タイトル:七月の終りにまたマスター:仁科 あずみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/01 19:06

●オープニング本文


 行くな、とその背中に声を掛けた。でもそれは決して振り返ることなく、へらへらした緊張感の欠片のない声でこう言うだけだった。

 ―――あーえっと取りあえず
 ―――七月の終り頃にまた来るからさ

 それから、そいつが戦死したという知らせを聞いた。
 この嘘つきめ。


「えーー? これを七月の終りに届けろって?」
「そうそう、プラント生産品の配達委託されてるんだろ?その道すがら、ちょっとここ遠回りして‥‥」
 今日も元気に運送会社いったるで(株)の作業服を着込んだ男二人が山になった段ボールをあれこれと指さしながら仕分けしている。
 いったるで(株)、ULTから籍を外した能力者を独自に雇い入れ荷物運搬の護衛とし、危険地帯にまで荷物を運ぶようになってから急成長した企業だ。
 その社員の男が今指さしているのは小さな小包である。
「つっても、今うちの会社の能力者、空きないでしょう? 此処キメラいるじゃないですか。護衛抜きで行ったら死にますよ。普通に」
「んー非ULT所属の能力者なんてそもっそも数がないからなぁ‥‥今回もあれかね、報酬出してULTに人材回してもらうかね」
「たまにならともかく、よく回してくれますね」
「ついでに戦地の物資の補給とか危険地帯を抜けての民間への物資配達も行ったりするんだよ。そうすればあっちにも利があるだろ? うちのドライバーも非能力者だがそう言う事に慣れてる奴が多いしな。それでも手が足りてない事には変わりないが‥‥」
「で、今回のこれは何ですか? こないだと同じく戦死した能力者の遺品って聞いてますけど」
 前回の韓国への依頼を思い出す。遺品の配達があるという事は、それだけ誰かが死んだという事である。
 多いよなぁ、そういうの、と職員がため息をつく。
「まあそういう事だ。しかもそれはなんとまぁ、その死んだ人間からの贈り物なんだとよ」
「は?」
「その送り主、もう死んでるんだよ」
「‥‥‥うぇえ!?」
 送り主の名前に目を落とす。ファン・ジェンロン中国出身の能力者だ。宛名はスン・ジンレイ。内容物は「割れ物」とある。それにしては余りにも軽すぎる荷物に、割れ物?と職員は首をかしげた。
「生前そいつがこの荷物の配達を依頼していてな、料金は前金で貰ってあるそ。『可愛い恋人へのプレゼントだから割らないでね♪』とか言って割れ物注記しやがったんだ。どうみてもそんなもの入ってなさそうだが‥‥どこまでもヘラヘラした変な奴だったよ。そういや家族やらはみんな死んでるとか言ってたな」
「‥‥‥‥‥」
「取り敢えず、料金をもらった以上は配達しないとな。ってわけで」

 ―――傭兵派遣依頼・いったるで株式会社

*中国福建省某所にプラントの物資を届ける道すがら、キメラの出る道を通り一般人への個人宅配をするのでその際の護衛を依頼する。
*傭兵はこの個人宅配が済んだ時点で依頼終了となるので、その先の配送先までは護衛不要。
*比較的治安のいい街の間を行き来するので、出現するキメラの数、強さはそれほど見込まれない。
*ドライバーは非能力者の為要護衛。

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
アヤカ(ga4624
17歳・♀・BM
香倶夜(ga5126
18歳・♀・EL
リュウセイ(ga8181
24歳・♂・PN
神無月 るな(ga9580
16歳・♀・SN
クリム(gb0187
20歳・♀・EP

●リプレイ本文

「これ‥‥遺品を届ける‥‥仕事だよね。死んだ人からの‥‥配達品。受け取った人は‥‥嬉しいんだろうか。悲しいんだろうか‥‥」
 慌ただしく出発の準備がされる中、軽く目を伏せ、幡多野 克(ga0444)が手渡された届け物の小包を見つめながらポツンと呟いた。
 出発前の喧騒が遠くなった気がした。

●出発!
 ―――拝啓僕の恋人さまさま
 七月の終りにとか言っといてなんだけど、ちょっと今回帰れそうにないんで代わりにこれを送るから怒らないでね。いや本当怒らないでね。
 ちなみにこの荷物「いったるで」に頼んだからその会社の能力者かULTの能力者かどっちか一緒にそっちに行ったと思うけど、どーだすごいだろ。僕はこんな人達と一緒に仕事をしてるのだ

「エンジンチェック、いいバイクだぜ」
 「いったるで」より貸し出されたバイクを軽く走らせ、リュウセイ(ga8181)が快活に声を上げる。
「恋人へのプレゼント、ですか‥‥。しかし送り主が亡くなっているとは‥‥悲しいですね」
 前衛を任されるジーザリオの運転席に如月・由梨(ga1805)乗り込み、香倶夜(ga5126)、が助手席に乗り、後ろの席にアヤカ(ga4624)が座った。
「亡くなったファンさんの最後の贈り物か‥‥きちんとスンさんに届けてあげないといけないよね。これは責任重大だね」
 扉を閉め、艶やかな黒髪を揺らし香倶夜が言うと、後方のアヤカが「なーご‥‥」とでも鳴きそうに前方の席に体重を預け、ぐったり答える。
「ニャ、送り主が亡くなっているっていうのも悲しい話ニャが、任務は任務ニャしね‥‥」
 その言葉の終りと共に、後方のドアも音を立てて閉められた。その車の後ろで、雪のように白い人影が運転手の男と言葉を交わしていた。
「護衛は私が努めます。今日一日宜しくお願いしますね」
 配送車の運転手に丁寧に挨拶をしているのは神無月 るな(ga9580)である。どことなく浮世離れしたその雰囲気に、運転手がしどろもどろに返事をしている。
 さらにその後方では克のジーザリオに克とクリム(gb0187)が乗り込んだ。
「うむ、がんばろう」
 肌の色と対照的な印象的な黒い瞳を向け、しっかりと言い切る。
「あぁ‥‥」
 克が返事をし二人が車に乗り込んだのを確認すると、最前衛で偵察の役割も兼ねたリュウセイが声を上げた。
「それじゃいくぜ!」


●ただ今運送中
 ―――冷たいだろうけど、私はあまり人の死を引きずるような事はしないんだ。
 でもさ、でもやっぱり、誰だって思うでしょ? 出来ない事が解ってるから考えもしないだけで。
 できる事なら―――

「送り主の想いを無駄にしないよう、是が非でも成功させてみせます」
 由梨が車を走らせながら呟く。前方にはリュウセイのバイク、後方には配送車、更に後ろには克とクリムの乗った護衛者が付いて来ている筈だ。
 ちなみに、だがその配送車の、今回の依頼の小包だけではなくその先にある街へと運ぶためのプラント生産品も積まれている。今回この依頼を失敗するという事は、この物資すら危険にさらすという事だ。
 そこに前方車、後方車共にリュウセイより無線が入る。
『前方上空にハーピー二体発見! 警戒してくれ!』
 ブツリという音と共に、無線を切ったリュウセイがバイクを加速させた。そのままキメラの側に寄ると、道路から外れ陽動に出、上空にスコーピオンを向け牽制する。
 その後続から道路沿いに前方車が追い付き、アサルトライフルが射出されハーピーに命中した。
「あたし達の邪魔をするなら、容赦しないからね! 後悔しても知らないから!」
 香倶夜の威勢のいい声と共に、更に数発発砲。二匹のうち一匹が撃墜し、もう一匹は痛手を負い退却していく。それを確認するとリュウセイはバイクを戻し、フォーメーションを戻す。
 そう思った矢先である。
「!」
 急に克が鋭くハンドルを切る。激しく車が揺れ、無理やり車体をその場からずらす。
 ずらしたその場所に、突進してきたハーピーの爪が刺さった。
「きたか!」
 前方のみならず、後方からも二体のハーピー。クリムが洋弓リセルを持ち出し空に舞い上がるハーピーを狙うが‥‥当たらない。
 当たらない‥‥当たらない‥‥。
 どうも彼女は弓が苦手なようである。
「‥‥‥‥」
 弓を握りしめ固まる彼女の代わりの様に、事前に由梨に借りておいたスパイダーを構え、片手でハンドルを回しながら何発か発砲。そしてブレーキを踏むと、
「クリムさん」
 クリムに声を掛ける。同時に由梨の意図を察したクリムが車を飛び出し、克が撃ち落としたハーピーに止めを打ち込んだ。だが、もう一匹のハーピーの攻撃を受け一度吹っ飛ばされるが、すぐに克の援護射撃が入り、そのハーピーを撃ち落とす。
「蒼風紫裂流 返型 刃渡し」
 クリムは体勢を立て直すとすぐに蛍火でそのハーピーに止めを刺した。
「‥‥‥」
 それを無言で克が見届ける。
 水を得た魚、クリムの接近戦はその言葉がぴったりの戦いぶりである。

 そして各々戦況を無線で伝えあう。
『こちら前方車のアヤカだニャ。こっちのキメラはもう片付けたのニャ。一匹はやっつけて、もう一匹は傷を負って逃げたのニャ。皆はどうニャかね〜?』

『こちら後方車の克‥‥こっちも、キメラは二体とも片付けた‥‥今のとこ追ってくるものもない‥‥』

『こちら配送車のるなです。もちろんこちらは無傷ですわ。皆さんの活躍に感謝いたします』

『バイクのリュウセイだ。こっちも問題ないぜ。引き続き前方の偵察を続ける』

 無線が切られ、七人はなだらかな道を走り抜ける。道路で舗装された道は走りやすく、辺りは何処までも広い。これでキメラへの警戒が必要なければ爽快なドライブを楽しむ事が出来るだろう。
 だがそれも、この道にキメラが出る様になった今荒れ果てていくのは時間の問題である。
 七人はぼんやりと、流れゆく景色を眺めていた。


●続、ただ今運送中
 最初に気付いたのはアヤカだった。
「ニ゛ャ!?」
「どうしたのアヤカさん?」
 香倶夜が振り向くと、アヤカが警戒していた方面から黒い群れが近寄ってくる。あれは、
 キメラアント―――
 単体での攻撃力は低いが、集団で攻撃してくる習性がある虫型キメラである。それをまっすぐ見ながら香倶夜が呟く。
「まずいな、数も多いしあれなら配送車にも近寄りやすいし‥‥由梨さん!」
 香倶夜に声を掛けられ由梨が承知した様に一つ頷いた。
「解りました。皆様も気付いてるとは思いますが、香倶夜様は無線で連絡をお願いします」
「わかった!」
 香倶夜がそう返事をすると、由梨がハンドルを切り車を配送車へと寄せていく。
「あらあら、不躾な訪問ですわね」
 黒い虫の群れを見ながら配送車に乗っていたるなが呟く。と、車の窓に一匹のキメラがビタリと張り付いた。
「少し騒々しくなるけど安心して待ってて下さいね」
 運転手に声を掛けるなり、瞳の色が変わり、髪が薄紫色に染まっていく。神無月 るなの覚醒である。
 彼女は運転手にどこか冷たい微笑を向けたまま、ロングボウを取り出す。
 そして、無論後方車もバイクのリュウセイも、無線が入る前からキメラの存在を察知していた。
 とはいえ、集団といえど彼等からすれば大した驚異にはならないキメラだ。

 だが、

 荷物には指一本触れさせない!

 全員が戦闘態勢をとる。

 るなが夕凪を抜き、窓を開ける。スライドした窓にくっつく形でキメラもずれるので、隙間より振り払う。それからはロングボウに持ち替え、此方に向かってくるものを中心に射撃。
「‥‥うふふ、貴方‥‥無事に帰れると思わないわよね?」
 が、運転手に飛びつこうとしたキメラアントを発見、庇うとそのまま肩に取りつかれ牙を立てられる。
「っ!」
 だが、やはり攻撃力は低く傷は浅い。すぐに夕凪で振り払い狙撃に移る。
「しつっこいと嫌われるわよ?」
 そうしている間にも後方車が左サイドに回り込み、配送車の援護に当たる。
 克がスパイダーで更に射撃、クリムも危なっかしい手つきで弓を引いているが、
「当たった?‥‥」
 なんとそれが奇跡的に一発敵に入る。
 一方右サイドに回り込むのは由梨の運転する前方車である。車に寄ってくるキメラをアヤカがルベウスで薙ぎ払い、香倶屋がアサルトライフルで配送車を援護。
「ニャがっ!?」
 アヤカの頬をキメラが掠め、一瞬怯むがすぐに反撃転じ、ルベウスを振るう。
「甘いのニャっ♪」
 上がるテンションに呼応し、覚醒し生えた猫耳がぴるると震えた。助手席の香倶夜が流れ弾に注意しながらアサルトライフルでキメラを打ち落としていく。
「るなさん!」
 香倶夜の呼びかけに応じたるなが、配送車から身を乗り出し、香倶夜達の車のボンネットにとまっていたキメラを微妙なコントロールの射撃で吹き飛ばした。
「よし! こいつらを振り切るぞ、スピード上げていこうぜ!」
 前方より炎のオーラを纏ったリュウセイが前方より菖蒲でキメラを蹴散らしながら減速し、全員に呼びかける。

『こちら前方車の由梨です。このままキメラを振り切りますので、スピードアップをお願いします』

『配送車のるな、了解、その旨運転手に伝えるわ』

『後方の克、‥‥了解、じゃあ‥‥スピード上げるから』

『前方バイクのリュウセイ、前衛は任せとけ!』

 全員の無線が同時に斬られ、
 そして全車のアクセルが同時に踏まれた。

「この程度で倒れるような鍛え方はしていない!」
 後方車、なおも追い縋ってくるキメラに蛍火で攻撃しながら、クリムが叫ぶ。
「‥‥‥捕まって下さい」
 前方者、由梨がそう呟くと、鋭くハンドルを切り車を揺すり、窓に張り付いたキメラを振り払った。
「まだ追ってくるなんて‥‥本当にしつこいのね」
 そして配送車、るなが正確な射撃でキメラを射落としていく。

 そしてバイクと車両四台は虫型キメラのたかる群れから抜けだし、その先の道へと急いだ。
 目的地に向かい、長く続く道を真っ直ぐに車両が走り去る。


●ちわっす、お届けでーす
 ―――すごいだろー、スゴイ人達だろー、強いわ個性強いわ、とにかくもう無茶苦茶なんだよ。動きとか行動とか半端じゃないんだよね。僕もこんな人達の一員なんだよ。だからジンレイもそんな僕を尊敬するように!
 じゃあそんなわけで、僕はこの辺で。
 じゃあね〜。

 ファン・ジェンロン

「確かにすごいわね」
 黒髪の女が開いていたメモ紙と思しき紙から目を離す。ジンレイが目の前の七人の能力者に顔を向けた。
「中身はびっくりするだろうけどよ。せっかく帰ってきたかったんだ。受け取ってもらえないか?」
 目の前の女、依頼品の配送先である彼女にリュウセイがしどろもどろにそう言うと、こくんと頷きジンレイがごそごそと中身を取り出して能力者七人にかざして見せた。袋に入ったそれには確りこう書いてある。
「煎餅」
 ‥‥‥確かにびっくりである。
 割れ物注記、割れ物違いもいい所である。
「あいつらしいっちゃ、あいつらしいわね」
 七人のびっくりする顔を眺めながら、くつくつとジンレイが笑った。
「ったく、これで機嫌でもとったつもりかしら。何が怒らないでよ。アホ極まりないわね全く」
 煎餅の袋をぞんざいに眺めながらぶつぶつ呟く。そんな中、

「でも、これがきっと二人にとって大切なものだったんでしょ?」

 香倶夜がポツリと言うと、一瞬間を開け、ジンレイは彼女の顔を見る。そしてとても嬉しそうに笑った。その笑顔に彼女がほろ苦く呟く。
「‥‥こんなものだけ残して、勝手に居なくなるなるなんて、本当に勝手な人だよね、ファンさんは」
「その‥‥‥」
 クリムが何かを言おうとして言葉に詰まる。言うべき事があるのに、それをうまく言葉に出来ない‥‥そんな様子でおずおずと言葉を探している。
「‥‥‥」
 天然故の‥‥純粋故のまっすぐさ。結局彼女は何も言えずそのまま黙ってしまった。その顔を横手から軽く腰を曲げ「ニャ〜?」とアヤカが覗き込んでいる。
「亡くなった方の思い出、意志、私達はファン様の意志をお届けしました。でも、それが貴方ににとって良かった事なのか‥‥」
 軽く俯き由梨が言うと、その由梨に突然ジンレイが抱きついた。由梨が小さく悲鳴を上げる。それにはしゃいだ様にジンレイがまくしたてる。
「良かったわよ、すっごく嬉しい。ありがとう、此処まで運んできてくれて本当にありがとう!」
 く〜このっ、このっ! と頭を撫でられ、やっと由梨が解放された。少々ヘアースタイルを崩され、思わず頭を手で撫でつけ髪を直す。それをるなが「あらあら」と笑った。
「もう一度くるという‥‥約束‥‥この品物が‥‥代わりに果たしたの‥‥かな‥‥」
 不意を突いて出た克のその言葉に、きょとんとした眼をジンレイが向ける。その反応に、克が「?」と瞬きをした。

「あれ? もしかしてこの品物だけだと思ってる?」
「‥‥え?」

 逆にきょとんとする克に、ジンレイがくすりと笑う。そして、再度小包に同封されていた手紙を開くと、その一文を強調するように読み上げた。

『どーだすごいだろ。僕はこんな人達と一緒に仕事をしてるのだ』

『‥‥‥‥‥』
 一同、呆気にとられたように黙り込んだ。そんな七人を眺めると、片手に煎餅の入った袋、それから目の前の七人を見渡して口を開く。

「おかえりなさい」

 信じて待っていたものが、やっとやってきて出迎えたであろう暖かい声。
 愛しい者を出迎える優しい声。

 ―――誰だって思うでしょ?
 できる事なら―――もう一度会えたらって。

 会えたら、それだけで嬉しいって。

「とても嬉しいわ」

 言葉の通り、とても嬉しそうにジンレイが笑って見せた。
 七月の終り、日の長い日の夕暮、空は美しい色に染まる。暑さの盛りも超え、落ち着きを取り戻しつつある夕暮れ時。
 その場所の空気は何処までも穏やかで、そして―――
 どこまでも暖かかに包まれていた。