●リプレイ本文
●つきあかりに更けていく
月の浮かぶ神社の境内。
巫女装束に身を包む流叶・デュノフガリオ(
gb6275)が舞う。
「そこで右手前に‥‥一呼吸」
付き添い、指導する未早。
日舞経験者の流叶にとり、神楽舞は難しいものではない。
だが神前の舞い。そして時間がなかった。
「能力者の力って、こういう事に生かしていくのもアリだよね♪」
ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)が器用に穴を埋めていく。
修繕の合間、ヴァレスは舞を眺める。と、流叶と目が合った。
微笑むヴァレス、返す流叶。
そしてすぐに舞いに戻る。
「‥‥うん、頑張ってるみたい♪」
ヴァレスもまた、修理に戻った。
「これはどうすっかねぇ」
追儺(
gc5241)の吐く息が白い。丹念に建物を見ていく。
(資材と‥‥大工も必要か)
追儺はやるだけやってみることにした。
「後は本番でどうなるか、かな」
休憩をとる流叶。
「‥‥雪」
外に、ちらちらと粉雪が舞い始める。
「積もりそうかな、これは」
夜空を見上げる流叶。
――2010年が終わりを告げる。
●はじまりの朝
静かな早朝に、バイクの音が木霊する。
やがて止まる排気音。
バイクを降り、戸口へと向かう少女。
「明けましておめでとうございますっ」
元気な声が響き渡った。
橘川 海(
gb4179)は呼び鈴もない民家へと足を踏み入れる。
長い長い石畳の階段を登りきる。
「悪りぃな、正月の朝っぱらから」
境内を見て回る腰の曲がった大工。
「やるだけやってくれ‥‥で、他は何がいる?」
追儺は建材を降ろす。
せやなぁ、と眼鏡を直す大工。追儺に指示を出し始める。
「やーっとやわー」
屋台から手を離す高日 菘(
ga8906)。
「‥‥っとと」
菘は階段を踏み外しそうになり、なんとか踏み止まった。
「ほんま世話かけんなー」
前で屋台を引いていた天空橋 雅(gc0864)をねぎらう。
「ああ、気にするな。それにまだこれからだろう?」
雅に頷く菘。
「とりあえず仕込み始めよかー」
菘は【おでん『すずな』】と書かれた暖簾をかけた。
菘たちの真向かいにも屋台が出来上がる。
「‥‥本気でやるの?」
ミリア・ハイロゥ(gz0365)は奥へと話しかけた。
「なにか問題が?」
かがんでいたターニャが顔を上げる。
「や、まぁ‥‥いっか」
不安はあるが気にしないことにしたミリア。
ふと、ミリアは巫女装束の人物に気付く。
荷車を押し、境内を進んでいる。
「あたし、ニーマント・ヘルと言います。今日はよろしくな」
お手伝いのひとりだった。
見上げるミリア。
「うん、よ、よろしく」
191cmで、男性のような顔立ちをしたニーマント・ヘル(
gc6494)。
「かわいらしいなそれ」
メイド服のミリアに、にかっと笑うニーマント。
「ま、あたしはメイドやってんだけどね」
ガラガラとおみくじを運んでいく。
中央、大神 直人(
gb1865)がシートを敷き始める。
続けてテント、テーブルとどんどん並べていく。
伸ばし棒、まな板、各種調理器具、容器、調味料‥‥最後に、杵と臼が置かれた。
「まだ時間あるよな」
杵と臼をお湯につけ、直人は神社の修理へと向かう。
元気な新年の挨拶に、住民は何事かと玄関へ。
見知らぬ少女にやや怪訝な表情を浮かべる。
「あ、年賀状と甘酒をどうぞっ」
見知らぬ少女――海は、可愛らしい兎の年賀状を差し出した。
「今日は神社で地酒やおでん、いろいろありますよっ」
傭兵さんもいますのでっ、海は続ける。
「みなさんで初詣にきませんかっ?」
●初詣
ぐつぐつと小気味の良い音を立てる。
「どうだろうか?」
和装に割烹着の雅は煮込まれた具材を見、菘に問いかける。
味見する菘。
「‥‥うん、これなら大丈夫ー」
感想を返す菘。
「丸大根とじゃがいもは崩れやすいから気ーつけてなー」
「ああ、了解した」
雅に残りを任せる菘。
それはそうと、と鳥居の方に目を向ける。
「だーれもけーへんなー」
いっこうに人の現れる気配はなかった。
「‥‥お?」
と、人影が見えはじめる。
「うー、やっと着いた」
包帯でぐるぐる巻きの海が神社に到着。
「わっ」
が、最上段を踏み外す海。
「‥‥っととと」
留袖姿の百地・悠季(ga8270)に支えられる。
「あぶないわね、ここ」
悠季はずっと怪我人の海に連れ添っていた。
ふと、海は菘に気付き、大きく手を振る。
「おー」
手を振り返す菘。
――そして海の背後、続々と村人たちの姿が現れた。
「らっしゃーい、温かいおでん売ってるでー」
おでん屋から威勢のいい声がかかる。
引き寄せられるように、参拝客が屋台を覗き込む。
「おでんはいかがですかっ」
「お、らっしゃい」
包帯姿の海、さらに屋台の奥から、これまた包帯だらけの菘が現れた。
「‥‥ここってこういう趣向?」
固まる参拝客。
「いらっしゃいませ、温まりますよ」
いえ違います、と割烹着の雅が顔を出した。
「じゃあ、大根と、牛すじを」
「かしこまりました」
雅は笑顔で応対していく。
「ぶほっ!」
突然、叫び声が上がった。
「‥‥ヴァレス」
流叶が目配せ。
それを受け、ヴァレスが接近。途中、凌が合流する。
ヴァレスはナイフへと手を伸ばした。
「なにかあった?」
背を丸め、口を押さえる参拝客。
「甘、すぎる‥‥!」
と、ターニャの屋台のものを差し出す。
「なるほど、これは‥‥」
黒くどろどろとした謎の物体。そこはかとなく危険フラグのニオイを感じさせる。
あぁやっぱり、とミリアが溜め息を吐いていた。
「‥‥おでんは、きっと口に合いそうだね」
とりあえず誘導。ヴァレスは踵を返す。
「お、これ1個もらえるかな」
何気なく凌が菘の屋台からおにぎりを摘み上げた。
「あ。それは」
気付いた菘が止めにかかる。
「ぅぁっ!」
が遅かった。
またしても上がる叫び声。
「‥‥ヴァレス」
流叶が目配せ。向かうヴァレス。
拳銃へとヴァレスは手を伸ばした。
「なにかあった、よね?」
口を押さえる凌に声をかける。
「ぁ、ぁぁぁ‥‥」
わなわなと口を震わす凌。
手にしたおにぎりは、緑一色。これみよがしに危険な、わさびわさびしたもの。
「なるほど、これは‥‥なんて罰ゲーム?」
わさびにぎりだった。
「いやー、まぁほら、当たりっちゅーことで‥‥縁起えーなー」
騒動は菘の苦笑で幕を閉じた。
奥へと進む参拝客たち。
「お守りに、おみくじはいかがですか?」
売店で巫女姿の流叶がにこやかに売り子をする。
「さあ このおみくじを買うと良い事があるかもよ」
そびえ立つ巫女装束。顔は参拝客から見えない。背の高いニーマント。
「おみくじを、ひとつ‥‥」
思わず購入する参拝客。
「ありがとうございます」
流叶がくじを笑顔で差し出す。
少しずつ、神社は賑わいを見せ始める。
「そろそろだな」
昼下がり、境内の様子を見ていた直人。
「準備はいいか、凌」
杵を握り、凌へと顔を向ける。
「大丈夫だ、問題ない」
手を蒸らす凌。
「せーの」
直人が杵を振り上げ、凌が身構えた。
「「よッほッはッふッはッ、ほッはッ‥‥」」
かけ声とともに、霞むような動きでもちがつかれていく。
徐々に歓声が湧き上がる。最初にパラパラとした拍手、それが水を打つように広がり、かけ声が掻き消されていった。
「みなさん、お待たせしました」
もちを配っていく未早と凌。
「あの、わたしもやってみていいですか?」
ふいに、未早が直人に小声で話しかけた。
「やってみてって‥‥未早さんがつくんですか?」
どうやら楽しそうだったらしい。
一抹の不安を感じつつも、直人は杵を手渡した。
杵の先端を握り締める未早。
「では‥‥いきます、よっ!」
大きく振り上げられる杵。
「やっ、ちょっと待」
直人の制止の声も遅く、勢い良く振り下ろされる。
どぼんと、盛大な音。
「あ‥‥ごめんなさい」
粉まみれになった直人を申し訳なさそうに、縮こまる未早。
「‥‥とりあえずこっち、やります?」
「あ。はい‥‥」
合いの手なら大丈夫だろう、と直人は交代。
「それでは‥‥よっ」
もちをこね、未早は合図を送る。
「よっ‥‥いや、手どけてください」
「う、すいません」
「はい、じゃどうぞ」
一度つき、二度つき、合いの手を待つ直人。
「よ‥‥よっ‥‥」
「その調子ですね」
だんだんとリズムよく、ペースをあげていく。
「よっほっはーっふーっ」
「よっほっはっ‥‥いや待った、声だけじゃないですか」
「すみません‥‥」
「‥‥姉貴、オレに代わろう、な?」
もちを配り終えた凌が交代する。
歓声や笑い声の溢れる境内。
「うー、寒いときはやっぱり温かいものだよねっ」
おでんを頬張りつつ、幸せ一杯といった表情の海。
「もうひとついかがですかっ?」
参拝客にも勧め、悠季とお酌をして回る。
「‥‥とととっ?」
立ち上がった途端、階段の方へふらふらとよろめく海。
「橘川君、少し休みたまえ」
おでん屋の奥から、雅が海に休憩を促した。
階段へ向かう追儺。途中、何かが目に留まり立ち止まる。
「暇、だよな?」
「へ? うん」
追儺はぼーっと突っ立っていたミリアに声をかける。
ターニャの屋台は閑散として客がいない。
「なら修理をしてもらおうかねぇ」
「え〜」
「やり方は大工に聞いてくれ」
言い残し、追儺は去っていった。
「‥‥しかたないな〜」
ミリアが裏手へと向かう。
突如、喧騒の中を凌の打つ太鼓の音色が響き渡る。
一歩ずつ、巫女姿の流叶が神前へと進む。
拝礼。
神前の鈴と扇の採物を手に、向き返った。
しゃりん。歩むごとに、鈴の音。
仰ぎ見る。
時が止まったように、しんと静まり返る参拝客。
しゃりん。回り、回る。
ふっとかがみこみ、採物を交錯。
太鼓の音と鈴の音だけが響く。
しゃりしゃりしゃり。鈴を振る。
やがて、神前に採物を戻し、拝礼。
太鼓が止まる。
ゆっくりと神前を後にする流叶。
厳かな神前の舞が終わった。
舞を眺めていたヴァレスの元へ向かう流叶。
「‥‥やっぱり、緊張するね」
数分程度の舞とはいえ、付け焼刃。
だが、間違えることなく終えることができた。
「出店、見て回ろっか♪」
ヴァレスは残りの時間を流叶と過ごすことにした。
「ん、良い匂いだね‥‥食べてかない?」
流叶にヴァレスは微笑みで返す。
「高日さんの味を再現したつもりだが、どうだ?」
割烹着の雅がおでんを手渡す。
箸を伸ばす2人。
「大根と、かぶがいいかも?」
「せやろー」
菘は満足げに様子を一瞥。
ヴァレスと流叶は舌鼓を打ちながら、中央に目を移した。
「せいや! せいや! せいや! せいやぁぁぁ!」
気合いとともに、片手で杵を打ち下ろすニーマント。
「う、お、お、おおお」
合いの手をする直人が声を漏らす。
ぎしぎしと不吉な音を立てる臼。
「‥‥待て、さすがに覚醒はダメだ、ぶっ壊れる!」
怪光を放ち始めるニーマントの両目。
「おおい、豪力発現はよせ、やめろ!」
間一髪、臼を避難させた直人。杵と臼がメトロニウム合金製のはずはない。
「ろおおおおりんぐ、さんだああああ!」
盛り上がるニーマントの筋肉。
「一体何が回るんだ!?」
直人の悲鳴が木霊する。
「おもしろい大道芸だね♪」
遠巻きにもちつきの様子を横目にし、売店へと足を運ぶ2人。
「さ〜て、今年の運勢はっと♪」
早速、おみくじを引くヴァレス。
「ぁ、それじゃ私も」
前回はあんまり良くなかった流叶。今回はと願をかけて引く。
「‥‥小吉、か。ヴァレスは?」
ん、と流叶にくじを見せるヴァレス。
「一緒。少し良い事があるといいね♪」
ゾロ目という点では、運がいいかもしれない。
「そろそろ店じまいやなー」
西日を見、菘たちは店を畳み始める。
「あたし、メイドだから片付けるのは得意なんだ」
と、ニーマントが瞬く間に後片付けをはじめる。
「最後にみなさんで、記念撮影しませんかっ?」
海は村人たちに声をかけ、中央に集合してもらう。
「それじゃいきますっ」
海と未早で代わる代わる集合写真を撮る。続いてはがきにプリント。
未早が宛名を書き、年賀状が完成した。
初詣を終え、陽気に参拝客が帰っていく。
「皆さんが戻ってくるといいですねっ」
海は見送りながら、隣の未早に話しかけた。
「‥‥そうですね」
写真をひらひらと眺め、未早はうれしそうに。
「今日はほんとうにありがとうございました」
深々と頭を下げた。
依頼を終えた傭兵たちは初詣を行う。
健康息災。年末に家族計画成就を控えている。悠季は静かに手を合わせた。
「さて、君たちは病院へ帰ろう、な?」
目下重体中の海と菘の肩に手をやる雅。
海はふいに面々を見回す。
「みんな、ありがとねっ」
茜色の空の下。笑顔で去っていった。
「おっと」
階段を踏み外しそうになる直人。
無事、誰も階段から落ちることなく、初詣は成功に終わった。
●雪夜
「如月殿、黒豆はこちらかな?」
未早のおせち作りを手伝う流叶。
「新年をこんな形で迎えるとはねぇ♪」
如月邸にて、台所から漏れ聞こえる音と匂い。
「ま、たまにはいいか♪」
ヴァレスは楽しみにこたつで待っていた。
「あたしも楽しみ」
みかんをかじり、ニーマントも待ち構える。
「おまたせしました」
台所からおせちが運ばれた。
流叶はヴァレスの隣へと座る。
「これ私が作ったんだけど」
言い、雑煮を箸の先で掴む。
「はい、ヴァレス‥‥ぁーん」
流叶は頬を赤らめて、おずおずと差し出した。
ヴァレスの口に吸い込まれていく。
「‥‥美味しい?」
問いかけに、にっこりと頷くヴァレス。
「流叶もほら」
ヴァレスも同じように箸を伸ばす。
その様子を眺めていたニーマント。
「日本の宗教儀式って楽しみが沢山あるのね」
あたしも、とおせちをひっつかむ。
「あー、それ正月関係ないから‥‥ってオレ!?」
驚いた途端、凌の口に突っ込まれるおせち。
「そんなに急がなくてもいいのに」
「むごごごご! ふぐ!」
微笑む未早に、凌はブンブン首を振る。
ゆるやかに、にぎやかなひとときが流れた。
夜の境内。如月邸を後にした流叶とヴァレス。
「はいこれ♪」
そっと、ヴァレスは流叶へ手渡す。
「ずっと、流叶が健康でいられますようにっ♪」
渡したお守りは『身体健康』。無茶の多い流叶が無事であるよう願う。
「私も。危ない仕事、だから‥‥」
渡したお守りは『安全祈願』。流叶もまた、ヴァレスの無事を願う。
神社に雪が降り始めた。
ちらつく雪。
「あの、みなさんお帰りになりましたけど」
階下から見上げる未早。いまだ追儺は神社の修理を行っていた。
「なに、キリのいいとこまでやりたいだけでねぇ」
と釘を打つ追儺。
「どっちにしろボランティアみたいな任務だ‥‥かまわんだろ」
「‥‥そうですか」
微笑を浮かべる未早。
「あたたかいお食事を用意しておきます」
「そいつはありがたいねぇ」
こうして、追儺は数日神社へ修繕に通うことになる。
傭兵たちの手により修復された傷跡。
――小さな神社の初詣の出来事。