●リプレイ本文
女が一人、立っていた。
なんらかで負傷したのか、彼女の顔色はあまりよいとは言え無い。
しかし、その女‥アンジェリナ(
ga6940)の瞳に宿る不屈の意思は、一片の揺らぎも無かった。
時折聞こえる物音以外、しんと静まり返った美術館の前。
彼女は手に持っている館内の見取り図に目を通す‥これは、事前に申請して受け取った物だ。
そして、無線機を口に当てる。
「この依頼、迅速な制圧が必須となる」
無線機の向こうで頷く気配。あるいは、返答が聞こえる。
アンジェリナもまた頷き、深呼吸をした。
「‥ミッション、開始」
その言葉と同時に、美術館の二方向から窓の破れる音‥そして戦闘らしき音が聞こえ始めた。
●A班
「ミッション、開始」
「行くぞ‥3,2,1‥!」
無線機から聞こえたその言葉に合わせた掛け声と共に、藤村 瑠亥(
ga3862)、フォビア(
ga6553)の二人が一斉に割った窓から飛び込み、少し遅れて後衛の沢良宜 命(
ga0673)も突入する。
「一般人は引っ込んでろ、無駄に命を浪費するぞ!」
室内の敵の数は‥4人!
驚いてこちらを振り向いたばかりの覆面の男の前に、瞬天足を使用した藤村が一瞬で躍り出てくる。
慌てて銃を向けようとしたが、当然間に合うわけが無い。
何らかの明確なアクションを起こす前に、男はバックラーで顔面を殴打され、呆気なく気を失った。
だが、その一人以外は何とか状況を把握できたようで二人が小銃を‥そしてもう一人がSES搭載のライフルを構えていた。
どうやら、一人は報告の中の能力者、『スナイパー』らしい。
「‥甘いかも知れへんけど、悪党言えどなるだけ人の命を奪いたくあらへん」
そう呟き、沢良宜は小銃「S−01」を構え、誰よりも早く発砲する。
空を薙いで疾走する弾は、一般人テロリストの肘関節に命中した。その覆面男は‥いや女かもしれないが、銃を床に落とし、腕を押さえて蹲る。
続けて銃口を向ける先はもう一人の一般人テロリスト。
そのテロリストは通常武器では敵わぬと見たか、手榴弾を懐から取り出す。
この様な場所で手榴弾を使おうなどとは‥正気とは思えない。
だが、あらかじめそれを予測していた三人は冷静に対処する。
沢良宜が行動を起こす前に腕を撃ちぬき、瞬天速と先手必勝で接近したフォビアが月詠の柄による殴打で気絶させ、藤村が手榴弾をキャッチした。
残るは、スナイパー一人。
その男はなまじ自分の腕に自信があるのか、逃げもせずに銃弾を放った。
咄嗟に回避する三人。連続して放たれた銃弾は床を抉り、壁を穿つ。
幸いにも、その穿たれた場所は壁画とは大分離れた場所だった。
「殺しはしない‥けど‥手加減も、しない‥」
一番最初に体勢を立て直したフォビアが、月詠を構え瞬天足を使用。
そのまま一直線にスナイパーへと接近する。
対抗して銃弾を放った男だが、フォビアの腕や肩を掠めるに留まった。
それらを無視し、彼女は月詠をスナイパーに突き立てる!
「‥罪を背負い、斬る‥」
ざっくりとスナイパーの肩に刃を付きたてたまま、逆の手で機械剣を装着。
そのレーザーブレードで、直にスナイパーの腕を貫いた‥。
●B班
「こちら天狼、敵を確認、駆逐する」
天狼 スザク(
ga9707)は蛍火をスラリと抜き放ち、通信機に応答する。
彼は同じ班の仲間‥旭(
ga6764)と天(
ga9852)に視線を飛ばし、頷きあった。
そして、アンジェリナの合図と共に、中に飛び込む。
A班と違い、こちらは数が少ない。
‥が、少し厄介な相手のようだ。
その二人は、明らかに常人よりも早く状況を判断し、素早く割れた窓から距離を取る。
そして、一人は拳銃を二つ。もう一人はファングを手に装着した。
もう一人の『スナイパー』と、『グラップラー』に相違ないだろう。
「テロリストなんだ、覚悟はできてるだろう」
天はそう言い、真っ先にスナイパーに向かって走り始める。その後方では、旭が銃を構え、牽制の用意だ。
一方天狼は、グラップラーの男にそれを邪魔させぬように、盾を構えて単身男に挑む。
スナイパーが前衛の天に確実に照準を定める前に、旭は牽制弾を発射する。
当たるべく出なく、邪魔する為に軌道を描く銃弾は、その役目どおりスナイパーの照準を大きくぶれさせた。
だが、相手もプロ(誉められたプロではないが)である。そう簡単にはいかない。
狙いを天から、素早く旭に切り替え、銃弾を放つ。
やはり、射撃に関しては専門職のスナイパーのほうが一枚上手だ。横っ飛びで回避するも、数発が足の肉を削り取ってゆく。
それでも、数の差は偉大だ。
旭に集中していた刹那の隙を狙い、天が一気に接近した。
今度は天に照準を変えるも、旭は戦闘不能にはなっていない。
躊躇している間に、旭の銃は手元に命中し、天の壱式の峰打ちが、頭部を強打した。
能力者といえど、同じ能力者の打撃はかなり効く。
暫くふら付く物の、気を失ってしまった。
一方天狼。
彼は盾を構えたまま前進し、あえてグラップラーの打撃を受けている。
当然生半可な衝撃ではない‥が、グラップラーの方も有効な打撃を与えられない事に苛立っているようだ。
それこそ、天狼の思う壺なのだが、どうやら相手は気付いていないらしい。
やがて、一気にケリをつけようとしたのか、大きく踏みこんでの一撃を繰り出してきた。
天狼はそれを上手く受け流し、蛍火を振り下ろした。
それに対し、相手もバランス悪くもファングを突き出してくる。
‥。
結果、峰打ちの蛍火がグラップラーの首を殴打し、ファングは天狼の頬を掠める‥に留まる。
「ギリギリか‥だが勝ちは勝ちだ」
そう言い、気絶体を打ち捨てた。
●咲到着
AB共に潜入は成功した。
一階のフロアはここと玄関ホールのみなので、次に向かうは二階である。
人質の安否も気になるので、二班は急いで移動する事にした。
しかし‥。
「1,2,3‥4人‥ですね」
B班の旭が扉をほんの少し開けて様子を見、通信機に向かって言う。
玄関ホールには四人の一般人テロリストの姿があり、それぞれが両サイドの扉‥つまり、AB班の方へ銃を向けているのだ。
能力者が普通の銃弾を受けてもある程度は平気だが、4人を制圧するまでに、美術品への被害は計り知れないだろう。
どうするか‥そう思案している中、アンジェリナの声が聞こえた。
「今、そちらに一台の車が行った! 気をつけろ」
車!?
等と驚いているうちに、エンジン音は見る見る近づいてくる。
そして‥。
止まった。
結局なんだったのか。
だが、今ならば敵の視線が扉に向いている。
仕掛けるならば今か‥。
それを悟ったフォビア、藤村の高起動組が瞬天速で間合いを詰め、反撃させえぬまま三人を打ち倒した。
それでも、残った一人が銃を二人に向けるほうが早かった。
彼らは銃弾を受けても問題は無い‥しかし、二人が今立っているのは美術品の柱の目の前‥。
当たり前だが、美術品が銃弾の威力に耐えられるとは思えない。
だが、その男が引き金を引く事は無かった。
銃口を二人に向けた状態で、ゆっくりとうつ伏せに倒れる。
その後頭部には、ナイフが深々と突き立っている。
その少し後ろには、残間 咲が投擲を終えた格好で立っていた。
結果に満足したのか、咲はナイフを二本手に持ち、一人で行く‥かに見えたのだが。珍しい事に、集団の最後尾にいる。
「‥元はあなた方の仕事です‥勝手に参加したのは私‥邪魔はしませんよ‥」
よく判らないが、今回はLH組に動きを合わせてくれる様である。
と、そこでアンジェリナの焦ったような声が聞こえた。
「皆! 至急屋上へ上がれ!」
その切迫した声。
そして、今この場所でも聞こえる「ヘリコプター」の音が、彼らを急がせた。
●分担
階下に敵が少ない時点で、脱出方法は自然と制限されていく。
そして、最も脱出できる範囲が広い場所‥空を選ぶのも自然だろう。
下で騒ぎが起きた事を、恐らく玄関ホールのテロリストたちが伝えたのだろう、能力者達もヘリコプターが来る事は予測していたが、ここまで早く来るとは少し予想外だった。
それでも、対応法はちゃんと練ってある。
だが問題は、人質がどこにいるか‥だ。
いくら大型のヘリと言えど、全ての人間を運ぶのは不可能だ。
と言うことは、少なくともまだ別の場所に人質がいる事になる。
「ん? 2A部屋で何者かが動いたような気がした‥数人、一応見ていてくれ」
と、外から視察しているアンジェリナの声。
気のせいかもしれないが、放置しても置けない。
なので、旭と天狼、そしてフォビアが2Aに様子を見に行く事にし、他のメンバーは屋上の制圧に向かう事にした。
●救
2A班の三人は、一気に扉を押し開く。
そこには、縛られて転がされている人質‥そして、一般人テロリストが三人。
厄介な事に、ごついAU−KVを装着した『ドラグーン』までいる。
だが、その戦力よりも、人質に扱いを見て、天狼はギリっと歯を食いしばる。
「どうせなら壊滅させてやりましょうか、地球の明日‥」
言葉には出さぬとも、大小違えど他の二人も似たような気持ちだろう。
ただならぬ殺気を感じたのか、一般人テロリストたちが数歩後ずさる。それを見たドラグーンが呆れたように一瞥し、前に進み出た。
2Aには小物の美術品が多数展示されてある。
長期戦はかなりの損害を出してしまうだろう。
まずは、このドラグーンを仕留めなければならない。
と、ドラグーンが急速接近し、大剣を振り下ろしてきた!
武器を変えようと思った天狼だが、この場で盾を持っているのは自分だけ‥辛うじて正面から受ける。
その隙に乗じ、フォビアと旭が左右から攻めた。
バチ! と天狼を弾き飛ばし、ドラグーンは一歩後退、囲まれないように移動する。
銃と刀に持ち替えた天狼。容赦なく銃撃を加える。
直に身体に弾が当たらなくとも、衝撃波伝わる。ドラグーンは数歩よろめいた。
それを機会と見た旭は、AU−KVの顔の部位に向け、ペイント弾を発射。視界を防ぐ。
止めに、フォビアが機械剣で各関節部位を破壊‥同時に、中の人物にも相応のダメージを与える。
ドラグーンは、完全に無力化された。
と、そこで悲鳴が起きる。
目の前でドラグーンがやられ、絶望したのか一般人男テロリストが手榴弾を取り出したのだ!
‥だが、その凶行もすぐに終える。
瞬天速、そして先手必勝で一瞬で接近したフォビアが、そっとその手榴弾を握る手を抑えた。
「‥私の仕事はあなたを殺ることじゃない‥この罪を‥暴挙を止める事‥」
その言葉に、男は手榴弾を取り落とし、その場に座り込む。
この場のテロリストは、全員投降した。
●逃走阻止
なんとかヘリが発信する前に、真っ先に屋上に到達した天。
そこには盗んだ美術品を運び入れる二人の一般人テロリスト、数人の人質。
そして、こちらを睨みつけるように仁王立ちしている、『エキスパート』の姿があった。
「‥止まれ‥と言っても、止まらないだろう?」
「当然だ」
天の最後の警告とも言える言葉に、耳も貸さないエキスパートの男。
そして話は無用とばかりに、アサルトライフルを構え、発砲してくる。
一本の刀で身を庇いつつ、回避行動に移る天。
流石に飛んでくる銃弾を叩き落す芸当は難しい‥だが、飛んできた銃弾を受けることならば可能だ。
エキスパートはとにかく時間を稼ぎたいのか、弾切れになった銃はリロードもせずに、ひたすら銃を変えて撃って来る。
その焦りが裏目に出たか。
ヘリが大きな爆音に包まれた時の男の顔は、本当に驚愕に彩られていた。
「弾頭矢で撃ち落す事にしましたんや」
仕事をやり遂げた‥という表情で、ヘリの側から弓を持った沢良宜が歩み寄ってくる。その後方には沢良宜に張り倒されたのか、二人の一般人テロリストが頬を赤く腫らし、気を失っている。
その付近では、咲がちょっと不満そうな表情で、彼女自身が迅速にヘリから下ろした美術品を、整理していた。
「さて、後はお任せしますえ」
沢良宜のその言葉の意味を、理解するには遅すぎた。
先ほどまで防戦一方だった天が一気に間合いを詰めつつ、鞘に収めていた刀の柄に手をかけている。
別方向からは、藤村が月詠を手に飛び掛ってくる。
「これで終わりだ」
二人の波状攻撃がエキスパートを襲った。
●結果
窓が割れたものの、美術品の類は殆ど傷は無く、紛失物も無い。
また、人質たちもテロリストたちの暴行によって受けた傷以外はたいした外傷は無く、皆無事だった。
結果は、成功である。