タイトル:【残間の業】誰が為にマスター:中路 歩

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/26 12:20

●オープニング本文


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「コンコ〜ン、咲〜今日は咲の大好きな魚の‥って、どーしたの!?」

 病室だと言うのに、何故かコンロとフライパンを持ってきた零(gz0128)は、慌てて部屋に飛び込んだ。
 そこには、既にいつも通りの服に着替え終わった残間 咲(gz0126)が部屋の中を整理している所だった。

「あぁ、零ですか。その魚は事務所で焼いて食べましょう」

 器用にベッドシーツを畳み、片隅に置き終えた咲は、完全にいつもの調子で零に語りかける。

「だ、ダメだよ! まだ傷は治っていないんでしょ!? それに、お医者さんの話だと骨だって完全にくっ付いていないって言ってたよ!」

「確かにまだ完治はしていませんが、平気です」

「だけどぉ‥」

 零は俯きながら、人差し指同士をツンツンさせながらぼそぼそと話す。
 それを見て咲はフッと微笑み、零の肩を叩く。

「さて、退院手続きを行いましょうか」


●一時間後
 入院の時に持ち込んだ(主に例が持ち込んだ)数々の物品をランドクラウンに詰め込み、零と咲は車に乗り込んだ。

「あ、そういえば〜。キリトって人の事思い出した〜?」

 車のエンジンを掛けつつ、零は正面を向いたまま助手席の咲に話しかける。
 キリトとは、以前咲を狙撃したと思われる‥能力者だ。
 あのあと軍にその旨を詳細に伝えてあり、軍側も一応は前向きに捜査をしてくれるとの事だった。当然かもしれないが、キリトはその後姿を消しており、仮住まいであった兵舎にも戻っていないと言う。
 軍とは別に、その犯人を特定した依頼に同行していた零は、独自のネットワークでキリトの過去や経歴について調査を行っていた。
 ところが、ある一定のところでプッツリとデータが途切れているのだ。いや、正しく言うと途中からかみ合わなくなっている‥だ。
 裏づけと同時進行で進めていた零だったが、最後の確実なデータは『能力者になる少し前まで』だった。
 その能力者に鳴るキッカケが、以前の情報にあった『功績』であり、その点は間違いないようである。
 だがもっと前、故郷や過去の職業に関しての情報の一切が裏づけが取れない。
 ことこう言う事に関しては自信があった零だったが、さすがに断念してしまい、咲に直接相談していたのだ。

「えぇ、確か私と同業者‥だったと思います。名前は中野 詩虎。主にライフルでの遠距離狙撃を得意としていましたね」

 つまりは暗殺者だ。
 零はアクセルを踏み込み、車道に出る。

「えっと〜、もしかして知り合いだった〜?」

「まさか。私は基本的に一人で行動していました‥どちらかと言うと、敵対関係でしたね。まぁ、アチラが一方的でしたけど」

 今の咲の実力を見ても、彼女が優秀な暗殺者だった事が見て取れる。
 いくら暗殺者が何人いようと、『暗殺』『暗躍』という仕事がそう何処にでも転がっているわけではない。
 より優秀な暗殺者に数多くの仕事が廻され、無能な者は食い扶持が無くなる。
 すると、無能な者は優秀な者を殺し、自らに仕事が回ってくるように画策する。
 その流れはいたって自然な事だった。

「別段、その事に関して私の命を狙ってきているのであれば、私は気にしません。それは私の背負った業でもありますから」

「ん〜、もしかして、その人はまだ咲が暗殺者やってるって思ってるのかな〜?」

「それは無いでしょうね。これでも、私が消えたことで裏の世界では結構騒がれたのですよ」

 ちょっとだけ自慢げに、咲が微笑んだ。
 渋滞していない道の上を、ランドクラウンはスイスイと走っている。
 何台か車は通っているものの、その間隔は十分で互いに阻害をしていない。

「じゃぁ、前も言ってたけど〜。キリトが咲の前に現れても〜、相手にしないの?」

「あぁ、それは‥」

 赤信号だ。
 零はエンジンブレーキを利かせながら、スピードを緩める。

「消します」

 咲の動きは早かったが、珍しく零の方が素早い対処を行った。

 アクセルから離していた足を、再び踏み込んだ。
 同時にハンドルを一気に右に切り、スリップしながらも無理やり傍らにあった立体駐車場の飛び込む。
 ランドクラウンの後部座席の窓が、激しい音と共に砕け散る。

「ほんと、普段からこう言う機敏な行動を取って欲しい物です」

 咄嗟に場に伏せていた咲は、苦笑交じりで起き上がる。
 助手席を狙っていた銃弾は、全て後部座席を貫いていた。

「機械とかハッキングとか、これくらい出来ないと皆に追いつけないよ。これでも、紅獣のメンバーなんだからね!」

 立体駐車場の3階くらいまで上がり、一旦車を停める。

「私だけならばいざ知らず、零をも狙ったとあれば彼を生かしておく理由は無くなった‥しかし、ここで迎え撃つのは些か分が悪いですね。街中はスナイパーの箱庭です」

「何より、一般人を巻き込んじゃう‥でしょ?」

 咲は少しの間の後、頷いた。

「‥まぁ、そうですね。それに、彼は一度仕損じると暫く間を置きます‥暫くは大丈夫でしょうけど、次は誘い出すとしましょうか」


●後日軍にて
 同業者の殺人未遂の容疑の重要参考人であるキリト、本名中野 詩虎をあぶりだす為の策案が被害者から出され。当軍側はそれを承認した。
 その策案実行の為、傭兵諸君の力が必要だと言う。
 もし良ければ、犯人捕縛の為の力になって欲しい。
 なお、中野はバグア側とコンタクトを取っている可能性もあるため、できるだけ捕縛するように。情報が欲しい。

●参加者一覧

藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
フォビア(ga6553
18歳・♀・PN
旭(ga6764
26歳・♂・AA
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG

●リプレイ本文

●仕込
 その場所は、かつて人が住んでいた名残とも言える。
 廊下には忙しそうな男女が歩き、デスクの上に積まれた書類に苦悩し、上司に怒られ、それでも笑い合いながら帰っていく人たち。
 そんな光景が失われてしまったのはいつの事なのだろう。少なくとも、それは一年以上たっているに違いない。内壁は殆ど崩壊し、外壁もヒビだらけで窓は跡形も無い。室内も荒らされており、時折みつかる赤黒い染みは血だろうか。
 人の作った建物は、既に人のためには存在していなかった。人はそれを廃墟と呼ぶ。そして人が棄てた地には次の居住者が住み着いている。
 廃墟の住人は、かつてはここの支配者であった人間たちに牙を向く。だが、今回は相手が悪かったようだ。

「こんな物‥本当に役に立つのですか‥?」

 この仕事の依頼者である残間 咲(gz0126)は体液塗れになったナイフを拭い、鞘に納めた。過激な運動は不可能な彼女だったが、これくらいなら片手間でも可能である。

「キメラであるこれらに通用するかは定かではないが、ムカデの習性を利用した仕掛けのための布石だ。最も、私たちにも多少の妨害になるだろうがな」

 そう答えたのは、床にかろうじて散らばっている窓ガラスの名残を回収しているアンジェリナ(ga6940)だった。彼女の集めている窓ガラスもまた中野 誌虎を確実に捕らえるための仕掛けの一つである。
 現在、容疑者中野 詩虎を捕らえる任に付いている八人は、先にも述べたとおり彼を確実に捕らえる為に罠や仕掛けを用意していた。事前に詩虎はあとから潜入してくると言うのは聞いていたので、外で監視と巡視を行っているアンジェラ・ディック(gb3967)と、何故か現地について以来姿が無い旭(ga6764)以外の六人はこの辺りに生息しているムカデキメラを屠り死体を増産し、各場所に分散させていた。

「ムカデは仲間が死ぬとその臭いをかぎつけて集まってくるらしいんだ。僕達が上手く立ち回れば、詩虎に多大な被害を与えられるだろうね‥君から聞いた限りでは奴はかなりの腕らしいから、有利に事が運ぶならば何でもしておこう」

 上の階層の窓や階段付近、部屋の入り口などに死体をばら撒いて戻ってきた八神零
ga7992)は丁寧に説明する。戦闘以外で相手の戦力をそげるのならば、それは捕らえられる可能性が上がる‥ひいては情報を聞きだせる可能性も上がるのだ。
 その八神が戻ってきてすぐに、ペイント弾の空薬莢を持った藤村 瑠亥(ga3862)も仕掛けを終えていた。

「予定通り、インクを要所要所にばら撒いておいた‥少なくとも、これを踏めば何かしらの手がかりにはなるだろう」

 これで一通りの策の準備は整った。あとは、詩虎がやってくるのを待つだけである。
 一足先に準備を終え、ダンディないでたちでタバコを燻らせていたUNKNOWN(ga4276)がゆらりと動く。彼はこのパーティの一番の実力者であり、同時にスナイパーでもある。詩虎自身も優秀なスナイパーだけに、この人材はかなり有利に働くかもしれない。

「時間があるのならば、もう一度先の演習の復習をしておこうか――相手は私よりも手練だと考え動かないといけないからね」

 よくよく見ると、全員の服装や装備には少なからずペイント塗料が付着している。これは、依頼に挑む前に優秀なスナイパーを前にどう立ち回るか‥それを演習で考えていたのである。おかげで、スナイパーの潜みやすい場所や狙撃しやすい状況などが、少しは理解する事が出来たのだった。

「ディック曰く、一対多数だとまず多数側の連携を崩す為にあらゆる手立てを講じる‥らしい。惑わされないためにももう少しおさらいして置くべきだと私は思うがね」

 そう、今回の相手は大量のキメラでも巨大なワームでもない。一人の、能力者なのだ。相手も人間‥ただ正面から戦うだけでは、失敗する可能性もある。それらを考え、皆が首肯しようとしたとき‥外で巡回しているディックから連絡が入る。

「詩虎かはわからないけど、人影を確認‥だけどこんな廃墟に一般人が来るはずも無いわ」

 みなに緊張が走る。

「随分と警戒しているわね‥みんな、配置について頂戴」

 ディックの警句に、皆はすぐに従った。
 すぐさま迎え撃つ階層‥9階と屋上に向かった。

「咲さん」

 体中のナイフを確認し、自らも向かおうとしていた咲をフォビア(ga6553)が呼び止めた。不審な顔で振り返ったが表情に不快さは無い。彼女達は既に依頼で何度も同行しており、知己を無意味に嫌う事は咲はしない。

「‥あなたが負けるとは思っていない。私も負けないから‥あなたと言う壁も、いつかは越える。だから‥」

「‥」

 最後まで聞かず、怪我をしているとは思えない俊敏な足取りで階段へと向かった。だがその寸前で振り返る。

「辿り着くまでそこに存在する。それは『目標』の義務です‥崩されやしませんよ‥」

 それは彼女がフォビアの事を『認識』した証とも言える言葉だった。

●キメラ
「ここは様子を見ておくか‥」

 現在詩虎を視界に納めている唯一の人物、アンジェラ・ディックはあえて仕掛けをしていないマンションの入り口から、彼を覗き見る。
 ここで仕掛けたとしても、一対一では捕らえることはきわめて困難だ。それどころか返り討ちにあう可能性さえある。彼女はそれをよく理解していた。
 まずは周囲の確認、キメラはいない。改めて詩虎の確認‥彼は懐からリールが付いた『何か』を取り出していた。

「ワイヤーフック‥やっぱり、準備していたわね」

 暗殺者が堂々と正面から乗り込んでくるとは思っていない。この可能性も考慮し、皆に窓から来る可能性を示唆しておいたのは正解だったようだ。
 そして想定どおり、彼はワイヤーを上階に飛ばし、器用によじ登っていた。すかさず、ディックは無線を飛ばす。

「三階よ‥どう動くかはわからないけど、気をつけて‥」

 どこにいるか判らない旭と見張りをしているディックを除いた面々は高階層にいる。彼と戦闘に入るのはまだ先のことだろう。
 だが、敵は彼だけでは、無い。

「ムカデの習性のおかげかは知らないけど、随分と集まってくれたね‥」

 八神は二本の刀を抜き放ちつつ、呟いた。その周囲でも、フォビア、アンジェリナ、UNKNOWNの3名も武器を抜いている。先にも述べたが、詩虎はまだまだ下階層だ。

 原因は、彼らを取り囲む無数のキメラである。
 どこから沸いてきたのかは知らないが、ムカデの習性を利用した策は想像以上に効果を発揮したらしい‥何故、自分達の所にこんな大量に沸いているかはきわめて疑問だが、今はそんなこと言っている場合では無い。

「彼がまだ到着していないのならば、まだ落ち着いて相手が出来るのだがね」

 言葉とは裏腹にしっかりと落ち着いているUNKNOWNはタバコを燻らせつつ、蛇剋の握り心地を確かめる。ここで銃を使うつもりは無い。そしてスナイパーとは思えない素早い動きで、一匹のムカデキメラの胴を刺し貫いた。そのまま捻り、引き抜く。体液を吐き出しつつキメラが倒れたときには、既に別の敵に向かっている。それでもなお、タバコは咥えたままだ。

「凄いな‥私たちも負けていられない」

 紫電の如き一撃をキメラに与えつつ、アンジェリナは駆ける。元より弱い部類に入るキメラである、数が揃おうと敵ではない。紫電が駆け抜けたあとには、屍もしくは行動不可能のキメラが横たわっている。
 その動きにあわせるのは、フォビアだ。

「もっと早く‥早く殲滅しないと、気づかれてしまう‥」

 くどいようだが、階下には詩虎がいるのである。迅速に、そして静かにキメラを片付けなければならない。
 ショットガンは上記の理由で使用できないため、月詠を片手に奮闘する。
 飛び掛ってきたムカデを最低限の動作で避け、カウンター気味な一撃を斬り込む。そして背後から忍び寄ってきた敵に向かってショットガンを直に叩き付けた。ダメージは少ないが衝撃は大きい、仰け反った所に素早く一歩踏み出し、切っ先を突き立てる。

「数だけだね‥大したことは無い」

 八神の周囲にはかなりの屍が積み上げられている、いや、間合いの外も同様だ。近くの敵は二刀の嵐で、遠くの敵には衝撃波の爆波で蹂躙していたのだ。キメラは触れるどころか、近づくことすら出来ない。本人の言葉どおり、数だけの集まりだ。鬱陶しい以外は、問題ではない。

●失態

 大体キメラが片付いた‥と思った矢先、またもや床や天井の隙間からあふれてくる。

「どうなってるの‥これは幾らなんでも、おかしい‥」

 ポタポタとなにやら危なそうな液を滴らせている牙を受けながら、フォビアは言葉を漏らす。そのキメラが急に横手に吹っ飛んでいく、アンジェリナが横から敵を弾き飛ばしたのだ。

「そうだな。何も獲物は私だけでは無い、そして屍もここだけではないはずだ」

 と、ここで無線が作動する。
 ディックからの通信だ。

「今、六階層が大きく光った。多分キメラに辟易して閃光弾使ったんだと思うけど‥そっちはまだ、キメラは片付かないの?」

 思ったより詩虎のペースが早い‥彼女の声には焦りが混じっている。

「幾らなんでも多すぎるんだ。きりが無い‥」

 UNKNOWNと背中合わせに立ちながら、八神は答えた。ディックはしばし黙考し、ふと言葉をつむぐ。

「何か、ムカデを引き寄せそうな要素があなた達にあるんじゃない?」

 ムカデを引き寄せる要素‥。つまり、詩虎や藤村とは違う要素。
 すぐに思い至った。

「UNKNOWNさん、タバコ‥」

「これは‥とんだ失態だな」

 言われてすぐに、UNKNOWNはタバコを床に捨て踏み消す。
 ムカデとは嗅覚に優れる生き物であり、屍のある場所に群がるのはムカデの体液を嗅ぎ取っているだからだという。そして、そんな生き物達が普段はかがないようなタバコのにおいを察知したら、当然ながらその場所に向かうだろう。
 そして、それに気づくのは遅すぎたようだ。

「っ!!」

 剣戟、断末魔、乱れる呼吸。そんな様々な音が生じる中、アンジェリナは確かに聞いた。

 彼女の巻いた、ガラスを踏む音を。
 そして、その音は『最上階に通じる階段』から聞こえた。

「詩虎!」

 乱戦の中、隠密潜行を使えば気づかれないように通るのは容易だ。
 アンジェリナの焦りを含んだ声に、皆はすぐに反応した。
 ショットガンが火を噴き。
 ソニックブームの乱打が空間を裂き。
 スコーピオンが鳴く。
 だが、そのいずれもが詩虎を捉えることは無かった。既に、上がってしまったのだ。
 すぐに後を追おうとするが、キメラが遮って通る事が出来ない。
 状況を察知したディックは、すぐに藤村に連絡を入れる。

「藤村殿、行ったわよ!」

●私怨

「久しぶりだな、残間」

「‥詩虎」

 銃を構える詩虎、ナイフをもつ咲。その傍らで、藤村も武器を構える。

「フォローはする。だが、これ以上無理だと判断したら退いてもらうぞ」

 何も答えない咲‥しかし、歩み始める前にチラリと彼と目を合わせる。
 意図は不明だが‥。

 衝突する、両者。
 銃が火を噴き、ナイフが宙を裂いて飛ぶ。
 予測射撃を交えた詩虎に、俊足と投擲で迎え撃つ咲。
 勝負は互角‥いや、咲の方が一枚上手だ。次第に詩虎の顔に焦りが見える。
 だが。

「っ!」

 ブシュ‥嫌な音だ。
 跳躍していた咲の背中が、脈絡もなく血を吹いた。傷が開いたのだ。
 当然の如くバランスを崩す、そこへ詩虎は銃口を向けた。
 
「そろそろ限界か‥」

 詩虎は後ろに飛んだ、藤村が先手必勝と限界突破を使用し、急速接近を仕掛けてきたからである。それを見届け、今度は不時着した咲に近づく。

「どうも、ですが私はまだ‥」

「悪いが、これ以上は足手まといにしかならないのでな」

 有無を言わさず咲を引っつかみ、瞬天速で一気に距離を取った。衝撃と痛み、そして出血により彼女は意識を失った。この場合は、仕方ない。

「しかしわからないな。確かに、狙う理由はあったかもしれないがこの状況下になってまで彼女を狙う動機は何だ?」

 相手は暗殺者、口を割るとは期待していないが、藤村はそれでも問いかけた。時間稼ぎの意図もあったが、あわよくば‥である。
 だが、彼は口を開いた。

「この状況下になったからさ。そいつはいつも俺の仕事の邪魔をしていた‥急に裏の世界から消えて俺は敗北感に苛まれたよ。だからLHで咲と会った時は身震いしたさ‥そして、殺そうとした。ところがそれが失敗してその上俺は指名手配だ。もうコイツを殺す以外俺にはここでの役目は無い」

「‥つまり、貴様はただの私怨で咲を殺そうとしたのか‥?」

「人を殺す動機なんてそんなものだ。大義名分上げようが、結局はその人間が邪魔なだけ‥そうさ、それはその女も同じはずだぜ。一度闇に浸かったら這い上がる事は‥」

「出来る!」

 詩虎は完全に油断していた。そして、『その場所』から声がかかるなど誰も思わない。だからこそ、詩虎は一瞬隙だらけとなった。

 驚いて振り向く詩虎の目の前に広がったのは、真っ白な世界。それが飛んできた屋上設置の壁と気づいたのは早かった。回避行動を取る詩虎‥だが、そこへ更なる追撃が加えられる。

 『旭』のアーミーナイフが、詩虎の得物を弾き飛ばす! その寸前に銃弾が旭の脇腹をえぐったが、それは完全に無視だ。

「“元”暗殺者だって残間さんは言いい、僕はその言葉が覆らない限りは勝手に味方をするって決めたんです!」

 腰のハンドガンに伸ばそうとしていた腕を蹴り飛ばし、至近距離で放たれた小銃の弾が詩虎の利き腕を貫き奔る!

「決めた以上は‥行動あるのみ!」

 ナイフを投げ捨て、月詠を居合いの要領で抜き放ち、峰打ちで詩虎の顎を捉える!
 屋上を凄まじい勢いで転がり、対側の壁に衝突し、それに亀裂を生じさせつつ止まった。

 それを見、旭もその場にうずくまる。あっけに取られていた藤村が慌てて応急処置を施しに駆けた。旭の傷は決して浅くない‥しかし、運良く致命傷ではないようだ。

「お前‥今までどこに居たんだ‥」

「えっとですね‥ずっと外壁を登っていました、ナイフを突き刺してね。そして、そこの壁を破って突入し‥」

「!」

 旭が指し示したその場所を見ると、なんとキメラが顎を振り上げているまさに最中だった! 藤村は咄嗟に旭を突き飛ばし、武器に手を掛けるが‥。

 その前に、キメラの体の一部が吹き飛んだ。下方からの銃撃である。

「ちょっと位、私にも活躍の場を与えて欲しいものね」

 通信機から、ディックの声が聞こえた。今の銃撃は彼女のものだろう。
 藤村は安堵の吐息を漏らし、けが人三人をどうやって運ぼうか思案していた。

●その後
 詩虎は軍側の望みどおり、最寄の軍事施設に収容された。情報が聞き出せるかは定かではないが、一応傭兵達の仕事は終了である。
 そして、咲の因縁もここでやっとピリオドを打たれたことになる。

 と、誰もがそう思っていた。