●リプレイ本文
「4月と言えば‥‥誕生石はダイアモンドだったかしら‥‥キラキラしてて透き通った食材なんてどうかしら」
「キラキラしてて透き通った‥‥例えば?」
「くらげとか、氷とか、ゼリーとか‥‥ああ、ゼリーなんていかが? 桜とか入れてみたりして」
小首を傾げる劉・藍(gz0008)に、ぽんと手を叩いて提案したのはシャルロ・ブランシュ(
ga8671)だ。二人は今、店の裏にある食材倉庫でオススメメニューに使う食材を選んでいた。ごそごそと食材を探る藍の背中越しに、両手一杯に食材を抱えたシャルロが覗き込む。
「桜ね、いいわねぇ。確かここら辺にキルシュがあった筈‥‥ああ、あったわ」
そう言って藍が取り出したのは、ホワイトキルシュの瓶だった。キルシュヴァッサー、ドイツ語で言うサクランボのブランデーの事である。
「これでゼリーを作ったらどうかしら」
「素敵ね。ちょっとアルコール強めにして、大人のゼリーなんていかが?」
「そうね。あとは桜の花びらがあれば可愛いのだけれど、ここら辺に桜なんて‥‥あ、そうだ」
ホワイトキルシュの瓶を近くにあった箱の上に置き、藍がまた食材を探る。シャルロがホワイトキルシュの瓶を眺めつつ、「美味しそうね」と感想を抱いていると、藍は一つの袋を取り出した。
「桜の塩漬け。この間、行商さんからおまけで貰ったのだけど‥‥」
「ゼリーに塩漬けを使うの?」
アクセントにはなりそうだが、甘いゼリーにしょっぱい塩漬けというのが味を想像出来なくて、微かに眉を顰めたシャルロに、藍が苦笑する。
「塩抜きするから、それほど辛くないと思うけど。それに、塩抜きしてからシロップなんかに漬ければ、ちゃんと甘くなるわ」
言って、箱の上からホワイトキルシュの瓶を取り上げた藍は、桜の塩漬けと共に倉庫を出て行く。その背中を追いながら、シャルロは「わたくし、美味しいもの以外は頂かないわよ」と呟いた。
「半分に切ったイチゴにグラニュー糖とレモン汁を入れて〜、レンジでチーン! イチゴジャムの出来上がりニャー!」
「まあ。美味しそうですわね」
「お、ホントだ。どれどれ?」
店の厨房では、イチゴジャムの入ったボウルを手にアヤカ(
ga4624)が楽しそうに笑っていた。それを石動小夜子(
ga0121)が覗き込み、威龍(
ga3859)がひょいっとジャムのイチゴを摘む。
「あ! つまみ食い禁止ニャ! しかも粒が大きいの取ったニャ!?」
「美味い、美味い。上出来だ」
ペロリとジャムを舐めて笑う威龍に、アヤカが「当たり前ニャ!」と言いながら、ボウルを遠ざけた。
「これでティラミスを作るのニャ!」
「てぃらみす?」
アヤカの言葉に、きょとんと首を傾げた石動を見て、アヤカがちょっと驚いたように目を丸くする。
「もしかして、食べたことないニャ?」
「え、ええ。私、あまり洋食には詳しくないもので‥‥」
「ティラミスはとっても美味しいお菓子なのニャ! 甘くってふわふわで、しっとりしてて、ちょっと苦くて、とっても美味しいのニャ!」
「甘くて苦くてふわふわでしっとり‥‥?」
意気込んで説明するアヤカだが、石動には上手く伝わらなかったらしい。石動の頭上には、大きなクエスチョンマークが浮かんでいる。
「食材、持って来たわよ」
そこに、シャルロと藍が帰って来た。シャルロがどっさりと食材をテーブルの上に置いて、溜息を吐きながら肩を回す。
「あ! 桜の塩漬けだ!」
藍の手の中にあったものに反応したのは、厨房の中をしげしげと見て回っていた黒崎美珠姫(
ga7248)だった。いいことを思いついたかのような表情に、藍が微笑み返す。
「私にとっては結構珍しいものだけれど、貴女にとっては普通かしら?」
「ううん、凄くいいと思うよ! 私も使っていい?」
「うふふ、いいわよ」
にこにこ笑いながら、藍が桜の塩漬けを塩抜きするべく、ボウルに水を溜める。その様子を見て、黒崎はテーブルに広がる食材を吟味し始めた。
「そうだなぁ。やっぱり美容にいいものとか、どうかなぁ。傭兵やってると、どうしても生活が不規則だからお肌が荒れるのよねー」
「それ賛成ニャ! コラーゲンたっぷり、フカヒレ料理ニャ!」
「フカヒレは厳しくないか?」
「白きくらげとかで代用出来ないかな」
黒崎の言葉に、アヤカが提案すれば、威龍が困った顔をする。それに、黒崎が白きくらげを手に取ると、塩抜き中のボウルを邪魔にならない場所に寄せた藍が振り返った。
「銀耳も最近高いんだけどね。少しなら、散翅を使っていいわよ」
「インアル? サンツー?」
「銀耳は白きくらげのこと。散翅はそこにある、フカヒレを解したものね。基本的にはスープに使うんだけど」
首を傾げるシャルロに藍が答えれば、アヤカと黒崎が「おおーっ」と感心したように言って散翅の入った袋を手に取った。目を輝かせている二人を見て、石動が心配そうに藍を振り返る。
「フカヒレというものは、お高いものではないのですか?」
「排翅よりは全然安いから、大丈夫よ。でもちょっとだけにしてねー」
「ぱ、パイツー?」
藍と、「はーい」と返事を返す黒崎を交互に見つつ、石動がクエスチョンマークを増やす。それに食材を手に取って見ていた威龍が顔を上げた。
「解されてない、ヒレそのまんまのやつのことだよ。いいものは凄ぇ高いから、この店じゃあ出せないだろうなぁ。‥‥ああ、悪い意味じゃないんだぜ? 藍小姐」
「ええ、判ってるわ。この店で出しても、需要はなさそうだものね」
「傭兵は時間がかかって値段の高い高級料理よりも、早くて安くて美味いのが好きだからな」
にこりと笑う藍に、威龍が苦笑する。
「でも一度でいいから高級な食材を、金額を気にしないでパアーッと使ってみたいわね」
「ああ、判る判る。俺も血燕の巣とか乾鮑のでっけえのとか豪快に調理してみたいぜ」
藍の言葉に、実家が中華料理店である威龍は同意するように頷いた。
「小夜子ちゃんはどんなのがいいと思うニャ?」
「えっと、はんばーがーというものをメニューに入れてはいかがかと思ったのですが」
「ハンバーガー? そうね、サンドイッチはあるけれど、ハンバーガーはまだメニューにはないわねぇ」
ビニール袋に入れたビスケットを砕いているアヤカに問われた石動が答えると、藍が話に入ってくる。
「折角ですので、ちょっと一風変わったハンバーガーなんて、いかがかと。例えば、シチューを小麦粉で固めたものを、パンに挟むとか」
「あら、それは美味しそうね」
「そうだな。そういえば、この店にはシチューもメニューに入ってないんじゃないか?」
「そうねぇ、カレーライスはあるのだけど。これを機にシチューも入れてみようかしら」
提案した石動にシャルロと威龍が同意すれば、藍がシチューに必要な材料を取り出していく。それに石動が「手伝います」と名乗り出ると、藍は「じゃあ、野菜を切っていてくれる?」と野菜を渡した。シャルロも「わたくしも手伝うわ」と石動に話しかける。
「俺は桜の葉を使って、桜餅に似た感じの飲茶を作ろうと思うんだが‥‥どんなのにするかな。菓子じゃなくて、軽食系の方がいいんだが」
うーん、と悩みながら食材を見る威龍に、煮込み鍋を準備している藍が振り返る。
「そうねぇ‥‥桜の葉で包むとなると、粽なんてどうかしら? 桜の塩漬けを混ぜ込むのも美味しそうね」
「それいいな。それでやってみるか」
藍の言葉に、威龍が頷いてもち米を手にした。その横では、黒崎がクコの実とはと麦を、白きくらげや散翅と一緒にテーブルの隅に寄せている。
「よーし! これで栄養満点のお粥を作ろうっと!」
「頑張るニャー!」
ぐいっと袖を捲る黒崎を、ホイップクリームを軽快に泡立てているアヤカが応援した。電動泡だて器を使わずに、手動で泡立てているのだが、疲れた様子は見えない。
「シャルロさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。野菜を切るくらい、わたくしにだって出来るわ」
ジャガイモの皮を剥いている石動にそう答えつつも、シャルロの手元は危なっかしいものだった。明らかに肩に余計な力が入っていて、人参を切る度にゴトン、ゴトンと鈍い音が聞こえて来る。
「野菜切り終わったら、こっちに渡してね」
「はい、どうぞ」
石動をハラハラさせつつも無事に野菜を切り終えたシャルロが、フライパンで鶏肉を炒めている藍に野菜を渡す。それを受け取り、野菜も手際よく炒めると、煮込み鍋に入れた。一方で、黒崎も水の入った鍋に散翅と白きくらげを入れ、煮込み始める。
「コラーゲンたっぷり出ろー」
「コラーゲン、コラーゲン♪」
鍋の前で念じるように手をゆらゆらと動かす黒崎に、アヤカも便乗して歌い始めた。その様子に笑いながら、威龍は慣れた手つきで、もち米に混ぜる肉を切っている。
「あとはホワイトソース作って、暫く煮込むだけね」
「私も何か作って宜しいですか?」
小麦粉を炒め始める藍に、石動が問いかけた。にっこりと笑って了承する藍に礼を言って、石動が食材を吟味し始める。
「何を作るの?」
「ハンバーガーの具を和風にしてみてはと思いまして‥‥そうだ、かき揚げを作って挟んでみましょう」
シャルロが見守る中で、石動が丁寧に野菜を切って行く。アヤカはホイップクリームを泡立て終えたようで、クリームチーズや溶かしたゼラチン、レモン汁と一緒に混ぜ合わせていた。その様子を、スープを煮込み中の黒崎が楽しそうに覗き込み、威龍は食材や調味料と一緒にもち米を炊飯器に入れ、スイッチを押す。
「よーっし! あとは冷やすだけニャー!」
「わーい! 楽しみー!」
作り終えたティラミスの容器を、アヤカが冷蔵庫の中に入れた。後ろでは黒崎がわくわくと目を輝かせている。
「かき揚げをパンで挟むの? 何だか油を吸ってしまいそうね」
「油はちゃんと切りますが‥‥あ、パンの代わりにご飯で挟んだ方が、和風バーガーに‥‥」
かき揚げを作り終えた石動が、シャルロと共にかき揚げをパンに挟もうとするが、いい事を思いついたとばかりの石動が、炊いてあった白米を使い始めた。
「上手く挟めませんね。もう少しご飯を多くして‥‥こうして、こうすれば‥‥」
「あら? どこかで見たような形に‥‥」
四苦八苦する二人の後ろから、威龍がひょいっと顔を出し、二人の手元を見下ろす。
「おにぎり、だな」
その威龍の呟きに、二人の手がはた、と止まり、「これは、バーガーとは違いますね」と苦笑する。
シャルロの手には少し歪な球体で、石動の手には綺麗な三角の形をしたおにぎりが出来上がっていた。
「おいしそー!」
アヤカと黒崎の嬉しそうな声に、藍が優しい笑顔で微笑み返す。カウンターの上には、皆が作った料理がお盆に載せられていた。
黒崎の作った、クコの実とはと麦のお粥にはコラーゲンがたっぷりの白きくらげと散翅が泳ぎ、桜の塩漬けが飾られている。威龍の作った桜餅を模した粽は、桜の塩漬けが混ぜ込まれている為か仄かな桜色をしていた。石動の提案したシチューバーガーはシャキシャキとしたレタスと、上手い具合に固められたシチューが挟まれていて、見た目もいい。
デザートのティラミスは、表面に通常のココアパウダーの代わりにイチゴジャムが使われた、アヤカの自信作。シャルロの提案したキルシュゼリーは、透明に透き通ったゼリーの中に、塩抜きした後シロップに漬け込まれた桜の花が浮いている。
「桜餅に似てますのに、味は全然違うんですのね。塩の具合がとても美味しいですわ」
「それが狙いだからな。仄かに桜の香りがして、いいだろ」
石動の驚きに、威龍がにやりと返す。慣れた手つきでお茶を入れ、それを藍や皆に配って行く威龍に、藍が「謝謝」と礼を言って受け取った。
「シチューバーガー、美味しいわね。レタスがシチューの濃さをまろやかにしてる気がするわ」
「美味しいものと、美味しいものを掛け合わせたんですもの。美味しいに決まってますよ」
シチューバーガーに舌鼓を打つシャルロに、石動が満足気に答える。その横ではアヤカがゼリーを、黒崎がティラミスを食べていた。
「ゼリーおいしー! 中の桜の花がちょっと濃い目の甘さで、甘さ控えめのゼリーと一緒に食べると丁度いい感じニャ!」
「ティラミスもおいしー! 甘くて苦いのと、甘酸っぱさがサイコー! 何個でも食べれそう!」
きゃいきゃいと騒ぎながらデザートを食べている二人に笑いながら、威龍がお粥に手を伸ばす。
「うん、いい出汁が出てる。これは朝食に最適だな」
「お酒の後の締めにもいいかもしれないわね」
言ってお粥を掬う藍は、満足気に微笑み、頷いた。
「これ皆、今月のオススメメニューにするわ」
「ニャ? 本当?」
「ええ。皆、とっても美味しいんですもの。良かったら、あなた達も食べに来てね。サービスするから」
にっこりと笑う藍に、集まった皆が嬉しそうな表情を返した。
翌日。まだ朝も早いうちから店の準備をしていた藍は、店先に一つのメニューボードを立てる。
そこには、『4月のオススメメニュー』というタイトルと、協力者たちの似顔絵が、可愛らしく元気一杯に描かれていた。
今月のオススメメニュー
・桜餅風粽(4月限定)
・シチューバーガー
・コラーゲンたっぷり中華粥
・桜のキルシュゼリー(4月限定)
・イチゴジャムティラミス