●リプレイ本文
悪夢。
この街の光景を言葉に表すならば、ぴったりに当てはまる言葉だ。
街からかなり離れた小高い丘の上で、起きながらにその悪夢を見つめている終夜・無月(
ga3084)、緋室 神音(
ga3576)、夜坂桜(
ga7674)、天(
ga9852)、チェスター・ハインツ(
gb1950)ら五人の能力者達の殆どは怒りや悲しみを露に双眼鏡を握り締める。
「‥それなりの、頭脳は持っているようだな‥ほんとに‥誰も生き残っちゃいないのか」
敵の位置などと生存者をざっと確認し、天はため息をつきながら、双眼鏡から顔を離す。
キメラは全部で六体、いずれも単独では行動していない。
情報によれば五〜七匹なので、後一匹が何処かに潜んでいる可能性もある。
オマケに、数が不明なほど存在するらしい蟲キメラ。鳥の羽に擬態しているらしく、立った一匹の存在を見過ごしただけでもかなりの脅威となりえるだろう。
だが、今回彼らには秘策があった。
「風上は‥あちらで間違いないでしょうか?」
イリアス・ニーベルング(
ga6358)はスブロフを一本一本使えるものかを確認しながら、観察している5人に問うた。
それにすぐ答えたのは、同じく風向きを確認していた緋室だ。
「ええ、間違いないわ」
彼らが考えている、今回の必勝の策。
火計だ。
確かに、蟲は光‥引いては熱に引かれる習性がある。更には、鳥ごと燃やしてしまえば、一石二鳥一挙両得、確実に仕留められる。
だが、この作戦には決定的なミスがあることに、この段階で気がついている者はいなかった。果たして、作戦実行までにそれに気付ける者はいるのだろうか。
●陽動
「皆にいと高き月の恩寵があらんことを‥」
終夜の通信機越し、あるいは肉声による激励の言葉が送られた後、戦闘は開始した。
今回の依頼の班配置は以下の通りである。
A班:西島 百白(
ga2123)、緋室、天。
鳥型キメラ討伐班。
B班:桜、チェスター、文月(
gb2039)。
蟲型キメラ討伐班。
C班:無月、イリアス。
陽動、奇襲、警戒班。
この三班を上手く連携させ、今回の仕事を完遂させようと言うわけである。
まず突出したのはC班。無月とイリアスだ。
二人は躊躇いなく、どこにも隠れず体を晒し、廃街を駆け抜ける
隠れないのは当然だ、彼らは囮なのだから。
当然、キメラたちは二人に気付く。鳥独特ながらも、何処か獣のような咆哮が街中に木霊した。それを合図に、街のいたるところから同じ鳴き声が聞こえてくる。
言うまでもなく、仲間に侵入者の事を知らせたのだろう。
それを耳にしながらも、彼らは走る。イリアスは走ると同時に周囲を見渡し、火計に絶好であると思われる位置を探す。
やがて、二人は街の中央まで到達した。その時には既に六匹のキメラが宙を旋回しつつ取り囲んでいる。
「一匹残らず‥殲滅する‥」
無月は無造作にフォルトゥナ・マヨールを構え、手ごろな一匹に発砲した。だが、距離が距離だけにアッサリと避けられる。
だが、それにも構わず発砲、弾込めをし、再度発砲を繰り返す。その度にキメラは余裕で避ける。だが、出鱈目に撃たれるおかげで、迂闊に近づけないようだった。
遠距離攻撃を持ち合わせていないイリアスは、牽制を無月に任せ、周囲を見渡す‥‥と、元々から空き家だったのだろう、殆ど破壊されずに原型を留めている家を見つけることに成功した。
隙を見て無月の腰からと自分の腰からスブロフを引っこ抜き、その家屋へと投擲した。窓を突き破って放り込まれたスブロフは、当然だが割れて中身が飛び散る。
「皆さん、策の準備は成りました。作戦開始です!」
イリアスが無線機に向けて叫ぶ。
それと同時に、周囲から次々と仲間が姿を現した。二人が陽動を行っている隙に近づいてきていたのである。
作戦は、第二段階に移る。
●波状攻撃
奇襲に気付き、慌てて臨戦態勢を取ろうとする鳥キメラの下方に、三人の人影が現れた。A班の面々である。彼らは一時後退するC班と入れ替わるように敵陣のど真ん中へと踊りこむ。
「アイテール‥限定解除、戦闘モードに移行‥」
緋室がそう呟くと同時に、彼女は覚醒する。
アイテールとは彼女がエミタのAIに付けた名前である。
キメラは自らの危険を悟り、宙高く飛び上がろうとする。だが、それを許すわけも無い。
「‥クソが」
その呟きが聞こえたわけでは無いだろう。
ただならぬ気配を感じたのか、別の下方へ振り向いたキメラは、思わず動きを止める。
虎が‥いや、西島が凄まじい殺意を放ちながらこちらを睨みつけていた。
そして、それが隙になる。
天が放ったショットガンの散弾は、西島に気を取られていたキメラの翼を易々と抉る。
翼に大穴を開けられ、成す術もなく落下するキメラ。そのタイミングにあわせるように緋室は動く。
「夢幻の如く、血桜と散れ――剣技‥桜花幻影【ミラージュブレイド】」
言葉どおり、美しい軌跡を描いた切っ先は、完全に地面に激突する寸前のキメラの首を見事に吹き飛ばす。そして、同じく言葉どおり、血の花びらを散らせた。
だが、その技の見事さに惚れ入っている暇は無い。
緋室が急いで退くと同時に、その動きにあわせるように無数の‥多くの「羽」が緋室へと飛び掛ってきたのだ。
慌てて天と西島が、ソニックブームとショットガンを放つ。
だが、対象が小さいゆえすべてを落とすのは不可能だった。
と、そこに。
「1匹たりとも逃がしはしません」
嵐のような轟音、嵐のような弾幕。
豪雨のような銃弾は、緋室へ飛びかかろうとしていた蟲たちを粉みじんに吹き飛ばした。
目礼する緋室に笑顔で返すB班のチェスター‥だが、AUーKVを装着しているので、表情は見ることが出来ない。そのまま銃口を持ち上げ、まだ宙を漂っている羽ごと、鳥キメラ達を狙う。
その嵐から逃げまどうキメラたち、だが一匹が避けきれず、またもや落ちてきた。
次に駆け寄るは西島と天。
「人間の不可侵を侵したんだ、それなりの覚悟はできてたんだろう?」
そう呟きながら、前方を走る西島の援護をするように、例の如く飛び出してくる蟲をショットガンで撃ち落していく。
西島も西島でコンユクシオを匠に使用し、自らの肉を咀嚼しようと牙を剥く蟲たちを全く寄付けない。
「さて‥始めるか‥」
始まりは唐突に、終末は突然に。
振り下ろされたコンユクシオは、キメラの胴体を薙ぎ払い、【紅蓮衝撃】を使用した止めは確実に息の根を止める。
その後はやはり、天も西島も飛びずさり、そこへチェスターの援護射撃が降りかかった。
だが、その射撃が急に止まる。
援護を止めた訳ではない、弾が切れたのだ。
素早く的確に予備の弾を取り出すも、扱っている武器がガトリング砲だけに若干手間取ってしまう。
それをキメラが見逃すはずもない。なのに、キメラは一匹たりとも近づく事が出来なかった。
「つっ、数が多すぎですッ!」
弾を交換しているチェスターを守るように、文月と夜坂が空中に弾幕を形成していたのだった。だが、自身が明言している通り数が多すぎる。まだ鳥キメラは5匹も残っているし、蟲キメラだって幾らでもいるのだ。
それでも、文月は真デヴァイスターで遠くの蟲キメラを確実に打ち落として行き、距離を詰めてきた者にはショットガンをお見舞いする。
夜桜もまた、小銃とスコーピオンで応戦している。彼女は自身の事より、援護を優先する傾向があるらしい。その証拠に、数枚の羽が何の苦もなく彼女の付近に舞い降りてきたのだ。
夜桜が気付いた時には、既に蟲は彼女めがけて飛び掛っている。
しかし、彼女は全く慌てない。
素早く銃をその場に落とし、ナイフを引き抜き逆手に持つ。
舞うように繰り出される剣戟は、小さい標的を的確に切り落としていく。
そこに至り、やっとガトリング砲のリロードが完了した。
再び吹き荒れる銃弾の嵐。だが、今度は相手も学んだらしく既に物影に身を潜めている。そこから、蟲だけを送り込んでくるのだ。
このままでは分が悪い。羽蟲キメラはどれだけいるかは不明だし、全てを落とした後では錬力が切れかねない。
そこで、通信機からC班のイリアスの声が聞こえた。
●火計実行
イリアスの言葉と共に、皆は火計場所である民家へと入る、5匹のうち3匹は反射的にかその後を追っていた。
残り二匹は警戒するかのようにその民家の周りをクルクルと回っている。
と、その二匹の目下に、血の滴る肉が路上に投げ出された。
暫く獲物にありつけなかった二匹は、何の躊躇いもなくそれに喰らいついた。その鳥の羽が舞い落ちていくように、蟲キメラたちも肉に喰らいつく。
「さぁ‥お前達の死が‥やって来ましたよ‥」
食事に没頭していた二匹に、それが聞こえるかどうか。
いつの間にか背後に出現していた終夜は、言い終わると同時にショットガンで一匹の頭を爆砕。もう一匹には「紅蓮衝撃」で確実に止めを刺す。
そして、真直ぐに計略の家へと走った。その直ぐ後ろには、食事を邪魔されご機嫌斜めな蟲達が追いかけてきていた。
民家に飛び込むと同時に、既に入っていたキメラたちを牽制して足止めしている中間達の背後まで速度を緩めずに走りこんだ。
全ての蟲キメラが入ってきたのを確認し、イリアスが呟く。
「その忌まわしき羽ごと燃え尽きては如何ですか?」
最も一行に近づいていたキメラが、スブロフのビンをぶつけられて酒塗れとなる。
その言葉に寒気を感じたのか、その酒瓶をぶつけられた鳥キメラだけでなく、全てのキメラも動きを止めた。
だが、そのときにはもう手遅れだ。
イリアス以外のメンバーは一足先に窓から脱出している。
彼女は無表情のまま、力の限り月詠を床に叩きつけた。
飛び散るは、火花。
●失敗
彼らが行った火計‥それは見事なものだった。
作戦の段取り、各自の戦闘力、咄嗟の判断、どれをとっても及第点である。
だが、この見事な作戦はたった一つのミスに気付けなかった事で無に帰る。
この作戦は、「炎自体はフォース・フィールドでは防ぎ切れない事を利用」というのを前提としたものであり、もっと言えば応用の効かない作戦なのだ。
確かに、よほど強力なキメラが持つフォースフィールドを除き、炎を【完全に】防ぎきる事は出来ない。
では、実際どれほどのダメージが通るのだろうが。
その答えは、この依頼を【失敗】させるのに十分すぎるものだった。
民家を取り囲む能力者達。
彼らも、炎だけでキメラを完全に消滅させられるとは思っていない。
だがまさか、殆ど無傷で、蟲キメラと酒を被ったキメラですら殆ど無傷な状態で飛び出してくるとは思っていなかった。
不意を突かれた一行。
誰もが咄嗟の判断を行う事が出来ない。
キメラたちは全身に炎を纏ったまま真直ぐに逃げていく。
我に返った時には既に手遅れ、銃の射程範囲外まで逃げられてしまった。
キメラに炎を灯し、倒した記録が前例に無いわけではない。
だが、それにはかなりの時間を、本当に長い要していたのだ。酒を掛けられたキメラはもしかしたら息絶えるかもしれないが、他の二匹のキメラ、そして数多の蟲キメラはあの程度の火力では平然としているだろう。
今回の任務はキメラの完全殲滅。
その結果は、失敗である。