タイトル:急襲の銀牙マスター:無名新人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/16 21:05

●オープニング本文


 ――オフィスのようなロビーの一角。
「ふぁ‥‥‥‥はふゅぅ」 
 時刻は昼下がり。
 ひとりの女がなにをするでもなく、壁に寄りかかっていた。
 名をミリア・ハイロゥという。
「おおきなあくびですね」
 あきれたように、守衛室から戻ってきたもうひとりの女。名をターニャ・クロイツェン。
 あ、おかえりとミリアはターニャに顔を向ける。
「ほんと、手続きってメンドウ」
「そのメンドウなことをしてるのはいつも私ですが」
 言い、ターニャはゲスト用IDカードを手渡す。
「それにしても、タイクツな依頼よね〜」
 ミリアがカードリーダーにIDカードをかざし、ロックの解除された扉を押し開ける。
 ふたりは傭兵のコンビだった。
「楽なほうがいいじゃないですか」
 3重に重ねた箱。その横から首を傾けて前を見ながら進むターニャ。
「まぁ、そうなんだけどさ〜」
 ガラガラと荷台を押しながらミリアはつぶやく。
「これじゃタダの荷物運びじゃない」
 ふたりは小さな研究所内に研究用の資材を運んでいた。
 彼女たちの受けた依頼は、研究用資材の運搬を安全に行えるよう護衛すること。昨日、キメラらしきものの姿がこの研究施設周辺で目撃されており、その調査が済むまでの護衛依頼。しかし道中では特に何も起こらず、無事に資材は研究施設へと到着した。
「えーっと、これって3階の受付でいいのよね?」
 カチカチとエレベーターのボタンを連打するミリア。
「ええ。私のは地下1階です」
 ボタンを破壊しないでください、あと、迷子にならないでくださいね、と小言を残してターニャは階段を下りていった。

「何階ですか?」
 エレベーターには首から黄色のIDカードを下げた研究所員の女性がいた。
「あ、3階です」
 赤色のゲスト用IDを下げたミリア。白衣ではないスーツ姿の女性をじっと見つめる。それなりに責任のある立場の人なのだろうか、銀縁のメガネやきっちりと整った正装からどことなく気品や余裕といったものが感じられる。
(「科学者、か‥‥」)
 はっと目が合い、ミリアは慌てて入り口へ向き直った。もうすぐ3階に着く。
 ガクン、と音を立ててエレベーターが止まった。表示はまだ3階になっていない。それに止まり方が急すぎる。
 ――フッとエレベーターの明かりが消えた。
「停電‥‥?」
 と、所員の女性がエレベーターの呼び出しボタンを数回押す。
「これで少し待ってみましょう」
 女性に取り乱した様子はないため、ミリアもまた慌てることはなかった。
 無音の時間が流れる。
 だが何分経過しても反応はない。かすかにどこからか聞き慣れない物音も聞こえ始めていた。待ちきれなくなったのか、女性は首をひねり入り口へ近付こうとする――

 ドゴン

 突然あがった音に、思わず女性は後退った。まるで何かが扉に当たったような激突音。2人はしばらく扉を食い入るように見つめる。
 もう音はしない。
 やがて、意を決してここから出ようとミリアが入り口に近付き、扉に手をかけた。
「ん」
 少し力を込めると、いとも簡単に扉は開く。もうすぐ3階だったのか、入り口の上半分からフロアの様子が見えていた。
「燃えてる‥‥」
 ミリアの目に飛び込んできたものは、一面焼き払われたようなフロア、そして――巨大なキメラの後ろ姿だった。

 一方その頃。
(「停電‥‥にしてはおかしいですね」)
 資材を運び終えたターニャは、明かりの消えた地下の狭い通路を歩いていた。足元の非常灯だけが薄っすらとあたりを照らす。ついさきほどとは打って変わって、不気味なほど周囲は静まり返っている。
(「どこかにとどまった方が良いでしょうか。それとも預けた武器をとりに入り口の守衛室へ――」)
 通路の先。すっと、人のような、けれども人ではないものの姿が浮かび上がる。ぼんやりと銀色の影が1体、また1体と‥‥。
(「考えている時間はありませんか」)
 ターニャはきびすを返して走り出した。

●参加者一覧

レイド・ベルキャット(gb7773
24歳・♂・EP
神楽 菖蒲(gb8448
26歳・♀・AA
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
和泉譜琶(gc1967
14歳・♀・JG
フランエール(gc3949
21歳・♂・FC
ザックス(gc4745
19歳・♂・CA

●リプレイ本文

●突入
 燃え上がり、火の粉が舞う。
「‥‥一人残らず助け出すわよ」
 神楽 菖蒲(gb8448)の瞳には、焼け落ちる壁面が映し出されていた。
「さきほど本部に問い合わせてみましたが」
 その隣、レイド・ベルキャット(gb7773)。
「付近で調査に当たっていた傭兵とは連絡がつかないそうです。恐らくは‥‥」
 眼鏡の奥は険しい。
 現場へ急行した傭兵たちは施設内へと急ぐ。


 フランエール(gc3949)が舞うようにキメラとすれ違う。
 2度、3度、斬りつける刃。2体の銀色の狼が呻き声を上げる。
 直後、大きく振り上げられた刀が人狼に振り下ろされた。
「ふぅ‥‥」
 2体のキメラを仕留めたザックス(gc4745)は額の汗を拭う。
「もう少し肩の力を抜こうか」
 ジャック・ジェリア(gc0672)がザックスの肩を軽く叩く。
「生存者の救出もある。1つずつクリアしていこう」
 薄く笑みを浮かべ、ザックスを落ち着かせる。
「なんで、こんなにキメラが襲ってきてるんですかね‥‥」
 いまだ後方を見つめ、浮かない表情を浮かべる和泉譜琶(gc1967)。通過したロビーには凄惨な光景が広がっていた。
 そこへ守衛室から菖蒲が戻ってくる。
「入館記録にターニャって名前ならあったわよ」
 レイドは本部から、2人がこの研究施設に立ち寄っているかもしれないという話を聞いていた。
「さて、分かれ道ね」
 広い階段へと辿り着く。地上は3階、地下は2階まで。ここで傭兵たちは2手に分かれる。
 不気味な声が一行を待ち構えているかのように聞こえていた。


●上を目指して
「全員助け出すつもりで行きましょう!」
 先へ進むフランエールは気合を入れる。
「もちろんです」
 続いて階段を駆け上がるレイド、そして譜琶。
 その前方に3体の銀の狼が現れる。
「援護を頼みます!」
 フランエールが加速。2階へ足を掛け、勢いをつけて刃が閃く。鮮やかに斬り落とされるキメラの腕。が、2撃目は空を切る。
 狼たちの眼が一斉にフランエールへと向けられた。
 腕を振り上げる隻腕の人狼。その胸に、すっと矢が吸い込まれる。ゆっくりと仰向けに倒れていく狼。そして、立て続けに放たれる譜琶の矢が残りの狼たちの注意を引く。
 だが止まらない。人狼たちが長い腕を引き絞る。
 甲高い音。フランエールの掲げた盾が銀の爪を受け止めた。しかし続けて3度、強烈な爪の一撃が襲いかかる。
「うぁっ!」
 盾をかいくぐり、爪跡が刻まれる。膝をつくフランエール。そのまま喉元へ食いつこうと狼たちが顎を開く。
 轟音。人狼の体が弾け飛ぶ。防火扉へ打ち付けられ沈黙する狼。さらにレイドの銃撃は続く。残りのキメラも足を撃ち抜かれ、地に伏せた。

「キェェェェェ!」
 突如後方から奇声が上がる。翼をはためかせる、原色で彩られた鳥――始祖鳥型キメラ。
「クァア! コアッ!」
 それは獲物を見つけた歓喜の声。キメラが両眼に捉えるのは、小さな譜琶が振り向く姿。
「痛っ!」
 飛びかかり、譜琶を階段に組み倒す。強靭な足が譜琶の腕を押さえ込む。
「うっ‥‥」
 くちばしが譜琶の頬をかすめた。首をひねり、かろうじてかわした譜琶。だが不利な体勢は変わらない。
 と、そのとき。
「このっ‥‥!」
「グァァッ!」
 上階から、始祖鳥と揉み合いながら階段を転がり落ちる者がいた。そのまま防火扉へと突き当たる。途端、勢い良くキメラを蹴り飛ばして身をはがした。
 機を逃さず、フランエールが連続で斬りかかる。はらりと落ちるキメラの両翼。そして、レイドの射撃でキメラに空洞ができる。
 続けざま、レイドは譜琶にのしかかる始祖鳥に狙いを定め引き金を引く。翼が欠け、衝撃でキメラの体が一瞬浮かび上がる。
「うぅ‥‥!」
 譜琶は弓を構え、キメラの胸に矢尻をあてがう。引っ張られるように宙を舞うキメラ。放たれた矢は始祖鳥を壁に縫い付けた。もがき、やがて力なく地面に落下していく。

「救援?」
 黒い防護服に身を包む女が3人を見渡す。
「ミリアさん!」
 見知った顔に譜琶が明るく声をかける。
「こーんな形で再会したくなかったですねぇ、状況はいかがですか?」
「ん。ちょっと痛いかな」
 手を広げてみせる。防護服はあちこち損傷し、ところどころに血が染みついていた。
「ミリアさん、とりあえずこれを」
 レイドは予備の剣、そして盾代わりの短剣を差し出す。
「ありがと、借りるね」
 剣を受け取った直後、姿勢を低くしてレイドを横切るミリア。そして剣風が走る。地を這い迫っていた銀の狼を両断、ミリアはそれを飛び越えて先に進む。
「エレベーターに生存者がいるの〜!」
 階段を一気に駆け上がっていく。
「あ、突っ走らないでくださいよ!」


●地下実験室
「ミリアさんと合流しました。そちらはどうですか?」
 フランエールから無線が入る。
「今のところなにも。地上は館内図を見る限り、給湯室付近と奥の会議室に生存者がいるかもしれないわ」
「わかりました、そのあたりを捜索します」
 無線を終え、再び菖蒲は暗闇の中を進む。覚醒で光る菖蒲の左手を目印に、ザックス、ジャックの順に歩を進めていた。しかしこれまで人どころかキメラすらいない。そうして、突き当たりの実験室が見えはじめていた。
(「あれは‥‥」)
 実験室の扉の前に狼が3体。菖蒲たちに気付いていないのか、狼たちは扉を引っ掻いていた。
 菖蒲は素早く銃を構え、1,2,3――弾丸を撃ち込む。静かに崩れ落ちる銀狼たち。
 3人は実験室へと近付く。無数の爪跡。頑強な扉は、かろうじて破壊されることなく済んでいるように見えた。
「救援よ! 誰かいる!?」
 菖蒲が声を張り上げると、すっと暗闇に光が差し込む。実験室の扉が開いた。中には2名の白衣を着た男女。そして地面に横たわる者が1名。
「大丈夫ですか?」
 ザックスは負傷している男性に治療を施す。幸いにも軽傷のようだ。
「生存者3名を発見しました」
 菖蒲のトランシーバーで連絡を取るザックス。ジャックは扉付近で警戒を怠らない。菖蒲は研究員へと顔を向ける。
「他に生存者は?」
「傭兵のお嬢ちゃんが実験段階の短剣を持って、ひとりでキメラを引きつけて行ったよ‥‥」
「そんな‥‥」
 菖蒲はザックス、ジャックへと目を移す。
「地下2階、かな」
 菖蒲はジャックに頷く。
「さあ、私たちと一緒にここを出ましょう」
 傭兵たちは生存者を引き連れて実験室を後にした。


●狼の影
「ハッ‥‥ハッ‥‥!」
 荒い呼吸。それはまるで犬のもの。だが、ひたひたと歩み寄る足音は人間そのもの。扉の向こう、狼の影が映る。
「ハッ ハァッ ハァッ ハッ」
 扉にあたる呼気。目の前で足音がぴたりと止まった。
 一瞬で粉砕される扉。できた大穴から口を開けた狼が覗く。そうして獲物を引きずり出そうと、長い腕が伸びた。
 とすとす。間の抜けた音。狼の首が曲がる。人狼の頭に2本の矢が突き刺さっていた。扉にもたれかかり、ずるりと沈んでいく。
「お怪我はありませんか?」
 狼に代わり、穴から眼鏡の男が顔を出す。
「大丈夫、安心してください。あなたには指一本触れさせませんから」
 微笑み、扉を開ける。
「女子トイレで言うセリフじゃないわね〜?」
 背後の声に苦笑いを浮かべる男。あっけにとられながら女性所員は外に出る。

「次は2階ですねー。あ! なにか異常を感じたら教えてください」
「わかったわ」
 譜琶に答えるのはエレベーターにいた女性。
「こちらフランエールです。生存者を2名保護しました」


●大群
「これで5人」
 隊列の真ん中に研究員たちを置き、地下2階の中央にまで進んでいた。さきほどから慌しい足音が前方から聞こえる。それはだんだん大きくなっていた。臨戦態勢に入る地下班は薄闇に目を凝らす。
 現れたのは足をもつれさせて走る白衣の男性。その直後、非常灯がおぼろげにワンピースの女を浮かび上がらせた。手に持つ短剣の光は不安定に明滅し、今にも消えてしまいそうだ。
「っ――!」
 暗闇から伸びた銀の腕が女の肩を強打。壁に背を打ち付けられる。
 女は白衣の男を横目にする。と、菖蒲と目が合った。
 ターニャ――菖蒲は迷わず、予備の拳銃を放り投げた。瞬間、ターニャは拳銃に飛びつき闇に向かって弾丸を放つ。キメラの呻き声。そして一瞬、迫るものの姿が浮かぶ。
「多い‥‥」
 思わず漏らすザックス。
「ターニャ、それから生存者1名確保」
 ジャックが前へ踊り出る。そして、ガトリングガンが火を吹いた。けたたましい銃撃音。弾丸の嵐が次々と銀の狼たちを撃ち滅ぼしていく。
 全弾を撃ちつくした機銃から硝煙が立ち昇る。だが、蠢く気配はおさまらない。
「数が多い。相手の位置だけ調整してくれ。前で対応できない分は俺が仕留める」
 再装填し、ジャックは後方へと下がる。
「救援、でしょうか」
 肩を押さえ立ち上がるターニャ。その姿は満身創痍そのものだ。
「そうよ、私と同じ相手を狙って!」
 しかし手当てをしている時間はない。通路の両端から走りこんでいた人狼たちは菖蒲の牽制を避け、続くターニャの銃撃で中央へと進路を変える。その数7体。
「後ろに気をつけてください。敵はどんどん上から来ます」
 ターニャの言葉に前後を見回すザックス。物音が一行の背後からも聞こえ始めていた。うっすらと浮かび上がるのは、翼を持つ始祖鳥のキメラ。
 前方の銀狼3体を撃沈、続けてジャックは後方へ銃を向ける。弾丸の風が吹き荒れた。咆哮を上げ、撃ち落されていく鳥型キメラ。
 前方、人狼が大きく腕を振りかぶる。淡く光る菖蒲の左腕めがけ銀の爪が振り下ろされた。
「自分から来てくれるなら好都合よ」
 ぎりぎりと爪と受けた刀がこすれる。
「――敵も味方もね!」
 菖蒲が不敵に面を上げる。暗闇からザックスが飛び出した。
「あああ!」
 渾身の力を込めた一撃。狼の肩から先が両断される。苦悶の叫びを上げるキメラ、その脳天をターニャの放った弾丸が穴を空けた。
「犬に騎士が倒せるとでも?」
 向かい来る狼をすっと菖蒲が通り過ぎる。刀で斬りつけられた狼の体が上下に分かたれて転がっていく。そのまま流れるように銃を構え、狼の胸に狙いを定めて連射。断末魔の叫びを上げることなく、3体のキメラが倒れ込んだ。
 後方、眼前に現れた始祖鳥に無数の弾丸が撃ち込まれる。サブマシンガンでジャックは接近するキメラを掃討する。
「ま、こんなもんかな」


●救出劇
 空中に穴の空いた2階の防火扉。通過時にはなかったものだ。
「打ち落とすので戦闘不能にしちゃってください!」
 譜琶の狙いは穴の先にいる始祖鳥。風を切り、2本の矢が突き進んだ。隙間をかいくぐって1本が翼を射抜く。落下したキメラがデスクの上に転がる。
「はっ!」
 先行していたフランエールが逆手に持った刀を振り下ろす。机に張り付けられ、もがく始祖鳥。
 レイドは室内を見渡す。遮蔽物の向こう、奥の会議室の様子がわずかに見えた。
「譜琶さん!」
 叫ぶレイド。最後に防火扉を潜り抜けた譜琶が視線を奥へと向ける。擦りガラスに映り込む翼、そして頭をかばう人影。しかし、会議室まではぎりぎりの射程、そのうえ射線上には障害物もある。と、レイドが吊り下がる機材を次々と撃ち落す。
 障害がなくなった――刹那、目にも止まらぬ速さで矢が打ち出される。割れるガラス。鳥の頭には1本の矢が突き刺さっていた。

 ――1階。
 奥の会議室を覗き見たレイドは首を横に振る。
 もし、もう少し早く発見していたなら――譜琶の顔が曇る。
 無言。一行は階段へと向かう。
 ふと、研究所の外へ目を向けたフランエール。その表情が一変する。
「なにか‥‥いる!」


●急襲の銀牙
 地上へと向かう地下班。
「フランエールさんが!‥‥あぁ! レイドさんが研究員さんをかばって」
 突然無線から譜琶の取り乱した声が聞こえた。
「ちょっと、どうしたの!?」
「あっ‥‥――」
 爆発音を最後に通信が途絶える。騒然とする一行。
「‥‥急ぐわよ」
 目前の階段へと急ぐ。と、上から轟音が鳴り響いた。途端、足元が揺れる。粉砕された階段。巨大な何かが土煙を巻き上げて舞い降りた。
「こんなのまでいるの!?」
 見上げた菖蒲は驚愕する。威嚇するように広がる翼、全身を覆う銀の鱗、銀の牙が開かれた顎から覗く――竜型キメラ。
 竜の両眼が菖蒲を射抜くように見下ろす。竜の口から高温の火炎弾が吐き出された。
 菖蒲は動けない。背後には生存者たち。絶対に、避けるわけにはいかなかった。
 爆発。土飛沫を上げ炎上する。炎に包まれ崩れ落ちる菖蒲。
 ふっと銀の竜はその巨体の横を見せる。
「うわ!」
 壁を削りとり、尾の強撃がザックスに炸裂した。したたかに壁面に打ち付けられ、うつ伏せに倒れる。
 暗闇から一条の光。ターニャの銃撃が銀の竜に命中。が、甲高い跳弾音となって返る。
「‥‥」
 菖蒲を一瞬横目にする。そのまま竜の懐へ潜り込むターニャ。足元から放たれた弾丸が竜の顔をかすめた。竜の赤眼がターニャへと向けられ、顎が開かれる。
「いくわよ」
 ふいに炎を纏った菖蒲が立ち上がり、駆ける。壁を蹴り竜の頭上へと飛びあがる。そして――刀が竜の体に沿って大きく弧を描く。
「グァァァァ!!」
 地下を揺るがす絶叫。竜の左腕がずれ落ちる。
 間髪入れず、菖蒲の銃から貫通弾が発射された。狙いはむき出しになった左腕。肉を断ち切り、竜の体を突き抜けていく。
 木霊する竜の咆哮。
「静かにしてもらおうか」
 片目をしかめるジャック。ガトリングガンが左腕から無数に穴を開けていく。
 盛大な音を立て、銀牙の竜は地に沈んだ。


●渦巻く疑問
 ぼんやりと譜琶の目にUPC軍の制服が映り込む。
「増援‥‥?」
 はっと体を起こす。廃墟のように変わり果てた室内。そしてザックスに手をかり、立ち上がるフランエールの姿。
「よかった‥‥」
 あのとき――突然ガラスを突き破って現れた竜のキメラ。フランエールはまともに突進を受け、倒れこんで動かなくなっていた。
「よかったですねぇ」
 振り向くと、眼鏡の男がにこやかに手を差し出していた。隣にはミリアの姿もある。
「レイドさん!」
 竜の火炎弾から身を挺して研究員を守ったレイド。次々と吐き出される火弾はミリアを、そして譜琶へ襲いかかった。
「おっと‥‥」
 ふらつく。まともに炎を浴びたレイドは、全身がぼろぼろであった。
「眼鏡が壊れて力が出ない〜?」
「いえ、そうではなくて」
 入り口に目をやると、ジャックに連れられる生存者たち。その人数は減ってはいない。
「さあ、帰りましょうか」
 手をとり、譜琶は立ち上がった。

 ターニャに肩を貸す菖蒲は、さて、と隣に目を向ける。
「あなた達が運んで来た物との関係は?」
「‥‥研究用資材としか聞いていません」
 淡々と答える。だが、ターニャも思うところがあった。
「そう」
 前に向き直る菖蒲。
 外の光がまぶしい。
 赤く染まり始めた空が、傷だらけの傭兵たちを照らし出していた。