タイトル:【紅獣】獣達の子守唄マスター:中路 歩

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/11 10:05

●オープニング本文


 『紅の獣』。
 五人の女能力者からなる何でも屋で、最近はラスト・ホープにも名前が伝わりだした。
 彼女達と仕事を共にしたことがある人物は知っているが、殆どのメンバーが極めて非凡な実力の持ち主であり、LHに直接所属していないのが勿体無いほどである。

 賢狼、雨在 利奈。
 殺戮の氷人形、残間 咲。
 心優豪槍士、清総水 栄流。
 沈黙の執行人、リリス・グリンニル。

 彼女たち四人には既に軍の一部も目を付けているという、それだけ、稀有な人物なのだ。

 
 それはさて置き、単純な引き算で考えれば、一人だけ存在が無くなっている。

 その人物の名前は『零』。『紅獣』で唯一戦闘力が人並み以下で、下手をすれば一般人レベルであり、更には天然、童顔と傍から見れば頼りない事この上ない存在。どう見ても、他の四人とは釣り合っていないのである。
 では、そんな彼女が何故『紅獣』にいるのだろうか‥‥? 何故、他の面子も彼女を仲間として加えているのだろうか?





「零、ちょっと来て〜!」
 
 いつも通り、部屋の窓側に座り、酒瓶を片手に足を机の上に投げ出しながら、利奈は大声で叫ぶ。無駄に声が大きい。
 数秒も待たずに、パタパタとスリッパ履いているだろう足音が近づいてきた。そして扉が開く。

「はいは〜い、呼んだ〜?」

 今の今まで料理をしていたのか、エプロン姿の零が姿を現した。扉の向こうからは香ばしい豚肉の匂いが漂ってくる。
 利奈はちょいちょいと、手で零を近くまで呼び寄せる。

「ちょいとお使い頼まれてくれない? 栄流も咲も仕事に行っちゃってるからさ」
 
 ならあんたが行けよとツッコむ人はいない。
 零はいつも通りの笑顔で、

「うん、いいよ〜」

 あっさり承諾する。
 すると、別の扉からリリスがぽてぽてと歩いてきた。今の今まで寝ていたのか、フワフワウェーブの髪が少し乱れている。
 彼女は目を擦りながら、零の服の裾をぎゅっと握った。

「お姉ちゃん‥‥出かけるの‥‥‥? リリスも‥‥行く‥‥」

 零が出かける時は、いつもこんな感じでリリスが付いてくる。それがこの事務所では当たり前の光景だし、街内でも有名だ。その上、リリスは戦士としても非常に優秀なので彼女の護衛も兼ねてくれるのだ。
 今回もリリスは付いてくるつもりだったが、零はやんわりとその手を包み込むようにして、剥がす。

「ごめんね〜、リリスにはちょっとお願いしたい事があるの〜。今日は皆の洗濯物が溜まってるから、片付けておいてくれないかな〜?」

 そう、この一週間は全員がそれぞれに仕事が入っていたため、洗濯物がいつもの倍以上あるのだ。零が帰って来てから片付けても良いのだろうが、それでは夜中までかかってしまうだろう。
 リリスは少し躊躇っていたが、大好きな「お姉ちゃん」の頼みを断るわけにもいけない。

「わかった‥‥リリス、頑張るね‥‥」

 純粋な彼女独特の汚れ無き眩しい笑顔を残し、リリスはベランダへと走っていった。
 利奈と零はそれを和やかに見送り、話を戻す。

「この間さ、アンタとリリスがLHの傭兵達に助けられたじゃん? なんか知んないけどそれを口実に軍のお偉いさんが来るらしいのよ。だから適当に安物の食べ物買って来て頂戴」

 接客に関する会話とは信じられない、とツッコむ者もここにはいなかった。
 零はいつも通り笑顔で。

「うん、いいよ〜。だけど、食べ物くらいなら私が作るけど〜」

 彼女が少し不思議そうに首を傾げると、利奈は破顔して答える。

「そんな奴等にアンタの手料理食わせてやる義理は無いわよ。むしろ残飯で十分くらいね」


 そんな会話が交わされたのは、昨日の事。


「あれ〜、どうして私ここにいるんだろ〜」

 彼女が今座っている位置、それは彼女自身もよく解っていなかった。
 何故なら、街中で拉致されたからである。
 それは本当に一瞬の出来事だった。

 事務所から出て、変な男達に車に詰め込まれて、さっさと拉致される。

 零自身が未だに気付けないほどだったのだ。

 実はその男達、過去に「紅獣」に痛い目を負わされたチンピラ集団で、盗賊と呼べるほどの実力も組織力も持っていない。だが、悪知恵だけは無駄に発達しており、最も戦力の低い零を拉致して「紅獣」を脅そうと言うなんともチャレンジャーな行動に走ったわけである。
 
 そのアジトの周辺に、別件で来ていたLHの能力者がいるとは知らずに、彼らは「紅獣」から何を脅し取ろうかと思案していた。

●参加者一覧

赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
金城 エンタ(ga4154
14歳・♂・FC
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
番 朝(ga7743
14歳・♀・AA
ゴリ嶺汰(gb0130
29歳・♂・EP
水円・一(gb0495
25歳・♂・EP
朔月(gb1440
13歳・♀・BM
椎野 ひかり(gb2026
17歳・♀・HD

●リプレイ本文

●潜入
 入り口代わりの錆びた扉が開かれたとき、見張りの四人の男達は得物すら握っていなかった。
 一人は何気なく扉を振り向いたが、その開かれた隙間から飛び込んできた物を確認する事は出来ない。

 爆音と、発光。
 そこへ踊りこむ、八つの影。

 男達は光に目を灼かれ、その場でのた打ち回る。だが、鈍い打撲音共に全員が静かになった。

「キメラが出るかもしれないって言うのに‥‥よくこんな所を根城にしますね」

 周防 誠(ga7131)は、峰打ちを振り下ろした菖蒲を鞘に収めながら、呟いた。

 
 LHの能力者達八人は、チンピラ達を鎮圧するため、この廃墟街のアジトに潜入を行っていた。
 無論、唯のチンピラ如きで能力者達が動くわけは無い。

『キメラを飼っている』
 
 その噂の真偽を確かめにきたのだ、チンピラ制圧はついでである。
 
 そして、今の光は水円・一(gb0495)が放った照明銃。
 実際は遠方への合図のための銃だが、この様な事にも活用できるのだ。

 八人は、兼ねての打ち合わせの通り三班に別れ、行動を開始した。

●一班
「それでわ〜、こってりとお仕置きですよ〜‥‥こってり?」

 赤霧・連(ga0668)はそう言った後、「む〜」と言いながら何やら考え込み始めた。
 慌てて、ゴリ嶺汰(gb0130)と周防が、物陰に引っ張り込む。そして今の今まで赤霧が立っていた場所に銃弾の嵐が襲い掛かった。

 彼らは他二班と別れた後、近くの小部屋に入ってすぐに、チンピラ達と遭遇してしまっていた。
 
「おいおい‥‥能力者でも覚醒していなかったら大怪我だぞ」

 ゴリは苦笑しつつ、赤霧の頭をぽんぽんと叩く。
 それを横目に、周防はアーミーナイフを構え、銃弾が止むのを待っていた。

 そして、銃弾が止む。

 同時に物陰から飛び出し、ナイフを三本投擲する。
 ナイフは狙ったとおりの軌跡を描き、見事男達の脚に突き刺さった。

「行きますよ、二人とも」

 周防のその言葉と共に、他二人は敵陣へと突撃した。
 
 赤霧の放つペイント弾は確実にチンピラたちの視界を奪ってゆく。そして、その隙を突くように、ゴリがメタルナックルを構えて肉薄する。

「悪く思うな」

 その言葉と同時に、傍らの男の鳩尾に一撃を加える。更に一歩踏み出し、その背後でペイント弾から逃れていた女の顔面を手加減して殴りつける。
 
 敵の数は、後一人。

 ペイント弾からもナイフからも逃れていたその男は、踵を返し、逃走に移った。
 赤霧と周防は咄嗟に得物を放とうとしたが、運悪く曲がり角を曲がってしまったので、それは不可能となった。
咄嗟に追いかけようとした二人を、ゴリは制止した。

「深追いする必要は無い」

 とりあえず、組織を鎮圧すればいいのだから全滅させる必要は無い。そう判断した上の答えだった。
 
 それが、後の災いになるとも知らずに。

●二班
 一方、番 朝(ga7743)と椎野 ひかり(gb2026)。彼女達の周りには、無数の男女が倒れ付している。いずれも、彼女達二人が打ち倒したチンピラ達だ。
 覚醒していないとは言え、その強さの差は歴然、番たちには傷一つ付いていなかった。
 だが、その二人はポカンとした顔である一点を見つめている。その視線の先は、今の今まで厳重に締められていた鉄の扉‥に守られていた部屋の中である。

 部屋の中では、ポニーテールで童顔の女が、幸せそうな顔で眠っていた。そして、椎野達の気配に気づいたのか、パッチリと目を覚まし、目をこすりながら起き上がった。

「お姉さんはチンピラさんたちの仲間?」

 カクリと首を傾げ、番は部屋の中で眠っていた女、零に話しかけた。
 その言葉を聞いて、ハッとした様に椎野がハリセンを構える。ちなみに、今この状態でハリセンを構えたのはネタではなく、殺傷能力の無い武器を選んだらこうなった、という事を明記しておく。
 零もまた、寝起きでポーっとしたまま首をかしげ。

「ん〜。おはよ〜、今日はキンピラゴボウが良いの〜?」

 とりあえず、このハリセンをツッコミに使おうと本気で考えた椎野だったが、何とか抑える事に成功する。そして、どうにか自制心を保ち、言った。

「あらぁ? そこのお姉さん大丈夫ですかぁ? お腹すいてません? それと〜、お名前って教えてもらってもいいです〜?」

 それに対し、零は、ニッコリと笑い。

「うん、私は零って言うの〜いつでも元気いっぱいだよ〜」

 何かずれている。どこか噛み合わない。
 苦悩する椎野の隣で、番は面白そうに笑っていた。様々な意識を持っており、その上で常識にとらわれない彼女にとって、零の存在は全く不思議ではないのだろう。
 
「違うのか? そうか、俺番朝、依頼で此処にいるチンピラさん達鎮圧しにきたんだ」

「チンピラさん〜? その人そんなに悪い人なんだ、という事は番さんは正義の味方だね〜」

 やはり、どこかずれている会話で笑い合っている二人を見つめながら、椎野は無線機で他のメンバーに連絡を入れた。


●三班
「はぁ? 零!? 何でアイツがここにいるんだよ!」

 皮のベルトで気絶した男を縛り上げながら、朔月(gb1440)は無線機に向かって叫ぶ。その声の大きさに、金城 エンタ(ga4154)と水円はビクリと振り返る。この二人も、気絶している男女を縄で縛っていた。
 
「あ〜‥リリスちゃんのお姉ちゃんの一人ですか」

 金城は苦笑しながら、手早く作業を再開する。

 基本的に、この作戦はスピード勝負だ。時間をかければかけるほど混乱は増してしまい、鎮圧は困難となる。殺しは無しなのだから尚更だ。
 それに、この辺りにはキメラの発見例もある。このチンピラたちがキメラを保有しているのが嘘だとしても、あまり騒ぎ立ててはいけないのだ。

 と、言う事で。

「ゴミはゴミ箱へと言うだろう」

 言うや否や、水円は気絶して縛られている男を蹴り飛ばす。
 当然、男は目を覚まし、床を転げまわった。
 それを、金城が足で止め、得物を突きつける。

「もしまたやらかすようなら、今度は‥この緋色の左目が‥地の果てまで追ってでも、その命、消しますよ‥」

 その殺意のこもった双眸に怯んだ男は、コクコクとうなずく。
 そこへ止めを刺すように、朔月は矢の切っ先をペタリと首筋に当てる。

「んじゃ、キメラや他の有害組織の情報があるなら、教えてくれよ。嫌とは言わねぇよなぁ?」

 ニヤリと笑った彼女に不吉な物でも感じたのか、男は洗いざらい話し始めた。


●解決?
「‥‥なら、キメラなんて飼っていないと?」

 周防は、少し拍子抜けしたように返事をした。
 一時間後、零も含め、全員がアジトの外に出ている。だが、番だけは、終わったと判断すると、いつの間にかどこかへ消えていた。
 彼らのすぐ傍には、三十人ほどの男女が後ろ手に縛られて転がされていた。いずれも、傭兵達に降伏しており、逃げようとする者はいない。
 チンピラ達が言うに、キメラ発生地だけあって時々仲間が屍で見つかったりするほかは、キメラと関わりは持っていないのだという。それに、一般人がキメラを飼育できるわけが無いのだ。

「今回はこれで終わりと言う事だな」

 水円もまた、少し拍子抜けした風では会ったものの。チンピラ制圧は仕事の一つでもあったのだ、文句を言う方が間違っている。
 
 結局、どこか釈然としない雰囲気のまま、一先ずは仕事は完了した。


●取りこぼし
 その男は、一人アジトの一部屋にいた。
 それはゴリたちの班から逃げた者であり、そして唯一捕縛されなかった者だ。

「クソ‥ここまで積み上げてきたってのに‥」

 男は、悔しげに壁に拳を叩き付けた。
 しばらくはその状態のまま固まっていたのだが、やがて手をおろす。

 そして、急に笑い始めた。

「だが、俺を逃がしたのが運の尽きだ‥逃げる者は追わない? 甘い事を」

 壁を殴った事で千切れた手袋が、ハラリと落ちる。

 その手には、エミタが埋め込まれてあった。

 そして、その部屋のどこかから、獣‥いや、キメラの鳴き声が響く。

「せっかく、『コイツ』のエサを大量に集めたってのによ‥台無しにしやがって。楽なもんさ、一人減っても、外のキメラのせいにすればいいのだから」

 今回、LHの能力者達に公開された詳細文には、「能力者」がいるかもと言う内容が明記されていた。
 しかし、八人の誰一人としてその可能性は無いと否定してたのか、行動に「能力者に対するモノ」は一つとして行っていなかったのだ。

 この男は、エミタを見るだけでも分かるとおり、能力者だ。しかし、男はその事を誰にも話していないので、チンピラ達が知っているわけは無い。
 
 男が能力者、それを誰にも話していない、キメラの飼育は一般人には不可能。これら三つの要素で一つの答えが出される。

 親バグア派。

 本来キメラとは「無差別に地球人を殺す為に作られた生物兵器」であり、能力者であっても飼いならすのは不可能。よって、その答えしか出てこないのだった。
 当然だが、彼がキメラを保持している事を知っているのもはいない。だからこそ、誰かが屍と化したとしても、野良キメラのせいだと思い込んでいたのだった。

 男の笑い声とキメラの鳴き声は混じりあい、アジト中に響き渡った。
 いつか起こる、災いの予兆のように。