●リプレイ本文
処女林という言葉が相応しい、人の手が殆ど加わっていない天然の宝物。
その宝物を汚そうとするかのように、巨大な人工物が木々を薙ぎ倒し、横たわっている。
人類が空を飛ぶ為に考案した飛行機、その中でも小振りな部類に入るセスナ機だ。
そして、自然はその人工物を排除しようと、動く。
「この数は‥このメンバーでは、どうしようもないかもしれないぞ‥」
目的のセスナから少し離れた場所。そこにもキメラが潜んでいたが、六人がかりだったので既に息絶えている。
その場所で目的の様子を見ながら、カルマ・シュタット(
ga6302)は呟いたのだった。呟いたと言っても、その言葉は主に一人の女性に向けて発せられている。
清総水栄流、この依頼の範疇を越えた行動の発案者だ。
栄流はただ、イグニートを握り締めながら、眼前の光景を睨みつけるのみである。
だが、その眼光は鋭く、何かキッカケがあれば直ぐにも飛び出してしまうだろう。
それを制するかのように、ティーダ(
ga7172)が栄流の肩を掴んだ。
「彼らを救わなければならないのは確かですが‥、そのためにあなたが死んでよい道理はありません」
そう、諭す。
今彼女達が見ている光景は、まさに四面楚歌という言葉が相応しいだろう。
セスナ周辺にはザッと見ただけで数匹以上のキメラがいる。全て小型ならまだ良かったのだろうが、中型で手ごわそうな奴もどっさりと待ち構えているのだ。
セスナからは定期的に、牽制の為の銃弾が放たれているが‥墜落してからの時間を考えても、ほとんど残弾も残っていないだろう。
そう、どう考えても戦況は良くない。むしろ想像以上に最悪だ。
セスナまで辿りつくのは可能かもしれないが、衰弱した一般人を連れてこの包囲網を脱するのは非常に難解だ、無謀とも言える。
「それは‥解ってるわ」
栄流は俯きながらも、そう応える。
だが、その応えは歯を食いしばりながら発された言葉、心情は慮れる。
と、そこで状況に変化がおきた。
急にセスナの扉が開き、そこから5人の人間が姿を現した。
前後には能力者と思われる男が二人小銃を乱射しており、キメラを牽制している。
そして集団は、真直ぐこちらに向かって来た。恐らく、こちらの姿を認め、一か八かで飛び出してきたのだろう。
無謀な行動だが、間違いではない。
そしてその行動は、栄流の自制心を粉々に打ち砕いた。
女ながら雄たけびを上げつつ突撃する栄流、その後ろにフォビア(
ga6553)、藤村 瑠亥(
ga3862)、八神零(
ga7992)と続いた。
最後に続いた八神が、静止した二人に向かって言う。
「可能性のある命を見殺しにするのは、気分のいいものじゃないからな‥」
そう言い残し、走り去った。
だがティーダたちも元より見捨てるつもりは無い。
それぞれの得物を持ち、戦場に踊りこんだ!
●死闘
「栄流‥この人が‥」
怒涛の勢いで血路を開く栄流の少し後ろで、フォビアはポツリと呟いた。彼女の後ろには八神が付いて来ている。彼女たちはお互い背後を、守り守られつつ、突き進んでいるのだ。
フォビアは以前、咲に「栄流と同じ」と言われている、それが未だに気になっているのだった。
なんとなく、栄流の戦い方を真似てみようと思ったフォビアだったが、そう簡単には行かない。それ以前に得物も違うのだ。
と、栄流が討ち漏らした数匹がこちらに向かってきた。
それに対し、フォビアは素早くショットガンの銃口を敵に向ける。
その際、一瞬振り返った栄流と目が合った。
咲とは正反対の温かい瞳、そして信頼の込めた視線。
その信頼に応えようとするかのように、フォビアは引き金を引いた。
民間人への血路から少し離れた場所では、ティーダとカルマが栄流の開いた道を再びキメラに塞がれないように、連携して敵を殲滅していた。
ティーダは栄流を戦力の中心と判断し彼女のフォロー、つまり手薄なこの場所の穴埋めの為に。
そしてカルマは、全力で栄流の行動を支援する為。
二人はこの場所で戦っているのだった。
「銃はあまり得意じゃないけどな」
そう言いつつも、スナイパー職等の遠距離攻撃を持ち合わせる面子が少ないこのメンバーでは、彼自身も銃を使わざるを得ない。
近づいてくる敵、退路を塞ぐ位置に存在する敵片っ端に散弾を撃ち込んで行く。多少狙いが逸れていても、散弾の性質上完全に外れることは少ないだろう。
だが、やはり自らが明言したとおり、全てを撃ち殺す事は出来なかった。
狙いが逸れた敵、或いは掠っただけの敵はカルマに狙いを変更し、真直ぐ向かってくるのだ。
それに相対するのは、グラップラーのティーダだ。
素早い動きで間合いを詰め、神速の如き放たれる爪は、確実にキメラの喉元を抉ってゆく。そこからカウンター気味に繰り出された、猿キメラの棍棒を紙一重で避け、その腕を返す刃で斬り飛ばした。
と、そこへ鳥のようなキメラが周囲から一斉に急降下してくる。銃や爪では捌ききれない。
だが、その鳥たちは一匹残らず落とされた。
槍の腕前を自負するカルマが咄嗟に武器を持ち替え、一気に薙ぎ払ったのである。
これだけを見れば善戦だが、実際にはかなりの傷を負っているし、体力も減らしている。あまり、長時間は耐えられないだろう。
「早く‥彼らを‥」
そう呟き、ティーダは再び腕を血に染めた。
一方栄流達、彼女たちは無事一般人の下にとたどり着く事が出来た。
これは一重に、護衛のスナイパーが頑張っていたお蔭だろう。だが逆に、彼らもティーダやフォビアの戦いぶりを見て、力を貰っていたに相違なかった。
だが、彼らにも一瞬の隙が出来る、それは栄流達が彼らの元にたどり着いた事からできた物だ。
最も前方にいたスナイパーの銃が、間合いに入られた猿キメラに弾き飛ばされる。
「拾えるかもしれない命があるなら‥見捨てることはできない!」
そう言い放った藤村は、自身の錬力が少ないのにも関わらず瞬天速を発動させた!
一瞬で護衛とキメラの間に入る藤村。
驚く両者、だがそれを平然と受け流し、月詠でその首を刎ね飛ばした。
藤村はそのままその位置に留まり、護衛役のスナイパーと任を交代する。護衛の人間も、精神面でかなり疲れているのだ。
「今度は‥救えたか。いや、まだ帰りがある‥」
突き進む集団、前衛は藤村が務め、最後尾に八神。そして両サイドに栄流とフォビアがつく形となった。
自ら買って出た前衛、藤村はそれに違わない働き振りを見せる。
守れなかったあの日、その日以来強くあると決めた彼は、魂の誓いに従うままに敵を蹂躙していった!
斬り飛ばされていくキメラの四肢、その勢いに周りのキメラも踏鞴を踏む。
それを気配で感じつつ、最後尾の八神はしつこく追ってくるキメラを片付けていた。
「邪魔をするなら‥斬り捨てるだけだ」
彼の総錬力値は一般のそれを遥かに上回っている。よって八神は、ある程度疲弊した中でも他者より多くのスキルを放つ事が出来るのだ。
近づいてきたキメラには二段撃+豪破斬撃での二刀を用いた攻撃で華麗に切り裂き、少し離れた敵にはソニックブームをお見舞いする。
キメラは集団に追いつくどころか、近づく事すら出来ない。なぜなら、八神という鉄壁の護りがあるからだ。
と、何を思ったか飛行型キメラが弾丸の如く八神に突き進む。
近接武器だけでは、これは撃ち落されまいと踏んだのだろうか。
「‥雑魚の割に数だけは多い‥」
素早く銃に持ち替え、そのキメラはアッサリと撃ち落された。
と、その時悲鳴が起こった。
よほど疲れていたのか、一般人の一人が足を絡ませ、コケてしまったのだ。
勢いで進んでいた集団は直ぐには気付けない。
かなり離れたところでやっと気付き、一番に動いたのは栄流だった。
真っ先に一般人の周囲の敵を薙ぎ払い、立たせる。
だが、助ける事に夢中になりすぎたのか、彼女自身の防御を疎かにしている。
背後から押し寄せる殺気に気付いた時には遅すぎた。
栄流は一般人を集団に向けて突き飛ばし、武器を掲げようとする。
だが棍棒の一撃はそれより早い。
鈍い音。
だが、傷を負ったのは栄流では無かった。
「っ! フォビアさん!?」
目の前に立っていたのはフォビアだった。
彼女の右肩には深く棍棒が埋没している。
フォビアは血の塊を吐きながら、崩れた。
‥誰も死なせない。
立ち止まらない。
私は私の道を行く。
自然と、自らの覚悟が口から吐息のように漏れる。
だが、キメラはお構い無しに止めの一撃を振りかざしていた。
しかし、そのキメラに銃口が突きつけられる。
「ええ、行きなさい‥生きなさい!」
フォビアのショットガンが、栄流の手によって、火を噴いた。
●帰還班
一方、こちらは男を護衛する為に先に帰還している班。
咲を除いた面々は皆セスナに戻るべきだと提唱したのだが、男を連れて行くわけにも行かないので、数人だけ先に帰還させることにしていたのだ。
そのメンバーの一人、鳴神 伊織(
ga0421)の無線機に、味方からの伝言が飛んできた。
「あ‥はい‥はい‥そうですか! わかりました、無事を祈ります」
思わず安堵のため息をつきながら、鳴神は通信機を仕舞う。
その隣を歩いていた霧島 亜夜(
ga3511)がその様子に怪訝な表情をする。
「今のは救出班からだろ? ‥なんて言っていた?」
そう、聞いた。
鳴神は嬉しそうな表情で。
「無事、セスナからの救出に成功したようです!」
その答えに真っ先に反応したのは、救出目標である男だった。
彼は鳴神に掴みかかり、それが事実だと解ると、涙目にして大喜びしていた。まぁ、無理も無いだろう。
と、前方で動きがあった。
敵かと思い、霧島、鳴神、風花 澪(
gb1573)の三人は戦闘態勢を取る。
だが、実際は無断で偵察に行っていた咲が戻ってきただけだった。
「‥前方にキメラ五匹‥種類はこれです」
言い終わると同時に、どさりと猿のようイノシシのようなキメラの首をその場に転がした。
能力者の面々はともかく、男は思わず悲鳴を上げる。
察知できた危険は、未然に避けることが重要と思った霧島は。
「ならば、少し迂回しよう。あえて危険に首を突っ込む必要も無いだろう」
そう提案した、他の皆も異論は無いらしい。
だが、咲は。
「‥あぁ、言い忘れていましたが‥」
その言葉と同時に、周囲に殺気が生じる。
「‥囲まれていますよ」
先に言えと誰もがツッコミたいが、そのような場合でもない。
どんどん、様々なキメラが顔を覗かせてくる。
その数は、5。
「うじゃうじゃうじゃうじゃと‥さっさと通して!」
半ばキレ気味に風花は叫び、手近な一体にハンドガンをお見舞いした。
それを悠々と避けるキメラ。だがそれで良い、彼女の役目は援護なのだから。
行動を終えたばかりのキメラに、鳴神が距離を詰める。
その人並外れた攻撃力から繰り出された月詠は、キメラの頭部を切断するばかりでは飽き足らず、完全に吹き飛ばす。
残り4。
風花の援護を受けつつ、霧島が爪を振りかざし、突撃する。
狙いは槍を得物としている、ナマケモノのようなキメラだ。
突き出される切っ先はファングによって弾かれ、そのまま爪の切っ先はキメラの頭部を突き抜けた。
そのファングを抜き取る前に素早く銃を背後に向ける。
鳴神の上空にいたキメラを撃ち落したのである。その攻撃で気付く事が出来た鳴神は自らも銃を突き上げ、落下してくるキメラの命を終らせた。
残り2。
一匹が、風花の援護射撃を辛うじてやり過ごし、防衛対象である男の間合いに入る。素早く刹那に持ち替えた風花は、正面からキメラと相対した。
「さすがに今回はキメラ多すぎて疲れるー‥。嫌んなっちゃうねもうっ!」
やはり、少し機嫌が悪いようだ。
その怒りのままに次々と繰り出される刹那の刃は、やがてキメラの捌ける速度を凌駕する。
一瞬の隙を突いて突き出された刹那は、深々とキメラの腹腔を抉る。そして止めとばかり、その頭部に銃を突きつけた。
引き金は、あまりに軽い。
残り1。
だが、その一匹は既に男の背後にいた。
今まで男の直ぐそばにいた風花は、それに気付けなかったのだ。
男を死なせまいと動いたのは全員、だが一番早いのは瞬天速を使用した霧島だ。
しかし、タイミングが悪い。
キメラは既に、男への攻撃を開始していたのだ。
間に割り込むも、霧島が反撃を繰り出す暇は無い。
ただ、男を護る為に立ちはだかるのみだ。
「‥はぁ‥皆さん甘い事で‥」
その呆れた吐息は直ぐ傍で起こる。
キメラの振り下ろした棍棒は、腕ごと宙を舞っていた。
事を成したのは咲である、今までつまらなさそうに傍観していたのだが、ここに至り参戦したのだ。
「あなたでも、人を守るのですね?」
鳴神は微笑をしながら言う。
それに対し、咲は無表情でキメラに止めを刺しながら言った。
「‥栄流が、煩いのですよ‥」
●休息
「なぁ、アンタにとって強さって何だ?」
焚き火を囲みながら、霧島は正面の咲に聞いた。
彼らは今、小休止を取っている。能力者の面子はともかく、男の体力が持たないからだ。
咲はナイフを磨きながら、チラリと霧島を一瞥する。
「‥さぁ、何でしょうね」
それは私にもハッキリとは解らない。そんなニュアンスが含まれているような返事だった。
霧島は肩をすくめ、立ち上がった。向こうから風花がやってくる、見張り交代の時間なのだろう。
風花はやってくるなり、咲の隣にちょこんと座る。風花は咲と仲良くなりたいらしく、その機会を設けたいようだった。
だが当の彼女はそれを無視し、立ち上がる。
別に嫌がらせではない。見張りは二人一組、霧島が行くのならば、当然自分も行かねばならないのだ。その証拠に、咲は去り際に風花の肩をポンと叩いている。
慌てたように、風花は咲の背に声をかけた。
「咲さんって昔何してたの? すっごい強いけど。武術とかそういうのやってたりしたの?」
無視するかに見えた咲だったが、彼女は立ち止まり振り返った。
そして言った。
「‥自分の信じた道を歩いてきただけです‥これからも‥ね」
そういい残し、立ち去った。
一方栄流達。彼女達もまた、休息をとっている。
「お前ほどの者でもこの行程はきついだろう。見張りでないときは休むといい」
周辺の見張りから戻ってきた栄流に、藤村が声をかけた。栄流は礼を言い残し、重傷のフォビアの元へと足を進める。
彼女の傷は深いが、一命を取り留めている。意識もハッキリしていた。
フォビアは栄流を視界に納めると、聞きたかった事を口にだす。
「貴女はどうやって強くなったの‥?」
枕元に座り、傷を診ていた栄流はその問に顔を上げた。
そして、優しく言う。
「私は自分の信じた道を歩いただけよ、これからのあなた達の様にね」