タイトル:羅刹山マスター:無名新人

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/09 07:57

●オープニング本文


 夜の静けさ。のどかな山と自然。まばらにある古い木造の住宅と、そのまわりにある田畑。変わり映えのない景色。そこは過疎村とも言える場所。
 ――その村には今、人がいない。


「そこを‥‥どけ!」
 キメラを叩き伏せる。目指すは山の頂。少年は石畳の階段をかけ上がっていく。
「くそ‥‥」
 すでに息は荒い。傷から血が滲み出す。無数に受けた攻撃。隊を飛び出した少年は、たったひとりでキメラの群れの中をくぐり抜けていた。
「誰かいないか!」
 赤い鳥居に手をかける。山頂にたどり着いた少年の前には、夜の神社の境内が広がっている。そこは少年の見知った場所。
「姉貴!」
 声の限りに叫ぶ。境内の中央には、夜闇に佇む女性。少年の求める姿がそこにはあった。
「おかえりなさい」
 やわらかく微笑む。しばらく見ないうちに少し背が伸びただろうか、そう弟の成長を喜ぶように。
「でも‥‥早くもどりなさい」
 静かな、やさしい口調。どこか寂しげな微笑――その背後、四方の闇に鬼や馬の顔が浮かび上がる――少年の姿を最期に一目見られた、と。
「さあ、早く!」
 手を引く少年を押し退ける。と、勢い余って倒れる姉。最後の最後まで、不自由な左足が邪魔をした。
 崖を這いあがって来たキメラたち。振り向いた姉の視界いっぱいに、牙を剥く大蛇の口が広がる。
「うっ‥‥あ」
 姉に覆いかぶさるようにかばった少年。その胴が蛇に喰らいつかれていた。刀を突き刺すと、大蛇がその頭をしゅるりと戻す。
 ふらふらと刀を杖にして立ち上がり、キメラたちに立ちはだかる少年。
「山頂、足の不自由な一般女性1名‥‥キメラが、複数」
 ほとんど片言の連絡。手からトランシーバが転がり落ちる。
「守るんだ‥‥姉貴を――」
 白む視界。噛まれた傷から猛毒が巡っていく。
 もはや、少年に残された力はあとわずかだった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
漸 王零(ga2930
20歳・♂・AA
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
二条 更紗(gb1862
17歳・♀・HD
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
綾河 零音(gb9784
17歳・♀・HD

●リプレイ本文

●麓に集う思い
 おぼろげに夜闇に浮かぶ鬼と馬の頭。それは1つや2つなどといったものではない。
「このキメラの群れを突っ切って1人で山頂へ行ったのか」
 注意深く周囲を警戒する杠葉 凛生(gb6638)。
 隊を飛び出した少年を追って来た傭兵たちは山の麓でキメラの群れに囲まれていた。
「山頂、足の不自由な一般女性1名‥‥キメラが、複数」
 落下音で少年からの無線連絡は途切れる。
「‥‥随分と無茶をしたみたいですね」
 今にも消え入りそうだった無線の声音。鳴神 伊織(ga0421)はしかし、冷静に前を見据えていた。
 続けて無線が入る。
「弟が私をかばって! 私は構いません、誰か、どなたか、弟を――」
 連絡にあった女性と思しき人物から、切実な嘆願が続く。
 凛生の放った銃弾が馬の首根、鎧の継ぎ目を突き抜けた。よろめき、馬頭が崩れ落ちる。
「今そちらへ向かっている」
 静かに姉に話しかける凛生。救えなかった、苦い思いと無念を知っているからこそ同じ苦渋を味わわせたくはない――凛生の目が鋭い光を宿す。
 凛生は引き金を引く。守るべきものを無くした今、その胸に或るのは昏い憎悪の念のみだ。
「私の実の兄も、こんな風にキメラに囲まれて‥‥私を庇って、死んでいったのさ」
 去年の今頃、だったかな――綾河 零音(gb9784)がつぶやく。LHに来るきっかけとなった実兄の死、そして今置かれている姉弟の状況。零音はなにか運命めいたものを感じていた。
「どんな理由があろうとも、家族がお互いを庇いあって死ぬなんて最悪だよ!」
 鬼の刀と零音の剣が交錯。そのまま押し切り、鬼の腕を切り落とす。
「思い合うなら尚更だ!」
 胴を貫く炎剣。自分と同じ道を歩ませてはならない――零音は刃を振るう。
「其の首、貰い受ける」
 正面に捉えた鬼。AU−KVの頭部、そして槍を持つ手に電流が流れていく。
「――散れ!」
 真上に跳び上がった二条 更紗(gb1862)が鬼の首を撥ね飛ばす。
「姉を思う弟の気持ちはわかりませんが、肉親は大事なんですね」
(「絶縁したわたくしには、わかりませんが」)
 側面から鬼の刀が振り下ろされ、続けて鬼が横に薙ぐ。淡い光を纏い、更紗は槍で受ける。
 と、鬼が不自然に落下した。
「他の方が先に向かいましたし、大丈夫だとは思いますが」
 甲高いSESの排気音。淡く光る伊織が鬼の足を切断。トドメをさす。
「こんなに沢山のキメラ‥‥腕が鳴りますわね」
 その背を預けるのはロジー・ビィ(ga1031)。月光を浴び、二刀の小太刀が怪しく光る。
 身を低く、鬼の横を通り過ぎた。
「1体たりとて逃がしはしませんわ‥‥」
 無数の斬撃。声を上げることなく鬼が沈む。
(「キメラの大群か‥‥」)
 目の前のキメラたちを見つめる鐘依 透(ga6282)。
 ――かつて、自らの高校がキメラの群れに襲われた時は何も出来なかった。
(「今なら何か出来るだろうか」)
 淡く光る脚。すっと右に左に、透はステップを踏む。地面に木の影から馬頭たちの放った4本の矢が突き立つ。
(「何の為に、僕はここに来たのか」)
 ――あの時と同じ思いをする人を減らしたいからだ。
 首を傾ける。複数の矢が風を切り、通り抜けていった。
(「皆に助けられて拾ったこの命で」)
 ――たった一人でも。
 透の青い瞳が見開かれる。
 4条の爪跡が浮かぶ。鬼の腹を切り裂き、突き、薙ぎ払った。腹を抱え、鬼が壮絶な苦悶の声を上げる。
 落ちる倭弓。フォースフィールドを強撃、更紗の貫通弾が木陰から矢を放っていた馬頭たちに命中。凛生が追い撃ちをかけ、馬頭たちは次々と沈黙していく。
「吹っ飛べ!」
 零音の衝撃波が馬頭の鎧にぶち当たり、弾き飛ぶ。その重量が寄り集まっていた馬頭たちにぶつかり、2体の馬頭が倒れていく。
(「上に行ったのは漸氏とドクター、だっけか‥‥あの二人なら絶対大丈夫だ」)
 零音は山頂を見上げた。


●2人の修羅
「ぐ‥‥ぅ」
 足に2本の矢が突き刺さる。足元から痺れ始める体。力が抜けていく。
 少年は崩れ落ち、仰向けに転がる。少年にはもはや自らが倒れたことすらわからない。
 長い髪の姉がぽろぽろと涙を零し、なにかを叫んでいる。その頭上には刀を振り上げる鬼の姿。
 動かない体。ただ、なにかを守ろうと手が震える。

 突然、鬼の巨体が視界から消えた。

「――き――――か」
 誰かの声とともに傷が癒えていく。
「生きているかね?」
 わずかに力が戻る。目の前には鬼のような形相の男がいた。
 境内まで一気に駆け抜けたドクター・ウェスト(ga0241)。あたりには斬り払われた大蛇の体が四散していた。
「よく頑張ったな‥‥少年!!」
 キメラたちの前に立ちふさがる男が後ろの少年に顔を向けた。
 迅雷、凄まじい速度で抜刀。大太刀の一撃で鬼を弾き飛ばしていた漸 王零(ga2930)。
 次々と放たれた矢を叩き落とし、決して寄せ付けない。
「さあ、ならば立って戦いたまえ‥‥護るために!」 
 ウェストの激励が飛ぶ。はっきりと意識を取り戻した少年。いまだ痺れ、毒に犯された体で刀を取る。
 伏せたままの姉。その背後に鬼が迫る。少年が飛び出し、立ちふさがった。
「お‥‥ぁ‥‥」
 重く、長大な鬼の刀を肩に受けた。膝をつく少年。
「ぉおおおおお!」
 立ち上がる。鬼の長刀を押し上げ、斬り上げた。
 片手を失い、よろよろと後退する鬼。その前を馬頭たちが塞ぎ、倭弓を構える。
「ソノ身が神の手から零れ落ちても、家族は護らなくてはね!」
 一瞬にして少年の傷が治っていく。王零と少年の刀が淡く光り始めた。
 キメラたちを睨めつけるウェスト。失った家族を思い出し、その目は憎悪で激しい輝きを放っている。
 大太刀が薄明かりの境内を舞っていく。王零の過ぎった後にはキメラたちが崩れ落ちる。

 ウェストと王零――今の2人の前に、立っていられる敵などいない。


●急落
 王零たちよりやや後方、山の中腹で2人の傭兵が先を急いでいた。
「余裕なんか見せてられません、全力で行きますよ!」
 限界突破。シン・ブラウ・シュッツ(gb2155)の階段を蹴る足が淡く光を放つ。立ちふさがるのは3体の馬頭と、1体の鬼。
 Seele、Lichtとそれぞれ名を彫られた2丁のエネルギーガンが目前の馬頭たちを捉える。
「いけ!」
 走る光条。馬頭の弓を持つ手が、足が、首が、次々と貫かれていく。2体の馬頭が絶命する。
「くらえ!」
 シンの後方から大神 直人(gb1865)が飛び出す。刀で馬頭の首元を斬りつけ、引き戻して鎧を貫いた。
 致命傷を受けぐらつく馬頭。その背後、突然鬼が馬の頭を引っつかむ。
「うお!」
 鬼は馬頭を直人に向かって放り投げた。吹き飛ぶ直人。手すりを飛び越え、直人と馬頭は揉みあって崖を転がり落ちていく。木にぶつかって軌道を変え、その後は見えなくなった。
 鬼の体を貫くエネルギーガン。
「大神! ‥‥大神っ!」
 無線機からの返事はない。
「こちら山頂、姉弟を無事保護したが‥‥どうした?」
「大神が崖から転落、至急後を追う!」
 無線を切り崖下を眺めるが、やはり先は見えない。階下には後を追ってきた鬼と馬頭たちが蠢いている。
「くそ!」
 シンは全力で階段を駆け下りていく。


●救出
「――! ――み!」
 はっと気がつく。無線からの声。目の前には階段の灯篭。
(「そうだ、崖から転げ落ちて」)
「ッ痛」
 思わず目をしかめる直人。後頭部を強打したらしい。そろそろと、直人が立ち上がろうとした、そのとき。
「うっ」
 背に鈍い痛み。矢が4本、突き刺さっていた。痺れ始めていく体。矢の放たれた方角を振り向く。
「ウソだろ‥‥」
 迫る鬼、馬、鬼、馬、馬――とてもひとりで倒せる数ではない。
「うあ!」
 足に鋭い痛み。崖下を這い上がってきていた大蛇が足首に噛み付いていた。猛毒に犯されていく。
 目の前には図太い足。見上げた直人に、鬼が逆手に持った刀を振り下ろす。
「ぐあああああ!」
 太腿が貫かれる。鬼は刀を引き抜き、直人の頭を掴み上げ、宙吊りにする。鬼の顔が歓喜に満ちていく。裂けた様な鬼の口が開かれた。
 突如、鬼は大きく眼を見開く。頭を持つ手から力が抜け、落下する直人。
「おおがみいいいい!」
 さらに、シンのリヒトが鬼の頭を撃ち抜く。淡く光る脚。いったいどれだけの攻撃を受けてきたのか、シンの体には矢がいくつも突き刺さっていた。
 だが、座り込む直人の左方から、刀を振り上げる鬼。
「――散りなさい」
 鬼の巨体が真っ二つに分かたれる。開けた視界には刀と、そして光を放つ伊織が現れた。
 大蛇をロジーのエネルギーガンが貫く。
「させない‥‥!」
 透の強烈な銃撃が馬頭を連続で撃ち抜き、凛生の急所を狙う一撃がトドメをさしていく。
「これで終わり!」
 零音の剣が大蛇を地に縫い付ける。もがき、やがて動かなくなる大蛇。直人を取り囲んでいたキメラは瞬く間に一掃された。
 後方、更紗の頭部と腕に電流が流れる。
「委細構わず突貫、刺し、穿ち、貫け!」
 列をなす鬼たちに突撃。さらに、更紗の全身が発光する。
「ボーリングのピンみたいだ、結構愉しいぞ」
 先頭の鬼を吹き飛ばすと、他のキメラを巻き込んで階段を転がっていった。
「みんな、すまない」
 赤い輝きが体の痺れを取り除き、直人は自身の傷を塞いでいく。
「これで‥‥」
 前方に鬼を捉える。
「最期ですわっ」
 残像、幾重にも刻まれる斬撃。攻撃のたび、ロジーの小太刀に剣の紋章が浮かび、瞬く。一瞬で鬼は葬り去られた。
「さあ、急ぎましょう」
 合流した傭兵たちは山頂を目指す。


●登頂
「奈落がおまちかねだ、飛べ!」
 這い上がる大蛇を崖下へ吹き飛ばす更紗。
「上だよ!」
 神社の屋根の上、刀が一瞬月明かりを反射した。零音はサブマシンガンで弾をばら撒いていく。
 が、鬼は器用に身をひねってかわす。次の瞬間、鬼の背後から矢が飛び出した。
「ちっ!」
 零音の腕に命中、麻痺していく体。
「隙を見て下がれ! すぐに治療する!」
 直人が零音の前に躍り出る。
「弓矢なんて柄じゃないんだがな!」
 直人の構えた弓が淡い赤の光を放つ。勢い良く放たれた矢が突き進み、鬼の足を射抜いた。もう片方の足を透が拳銃で撃ち抜く。
 バランスを崩し、屋根から転がり落ちる鬼。その頭にロジーのエネルギーガン、そして伊織の衝撃波が襲いかかった。地面に落ちるより早く、鬼は絶命する。
 遮るもののなくなった馬頭の体を、シンのゼーレが貫いていく。
「来たか」
 後ろ目に、麓にいた傭兵たちが到着したことを確認する王零。
「たった今から貴様らの相手は人類が鬼神が本気でお相手する‥‥」
 王零に黒銀の粒子が漂着していく。
「漸王零――推して参る!!」
 月夜に閃く金色の魔剣。境内に蠢いていた大蛇たちは成す術なくその命を絶たれる。

 山頂までたどり着いたキメラは、その瞬間例外なく、討ち滅ぼされていった。


●姉弟のお礼
「墜ちろ! 歓喜の音色と共に」
 更紗の槍が階段を登ってきた馬頭たちを崖から突き落としていく。
「援軍だよ! お〜い!」
 ようやく見え始めた援軍に零音は手を振る。キメラの大群に苦戦したのか、姉弟を保護してから13分が経過していた。
 いまだ崖から這い寄る大蛇たち。おもむろにウェストはエネルギーガンを向ける。
「メイドのミヤゲというヤツだ、受け取りたまえ」
 映像紋章の配列が変わった。地面を薙ぎ払うようなエネルギーガンの9回攻撃。ぼろぼろと、蛇だったものが転がり落ちていった。
 ふいにウェストはしゃがみこみ、大蛇の細胞を採取する。すでに鬼、馬頭のものも採取していた。
 山頂に到着した援軍に連れられていく姉弟。
「俺は残る」
 まだキメラが残っている、と。だが、姉が少年の手を引き、首を振った。
「ほんとうに、ありがとうございました」
 深々と傭兵たちに頭を下げ、姉は境内を後にする。
 一度、振り返った。彼女の生まれ育った場所。あちこち傷のついた境内をどこか寂しそうに見回し、階段を下りていく。
「みんな、ありがとう。姉貴と俺が生きてるのは、ここにいるみんなのおかげだ」
 心の底から、少年も頭を下げる。
「少年、名はなんという」
 去り際、王零が声をかけた。
「‥‥如月、凌」
「そうか、覚えておこう」
 少しはにかむ少年に、にっと笑いかける王零。
「またいつか」
 言い残し、少年は援軍とともに階段を下りていった。

 遠めに姉弟の姿を見、透は一人胸を撫で下ろす。
「さて」
 傭兵たちの顔つきが変わる。視線の先には忍び寄るキメラたち。

 ――戦いはまだ、終わらない。