●リプレイ本文
●癒す者たち。
バグア軍との対立が激化する地域では幾度となく小競り合いが繰り返され、戦力で劣る地域などは次々と侵略されている。その原因の一つは士気の低下。いつ襲ってくるかもわからない敵と油断すれば一気に全滅してしまう緊張感は、兵士の精神力を根こそぎ奪い取っていく。所謂消耗戦。それは彼らが辿り着いた場所でも変わりはなかった。
「こりゃひどいな‥‥」
苦笑するアルト・ハーニー(
ga8228)の目の前には生気のない顔で項垂れる多数の兵士。怪我を負っている者も結構いるようだ。
「バグア軍と対する戦場はどこも似たようなものですね‥‥前線の惨状はかつて私も嫌と言うほど味わいました‥‥」
過去を思い出したのかそっと目を閉じたセレスタ・レネンティア(
gb1731)の表情は険しい。それほど実情は芳しくないということなのだが。
「よいしょっと‥‥さすがに持って来すぎたか」
「‥‥何を持ってこられたのだ‥‥?」
巨大な荷物を大量に抱え込んだ水無月 湧輝(
gb4056)に不思議そうに問い掛けるL39・マルファス(
gb4290)。
「ん? やっぱ癒しと言えばコレだろう」
言いながら湧輝は荷物から一つの瓶を取り出して振って見せる。どうやら酒のようだ。
「考えることは同じであるな」
呟いたマルファスも手荷物からワインを一本取り出す。顔を見合わせて思わず笑みを浮かべる二人。語らずともわかる酒好き同士。二人の兵士への労い方法は決まったようだ。
「先生? こちらの資料に目を通しておいてくださいね?」
にこりと笑みを浮かべて言うホゥラリア(
gb6032)が分厚い資料の束を源成に向けて差し出す。パリっとしたスーツに身を包み、何故か伊達眼鏡をかけた彼女はまるで秘書のようだ。
「‥‥いいな、やはり秘書は」
「いいな。コスプレ」
源成とほぼ同時に呟いたのは紅月・焔(
gb1386)。思わず顔を見合わせる二人は何かが通じたのだろう、無言で固い握手を交わした。
「好きでやってるんじゃないですっ!」
必死で弁解するホゥラリアだが既に源成の耳には届いていないようだった。
「ったく自分で着てくれって頼んだ癖に‥‥」
そんな源成を見ながら溜息をついた朔月(
gb1440)は、訝しげな視線を向ける。視線に気付いた源成は首を傾げて朔月の方へと顔を向けた。
「何だ」
「いや‥‥あんたがゴッドハンドだってことが未だに信じられんのだが」
「‥‥昔の話だ。今は唯のしがないカイロプラクターだ」
半眼のままでじとっと見つめる朔月に頬をぽりぽりと掻きながら応える源成。どうやら余りいい思い出ではないようだ。と、そこで源成の肩をぽんと叩く手が一つ。
「久しぶりやね、先生。元気してはった? 今日は、ウチの妹を連れてきたから、コキ使ってあげたってね」
「‥‥よろしくお願いします」
柔らかな笑みを浮かべる冴木氷狩(
gb6236)と対照的に少し冷たい印象を受ける冴木美雲(
gb5758)。制服姿の美雲に源成が一瞬くらりときて氷狩につねられたりしたが、それは秘密の話。
「‥‥世の中色んな先生がいるんですね、ほんと」
感心しているのか軽蔑しているのか、ソリス(
gb6908)が誰にともなく呟いた言葉は吹き抜ける風に流されて宙へと散った。
●簡易診療所周辺。
戦場にありがちな簡易本部の中にテントを立てて作った仮設診療所。兵士の英気を養うために源成ができることは一時的に身体の痛みをけしたり、疲れた体を癒すこと。
「おーい美雲ー、次の人呼んでくれー」
「はい。次の方どー‥‥きゃっ!?」
がしゃーん、と盛大な音を立ててすっ転んだのは美雲。これで何度目かわからない。
「‥‥またか。ちゃんとやってくれよー?」
はふと溜息をつく朔月は何だかんだ言いながらも、源成の要望通り水色ナース服に身を包んでぱたぱたと手伝っている。可愛いところもあるようだ。
一方一見するとクールに見える美雲だったが、その実態は相当なドジっ子ちゃんだったようだ。転んだ際に制服のスカートが捲れたりして兵士の視線が釘付けになったりもするが、見てしまった兵士たちはその後氷狩によって絶叫を上げさせられることになる。その氷狩は主に源成とは別の方法で兵士を癒していく。
「ちょっと痛み伴いますよって、我慢しておくれやすー」
ぱっと見だけなら十分女性としてやっていけるほどのルックスを持つ氷狩がにこりと微笑む。治療されている兵士も男とわかっていても顔がにやけてしまうようだ。
「お兄ちゃん、テープここに置いとく‥‥ふあっ!?」
医療用のテープを運んできた美雲が何もない場所でステンと転ぶ。そしてお約束のようにそちらに視線を向ける兵士。次の瞬間―――
「ぎゃぁぁぁぁっ!?」
ボギンと鈍い音を立てて兵士の関節が嫌な方向に歪む。
「あらあら、ごめんやでー? ちょっと力加減間違ぅてしまいましたわ〜」
笑いながら言う氷狩に兵士が恨みがましい視線を送るが、その後ろに何やら黒いオーラを感じて慌てて大人しくなる。
「わかってると思いますけど、次邪なこと考えはったら‥‥」
「ひぃぃっ!? じ、自分は何も見てません!」
癒しているのか何なのかわからない光景である。
一方簡易診療所の裏では洗濯物を干すホゥラリアとじゃがいもの皮を剥くソリスの姿が。
「見事なものですね」
黙々と皮を剥くソリスの後ろからセレスタが感嘆の声を上げる。
「これぐらいしかできませんけどね。セレスタさんもやってみますか?」
言いながらナイフとじゃがいもを手渡すソリス。受け取ったセレスタは多少戸惑いながらも器用にナイフを入れていく。そんな二人を微笑ましく思い見つめるホゥラリアはてきぱきとした手際で次々に洗濯物の山を減らしていく。エプロン姿で鼻歌を歌いながら片付けていく彼女はまるでどこかの主婦のようだ。
「‥‥いいお嫁さんになりますね、ホーさんは」
「全くですね」
「何でですかっ」
ぽつりと呟いたソリスの言葉に同意を示すセレスタ。そんな二人にホゥラリアは困ったような笑みを浮かべながら小さく反論した。そんな和やかな雰囲気の女性陣を見つめる怪しい影が一つ。
「俺が癒して欲しいというのに、何で他の奴らを癒さなきゃならんのだ!」
物陰から女性三人を見つめる影は焔。己の欲を優先させた彼はむさ苦しい兵士よりも今回行動を共にした女性たちのお相手をしたいようだ。
「さりげなく近付いて話しかければきっと楽しい時間が俺にもやってくる! さりげなくさりげなく‥‥」
ブツブツと呟きながらそろりと近付く焔。だがやはり天は人を見ているのか―――
「やぁお嬢さんたち、少し俺とお話―――」
話しかけた焔の鼻先を銀色の閃きが瞬時に横切り、焔の髪の毛の先がはらりと地面に落ちた。固まる焔の目の前には鈍い光を放つ大鋏。
「‥‥つまみ食い禁止、です」
持主はソリス。ジロリと睨みながら鋏をジャキンと鳴らす。
「ち、違う! 俺はただむさいのより綺麗なオネーチャンと一緒にキャッキャウフフしようと―――」
「へぇ‥‥そんなこと考えてたんですか?」
背中に黒いオーラを浮かべて笑顔でにじり寄るホゥラリアに慌てて口を押さえる焔。セレスタも何故か銃を構えている。
「ちょっ‥‥それは洒落にならな―――うぎゃあぁぁぁぁっ!」
数分後、源成の元に何故か手足を縛られてボロボロになった焔が連れてこられたようである。
●簡易酒場開店。
こちらは簡易診療所から少し離れた場所。普段は兵士たちが談笑や食事をする場所ではあるが、今は小さなカウンターといくつかのテーブルと椅子が並べられていた。そこに自前の道具を持ち込んで準備を始める湧輝とマルファス。二人が考え出したのは気軽に飲めるバー。勿論任務中の飲酒になるので細心の注意が必要にはなるが、その辺は自分たち庸兵が手助けをすることと、士気が落ちていることを理由に現場の責任者に既に了解は取っている。
「ふぅ‥‥何とか形にはなってきましたな。だがやはり人手が足りない」
顎をさすりながら呟くマルファス。それを受けて湧輝が辺りを見回すとちょうど暇そうにしている兵士が一人こちらを見ている。
「おい、そこでボ〜ッと見てるんなら手伝ってくれ。礼は‥‥臨時バーでの最初の客になる権利ってところだ。どうだ?」
湧輝の言葉にしばし逡巡した兵士はわかったと一言述べて手伝いに回る。その後も暇そうな兵士に声を掛けて順調に準備を整えていく二人。三十分後には立派な簡易バーが完成していた。最初はポツポツと来ていた兵士たちだったが、やがて酒が飲めると知ると雪崩のようにどっと押し寄せてくる。酒を飲む兵士たちの中に何やら怪しい者が一人。
「どうだ、この埴輪‥‥癒されるだろう? この何とも言えないフォルムと愛らしい瞳が絶妙なハーモニーをだな‥‥」
嫌がる兵士たちを余所に小型の埴輪を取り出して熱く語り始めるハーニー。傍から見ればただの怪しい宗教勧誘にしか見えない。更に別の場所では出来上がった兵士の話をマルファスが聞いていた。
「ったくよぉ、俺たち前線の人間の気持ちなんて上の人間はわかってねぇんだぜー‥‥ひっく」
「そうだな、まぁ軍隊とはそういうものであるからな」
酔って愚痴を零す兵士たちに嫌な顔一つせずに付き合うマルファス。伊達に年は食ってない。
飲みだしたら放っておいても勝手に飲むのが酒好きな兵士たち。ある程度好きにさせても問題なくなったところで湧輝は自前のギターを片手にゆっくりとしたバラードを弾き語りで歌い始める。しばしの間浸るように静かで穏やかな時間が流れる。歌い終わった湧輝には兵士たちから惜しみない拍手が送られた。だがこういう時は大抵何かが起きるもの―――
「敵襲! 敵襲だーっ!」
見張りの兵士の声に一気に酔いが醒める兵士たち。立ち上がろうとした兵士たちをマルファスが手で制す。
「これも我々の仕事だからね、君達はゆっくり休んでいたまえよ」
にこりと微笑んだマルファスは闇の如きオーラを背負い、ゆっくりと戦場へと足を向けた。
●速戦終結。
兵士たちのキャンプに出没したのは犬型のキメラ数匹。
傭兵たちにとっては大したことのない、いつもの敵。だが一介の兵士たちが相手をするにはかなりの苦戦を強いられる。だが今回相手になるのは腕利きの庸兵たちが加わる。それだけでも心強さが違うというもの。
「よっくも俺の埴輪語りの邪魔をしてくれたなー‥‥」
巨大ハンマーを構えてゆらりと現れたハーニー。バックには禍々しい埴輪のオーラが浮かび上がっている。どうやら埴輪も怒っているようだ。その隣には刀を構えたマルファス。
「無粋な輩にはご退場願いたいですな」
タキシード姿のマルファスは顔に笑みを残したまま言い放つ。
「こちらセレスタ‥‥位置につきました」
無線から聞こえてくるセレスタの声。スナイパーである彼女は遠方からの射撃で援護。
「せめて負担を減らすぐらいは‥‥私にもできます」
言いながら大鋏を構えたソリスの髪が背中の辺りまで伸びる。同じように髪が伸びた状態の朔月が愛弓『天狼』に矢を番える。
「うぜぇからさっさと終わらせようぜ。ったく、まだ患者も残ってんのに‥‥」
ブツブツと呟く朔月。だが格好はナースのままだ。
「いいか野郎ども! 戦いが終わればナースや女子学生や秘書が体を張って癒してくれる! 気合いれていくぜぇっ!!」
焔の意味不明な叱咤激励に一際大きな歓声が上がり、兵士たちの目がギラリと怪しい輝きを放つ。この時朔月とホゥラリアと美雲の背筋に悪寒が走ったそうだが、それは別の話。
戦闘が始まれば戦力差は歴然、あっという間に片が付いた。
「死ぬぜぇ、俺のハンマーを見た者は皆死んじまうぜぇ!」
どこかで聞いたような台詞を吐きながらハーニーが振り回したハンマーでキメラが吹っ飛び。
「女! 癒し! ヒャッハー!」
奇声を発する焔の銃撃がキメラを蹴散らし。
「邪魔だぁっ!」
朔月が矢を放つ度にナース服がひらりと舞い。
「任務完了です」
遠距離射撃が命中したセレスタが静かに呟き。
「またつまらぬ物を斬ってしまいましたな」
呟いたマルファスが刀を仕舞うと同時にキメラが両断され。
「少しは慣れてきた、でしょうかね、私も‥‥」
切断されたキメラを背に、ソリスが分解して二刀状態にした鋏を再び合体させ。
そうして全てのキメラが一瞬にして殲滅された。
●全て終えて。
「あー、やっと終わった‥‥」
「お疲れ様でした」
ぐったりとした様子で呟いた源成にタオルを渡すホゥラリア。もう完全に秘書化しているようだ。
また今回の慰問で兵士たちと異様なまでに打ち解けた者たちもいたようで、涙を流して別れを惜しんでいた。
「お前たち‥‥埴輪魂を忘れるんじゃないぞっ!!」
「総帥っ!!」
ハーニーが自作の埴輪を手に涙すれば、いつの間にか埴輪信者となった兵士たちがつられて涙を流す。
「いいかお前ら! 女の癒しを体感するなら今のうちに―――」
「うちの妹に何かしたら‥‥わかっとりますやろなぁ?」
叫ぶ焔の後ろから黒いオーラを噴き出して迫る氷狩に、兵士たちは蜘蛛の子を散らすようにそそくさと持ち場へ戻る。残された焔はこの後当然悲鳴を上げることとなる。
「喜んでもらえたんかね? イマイチ実感がないが」
「大丈夫でしょう。あの後も皆喜んで酒を煽っておられたようだし」
頭をぽりぽりと掻きながら呟いた湧輝の肩を、柔らかな笑みを浮かべたマルファスがぽむと叩く。
「喜んでもらたのなら何よりです」
戦場で兵士の士気が重要であることをその身に染みて理解しているセレスタは、来たときよりも数段活気付いた兵士たちを見て僅かに笑みを浮かべた。
「うぅ‥‥私お役に立てました‥‥?」
「大丈夫です‥‥美雲さんは頑張りました‥‥」
涙目で問い掛ける美雲の頭をそっと撫でるソリス。
「さ、帰ろうぜ」
「ちょっと待て‥‥少し休ませろ‥‥」
あっさりと言う朔月にぐってりとしたまま呟く源成。
「ったく‥‥ホゥラリア」
「はい」
溜息を吐いた朔月の呼びかけに即座に答えたホゥラリア。二人はそれぞれが源成の両足を持つ。
「ちょっ!? それはさすがに色々まずいんじゃないでしょうかお二人さん!?」
慌てて二人を止めに入る源成。だが二人の女性はにこりと微笑むとそのままずるずると源成を引きずり始めた。
「典子に迷惑が掛かるから帰るぞ‥‥」
「では行きますよ先生」
「のぉぅ!? 俺着く頃には死んじゃうからあぁっ!?」
後にこの地域の兵士の間では、両足を持ったまま引きずるという拷問方法が流行ったとか流行ってないとか。
〜Fin〜