●リプレイ本文
●吹きつける風
「さぁて、それじゃぁ一丁キバっていきましょうか」
頭部がサラサラフカフカな毛並みのシロクマに変身した鈴葉・シロウ(
ga4772)と、背中に猛禽類のように力強く大きな羽を広げた赤崎羽矢子(
gb2140)は、街を偵察する直前にもう一度市街地図と天候状況を確認する。
他の仲間たちと繋ぐ無線機にはさしたる妨害もなく、急ぎ出てきた高速挺の中で確かめた包囲の手順とルートはしっかり頭の中に入っている。
今は晴れているが、天候はこれから崩れる予報だった。
斥候であり囮である二人は連絡の途絶えた兵士たちの姿を探し、既に廃墟と化した路地を走りぬける。少し遠くから、乾いた破裂音と獣の唸るような声が聞こえた。
「あっちだ!」
瓦礫を蹴りながら走る風の中に濡れた土のにおいが混じった。
もうすぐ、雨が来る‥‥‥。
「コールサイン『Dame Angel』、ミッション開始」
倒れた兵士を見つけたと言う鈴葉たちの連絡のあと、アンジェラ・ディック(
gb3967)はアサルトライフルを構え、キメラたちを追い込むための道筋を辿り始める。
途中見つけた一般市民に、避難の道のりを教える。自分たちだけで逃げられるかどうかと不安な表情を見せる彼らに、大丈夫だと声をかけた。
分かれた道を行く近伊 蒔(
ga3161)の瞳孔は極限まで縮小し、大きくなった虹彩が深い青色を見せ、黒色から瞳と同じ青色に変わった髪が向かい風を受ける。
最終的な戦闘場所の予定はこの街の広場。アンジェラと二人でお互いの位置を確認しながら、キメラの逃げ道になりうる場所を外側から潰し、包囲を狭めてゆく。
建物の影に身を潜める天(
ga9852)の髪は白色から闇に溶けるような漆黒へと変わり、指先から肘までの血管を白光が明滅しながら流れてゆく。
キメラの場所と包囲の穴を知らせるために少し高い建物の上から街を見下ろした瞳は、優しい金色の輝きをなくして憂いを含んだ虚ろに変わっていた。
強さを増した風は、天気予報よりも早いスピードで彼方から黒雲を連れてくる。
「やるからには覚悟はできてるね‥‥キメラども‥‥」
左目が金色から色を変え両方とも赤くなった瞳でアセット・アナスタシア(
gb0694)は身の丈ほどもある得物を構えなおし、広場の方面に居るだろうまだ見えぬ敵に目を凝らす。
包囲は順調に進んでおり、キメラたちは知らぬうちに能力者たちの囲った場所へと集まっている。
横に立つ風花 澪(
gb1573)の左目がアセットの左目と取り替えたかのように、赤色から金色へ変わる。吹きつける風に僅かに混じった血の匂いを嗅ぎつけて、風花のテンションは更に上がっていく。
大鎌を持つ両腕にじわりと蝶の模様が浮かび上がった。
「己が任務を全うしようとして、己の命を掛けて戦っている尊敬すべき仲間の行為を無にしない為にも必ずここでキメラは殲滅する!」
愛槍『蜻蛉切』を握った榊兵衛(
ga0388)が先ほどまで見せていた穏やかな笑顔はなりを潜め、黒髪が逆立つ銀髪へ変わった。閉じた目尻からは血の涙が流れ、目蓋の奥の瞳は頬の筋と同じ深紅に染まっていた。
更に土の匂いが濃くなった。雨はもう目の前だ‥‥‥。
●降り止まぬ雨
「悔やむのは後だ。こうなったら一匹残らず退治してやる!」
12人分の遺体を見て、赤崎は奥歯をかみ締める。
最期に銃声で場所を教えた男の体はまだ温かかったが、今は急速に熱を失っている。
12人分の目蓋を閉じさせて、鈴葉は立ち上がる。
傷はキメラが与えたと思われるものばかりで、絶望的な状況でも街の人を守り最期まで戦い散っていったことは推測に難くなかった。
「最後まで仕事をこなしたわけですか。全く。格好つけすぎですよ?かぶくのもいいところだ。
――だが、私は君達に敬意を表する!」
短い黙祷を捧げて、二人は再び街の中を走る。
わざとキメラの前へ姿を現し、軽い攻撃を加えながら目標地点へとおびき寄せる。
「俊敏さに定評のあるビーストマンの能力を魅せてやりましょうぜ?」
片方が囮になり片方がキメラへのけん制を、交互に繰り返しながら走る。
つかず離れず、常にキメラの攻撃が届きそうな位置を取りながら、前へと。
「あんまり話してると舌噛むよ!」
広場には仲間が待っている。
ここに来て細かな雫が、風に乗って飛んでくるようになった。
能力者たちにとって不利な足場に、天候が追い討ちをかけようとしている。
急がなければならない事を、この街にいる能力者たちみなが知っていた。
「やっぱり余計なこと考えないでいいのって楽だよねー♪」
純粋に獲物を叩くだけの戦いは、己の力を存分にふるう事に集中できる。風花は時折建物の陰に身を潜めながら、キメラへの攻撃を楽しんでいた。
救助や護衛に伴う戦いは配慮することが多いから、今回のような戦いはシンプルで良かった。
薙ぎ払う大鎌は刃と同じく緩やかな曲線を描きながら、フォース・フィールドごとキメラの体を両断する。
収穫者は、斬り口から流れ出る血を映したような赤い瞳で満足そうに微笑んだ。
「我が剣は人非ずものを断つ剣なり‥‥絶対ここからは通さない!」
アセットは路地へ逃げ込もうとする一体に先回り、己の身が隠れるほどに幅の広い大剣で広場へと押し返す。
キメラが素早いとは言え、自らの間合いに持ち込めば押し切れない相手ではない。瓦礫を持ち上げた懐に小柄な体が入り込み、必殺の一撃がキメラを吹き飛ばす。
壁に叩きつけられたキメラは新たな瓦礫に埋もれたままぴくりともせず、巻き上がった埃がわずかに見える毛皮を白くしていった。
「ここで朽ちて貰うぞ!これ以上貴様らの相手をしている訳にはいかないからな」
金属質の音を辺りに響かせながら榊の槍がキメラの爪を受け流し、そのまま回り込んで横腹を刺し貫く。
キメラは地に伏して痛みにのたうち回りながらも威嚇の視線を榊に向けるが、再び立ち上がることなく赤い槍に地面へとはり付けられて動きを止めた。
風に乗って飛んできていた雫は、ついに雨となって街に降り始める。
頭上を黒雲が覆い、強い雨脚は剣戟の音をもかき消していく。
アンジェラが崩れた建物の壁の隙間から、一頭だけはぐれたキメラを狙い打つ。
状況は決して良くはなかったが照準器を覗く視線は冷静で、キメラの動きを先読みしたような弾道は的確にキメラの眉間へと吸い込まれてゆく。
自分に何が起こったのかを理解する時には既に手遅れで、痙攣した手足はすぐに動かなくなった。
キメラの生命活動が停止したのを確認し、皆に無線で伝える。
近伊が相対しているキメラの最期も近い。
荒い息が白い煙のように漏れ、所々についた傷からは血が流れ、逃げようと背を向けるものの瓦礫に足を取られる。
よろめいた隙を突いて一気に斬り伏せたキメラの頭上を、劣勢と見た別のキメラが逃げ出そうと走るが、近伊の氷雨が雨を切り裂きながら足元へ飛んでいく。
刀身は僅かな光を受けて煌き、そのものが蒼い光を放っているような気さえしてしまう。
キメラがバランスを崩し転がり込んだ建物の影には天。
闇から身を現し鞘から刃を抜くや、無駄のない動きで一点に力を集中する。
銀蒼の太刀筋が時間をも切り取ってしまったかのような錯覚は、一呼吸の後、キメラの倒れる音で元に戻った。
雨はまだ止まない‥‥‥。
既に勝敗は決したようなものだ。
足場と天候には苦戦するものの、頭数でも戦力でも能力者の方が上回っている。
油断はならないが、そこまで難しい戦いではなかった。
しかしそれはフォース・フィールドを突破できる能力者だからであって、力のない普通の軍人には脅威以外の何者でもない。
一般市民のためとは言え彼らのとった行動は無茶で無謀だったのかも知れない。
けれど、その死が無駄だったとは思いたくはなかった。
己の持つ全ての力で誰かを守ろうとした想いは、きっと何よりも強いものだから。
他のものより一回り体躯の大きいボスらしきキメラが、力任せに包囲を抜けようとする。
しかし、頭上から姿を潜めたままの天が放つソニックブームとアンジェラの狙撃が足を止め、赤い炎を身に纏った近伊の一撃と鈴葉の放った黒い衝撃波が広場へと押し戻す。
持ち上げた瓦礫も投げつけるより早く榊に壊され、反撃の暇もない。
「残念だけどお前に逃げ場は無いよ。いいや、居場所すら与えない!」
赤崎が死角へ回り込んでキメラを弾き飛ばし、風花が叩き落す。
長い付き合いの赤崎と風花の連携は阿吽の呼吸で、言葉にしなくとも目線で通じていた。
「あの人たちのためにもこの任務は失敗できないんだ‥!」
アセットが咆哮とともに全力を叩き込む。
水溜りにボスキメラの身が沈む。
激しい通り雨は、もう上がっていた‥‥‥。
●天使の梯子
逃げ遅れた市民は既に高速挺へと逃げているし、確認した個体以外のキメラも現れてはいない。
今この街で息をしているのは、戦いを終えた能力者たちだけだった。
「‥‥いつもそうだ!
俺たちがもう少しだけでも早くここに来れていたら、もしかして一人でも助けられていたかも知れないのに‥‥」
榊は苛立たしげに瓦礫の壁に拳を叩き付け、濡れそぼった黒髪から落ちる雫が血涙の代わりに頬を伝った。
力を持つものですら全てを守ることなどできないと知っていたけれど、それでも割り切れない何かがある。
彼は誇れる父であっただろうか。
彼は誇れる夫であっただろうか。
彼は誇れる軍人であっただろうか。
‥‥彼は、誇れる人間だっただろうか?
「あんたたちは立派な人間だった‥‥それで十分だ」
天が兵士から外したドッグタグが、家族写真を納めたロケットに触れて小さく音を立てた。
彼が最期に残した問いの答えは、ここにいる皆が知っている。
脅威のなくなった街に、人々が戻ってくる。
皆で亡骸を弔い始めたとき、切れた雲間から光が差した。
それは天から何かが降りてくる道筋のように、この地へとまっすぐに伸びている。
誰とはなしに光を見上げ、祈りの言葉を囁いた。
願わくば、この御霊たちが安らかに眠ることができますように、と‥‥‥。
(代筆 : 御鏡涼)