●リプレイ本文
「それじゃーお宅訪問ラセツ宅編! しゅっぱーつ♪」
フルーツ牛乳を片手に、風花 澪(
gb1573)は元気良く、緊張感の欠片も無い声で高らかに言った。
これがピクニックや遠足の類ならば、何もおかしくは無い。
だが生憎、周囲にはのどかな草木ではなく、もの凄くネガティブな気分になりそうな廃墟や腐った木の一部分、そして殆どミイラ化している生き物の死体の欠片すらあった。
かなり痛んでいる上、明確な形を取っている物は見当たらない、それが人間なのかキメラなのか、それとも動物なのか‥それを今この場で知る術はない。
「ラセツさん‥本当に、この様な場所に居を構えているのでしょうか」
事前に申請した、ラセツの情報資料を右手に、そして辺りを警戒する為の双眼鏡を左手に、周防 誠(
ga7131)は呟く。
この辺りは人気も無く、当然街も無い‥唯一の街も、この瓦礫と化している。キメラも時折現れるし、好んで住む様な輩がいるとは思えない。
だが逆に、気候や地形は安定しており、春夏秋冬もはっきりしている。人間が住めない要素は、キメラ位しか無いのだ。
‥まぁ、その要素だけで大半の一般人は住めないのだが‥。
「それにしても‥本当に広いですね、迷路のようです。地図が無ければ、危なかったかもしれません」
シヴァー・JS(
gb1398)は地図を見つつ、辺りを見渡した。
この廃墟は大きな街だったのか、建物も大柄な物が多かったらしい。倒壊でもしていない限り、視界は制限されている。
こんな中でたったの一軒を見つけるのは骨が折れるだろう。なので、地図が存在するのは本当に助かっている。
そんなシヴァーのナビゲートと探査の眼を持つリュウセイ(
ga8181)を中心に、一行は暫く進んだ。
キメラの生息は予想されていたが、今のところその様な影も形も無い。
今思えば、「錆びた大剣を持った大猿」という情報だけで、他には何も知らされていない。
もしかしたらそれは古い情報で、もう何もいないのではないか。
それとも‥こちらに気づかせぬ程の隠密性を持っているのだろうか?
「もしくは、単騎‥か?」
烏莉(
ga3160)はボソリと呟き、銃を軽く点検していた。
そう、その可能性もある‥と言うより、その可能性が大きい。
数が脅威なのは確かだが、固体が大きな力を有していると言うのも十分脅威なのである。
情報には数は不明とあった‥となれば、それも十分に考えられる。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか‥見極めねばなりませんねぇ」
若干緊張を高め、ヨネモトタケシ(
gb0843)は警戒する意味で、自らを叱咤する。
●VSキメラ
と、その時だった。
「そこだぁあああ! 吠えろぉ! リュゥゥセェェェブラスタァァァァァァ!」
探査の眼で動体を確認したリュウセイは、廃家の窓に向かって、ギュイターを乱射する。
銃弾は既にボロボロの壁を貫き、中を蹂躙する。
それから逃れるが如く、一匹の大猿が飛び出してきた!
「来ましたか。それじゃ‥暴れさせてもらいますよ‥!」
宗太郎=シルエイト(
ga4261)がランス「エクスプロード」を構え、覚醒した。
他の面子も、続けて覚醒、武器を構える。
予想通り、敵は一匹‥いや、この場にいるのが一匹なだけかもしれないが、少なくとも周囲に別の敵はいないようだ。
だが、同時にもう一つの予想も当たっていたらしい。
そのキメラから放たれる殺気と闘気は生物兵器としての本能だけではない、経験に裏づけされた威圧感が備わっている‥強敵だ。
大猿は高らかに吠え、手にしている無骨な塊‥錆びた大剣を振り回してくる。
各員は散り、各々の攻撃に移った。
「洒落で【刀舞】と呼ばれてはいないのです!」
ヨネモトはそう叫び、居合いの構えでキメラの間合いに踏み込む。
当然敵も応戦しようとするが‥。
「どんなに強大な力を持とうと‥」
キメラが大剣を振り上げた時に生じた隙を、周防は狙っていた。
スナイパーライフルから銃弾が吐き出される。それは狙ったとおりの軌道を描き、キメラの目に一直線に飛ぶ。
だがキメラは本能が働いたのか、周防の方を向く。銃弾は眼球を穿てず、こめかみを掠めて、宙に舞う。
しかし、攻撃は成功した。
ヨネモトの居合いが、見事キメラの腕を捉えたのであった。
苦痛に絶叫するキメラ、出鱈目に振り回される大剣を何とか避け、ヨネモトは距離をとる。
「道を塞ぐってんなら容赦無しだ! 吹っ飛びてぇ奴からかかって来な!」
先ほどとは全く違う口調の宗太郎は、果敢にもその振り回される大剣に向け、突っ走る。超接近をする彼は、味方の援護を信じ、真直ぐ走る。
「ノックダウンしたら終わりだぞ、切り抜けることを考えろ!」
月村・心(
ga8293)は内心舌打ちしつつも、援護は躊躇無く行う。
アサルトライフルが、キメラの暴走を緩和すべく吠える。
だが、出鱈目に振り回される障害物のせいで効果的なダメージが与えられない。
それでも、彼は撃ち続けた。それは遂に、功を為す。
一発が先のヨネモトが与えた傷口に埋没し、威力を発揮する。
キメラの手首は半ばまで千切れかけ、ヨロヨロと後退した。
「おっと、私も便乗させてもらいましょうか」
突進する宗太郎の傍らに、いつの間にかシヴァーが併走していた。
キメラはその二人を視界に治めるも、出血と痛みで反応が遅い。
「無尽抜刀流‥」
「我流・鳳凰衝!」
二人の流派、そしてそれから繰り出される攻撃がキメラを大きく弾き飛ばす。
その身体には無数の裂傷が刻まれ、更には月村と周防の射撃が追い討ちをかける。
たまらなくなったのか、キメラは最後の力を振り絞り逃走に移る。
だが、それを読んでいる人物がいた。
「正々堂々等‥無意味だ」
いつの間にか烏莉が退路を塞いでおり、有無も言わさず発砲する。
アンチシペイターライフルの銃弾は、キメラの胸部を穿ち、仰向けに倒れさせた。
止めを刺そうと近づく彼を、華奢な手が遮る。
風花だ。
「‥何のつもりだ?」
彼女がこのキメラを庇う理由が皆目見当が付かない‥だが、風花はただニッコリと笑い、スブロフと閃光手榴弾を取り出す。
「武器なしじゃ打撃もだめ、圧力もだめ、火もだめ。それじゃ中から燃やすのはどうなんだろ? ちょっと付き合ってねお猿さん♪」
言い終えるや否や、グッサリと月詠と蛍火でキメラを地面に縫い付ける。
ただでさえ瀕死だった身が、ビクリと痙攣する。
そして‥スブロフをキメラの口に注ぎ込み、さらに閃光手榴弾を捻じ込み‥火をつけた。
‥嗚呼、阿鼻叫喚。
●お宅訪問
「最初にあの男と遭遇した街では、キメラは既に街中に侵攻していたにも関わらず人的被害は実質ゼロ。建築物の被害も僅か。この家もまた、キメラの襲撃を受けたにも関わらず綺麗な状態で残っています。流石に不自然でしょう?」
一行が目的の場所にたどり着き、シヴァーが言った第一声がそれだった。
情報と写真どおり、新築‥とまではいかないが、ちゃんと手入れもされており、それなりに立派な家だった。
まず間違い無く、誰かがこの家に出入りしている。
元より決めていた通り、周防と月村とシヴァーの三人が家の中を調べ、他の面子は周辺の警戒に当たる事にした。
「鍵は‥開いている?」
周防がとりあえずドアノブに手を掛けたところ‥扉は開いていた。
鍵が壊れているわけではないらしい。
ここから導き出される可能性は幾つか‥。
鍵の閉め忘れ。
まだ屋内にいる。
少しだけ、出かけている。
‥第一の可能性であることを願うだけである。
三人は互いに頷きあい、一気に、しかし慎重に突入する。
そして驚愕した。
その内装は‥『普通の家』だったのだ。
下駄箱があり、テーブルがあり、ソファーがあり、テレビがあり、タンスがあり、キッチンがあり、トイレがあり、風呂場があり‥更には観葉植物まで置いてあった。
どこにでもある‥普通の家だ。
あのラセツの風貌、行いと照らし合わせても、これほど不釣合いな物は無いだろう。
まさか軍事拠点や墓穴に住んでいるとは思っていなかったが、これほどまでに『普通』とも思っていなかった。
そして、更にもう一つ驚愕する。
家の奥から、『ラセツ本人』が出て来たのである。
その顔は驚く事に、『期待』を内包していた。
だが、能力者達を見つけ‥引いては見覚えのある二人を見つけ、疑念、そして警戒に変わる。
「参考までにお聞きしますが、今回の我々の目的は何だと思います?」
ラセツが何か発言する前に、シヴァーが言葉を発した。
その言葉を発しながらも、外に飛び出すべく三人は身構える。この室内では圧倒的に不利‥それならば、外に飛び出し、仲間と合流すべきである。
「‥大方、俺の身辺でも探りに来たのだろうが‥」
そう呟き、ラセツが視線を横手に移動させる。
三人も釣られて視線を飛ばすと‥ラセツの得物の大斧二つが、テレビの裏に隠されるように、立てかけられている。
恐らくラセツは強化人間‥どういう経緯かは知らないが、バグアの味方と言うわけでは無さそうだが、能力者達の味方でもないのは明白。
身体能力も馬鹿高いのは体感している‥しかし、テレビの裏に斧を取りに行き、戻ってきて攻撃を仕掛ける‥その一連の動作より、能力者達の行動の方が確実に早いだろう。それは、ラセツ自身が良く分かっているはずだ。
「ラセツ、お前は何故戦う?」
月村は殺意の宿った眼で、ナイフを二本手に持ちながら、ラセツに問うた。
「俺は‥ただ、金のためと、所属する会社のためだ」
ラセツは自然治癒が出来る事を、シヴァーは知っている。
仕留めるならば一撃で、そうでないなら今すぐ退く‥月村はわかっているとばかりに、頷く。周防は牽制なり攻撃なりの為に、銃を構えていた。
「‥貴様らの様な力を持つ共のせいで‥俺の大事なものは全て奪われた‥」
「‥何?」
月村含め、三人は予想外の答えに一瞬身じろぎをする。
それが隙となった。
ラセツは武器を取りに行かず、真直ぐにこちらに突撃してきたのだ!
周防が慌てて撃つが、それは肩を穿っただけに留まる。
三人はまとめて吹き飛ばされ、外に弾き飛ばされる。
外で警戒を行っていた班は驚いて、武器を構えた。
少し遅れ、ラセツが武器を携え、家から出てきた。
「おまえが何をしたいのかわかんねぇが、味方をやらせてたまるかってんだ!」
リュウセイが叫び、スパークマシンを発動させた。それに合わせる様に、宗太郎が槍を構え突進する。
ラセツはスパークマシンの攻撃を甘んじて受け、カウンター気味に斧を投擲する。
そして空いた手で宗太郎の槍をガッシリ掴んだ。
驚愕に眼を見開く宗太郎のすぐ後ろから現れる二つの影、ヨネモトと風花が隙ありとばかりに得物を携え攻撃を仕掛ける。
それに対抗すべく動こうとしたが、銃声とともにガクリと膝が折れる。
「手段を問う必要はない」
またもや烏莉の銃撃だった。
彼の放った弾はラセツの膝関節を突きぬけ、それを砕く。
いくら再生できるとはいえ、これではすぐには動けない。
風花とヨネモトは全力の一撃を、ラセツに加える。
流石に回避できなかったのか、ラセツは裂傷を刻まれ血を噴出しながら、吹き飛んで言った。
「か‥勝ったのか?」
投擲された斧を何とか回避し、地面に伏せていたリュウセイが、顔を上げる。
宗太郎は月村に支えられつつ、何とか無事だった。
●嘆戦士
全身血まみれで、ゆっくり震えながら起き上がるラセツ‥満身創痍の身ながらも、大斧を杖に、起き上がる。
「‥おまえを捕獲する」
烏莉は銃を向けながら、慎重に近づく‥他のメンバーも援護するように、歩を進めた。
だが、些かも覇気を衰えさせない瞳で、ラセツは力強く大地に立つ。
「‥断る‥」
そして、力なくも力強く‥斧を振り上げた。
烏莉はため息を吐き、再び膝を撃ち抜こうと‥したところを、またもや風花に遮られる。
トコトコと斧の間合いより外まで接近し、風花はニコッと笑う。
「ラセツさん! 肩車してよ!」
ラセツと本人を除いた皆が、あんぐりと口を半開きにした。
この様な状況下で何をしているのか‥下手すれば、ラセツが怒りだす危険もある。
所が。
ラセツは明らかに今までとは違う感情‥強いて言うのならば、怯え‥いや、悲哀、嘆きの表情を顔に貼り付け、後退していた。
「俺は‥おれ‥は!」
「!!」
烏莉と周防が銃を発砲した時には、もう遅かった。
今の時間ラセツの足は治っていたのか(完治ではないだろうが)、高速で走り去ったのだ。
追おうとしたが、グラップラー以外が到底追いつけるとは思えない。少人数で行っても、返り討ちにあうだけなのだから。
「‥取り逃がしましたね‥しかし‥」
周防は銃を下ろし、ラセツがリュウセイに投擲した大斧を拾う‥それは見た目の割りに軽く、そして驚くほどの硬度を備えていた。
「この斧‥そして、この家を調べれば、何か分かるかもしれません‥急ぎましょう、彼が完治して戻ってきたら、今度はどうなるかわかりませんからね」
●その後
家中を探し回り、様々な物が見つかった。
それらは全て依頼者に送られ、任務は無事終了である。
その荷物を纏める中、ヨネモトは一枚の写真を見つける‥今思えば、多くの物品があった中で、写真はこの一枚だけだった。
それを見て、ヨネモトは思わず目を見開き‥静かに閉じる。
「今更ですが‥勝手に他人が自分の過去を探ってると知り彼は許してくれますかねぇ‥?」
そう呟き、彼はその写真を、依頼主に送るための箱に置いた。
その写真には‥年少くらいの女の子、長髪で勝気な顔をした美女、そして‥今とはまったく違う、ラセツの姿があった。
三人とも、あの拠点を背に、幸せそうに笑っていた‥。
そういえば、彼は言っていた。
大事な物は全て奪われた‥と‥。