タイトル:夏山のキメラハントマスター:無名新人

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/11 14:33

●オープニング本文


 ぎらぎらと照りつける太陽。
 地面から熱気の立ち昇る山道。
 セミの声がせわしなく聞こえてくる。
「あーつーい〜‥‥」
 そんな中を、ぞろぞろと歩く者たちがいた。
「そのような黒い服で重そうなものなんて持ってるからでしょう」
 冷ややかに横目にする女。その表情は対照的に涼しげだ。
「‥‥ターニャはそこらに遊びに行く感じよね」
 ふわりとしたワンピース姿をじと目で見る。
「銃さえあればなにも問題はありません」
 その手にはワンピースとは不釣合いな銃器。
 彼女たちはキメラが現れた区域の探索を行っていた。
「はぁ〜‥‥なんでこう、メンドクサイ奥まった場所にわざわざ現れてくれるかな」
 このあたりは市街地からは遠く離れた山道。
 ここを通るのは、この先の研究施設に用がある者だけだ。
「なぜでしょうね」
 素気なく返すが、ターニャは頭の中であれこれ思案していた。
「できれば冬に現れてほしかったな〜」
「それはそれで、ミリアは『さーむーい〜‥‥』なんて言いそうです」
「‥‥うん、ていうかわたしの声マネが似すぎててなんかヤダ」
 ふふふ、と得意げに笑みを浮かべるターニャ。
 ターニャとミリアが傭兵のコンビを組んでから、かなりの年月が経っている。
 2人は仕事仲間であり、友人であった。
「さて‥‥あとはここだけか〜」
 ミリアの前方には小高い山、そして樹海が広がっていた。
「やはりキメラが潜んでいるのはここ、ということになりましたね」
「そうね〜。結局今までなーんにも出なかったし」
 これまで1体のキメラも現れず、ただ山の中を歩きまわったのみだった。
「まぁ調査とはそういうものですから」
 暑いのではなくて、ミリアは単に退屈で疲れただけでは――ターニャはそう考える。
「で、ようやく人も増えたというわけで」
 言い、ミリアは後ろの様子をうかがい見る。
 UPC軍の人手不足で仕事がまわってきたわけだが、調査範囲はかなりの広さだった。
 そして、さきほどようやく追加で調査にあたる傭兵たちが到着した。
「ん〜‥‥普通にやってもツマンナイよね」
 山と森か〜。そう、つぶやきはじめるミリア。
「つまる、つまらないは仕事に関係ないでしょう」
 これはまたミリアが何かよからぬことを企んでいるのではないか。
 ターニャは嫌な予感がした。
「ねね、ふた――」
「却下します」
「え〜っ、まだ何も言ってないのに」
 ターニャはミリアには取り合わず、後ろに振り返る。
「それではみなさん、これより前方の山の探索に入りましょう」
 そうして新しく参加した傭兵たちに説明を始めるターニャ。
「ねーねー」
「地図を見る限りでは、東側の方に――」
 肩をつつくミリアには構わず、説明を続ける。
 ターニャはいつもろくな目に遭ったことがなかった。
「2手に分かれてさ、どっちがたくさんキメラを倒せるか勝負しない〜?」
「コウモリ型のキメラは洞窟にいると――」
「‥‥おーい。やっほー?」
 目の前に手を振る、が反応がない。
 仕方ないなぁ、とミリアは息を吐き出した。
「‥‥負けた方が、今月の晩御飯おごりね」
 そっとささやいた途端、ぴたりと解説が止まった。
「やりましょう」
 くるりと振り向いたターニャ。
 すでに勝利を確信しているかのように、にこにこと満面の笑みを向ける。
 ターニャはお金には目がなかった。


●探索準備
 ではあらためて、ターニャ・クロイツェンです。
 もう一度依頼の内容と、調査結果について説明させていただきますね。

 今回の依頼は指定区域の探索ですが、未調査エリアは目前にある山と森です。
 おそらく目撃されたキメラはこの未調査エリアに集中していると考えられ、これよりできるだけ多くのキメラを殲滅することに重点を置きます。
 中央の山を登るルートと東側に広がる森のルートとに分かれて探索を行いましょう。
 私と隣にいるミリア・ハイロゥは別々のチームになりますが、それ以外の方の割り振りはお任せしますね。
 それから夜間の戦闘は危険ですので、帰還する時間も考慮して探索は現時刻の13時から17時までとさせてください。

 では、2つのルートについて説明します。
 ひとつは東側の森を通り、前方の山を迂回するルートです。
 そこにはまばらに樹木が林立し、茂みが多くある平坦な森が広がっています。
 地図を見ると、北東から南に小川が横切り、途中に小さな池があるようですね。
 もうひとつは前方の山を探索するルート。
 こちらは木があるのは東側のルートと同じですが、探索範囲自体はこちらのほうが狭く、おおよそ半分ほどになります。
 しかし急勾配の傾斜が多く、ほとんど崖に近い場所もあるようです。
 頂上付近は見晴らしの良いフラットな地形ですね。

 ところで、地元住民の方から山の北側のふもとに浅い洞窟が集中していくつもあると聞いています。
 私はコウモリ型のキメラがこのあたりを根城にしていると推測しています。森ルートからは到着に少々時間がかかりそうな場所ですね。
 探索にかかる時間の目安としては‥‥森ルートでキメラがいないとするなら、能力者2人で散開すれば十分時間内に探索を終えられる範囲、でしょうか。
 あと、この区域内であれば無線機での通信は可能です。

 次に、キメラの情報について。
 最初に確認されたのはクモ型のキメラです。
 大きさは超小型。能力は全体的に低いと思いますが、噛みつかれると痛そうです。
 また、毒はありませんが、吐き出される粘着性の糸には注意してください。
 このキメラは多数目撃されています。
 目撃証言から、特に森ルートの方で数多く出現すると考えていいでしょう。
 もう一種確認されているのは、コウモリ型のキメラです。
 こちらの大きさは中型で、素早い動きが特徴でしょうか。
 不規則に空中を飛びまわるらしく、正確に攻撃を当てるのは難しそうですね。
 鋭利な爪と、あとは超音波を出して襲ってくるとのこと。
 確認されている数はそれほど多くありません。
 そうですね‥‥昼間は洞窟に潜み、夕方になると獲物を探しに出かけるんでしょうか。

 それでは、以上になります。
 私と同じチームになった方は、一緒にがんばりましょう。
 ミリアと同じチームになった方は‥‥‥‥どうかご無事で。

●参加者一覧

木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
番 朝(ga7743
14歳・♀・AA
紅月・焔(gb1386
27歳・♂・ER
レイド・ベルキャット(gb7773
24歳・♂・EP
兄・トリニティ(gc0520
24歳・♂・DF
有村隼人(gc1736
18歳・♂・DF
和泉譜琶(gc1967
14歳・♀・JG
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER

●リプレイ本文

●森の中へ
「今回はよろしくお願いします」
 丁寧に挨拶する有村隼人(gc1736)。
「こちらこそよろしくおねがいしまーす!」
 和泉譜琶(gc1967)が元気よく答える。
「はいはいー、よろしくね」
 対照的にミリアは少々ぐったりした様子だ。
「それにしても勝負、ですか」
 その隣、森を眺めるメガネの青年。レイド・ベルキャット(gb7773)が横目に話しかける。
「僕はお役に立てるか分かりませんが‥」
 隼人は自信なさげにつぶやく。
「ミリアさんのお財布事情の為にも、負けられないですねー」
「くれぐれも無茶だけはしないでくださいね」
「わかってるってー」
 念押しするレイドに生返事を返すミリア。
「ともかく、確実に皆様で依頼をこなしていきましょう」
 木花咲耶(ga5139)がまとめる。
 そうして5人は森へわけいっていった。

 目前に広がる森林。背の高い樹木がぽつりぽつりと並び、腰の高さほどの茂みが点在している。
「思ったより深い森ですね‥」
 ミリアが持っていた周辺の地図と譜琶の方位磁石を手に、隼人が漏らす。
「そうなのよね〜。ほんと、めんどうで――」
 言いかけ、ミリアは口を閉ざす。前方の空中に浮かぶ異様なもの。
「キメラを発見いたしましたわ。気をつけてください」
 咲耶の呼びかけに頷く面々。
「く、くもさん‥」
 木上から垂れ下がっている蜘蛛。全体的に茶色で木とあまり見分けがつかない。そして、その大きさは明らかに人の顔よりも大きく、キメラであることは明白だ。
「やっと現れたわね!」
 さきほどまでと打って変わり、猛然と蜘蛛に突っ込んでいくミリア。
「あ! 待ってください!」
 静止する譜琶の声は届かない。ミリアはあっという間に距離を詰め、剣を振り上げる。
「おりゃー!」
 勢いをつけた大振りな一撃。かわす間もなく、蜘蛛が真っ二つに両断されて茂みへと落ちていく。
「よっし、1ポイントげっと〜!」
 嬉々として振り返るミリア。だが――
「――えっ?」
 目の前に赤茶けた気味の悪いモノがいた。視界の端、左右にも蜘蛛がするすると下りてくる。
「あっ」
 三方から吐き出される糸がミリアに幾重にも浴びせられていく。全身が白い糸で覆われ、手足が動かない。完全にミリアは身動きが取れなくなった。目の前の蜘蛛の複眼に、絡めとられたミリアの姿が映りこむ。
 だが、突然蜘蛛が弾け飛んだ。
 貫くような緑の視線。いち早く複数の蜘蛛に気付いた隼人だった。
 無言のまま、隼人から黒のエネルギー弾が射出されていく。
 2匹、3匹。瞬く間に蜘蛛は黒に射抜かれて沈黙した。

「大丈夫ですか?」
 ようやく糸を剥ぎ取ったミリアに隼人が声をかける。
「うー‥‥まだべとべとして気持ち悪い」
「ここから北東に池があるようなので、そちらへ行きましょうかねぇ」
「そうする‥」
 夏山の暑さにべたつく糸。ミリアはげんなりしながらレイドの提案に賛成、一行は池へと足を向ける。
 そんな中、レイドは立ち止まったまま後方を見つめていた。
「どうかいたしましたか?」
 怪訝に感じた咲耶がレイドに声をかける。
「‥いえ、気のせいのようです」
 レイドはきびすを返し、咲耶とともに3人の後を追った。

 レイドの見ていた先。すっと木から蜘蛛が垂れ下がり、地に舞い降りた。
 隣の木からもさらに蜘蛛が現れる。そしてその隣からも。あとから、あとから。次から次へと‥‥。


●崖
「森林浴に山登り。夏の定番だな」
 天野 天魔(gc4365)はそうつぶやく。
「‥‥重い銃器と暑苦しい装備がなければ、だが」
 ライフルを負い、天魔は岩の出っ張りに右手をかけて体を持ち上げるようにして少しずつ進む。
 山の探索のターニャたちは、一直線に洞窟へと向かっていた。
「おーい、まだかー」
 頂上から声が響き渡る。番 朝(ga7743)はとっくにこの崖を登りきり、待ちくたびれているといった様子だ。
「‥なんてやつだ」
 感嘆の声をあげつつ、天魔は登るペースを上げる。
「すでに蜘蛛が4匹ですか。了解しました」
 天魔のやや後方、ターニャは窪みのような場所でいったん咲耶と無線で連絡を取っていた。
「番さん、頂上の様子はどうでしょうか」
「見渡す限り、なんにもいないぞ」
 わかりました、と無線を切るターニャ。
「いそがなければ」
 山登りを再開する。ターニャたちはまだキメラと遭遇しておらず、頂上にも見当たらないらしい。
「勝負ね」
 ふいに聞こえた背後からの声。
「日々殺伐とした戦闘ばかりだからな‥‥たまにはこういうのも悪くない」
 最後尾の紅月・焔(gb1386)はゆっくりと崖を登っていた。
「そうですか」
 ところで、とターニャは動きを止め焔に振り向く。
「もう少し離れてもらえませんか」
 ずっと焔はターニャにぴったりくっついていた。
「ふ‥後ろを守るのは男の役目なんだ」
 と、山風でターニャのワンピースがふわりとなびく。
「うん! 良いネ! これはポイント高いヨ! コウモリ霞むっスよ! うん!」
 言うガスマスクの焔を尻目に、ターニャはおもむろに無線を取り出した。
「‥ミリア、ガスマスクの男は何ポイントでしょうか」
「え〜? よくわかんないけど、蜘蛛以下じゃない?」
「そうですか」
 そうして無線を終えるやいなや、ターニャは焔を見下ろす。
「さて、なにか言い残したことはありますか」
 そう、焔にやさしく微笑みかけるターニャ。
「ちょ! 暴力反対! 俺キメラとか変態じゃ無いし! 強いて言えば‥‥愛のエロリスト?――っていやぁぁぁぁぁ!!」
 山にガスマスクの男の絶叫が木霊した。
「まずは0.5ポイント」
 頂上を見据え、ターニャは先を急ぐ。


●這い寄る大群
 小さな池のほとりで休憩をとっていたミリアたち。
「落ち着かれましたか」
「うん、もう大丈夫」
「それはなによりですわ」
 ねぎらう咲耶。そのとき――
「‥くも」
 ぽつりとつぶやく隼人。そばにいた譜琶はその視線を追う。
「くっ、雲? くも? クモ? 蜘蛛ー!?」
 いたるところから蜘蛛が次から次へと現れる。
「どうやら後ろからぞろぞろとついてきていたようですねぇ」
 銃を構えるレイド。
「ミリアさん、突っ込まないでくださいよ」
「わかってる」
 這い寄る大量の蜘蛛。ミリアは息を呑んで剣を握り直した。
「確実に、一匹ずつ減らしていきますよ」
 咲耶に頷き、ミリアと咲耶は共にじりじりと前に出る。
「いきますわよ」
 瞬間、群れの一角に踊り出る咲耶。長大な刀が閃き、舞う。一瞬にして4体の蜘蛛が叩き潰されたかのように斬り刻まれた。
 紅の瞳の先は咲耶の頭上。譜琶の放った矢が風を切って突き進む。幹に突き刺さる矢の衝撃で蜘蛛が木上から落ちていく。
「せりゃ!」
 地面に落ちる前に、ミリアによって3体の蜘蛛が真っ二つにわかれて落下した。そして咲耶たちの右方、4体の蜘蛛が隼人の放った黒のエネルギー弾の直撃を受けて転がり、正面の4体がレイドの小銃で撃ち抜かれる。
 しかし――
「数が‥‥多い!」
 押し寄せる蜘蛛たちは止まらない。じわじわとミリアに這い寄っていく。
「っ――と!」
 飛びかかる蜘蛛をよけたミリア。だが、続けて蜘蛛が次々と迫る。
「くぅっ」
 かろうじて、上半身を大きく傾けて避ける。
「わわっ!」
 が、バランスを崩して尻餅をつく。そこへさらに飛びかかる2体の蜘蛛。ミリアは反射的にきつく目を閉じた。
「これは、たしかに痛いですねぇ‥」
 ミリアに覆いかぶさるように身代わりとなったレイド。肩から鮮血が滴る。
 さらに後方――
「ひっ」
 突如、譜琶の左方にあった茂みから蜘蛛が飛び出した。大きく口を開け、
「糸、糸吐きましたっ! イヤー!!」
 白い糸が譜琶の上半身に絡みつく。
 そして、咲耶の前方にも2体、同時に糸を吐き出す。
「このぐらいの糸でしたら、避けるまでもありません」
 掲げた盾に巻きつく糸。咲耶は盾を後方へ勢い良く引く、と引き寄せられ宙に浮きあがる蜘蛛たち。長刀の横薙ぎが糸ごと2体の蜘蛛を断ち斬る。そのまま咲耶は流れるように一歩踏み出し、さらにもう2体の蜘蛛を葬り去った。
「とは言え‥‥これなら当てやすいですね」
 食いつく蜘蛛に銃口をあてがうレイド。立て続けに轟音が鳴り響く。肩に負っていた2体、そして前方の2体の蜘蛛が撃ち抜かれた。
 残り1体となった蜘蛛。その背後に刃が煌き、弧を描く。振り下ろされた隼人の大鎌。寸断された蜘蛛を緑の瞳が見下ろしていた。

「救急セットがあるので、これで治療しますよ」
 あたりに蜘蛛がいなくなったことを確認し、レイドに治療を施す隼人。
「‥‥ありがとね」
「どういたしまして」
 小さくお礼を言うミリアに、レイドは微笑みかけた。


●洞窟
「ようやく辿り着きましたね」
 ターニャたちの前には大きく口を開けた洞窟。
「落ち着いて、急いでいきましょう」
 道中には1匹のキメラもいなかった。
「むずかしいなそれ」
 言い、懐中電灯を手に夜目の利く番を先頭に入っていった。
 静寂な洞窟内は外気と比べてひんやりとして薄気味悪い。内部は暗闇に包まれていた。
「いるな」
 番の声が反響する。
 光を当てると――逆さまの大きな顔が照らし出された。紫の皮膚をした蝙蝠。その眼が開き、白眼が番たちに向けられる。
「2体‥‥いったん外へ」
 提案するターニャ。真っ暗な中、空中の敵を相手にするのは得策ではないと判断した。
「後ろからも来てる」
 複数のかすかな物音。天魔は背後からの異音に気付いた。音がだんだん天魔たちに近付いてくる。
「‥仕方ありませんね」
 くるくると小銃が回転、ターニャの手に収まる。
 臨戦態勢に入った。
 後方を懐中電灯で照らす焔。忍び寄るような蜘蛛が次々に浮かび上がる。
「へい! 番長! あのキメラ共しめちまいやしょうぜ!」
 焔が言い終わる前に番が動く。大剣が地を這う蜘蛛を叩き潰し、さらに横薙ぎを右方の蜘蛛に繰り出す。巻き取られたように二分された蜘蛛が跳ね上がる。その勢いのまま大剣が振り回され、連続して両断される蜘蛛。ふいに番は立ち止まり、大剣を真上に突き上げる。串刺しにされた頭上の蜘蛛が、もがきながら絶命した。
 焔は番のいく手に明かりを照らす。蜘蛛が照らし出された瞬間、撃ち抜かれる。番の周囲の蜘蛛を1体ずつ、正確に殲滅していく。
 だが、2体の蜘蛛から糸が吐き出される。番の大剣と両手に巻きつく糸。
「挟撃か。愉快な事をやってくれるじゃないか」
 懐中電灯で照らしだされる蝙蝠。天魔のライフルから次々と弾丸が撃ち出された。
「これだけ撃っているんだ。牽制とは言え、一発ぐらいは当たれよ」
 不規則に飛びまわる蝙蝠には当たらない。だが、2体の蝙蝠の距離は引き離された。
 突如、銃弾をかわした蝙蝠の羽音が変わる。
「うっ!」
 頭を揺さぶる強烈な振動。不可視の超音波が天魔に襲い掛かる。
「でも止まったらダメだよな」
 攻撃でホバリングする蝙蝠。焔の放った弾丸全てが命中、壁面に激突して張り付けられたように蝙蝠は沈黙する。
「空中に釘付けにします」
 様子を見ていたターニャが残りの蝙蝠に銃口を向けた。洞窟内に轟音が響き渡る。
「今がチャンスです」
 蝙蝠の周囲に大量にばら撒かれる弾丸で蝙蝠の動きが一瞬止まる。振り向いた黄金の瞳が蝙蝠の姿を捉えた。番が手に巻きつく糸を強引に引きちぎり、洞窟を駆け抜ける。
 途切れた銃撃。蝙蝠の前には浮かび上がる金の両眼。が、すっと目前で消える。側面に回られた――そう気付いた蝙蝠の視界はすでに反転していた。
「うじゃうじゃと鬱陶しい」
 なおも迫る蜘蛛を天魔は蹴散らすように撃ち抜いていった。


●小川のほとり
「‥‥やっぱり蝙蝠は8ポイントでしょう」
「いまさらルールの変更は認めません〜」
 なおも食い下がるターニャに、勝ち誇るミリア。両チームともに探索エリアはすべて回れなかったものの、大量に蜘蛛を殲滅したミリアたちが勝利した。
「準備はおまかせください」
 と割烹着を着る咲耶。
「な、なんですかその割烹着は。マイ包丁まで‥‥」
 手際よく準備をはじめる咲耶を唖然と見つめるターニャ。
「キメラはいないな。俺も手伝うぞ」
 番に続いて、全員で準備をはじめる。
「お肉〜野菜〜花火〜」
 楽しそうに、材料をぶつ切りにしていく譜琶。
「花火は切らないでくださいね‥‥って花火まであるんですか」
 かたわらに置いてある花火セット。これも咲耶の持ってきたものだ。
「これはヤラセです、仕組まれた罠です、組織の陰謀です」
「はいはいはいはい、いいから手伝って」
 ミリアにうながされ、ターニャも渋々手伝った。

「はい、焼けましたよ」
 隼人が焼けた肉をわける。
「あ、僕には構わず、皆さん食べててください」
 にこやかにどんどん材料をのせていく。
「はっ」
 ほんの一瞬、隼人は凍てつくような視線を感じた。
「いただきまーす!」
 と、ほどよく焼けた肉に箸を伸ばす譜琶。
「ハッ」
 が、ぴたりと止まる。譜琶は刺すような眼差しを感じた。
(「‥‥気のせい気のせい」)
 食事中、箸を進める全員が何かを感じていた。

「ところでミリアさんとターニャさんって仲いいのですか?」
「そうですね‥‥なんと言いますか、最初はほっておけない気がして――」
 あらかた片付いたバーベキュー。テーブルでは隼人とターニャが話し込んでいる。が、ターニャの視線は隼人のやや後方。余った食材をものすごい勢いで胃袋に収めていく番がいた。ターニャは話しながらも番に怨念のこもった視線を送っていた。
「よろしければ花火をいたしませんか? とても綺麗ですわよ」
「花火、大好きなんですよね」
 いいですね、と咲耶とともに席を立ち、ねずみ花火を取り出す隼人。
「ワー! 見てくださーい、ほらほら、4つ持ちー」
 譜琶の手から長い火花がほとばしる。それは立て置く花火だ。
「宴は参加するよりも観賞したほうが楽しいからな」
 レイドの背後から天魔。線香花火を手にレイドは花火の様子を楽しそうに眺めていた。
「しかし小川の畔、月明かりの下、花火に興ずる男女、か‥‥絵になるな」
 違いないですね、と返す。
「うん、風流ですな。皆とてもとても‥‥ぐへへへ」
 ガスマスクの男も楽しんでいるようだ。別な視点で。
「なにがですか?」
 焔の背後からの声。振り向けば、にこやかにターニャが立っていた。
「は、花火の話だヨ? うんうん」
 ぶんぶん首を縦にする焔。
「‥‥付き合わないか? 思索に沈むにしても酒と肴があったほうがいいだろう?」
 苦笑を浮かべながらレイドを誘う天魔。いいですね、とレイドは頷く。
 と、そのとき。 
「このダメガネが!」
 ミリアがばしばしとレイドの肩を叩く。
「あ。ダテメガネか。ふふふ」
「‥‥酒くさいな」
 天魔が漏らす。
「ミリアさんにあたりましたか」
 レイドは飲み物にウォッカを忍び込ませていた。もちろんラベルも偽装して。
「辛気臭い〜。もっと楽しみなさいよ〜」
「は、はぁ‥‥」

 こうして傭兵たちの夏の夜は更けていくのであった。