ga7172
22歳・♀・PN
八神零(ga7992
22歳・♂・FT

●リプレイ本文

「またしても、暗号ですか‥‥」
 暗号の書かれた紙を見下ろし、ぽつりと呟いたのはリゼット・ランドルフ(ga5171)だった。真剣な目で暗号を読み解こうとするリゼットに、シエラ・フルフレンド(ga5622)が拳を握る。
「こんどこそ、暗号を正しく解いて、被害ゼロでキメラを倒すのです!」
 えいえいおー! と拳を振り上げるシエラを一瞥し、ティーダ(ga7172)が溜息を吐いた。
「クリュプトン・アントス‥‥わざわざ暗号などにして、私達を嘲笑っているとしか思えません。‥‥許せませんね」
「全くですね。相手は難題を出して反応を愉しむ、愉快犯のようですね。そうそう舐められる訳には参りません」
 言って、ナオ・タカナシ(ga6440)が暗号の書かれた紙を覗き込む。
「しかし、これはどういった意味なのでしょうか‥‥」
「‥‥ふむ‥‥これまでの事例を見れば‥‥一行目はキメラが出現するであろう、絶滅危惧種指定の花の自生地を示し‥‥二行目は出現するキメラを示しているそうだが‥‥」
 鳴神伊織(ga0421)がはてと首を傾げれば、八神零(ga7992)が悩むように顎に手をやる。それに、拳を振り上げ続けていたシエラが「それなんですが!」と振り返った。
「一行目の暗号が示すお花は、『シシンラン』のことだと思うのですっ♪」
「シシンラン?」
 シエラの言葉をナオが繰り返すと、ティーダが「やはりそうか」と頷いた。
「シシンランを和名漢字にすると、石弔蘭‥‥『弔いの石』となります。あとは『碁の蝶』というのは『碁石燕小灰蝶』だろうとは思うのですが、これらの関連性が判りませんね‥‥」
「ゴイシツバメシジミの幼虫は、シシンランだけを食べて生きているんですよ。だから、シシンランが絶滅しちゃうと、チョウチョも一緒に絶滅しちゃうので、『共に幽谷の中へと姿を消さん』ってことなんだと思います!」
「‥‥成程‥‥」
 ティーダの疑問にシエラが答えれば、八神が感心したように頷いた。
「花の方は、シシンランで間違いなさそうですね。UPCに報告をしておきます」
「それでは場所を特定して貰っている間に、二行目の方を解読しておきましょう」
 ナオが依頼者に報告を入れているのを横目で見つつ、鳴神が暗号の二行目に目を移す。
「空を速く飛ぶ者は疾風を起こし、足の早い者は黒い雲を呼んだ‥‥確か、ギリシャ神話に出てくる、ハーピー三姉妹の名前が、オキュペテーが速く飛ぶもの、ケラエノーが黒雲で、アエローが疾風だった筈なんですが‥‥」
「ぴったり合ってますが‥‥一つ足りませんね‥‥」
 ティーダの言葉に、鳴神が首を傾げる。それに、リゼットがふと思い出したように続いた。
「いえ、確か話によってはハーピー三姉妹に、足の速い者という意味のポダルゲを入れて、四姉妹にするものもあるそうですよ」
「それですね! 二行目はハーピーですよ、きっと!」
 ぱちんっと両手を鳴らして、リゼットの言葉にシエラが賛同する。それを聞いたナオと八神も頷いた。
「依頼者の方から連絡がありました。場所の特定が出来たそうです。すぐに移動できます」
「‥‥こちらも謎かけは解けた‥‥さて、キメラを狩りにいくとしようか‥‥」
 傭兵たちは、お互いの顔を見合わせ、力強く目線を交わした。


 UPCの特定した、シシンランが自生するという場所は、一度迷ったら抜け出せなくなりそうなほど深い原生林だった。
「‥‥シシンランが自生している場所というが‥‥それらしい花は見当たらないな‥‥」
「シシンランは、確か10メートルほど、樹木の上辺りに着生する花です。恐らく下から見つけようとしても、なかなか見つからないでしょう」
 きょろきょろと辺りを見回した八神に、ティーダがルベウスを装備しながら答える。それにナオが納得したように頷き、洋弓「アルファル」を持つ。
「それでは、なるべく木の上部には当てないようにしましょう」
「ううう、でもこれだけ木々が密集してると、狙いも難しいですねぇ」
 アサルトライフルを抱きしめるシエラが樹木の根元に隠れながら溜息を吐く。
「ハーピーというからには、空を飛んでいるに違いありません。スナイパーさんには期待しています」
「撃ち落して頂ければ、あとは私たちに任せて下さい」
 バスターソードを抜くリゼットと、月読の柄に手を置く鳴神の言葉に、シエラとナオが緊迫した顔で頷く。
「‥‥来たぞ‥‥どうやら暗号解読は成功だったようだ‥‥」
 ゆっくりと二本の月読を抜きながら言う八神に、傭兵達がハッと空を見上げる。
 4匹のハーピーと思しきキメラが、こちらを見下ろしていた。


 ナオのアルファルが、真っ先に一番手前を飛んでいた赤いハーピー(便宜上、オキュペテーと呼ぶ)を射る。オキュペテーはそれを上空に飛ぶことで避けるが、その背後にいた青いハーピー(こちらはアエローと呼ぶ)は完全には避けきれず、羽を掠めた。
 パッと散った羽に、怒りを覚えたらしいアエローが、ナオに向かって甲高い声を上げ、滑空してくる。
「‥‥上半身は人間の女性、下半身は鳥、か‥‥。ふっ‥‥悪いが好みのタイプじゃないな‥‥」
 アエローとナオの間に入り込んだ八神が、振り下ろされる鉤爪を、一本の月読で受ける。そして、その月読が押さえ込まれる前に、もう片方の刃でアエローの腹部を薙いだ。甲高い悲鳴と共に真っ赤な血が飛び散るが、一瞬前に危険を感知したアエローが体を浮かせたせいで傷は浅く、八神がチッと舌打ちをする。
「行きますっ!」
 と、その横を鳴神が風を切って駆け抜けた。駆け抜け様、月読を抜き放ち、アエローの翼を切り落とす。片翼を失ったアエローは物凄い形相で鉤爪を振り回した。そのもう片方の翼にナオの射った矢が突き刺さり、木の根元に射止める。
「逃がすつもりはないっ!」
 射止められたアエローに、八神が刃を振り下ろす。アエローは肩口から腹部までを切り裂かれ、絶叫を上げて絶命した。その声に、宙を飛んでいた黒いハーピー(ケラエノー)と白いハーピー(ポダルゲ)が、ナオを挟み撃ちするかのように降りてくる。
「ナオっ!」
 慌てて八神が踵を返すが、その前にパンッと言う音と共にケラエノーの羽が飛び散った。直後、ナオを飛び越えるようにしてティーダがポダルゲにルベウスを突き出す。
「こちらの二匹は私たちが! ナオさんたちはもう一匹をお願いします!」
「了解しました!」
 シエラのアサルトライフルに肩口を撃たれたケラエノーが体勢を整える前に、リゼットがバスターソードでケラエノーを押さえる。その隙にナオはケラエノーの傍から離れ、八神の隣へ走った。
 それを確認したリゼットが、バスターソードを押す力を強める。ガチガチという音と共に、バスターソードとケラエノーの鉤爪が火花を散らし、ケラエノーも負けじとリゼットを押し返す。その膠着した状態に、シエラがアサルトライフルを構え、ケラエノーの足を撃った。
 飛び散る血と共に、ケラエノーの体勢が崩れる。その一瞬に、リゼットは渾身の力を込めてバスターソードを押し付けた。バキンッと音がして、ケラエノーの鉤爪が折れる。リゼットのバスターソードが、ケラエノーの顔面に減り込んだ。ドバッと吹き出る返り血に、リゼットが素早く身を引く。
 リゼットがケラエノーを倒したのを背後で感じ、ティーダは目の前のポダルゲににやりと笑みを浮かべた。ティーダのルベウスと、ポダルゲの鉤爪が交差し、ギシギシと嫌な音を立てる。
 こちらも膠着した状態なのを見て取ったシエラが、再びポダルゲの足にも銃弾を打ち込もうと、アサルトライフルを構える。が、その気配に気付いたのか、ポダルゲは突然力を緩めると、後ろに跳び退った。
 一瞬体勢を崩したティーダが舌打ちをし、追い縋るが、ポダルゲはあっという間に上空に飛び上がってしまう。ティーダは密集した木々を蹴って飛び上がり、ルベウスを伸ばすが、翼を持つポダルゲの機動性には追いつけない。
「シエラさん、お願いします!」
「了解ですっ!」
 自分では無理だと判断したティーダは、即座にシエラの元に走る。シエラはティーダの声を受けて立ち上がると、ポダルゲに向かってアサルトライフルを構えた。立ち上がったシエラを攻撃しようと、ポダルゲが縦横無尽に飛び回りながら近づいてくる。
 シエラに伸びてくる鉤爪を、ティーダがルベウスで弾き返した。上空から素早い動きで降り注ぐ鉤爪の攻撃に、ティーダが歯を食いしばりながら防御する。その背中に隠れつつ、真剣な表情で隙を狙っていたシエラは、ポダルゲが攻撃の為に近づいて来た瞬間を狙い、引き金を引いた。ティーダがすぐ近くにいる為に頭部こそ狙えなかったが、シエラの撃った弾丸は確実にポダルゲの腹部を抉り、ポダルゲは叫び声を上げて動きを止める。
 瞬間、見逃さなかったティーダがルベウスを振り上げ、ポダルゲの両翼を引き裂いた。
 そして、痛みに地に落ちるポダルゲの胸を、とどめとばかりにリゼッタのバスターソードが貫いた。
 一方、警戒してか、攻撃すらして来ずにずっと上空を飛び回っているだけのオキュペテーに、アルファルを構えたナオの首筋にじっとりと汗が噴出してくる。
 その様子を見て、鳴神は意を決したようにオキュペテーを見上げると、月読を鞘に収めた。
「私が囮になります。奴が近づいてきたら、宜しくお願い致します!」
 言って、鳴神が足元にあった石を掴み、オキュペテーを挑発するように投げつける。石は到底オキュペテーには届かないのだが、一人仲間の元を離れ、自身の武器すらも鞘に納めた鳴神に、オキュペテーがにやりと笑みを浮かべた。鳴神が充分仲間から離れたところを確認し、オキュペテーが鉤爪を構えて滑空してくる。
「来たっ!」
 鳴神は緊張に表情を引き締め、振り下ろされる鉤爪を避けた。そしてそのままオキュペテーの動きに注意しつつ、じりじりと後ろに下がっていく。オキュペテーは近づいても、なお武器を取り出さない鳴神に笑みを浮かべ、まるで楽しむように爪を振り下ろし続けた。
 と、鳴神の踵が何かにぶつかり、鳴神は体勢を崩して後ろに倒れた。ハッとして見れば樹木の大きな根が張り出している。貰ったとばかりに突き出される爪を、鳴神は一瞬焦りながら顔を背けることで避ける。
 直後、ヒュンッと風を切る音がして、オキュペテーの胸に矢が突き刺さった。すっかり油断していた様子のオキュペテーは、ナオの射った矢が胸から生えているのを見て一瞬きょとんとし、次の瞬間苦しげに悲鳴を上げる。矢を抜き取り、力任せに倒れたままの鳴神に鉤爪を振り下ろそうとした瞬間。
 八神の振るった月読が、オキュペテーの両手を跳ね飛ばした。痛みに固まるオキュペテーを蹴り飛ばし、鳴神は月読を抜刀すると、オキュペテーの腹部を両断する。
 一つビクンッと体を跳ねさせたオキュペテーの目が、静かに色を無くす。
「‥‥絶滅危惧種の花が咲く森、か‥‥こいつらには十分過ぎる墓標だな‥‥」
 ふうっと溜息を吐いた八神に、鳴神が振り返って笑みを浮かべる。その後ろから、ナオや他の仲間も近づいてきて、鳴神はそれに答えようと月読を鞘に収めた。
 パチパチパチ‥‥と、場違いに明るい拍手が、原生林の中に響く。
 突然の音に、ハーピーを倒して気を緩めていた傭兵達が、慌てて武器に手をかけ、辺りを探った。「あそこです!」と、逸早く気配に気付いたシエラが指し示した先にいたのは、樹木の高い場所に生えた枝に腰掛けている、黒いフードローブを纏った人物だった。
「凄い凄い。いい戦いだったよ、うん。充分楽しめた」
「あなたは何者ですか‥‥?」
 声のトーンからして男性だろうと思しきその人物に、ティーダが警戒の言葉を投げかける。と、そのフードの人物は拍手を止めると、ふっと笑った。フードを深く被っているので目元などの詳しい表情は判らないが、白い肌に浮かんだ唇の両端が上がったので、笑ったのだと気付く。
「僕はクリュプトン・アントス。まあ、気付いているだろうけど、これは偽名。本名は随分と前に捨てました」
「クリュプトン・アントス‥‥!」
 告げられた名に、ナオがフードの人物、クリュプトン・アントスを睨みつける。その視線に、アントスはにっこりと笑って小首を傾げると、安定した様子ですらりと立ち上がった。口調は幼い様子だったが、立ち上がるとそれなりに身長は高く、恐らく成人はしているだろうことが判った。
「まあ、君たちでも良かったんだけど、僕ももうちょっと楽しみたいんだ。だから今日はこれで退散するね」
「‥‥? どういう意味だ?」
 その言葉に、八神が訝しげな表情を浮かべた途端、アントスはくっと足に力を入れると、高く飛び上がる。咄嗟にシエラがアサルトライフルを撃つが遅く、アントスは深く茂った葉の中に隠れてしまう。
 一瞬にして気配を消してしまったアントスに、シエラはがっくりと肩を落とした。
「一体、奴の目的は何なんでしょうか‥‥」
「‥‥さあな‥‥だが、こうしてても始まらない‥‥」
 鳴神の言葉に八神が答えると、リゼットも気分を変えようと大きく深呼吸をして、振り返った。
「そうですね。とりあえず、キメラ退治の依頼は成功しました。依頼者の方に報告に行きましょう」
 そう言ったリゼットに頷いて、傭兵達が原生林を後にする。クリュプトン・アントスへの謎に、後ろ髪を引かれるような気分を振り払いながら。


「さあて。次はちょっと趣向を変えてみようかな」
 楽しげに呟いたアントスの言葉は、シシンランだけが聞いていた。