●リプレイ本文
●試乗会会場。
「さぁ、エコライフ・ジャポンの最高傑作のお披露目、はーじまーるよー!」
そこかしこにツギハギが見える謎のボロいぬいぐるみの声が会場内に響き渡る。
屋外とはいえ巨大なモニターに新型機を思わせる馬鹿でかいコンテナ、そして特設ステージと設備は本格的な物が揃えられている。
あちこちに宣伝されたせいもあってかKVを開発する各社の者から、これから新たにこの事業に参入しようとする者まで、様々な人間が会場であるここ和歌山へと集結していた。
「ここが会場ですか‥‥意外に多くの人が集まっていますね」
エシック・ランカスター(
gc4778)は周囲の状況を確認しながら呟く。
「けひゃひゃ、画期的なKVという話だからね〜。実用化はともかく一度見ておきたいって人が多いんじゃないかな? 我輩も楽しみだしね〜」
不敵な笑みを浮かべながら言うのはドクター・ウェスト(
ga0241)。傭兵であり一研究者であるウェストにとって今回の新型は非常に興味深いものだったようで、その新型機を肌身で感じようと試乗にも立候補していた。
一方のエシックは今回の新型機のスペックからはどう考えてもまともな予測ができないでいた。
「何事も無ければいいですが‥‥」
呟く言葉と裏腹に言いようの無い不安が彼の胸に圧し掛かってきた。
勿論それはエシックに限った話ではない。
「全長50メートルで総重量300キログラムか‥‥装甲は紙かな」
「本当かどうかは怪しいですけどね」
来場者に配られているパンフレットを見ながらぼそりと呟くアーク・ウイング(
gb4432)に答えるようにソウマ(
gc0505)もまたぼそりと一言。
「もう、そんなことを言っては開発者の方に悪いですよ? ほら、東北のお祭りなんかで見かけるあんどんみたいなものかもしれませんし」
苦笑しながら嗜める石動 小夜子(
ga0121)だが、言ってることはアークと何も変わらない。それでも小夜子は小夜子なりに開発者に敬意を払っているようだが。
「‥‥このような機体‥‥戦力になるのでしょうか‥‥」
言いながら奏歌 アルブレヒト(
gb9003)は首を傾げる。実際問題実用化されるレベルの数値ではないのだ。奏歌の疑問は至極当然といえるだろう。
「どちらにせよ装甲が心配なモノに違いはないだろう。十分注意しなければな」
自身の武器の杞憂も含めて神宮寺 真理亜(
gb1962)は流れる銀髪をかきあげながら注意を促すと、それに答えるようにネイ・ジュピター(
gc4209)も頷きを返す。
「確かに‥‥護るべき対象を我らが壊してしまっては意味がないのぅ」
それぞれが思い思いに新型機の登場を見守る中、一行に向かって二人の男性が歩み寄ってきた。
一人はぱりっとしたスーツに身を包んだ壮年の男性で、いかにもできる男な雰囲気を醸し出している。もう一方の男性は爆発に巻き込まれたかのような白髪の頭に白衣というこれまた典型的な科学者然とした男性。
「君たちが派遣された傭兵諸君かな?」
スーツの男の言葉に一同は頷いてみせる。男は満足そうに頷くと、両手を大きく広げて大きく笑みをこぼした。
「ようこそ我がエコライフ・ジャポンの発表会あーんど試乗会に! 私がエコライフ・ジャポンの社長、地木憂だ。そしてこちらがKV開発担当のロージー博士だ」
そう言って名刺を配る地木に、真理亜は早速今からの予定を尋ねてみる。
聞けばこれから簡単なKVの紹介の後で、すぐさま試乗してその動作や性能を見てもらうとのこと。その際にKVのコンセプトなどを聞いていた小夜子が、ロージーの「時代はエコだよ」という意味不明な返答で混乱していたり、素材について尋ねてみた奏歌が見てからのお楽しみと言われてしょんぼりしていたようだが、あえて誰も聞こえないフリをしていた。
「ではお待ち兼ねの搭乗だ! しっかり頼むぞ」
声を上げた地木に、第一試乗者のソウマはにやりと笑みを浮かべてコクリと頷いた。
「あ、そうだソウマさん。葬式の希望とか、ある? 人生最後の晴れ舞台だからね。できる限りの希望には応えるよ」
「‥‥骨は拾って‥‥いえ、何でもありません‥‥」
「あなた方はそんなに失敗させたいのですか‥‥」
不吉な言葉をにこやか笑顔で言ってのけるアークとぼそりと呟くように言う奏歌に思わず苦笑するソウマは、地木に誘導されてKVのあるコンテナへとすがたを消した。
同時に警備の傭兵たちもそれぞれの配置につく。
全ての準備が整ったのを確認した地木は、特設ステージの壇上へ登りマイクを手に取った。
「れでぃーす、えーんど、じぇんとるめーん! お待たせした、いよいよ我が社が誇る新型機、DB−01の登場だぁ!」
地木の言葉に拍手が起こり、同時にコンテナの外壁が駆動を開始―――ついにその全貌を明らかにした。
●正体破れたり!
地木の声が辺りに響く頃、搭乗席へと乗り込んだソウマは呆然としていた。
「‥‥これは‥‥」
呟くソウマの目の前には『和歌山みかん』と書かれたダンボール箱一つと、床から伸びた竹が二本。そしてコード剥き出しのペダルのようなモノとどでかいスイッチがいくつか無造作に置かれていたのだ。
「まさか‥‥これで操縦しろと言うのですか‥‥」
余りの質素さにソウマの背中を冷や汗がタラリと流れる。普段はクールなソウマではあるが、誰も見ていないことも相俟って若干の焦りと果てしなく嫌な予感が身を支配する。
「これもキョウ運‥‥なのですかね」
呟くソウマ。と、そこで通信が入る。
「準備はいいかね? 準備ができたら手元の緑のスイッチを押してくれ」」
地木からだ。どうやらこちらのタイミングで試運転を開始するようだ。
しばらくの葛藤の後、悩んでいても仕方ない、とソウマはダンボールの上に腰掛け―――補強はされているようで壊れることはなかったが―――言われたとおりにスイッチを押した。
一方外で見守っていた見学者や傭兵たちは、コンテナから現れた新型機の姿に唖然としていた。
全長五十メートル。その大きさは見るものを圧倒させるだけの大きさがある。しかも傭兵たちの予想とは異なりしっかりとした人型を模っている。妙に光沢のあるそのボディは黒一色で塗装されており、その不気味さを一層増していた。
「随分と立派ですね」
「あぁ‥‥これは完全に予想外だ」
見上げる小夜子にネイが同意を示す。
「ますます気になるね〜。早く我輩の番にならないかな」
搭乗待ちのウェストは胸の高鳴りを抑えられずに目を輝かせる。
表情には出さないが他の参加者同様に驚きを隠せないでいた真理亜は、これならもしかするとと期待を抱きながらKVの脚部に視線を送る―――そして発見してしまった。装甲の塗装の裏に隠れた、『おいしい水』という文字に。
一瞬自分が何を発見したのかわからなかった真理亜。確認のためにそっとKVの脚部に手を乗せ、少しだけ力を加えてみる。
ベコン。
案の定、プラスチックの凹む音が聞こえた。更にその装甲の裏側には茶色の、幾層にも積み重ねて強度を増した分厚い紙の箱―――所謂段ボールの姿。
「ふむ、依頼書の数字はこれを示していたのか‥‥」
真理亜が呟くのと、他の傭兵たちがその秘密に気付いたのはほぼ同時だった。
「アーちゃんも乗ってみようかと思っていたけど、乗るのをやめてよかったー」
最初は試乗を希望していたアークも、真実を知って自分の判断が間違えていなかったとほっと一安心。
「とりあえず皆さんには避難して頂いた方がいいですね」
「もう準備は済ませてあるよー」
どこか疲れた様子で言うエシックの言葉に答えるアーク。どうやら何か起こることを予測して既に避難の準備だけは終わらせていたらしい。
「抜け目ないですね」
苦笑する小夜子にブイサインを返すアーク。
「‥‥さぁ、お仕事しましょう‥‥」
逃げるようにその場を後にする奏歌の言葉で、傭兵たちは避難誘導のためにその場を後にした。
傭兵たちが一般人の避難が終了させたのと、カラカラという謎の駆動音と共に新型機に火が入ったのはほぼ同時だった。
●動くぞコイツ! ついでにキメラ襲来。
「見るがいい! これぞ我らが悲願の集大成だ!」
沈黙を保っていた新型機が地木の声と共に歴史ある一歩を踏み出す。
右足が持ち上がりそのまま一歩前へ。全長五十メートルともなればその足だけでもかなり大きい。それが地面に着地すると同時にふわっとした風と緩やかな音が響き渡る。
「‥‥‥‥」
余りの衝撃の軽さに誰もが言葉を失う。そして皆一様にして思う―――「これはダメだ」と。
その沈黙を破ったのは、夏にはよく聞こえてくる、人間の不快音の最たる音。
ぷーん。
蚊の羽音であった。
だがある程度予想していた傭兵たちに焦りはなかった。
「此方神宮寺。キメラ発見。コードレッド」
「了解。こちらも確認しました。各自警戒してください」
真理亜の通信にエシックが答え、そのまま仲間へと警戒を促す。確認したのは大きな蚊のキメラ数匹。視認できるほどの大きさ故に発する音の不快感も半端ない。
「人に仇なす害虫さん‥‥私がしっかり洗浄して差し上げます!」
飛び回るキメラをきっと睨み付けた小夜子はバトルモップをぶんと一振り。
「ふん、バグアも来たか、まったく無遠慮な連中だね〜」
口元を僅かに歪ませて首元からぶら下げた十字架を無造作に引きちぎったウェスト。同時に彼の目が真紅に光り周囲に紋様が浮かび上がる。
「貴公等恨みはないが‥‥こちらも仕事でな。悪く思わんでくれ」
穏やかな出で立ちとは裏腹に厳しい目つきでキメラを睨むネイ。身体に蔦のような刺青を浮かべたかと思うと、姿が霞むような速さでキメラへと肉薄する。
キメラとはいえ件のKVを偵察に来ただけなのだろう。襲撃を想定していた傭兵たちの前に敵うはずもなく一匹、また一匹と撃墜されていく。残り一匹となったところでついにヤツが動き出す。
「新型KVの力‥‥『一応』見せてもらいましょうか!」
外部スピーカーから漏れてくる声はソウマのもの。同時に新型の腕がぐぐっと動きキメラ目掛けてその巨体を動かし始める。
同時にソウマが『GooDLuck』を発動―――操縦桿と言う名の竹を倒した瞬間に手元のスイッチを一つ、ぽちっと押してしまった。
キィィィンと甲高い音を立てて何かが作動する。
「おぉ!? 博士、アレは何だ!」
「ひょひょひょ。戦闘時にその軽さを速さへと生かすために取り付けたロケットエンジンじゃ!」
「なんと! ‥‥耐えれるのだろうな? 機体は」
「何を馬鹿なことを! ‥‥そんなこと知らんわい」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
地木とロージーのやり取りの後ろで操縦席だけがロケットと共に飛び出し、そのまま近くの海へと消えていった。
呆然と見守る仲間たち。
「あー、やっぱり葬式の準備もしとくべきだったかなー」
「‥‥勝手に死なせては可哀想ですよ‥‥それにしても‥‥」
手をおでこに当てて消えたソウマを見送るアークにぼそりと突っ込んだ奏歌は、そのまま操縦席のなくなった新型機に視線を送る。操縦できない新型機は、今やただの段ボールとペットボトルの塊でしかない。
「‥‥実用、する気ないですよね‥‥絶対‥‥」
呟いた奏歌に答える者は誰もいなかった。
●解散!
意味のなくなってしまった新型機はそのままに、残り一匹となったキメラも無事に塵と化した傭兵たちは、既に色々と脱力しきった一般の参加者たちを安全なところまで誘導した後に再び会場へと戻ってきていた。そして海からソウマも無事帰還。
「ヒドイ目に遭いました‥‥これだから自分のキョウ運が恐ろしい‥‥」
「運のせいだけではないような気もしますが‥‥」
自分を抱きしめるように身震いしたソウマに苦笑するエシック。
またそこには今回の主催、地木とロージーの姿も見受けられた。
「あ、あの‥‥今回は残念でしたね‥‥も、もう少しサイズとか色々気にすればもっと凄いモノができる‥‥のではないでしょうか?」
結果的に失敗に終わった今回の発表会に、落ち込んでてはいけないとわたわたとフォローの言葉を並べる小夜子。
「まぁ過ぎたることは気になさらぬほうがよい―――ってもう気にしとらんようじゃな」
同じくねぎらいの言葉を投げようとしたネイは、聞こえてきた反省の色などこれっぽっちもない二人の会話にはふと溜息をついた。
「ひょひょひょ。ロケットの推進力を計算するのを忘れておったわい」
「わははは! まぁよいではないか。総工費もそれほどかかっておらんし、一度できたのだ。改良してまた作ればいい」
言いながら豪快に笑う地木とロージーに、また作るのかと若干げんなりする真理亜。
「さてさて、こーんなものから実用化される技術が生まれるのかな? ま、こんな一発ネタKVが量産なんてされるようならそれこそ担当の正気を疑うけどねー」
誰に聞かすでもなく一人ぼそりと呟いたアークはくくっと笑みを漏らす。
今回のKVに関しては呆れがほとんどの傭兵たち。だが一人だけ、反応が違う者がいた。
「NOOOO! 結局我輩試乗できなかったじゃないか〜! ねね、中はどうなってたの?」
試乗出来なかったことを、頭をぶんぶんと振り回しながら悔しがるウェストは、唯一の試乗者であるソウマに詰め寄る。
ソウマはしばし考え込んだ挙句に右手をぽむと左の掌に打ち付ける。
「みかんと竹でできたかたつむりみたいでしたよ」
「‥‥気になるぅぅぅぅぅぅぅ!!」
ソウマの的を得たようなそうでないような描写に、無駄な妄想を繰り返すウェストであった。
こうして、一瞬だけ騒がせた新型機の発表会は無事、その幕を閉じた。
最後の別れの際に地木より「第二回もよろしく頼む!」と言われた一同がこの依頼中一番のコンビネーションで『誰が来るか!』と声をハモらせたようだが、それはまた別のお話―――。
〜Fin〜