タイトル:【紅獣】紅の獣マスター:中路 歩

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/15 14:51

●オープニング本文


「紅の獣?」

 暇そうにコーヒーを飲んでいた壮年の男は、声を掛けてきた若い男の声に胡乱気に顔を上げた。
 いや、暇そうにと言うのは御幣がある。実際彼は暇なのだ。
 彼の仕事は、主に仲介職。子犬探しなどの小さな仕事から、キメラの被害による大きな物までありとあらゆる厄介ごとを一時預かり、探偵なりラストホープなどの能力者なりに仕事を紹介し、仲介料を貰う。
 バグアの襲撃によって一部のネットワークが途切れている今、彼のような仕事は貴重な存在と言えた。
 当然、このご時世様々な厄介ごとが飛び交っている為、仲介業はまさに絶好の稼ぎどころと言えるだろう。

 ところが、最近その仕事が急激に減ってしまった。

 全く仕事が来ないわけではないが、格段に減っている。それは、彼の部下の給料が半分にカットされた事を見るだけでも明らかだ。
 そして、今日も暇で暇でコーヒーを飲みながら、お気に入りのジャズを聴いていたところに‥部下の若い男が駆け込んできたのだ。

「なんだ、またキメラか?」

 今の時代で獣と言えばキメラ以外無いだろう。
 だが、部下の男は首を横に振り、一枚のカラーポスターを机に置いた。
 めんどくさそうにそのポスターを手にした壮年の男は、眉をひそめる。

「何でも屋、紅の獣‥だと?これがどうかしたのか」

 何でも屋、聞こえはいいが、チンピラの集まりと言うケースが多い。
 つまり、仕事に就けず(もしくは失い)、稼ぐ当ても無く、資格も無い。そんな者達が行えるのはこういうことくらいだからだ。
 実際、「何でも屋」に騙されたという仕事は何件か扱っており、そのたびに警察に仕事を廻している。

「この組織が、俺たちの仕事を奪っているのですよ!?」

 その言葉に、思わずコーヒーを少し噴出してしまった。

 部下が話すにはだ、その組織は非常に優秀で、しかもここの仲介料より格安なのだと言う。
 取り扱う仕事は本当に「何でも」であり、キメラ退治まで引き受けたことがあるそうな。

「つまり、能力者たちの何でも屋か」

 確かに、人並みはずれた彼らならば不可能では無いだろう。
 だが、だからと言って納得できるはずも無い。

 壮年の男は、いつも仕事を廻す時に使っている書類を引き出し取り出し、なにやら書き始めた。
 宛先は‥ラスト・ホープ。

「よし、能力者には能力者だ」

「‥‥は?」


 依頼文
 最近、何でも屋と称して人々から金品を巻き上げている組織があるらしい。
 その組織の名は「紅の獣(赤文字)」(以下「紅獣」)。
 情報によると、構成員は5人、その中で実働部隊は3人、全員女だと言う。
 確かに、女だけならば顧客も騙しやすいだろう。
 だが侮る無かれ、彼女達は全員能力者だと情報にはある。

 つまり、今回この仕事を請けて下さる能力者たちの皆さんには、その「紅獣」の能力者たちについて調査を行って欲しい。
 彼女達が悪道非道を行っている所を取り押さえられれば間違いなく組織は壊滅できる。
 だが、武力で潰そうとしてはいけない、なぜなら‥(「世間体が悪い」と薄く消した後がある)‥‥我々はビジネスマンだ、極力そういう事態は避けたい。
 だがもし、攻撃を仕掛けてきた場合、反撃も構わない。



「よし、どうだ!」

 自信満々にペンを置く男、それを複雑そうな眼差しで見つめる部下。

「これで「紅獣」も終わりだな、俺たちの仕事を奪うからこうなるのだ」

 完全な言いがかりである。
 だが、この内容には決定的におかしい所が一つあった。

「でも、『紅獣』は非道な事など行っていませんよ。逆に仕事を淡々とこなしているからこそ我々の仕事が減っている訳であって」

「それは解っている」

 男は、机の上で腕を組み、ニヤリと笑った。

「俺たちが、そう仕向けるんだよ」

●参加者一覧

新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
ゴールドラッシュ(ga3170
27歳・♀・AA
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
フォビア(ga6553
18歳・♀・PN
狭霧 雷(ga6900
27歳・♂・BM
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
ティーダ(ga7172
22歳・♀・PN
絶斗(ga9337
25歳・♂・GP

●リプレイ本文

「紅の獣」(以後「紅獣」)の調査を始め、既に三日目となった。
 一日目と二日目は八人とも「紅獣」の調査に全力を注ぎ、その上でこれからの行動を決定する事としたのだ。
 そして、それぞれが集めた結果が下記である。

・五人組構成
・何でも屋
・事務所の場所
・依頼料が高い
・依頼料が安い
・助けられた
・襲われた
・命の恩人
・殺人者の集まり
・キメラを平然と狩る
・親バグア派

 見ての通り一番上の三つを除き、滅茶苦茶だ。
 実はこれ、あの仲介職の男が「つて」を使って街中に「偽住民」を放っていたのだ。だがそんな事を知らない能力者達は混乱する他は無い。仲介職の放った「偽住民」の役割は、能力者達に「疑惑」を与える事。それは成功していることになる。能力者達の何人かは依頼主に相談をしようとしたが、生憎留守にしていた。もちろんわざとである。

 と言う事で結局、何もかもあやふやなまま、第二作戦に移る事となった‥‥。

■三日目

「『紅の獣』、ですか‥‥。どれほどの腕前なのか、興味がありますね」

 街路地を歩きながらそう呟いたのは、白銀の髪を持つ女、ティーダ(ga7172)だ。
 その傍らを歩いているのは、絶斗(ga9337)とゴールドラッシュ(ga3170)、この三人は「紅獣」メンバーと直接会うべく、「紅獣」の事務所へと向かっている。
 事務所の場所は、昨日の聞き込みで分かっている、それは「偽住民」も嘘をつく必要は無いので、正確に教えていた。

 「ちょっと、今回は戦いに行くんじゃないのだから。物騒な考えは止めておきなさい」

 ゴールドラッシュは苦笑しつつティーダを諌める。彼女は分かっていると言う意思表示で、頷いた。
 
 やがて、三人は事務所の前に到着する。
 見た感じではいたって普通の典型的な形の事務所だ。2階建てでそれほど大きくも無いし、とりたてて古いと言うわけでもない。
 些か拍子抜けしつつも、三人は入り口のドアを潜った。

「あ、いらっしゃ〜い」
 
 パタパタとスリッパ音を響かせて奥から出て来たのは、茶髪のポニーテールで若干童顔の女性だった。この人物は依頼書に載ってはいない、恐らく実働部隊と正反対の存在、事務係というところだろう。
 ゴールドラッシュは、自ら達の身分を明かし、その実働部隊の面々と話がしたいとその女に言った。
 すると、

「うん、わかった。じゃあ奥へどうぞ〜」

 あっさり三人を通す、三人の身分を知った上でのこの行動、警戒心は全く無い。
 逆に三人は‥‥特にティーダは、殺気と闘気を全く隠さず、事務の女の導かれるまま、奥の部屋へと入った。
 
 
 部屋の中で待ち、約5分。
 ソファーに座って待っていた三人は、開かれた向かいの扉に目をやる。
 その扉から現れたのは二人‥‥いずれも女性だ。そして、その身体的特徴は依頼書の「一人目」と「二人目」に合致する。
 間違いない、「紅獣」実働部隊だ。
 長髪の女はどかっと三人の正面に座り、足を机に乗せる‥‥無作法極まりないが、既に依頼書で知っていたことなので大して驚かない。
 そしてもう一人、ミツアミの女は、黙って「一人目」の後ろに立つ。その凍えるような切れ目は、チラリとティーダを見つめたが、結局なにもしなかった。
 三人を一瞥した「一人目」は、静かに口を開く。

「うっす、待たせて悪かったわねぇ。で、話って何?」

 本当に礼儀が無い。
 それに真っ先に答えたのは、絶斗だった。
 
「あんた達があくどい組織で金品を巻き上げてる、と言う噂を聞いたが本当なのか?」

 あまりにも、どストレートな質問だ。
 他の二人はそれを知っていたから良いものの、それでも少し俯いている。
 ところが、当の二人は何の反応も示さず。

「嘘よ、つーか本当だとしても言うわけ無いじゃん」

 「一人目」がアッサリと切り捨てた。
 その後、三人は色々な質問をぶつけて見たが全く効果無し。ティーダとゴールドラッシュも、彼女達の思考パターンなどを見極めようとしたが、それは全く持って不可能だった。
 しかし、唯二つ分かった事がある。「二人目」の女に一瞥された時ティーダは、とてつもない悪寒を全身に感じていた。
 「危険」、それが彼女が唯一読み取れたものだった。
 そしてもう一つ、彼女達は‥‥事務の女を含め‥‥最後まで自分の名を明かさなかった。それは、疑われている証拠だと言う事だ。


■4日目

 第三作戦、それは彼女達を直接尾行すると言うものだ。
 分担は「一人目」に周防 誠(ga7131)。「二人目」にフォビア(ga6553)と狭霧 雷(ga6900) 、「三人目」にカルマ・シュタット(ga6302)と新条 拓那(ga1294)だ。
 絶斗達は、事細やかに接触した様子を話し、特に「二人目」は危険だと言うことをちゃんと伝えている。
 そして、朝日が昇ったと同時に尾行作戦がスタートされた。

■一人目
 覚醒がばれないように、サングラスを着用している周防。だが、生憎の曇りの為若干視界が悪い。
 しばらくして、目的の人物はすぐに見つけることが出来た。
 黒髪でこの時期にロングコート、そして酒瓶と刀を引っさげている女。これ以上無いというほど目立ちまくっている。先日LHの傭兵と名乗る人物がやって来たばかりなのだ、多少警戒しても良いのだろうが‥‥。
 その異彩さは、人ごみの中では十分に助かった。なにしろ人々が避けて通っている、尾行する側にとってはとてもありがたい。
 約3時間‥‥何事も無く時が流れた。時折こちらを振り向く事があっても、隠密潜行・先手必勝のおかげでばれる事は無い。
 本当に何も起こらない、彼女はただ店に入ったり公園で買い食いしたりと、至って普通なのだ。
 もしかしたら、依頼人に担がれているのでは?そう思った矢先に事は起こる。
 
「いたぞ! 窃盗犯だ!」

 その声に公園はざわめく、ふと目をやると、店員然の格好をした男が、「一人目」に詰め寄っていた。
 内容を聞いてみると、どうやら彼女が店の商品を盗んだらしい‥‥。だが、彼はずっと彼女の後をつけていたのだ、無罪なのは彼がよく知っている。
 これは看過出来ないと、口喧嘩を始めた二人に近づこうとしたら‥‥視界の隅に見覚えのある男が見えた。依頼主だ。
 なぜ依頼主がここいいるのか‥‥、彼は無言で無線機を取りだす。

「ちょっと気になるので注意してくれませんか?」

 と、今の状況を説明する。当然、皆から帰ってくるのはその根拠だ。
 彼はただ一言。

「ただの勘ですよ」

 そう答え、二人に近づいた。


■二人目
「‥‥妙に隠れようとしたりした方が返って目立ってしまいますよ」

 そう狭霧に言い聞かされていたフォビアは、二人で仲良く(?)追跡を開始していた。
 「二人目」はティーダが「危険」と警告していた人物だ。油断しては命取りだろう。
 「二人目」は主に、武器屋などを中心に見て回っていた。確かに彼女自身ファッションという概念から程遠い服装をしており、装飾品は何もつけていない。ある意味自然と言う事か。
 だが、武器屋と言っても「SES」搭載の武器などは扱っていないのだ。もしかしたら武器が彼女にとっての装飾品なのかもしれない。

「‥‥あの人たちは、強い‥‥」

 フォビアは、何故か少し期待している表情で後を追っていた。それは、彼女なりの思惑があるのだが、それは後で記述しよう。
 しばらくして「二人目」は、特に何をするでもなく。ただ路上のベンチに座って武器を磨いていた。それは「SES」搭載武器ではない、ただのナイフである。
 だが、奇異な事に周辺を通る人々は何も警戒していない。普通、ベンチでナイフを磨いているなど完全な不審者だ。ところが、中には彼女に一声挨拶する人物までいる。本当に嫌われているのならば絶対にありえない光景だ。
 と、無線機から連絡が入る。

「ちょっと気になるので注意してくれませんか?」

 周防からの連絡である。
 その連絡を聞いて、狭霧は一つの確信を抱く。そして、手近な人にもう一度「紅獣」の事を聞こうとした時‥‥はたと気付いた。
 ベンチに座っていた「二人目」と、フォビアの姿が無い事に。
 

 フォビアは、いつの間にか自分が人気の無いところにいると気が付いた。
 「二人目」を追う事に夢中で気付かなかったのである。
 そして‥‥いつの間にか首筋に刃が押し当てられている事にもすぐには気付けなかった。

「動いたら殺しますよ?」

 その言葉は氷の刃となって、彼女をその場に縫いとめてしまった。


■三人目
 カルマと新条は、怪しまれないように交代制で見張る事にした。
 「三人目」に関しては情報が全く無い。よって二人はより緊張感を持って任務に当たったのだが‥‥なんというか、緊張感を持つほうが馬鹿らしくなっていた。
 「三人目」の朝から今までの行動。
 まず、事務所の外で朝の準備体操。次に近所の皆さんに挨拶をしながらのジョギング。事務所のベランダでの槍の素振り。茶髪の女から頼まれて、買い物カゴを受け取り買い物へ。途中喧嘩している犬猫の仲裁に入り。怪我して泣いている子供はわざわざ背負い、親の元まで届け。店先で荷物の運搬を苦労していたら態々無償で手伝って。途中でチンピラに絡まれるも、口だけでそれらを追い払い(これが仲介職の男が手引きした事)。そして今は、買い物を済ませ、カフェテラスで紅茶を飲んでいる。

「うーん‥‥少なくとも彼女らの外聞はそれほど悪くはないな」

 そう新条が呟くと。

「いや、悪くないどころか良い面しか見えないのだが‥‥?」

 カルマは若干やる気の無くした声で、一応武器の入っているゴルフバッグをちょいちょいと触る。恐らく、今回これの出番は無いだろう。

「むしろ、悪く言ってるのは依頼主だけ。なーんかクサいよねぇ」

 またもや新条の呟きに、今度は黙って首肯するカルマ。既に周防からの連絡は受けている。これは彼女を疑えと言う方が無理があるものだ。
 もしも依頼人が嘘の依頼をしてきているようなら、それなりのことはしてもらおうか。そう心に決めたカルマであった。
 だが、胡散臭いと言っても仕事は仕事だ。監視の続きを行おうと視線を戻すと‥‥なんと「三人目」と目が合ってしまった、それに、笑っている。

 これはまずい。

 そう思った二人は咄嗟に逃げようとしたが、その前に声が掛かった。

「そこのお二人、一緒にお茶でもいかが?」


■依頼主
「く‥‥この‥‥」

 彼の立てた作戦は、最初のデマ情報以外すべて失敗に終わった。
 これは「紅獣」が予想以上だったというのもあるが、彼自身の失策が大きい。第一、金と「つて」で全てを操ろうとしているのがそもそもの間違いだ。
 なにやらブツブツと道を歩き、これからの作戦を独白している。

「くそ‥‥次はやつらの事務所でも燃やして‥‥いや、LHの能力者を一人銃撃すれば‥‥」

 考え事をしながら歩くと、よく人にぶつかる。
 彼も例外ではなく、ドンと人と当たってしまった。

「よく前を見‥‥ろ‥」

 理不尽な文句は尻すぼみとなる。
 彼がぶつかったのは、見覚えのある青年。絶斗だった。その傍らには、ゴールドラッシュとティーダもいる。
 この三人は尾行班のバックアップを行っていたのだが、周防の頼みで彼の動向を探っていたのだ。

「おや、依頼主さん。聞いていたほど、『紅獣』は悪評高いというわけでは無さそうですね」

 その言葉に男はピンと来た。

 まずい、すべてばれている。

 逃げようと背を向けたところに、ガシリと襟首をつかまれた。
 恐る恐る後ろを振り合えると、絶斗が静かにこちらを睨んでいた。
 そして一言、

「卑怯者」
 
 絶斗の放電装置が男を襲ったのは言うまでも無い。


■その後
 LHの能力者たちが臨時拠点としていた場所に、「紅獣」の面々がやって来たのは依頼主が全てを白状してすぐだった。
 先に待っていた絶斗達はそれぞれ奇妙な表情をしたが、それは仕方ないだろう。
 周防は「一人目」に荷物持ちをさせられて到着し。
 狭霧とフォビアは「二人目」に刃を突きつけられながら参上。
 終いにカルマと新条は、「三人目」と仲良く談笑しながらやって来たのだ。
 これはもう、何の仕事かは分からなくなってしまうほどだ。
 
「で? アンタらはこの馬鹿に騙されてわざわざこんな所まで来たの? 暇ねぇ」

 散々「一人目」が言ってくれたが、返す言葉も無い‥‥。八人は揃って、彼女達に頭を下げた。

 その後、結局あちらが全く気にしないとのことだったので、何事も無く終わった。
 ちなみに、「紅獣」の面々が、依頼主に「迷惑料」として彼らに払えと脅してくれたので、報酬の心配は無い。
 だが、やはり最後まで、三人のうちだれも自分の名は明かさなかった‥‥。


■フォビア

「あの、待って‥‥」

 三人が臨時拠点を出た後、フォビアは慌てて三人を‥‥いや正確には「二人目」を追って来た。

「依頼‥‥してもいい?」

 三人は顔を見合わせたが、「一人目」が静かに首肯する。

「私は、強くなりたい。理不尽に対抗できるくらい‥‥ゾディアック‥‥あの人たちを、追えるくらいに‥‥」

 つまり、強くなる方法、戦い方を教えて欲しい、と懇願しているのだ。そして視線は「二人目」に注がれている。

 三人は、考えるように立ち止まっていた。
 しかし、しばらくして立ち去ってしまう‥‥「二人目」だけを残して。

「‥‥剣を取りなさい」

 「二人目」はスラリと、「SES」搭載で無いただの小太刀を抜いた。
 それに合わせてフォビアもイアリスと蛇剋を抜く。

 だが、勝負は一瞬だった。

 フォビアが一呼吸している間に「二人目」は眼前まで接近しており、慌てて回避行動を取ろうとしたが足を払われてしまい、受身のために地に付けた左手も捌かれた。
 そして転倒した所に、小太刀が顔の横に刺さる。

「‥‥終わりです」

 そう言い終わると否や、さっさと剣を仕舞った。フォビアに手を差し伸べようともしない。
 そのまま行くと思いきや、倒れているフォビアに向かって言い放った。

「強くなる理由は先程あなたが言った通りなのでしょうけど、少なくとも私はそんな理由で強くなれるとは思いませんね」

 驚くフォビアを無視し、更に言葉を続ける。

「本当に強くなり無いのならば、『強くなる為に』強くなりなさい。私はそう思って生きてきましたし、それが間違っていると思っていない」

 言い終わると同時に、フォビアに背を向ける。
 フォビアは黙ってその背を見つめていた。

 すると、しばらくして立ち止まり。

「私は残間 咲(ざんま さき)。縁があったらまた会いましょう」

 振り返らずにそう言い。行ってしまった。
 フォビアは立ち上がり、

「何時か、追いつく‥‥」

 強い意志の宿った瞳で、彼女の背中を見つめぽつりと呟いた。