●リプレイ本文
「腹が減っては歌は出来ぬ‥‥食うか?」
作戦決行前なのに戦じゃないのかそうなのか、ヴィンセント・ライザス(
gb2625)が自作のラーメンを友人の絶斗(
ga9337)に差し出す。何気に美味そうな所が泣けてくる。
「行くぜ‥‥今日は俺のバトルコンサートだ‥‥!」
そして絶斗もそれに勢い良く箸を入れた。こっちも戦じゃなくて歌なのかそうなのか、いつもはクールな絶斗なのに‥‥その彼の背後に近寄るのは皆城 乙姫(
gb0047)だ。
「依頼で一緒になるのは初めてだね? 宜しくね?」
絶斗の背中に笑顔でそう声を掛けるが、
「あは、ひょほひくら‥‥」
恐らく「ああ、よろしくな‥‥」と言いたいのだろうが言葉になっていない。だがそれでも乙姫はにっこりほほ笑むと篠ノ頭 すず(
gb0337)に向き直る。
「すず、人質の家族も、犯人の女の子も、どっちも助けよう!」
笑顔を向けられたすずは、乙姫の表情とは裏腹にその顔を辛そうに俯けた。
「いつも乙姫には危険な思いさせちゃってごめん‥‥」
ぽつりと漏らすすずに乙姫は「ううん」と首を振ってみせる。
「大丈夫、私は心配ないよ。みんな強いし、私も頑張るから!」
そう言い切る乙姫に、すずがゆっくりと顔を上げ彼女の目を見ると、
「うん。でも、乙姫の事は我が絶対守るから!」
そう強く言い切る。その後ろでそれに続く様に月島 瑞希(
gb1411)が言葉を続けた。
「‥‥もう罪は重ねさせない。後で苦しむのは、きっと彼女のはずだから」
軽くジャケットを羽織りながら出発に備える。その顔は無表情なのに強い顔をしているように見えた。
「‥‥曲がって進んじゃったんすね。今回の件は、傭兵側にも重大な責任があるっす。偽善と呼ばれてもいいっすから、そんな奴等ぶっ飛ばしに行きてぇ」
巽 拓朗(
gb1143)がそう言いながら全員に「今回は宜しくお願いします!」と挨拶する。それを受け、飯島 修司(
ga7951)が虚空を見上げ何気なく呟いた。
「‥‥聡い子、ですね。故に、止めねばなりません。彼女自身の為にも」
そして更に続ける。
「‥‥それにしても『平気』ですか。同じ単語を繰り返すのは、自身に言い聞かせて思い込ませようとしているようにしか見えないんですが、ね」
その言葉を聞いていた御剣 真一(
ga7723)と瑞希が眼を伏せた。
瑞樹がぼそりと言う。
「今回の事で彼女が僕達を恨んだって構わない‥‥」
横では無言で真一が虚空を見上げた。
「‥‥‥」
彼は、どんなに辛い時も歌を忘れずに生きた女性に、そして妻であったその人に先立たれている。そして人間不信だった彼は彼女のおかげで人を愛する事を知ったのだ。
空の歌。
青く澄み渡った空を遠い目で仰ぎ見た。
―――‥‥そこに麺を啜る豪快な音が響き渡る。
「美味いか? 絶斗ん」
「ん」
尋ねるヴィンセントに絶斗が麺を頬張りながら頷いた。しかしこの呼び名、音に表して「ぜっとん」実にいい語感だ。
ひょっとしたら、彼にもなにがしかの音の才能があるのかもしれない。
●能力者はこうしました
緊張感が漂う現場に‥‥
「レッツゴー、突き破ろうぜ♪ 自分の弱さをー♪ また明日を生きるためー♪」
大音量が響き渡った。
現場周りの人々がどよめき合い、オロオロと能力者達を見守る。そしてエレキギターを弾きながら容赦なく歌う絶斗と瑞樹が正面玄関から突入した。
瑞樹が鮮やかな手つきでスコーピオンを取り出し構え冷たく前を見据えるその横で絶斗が曲間になにやらシャウトを入れている。元気が出そうだ。
玄関入ってすぐ二階へと上がる階段がある、が、
「!」
そこからいきなり長虫型のキメラが飛び降り絶斗目がけて奇襲を放つ。だがこれを絶斗が難なく回避するとその隙を見逃さず瑞樹が強弾撃、構えていた銃の引き金を引いた。
「お前たちがバニラをそそのかした一味か? ――死んで償うんだなっ!!」
素早く打ち出された弾丸がフォースフィールドを突き破りキメラを撃ち抜く。
続いて突入してきた陽動班の乙姫が、キメラに練成弱体を掛けると拓朗がそのまま距離を詰め確実に止めを刺す。
「終わったっすよ」
動かなくなったキメラを確認するといつもの彼とは違う冷静な青い目が此方を向いた。それに乙姫がこくんと頷くと目を伏せて呟いた。
「あの子‥‥‥話、聞いてくれれば良いのだけど」
「‥‥例え聞いてくれなくても彼女は僕達が連れ戻す」
日頃あまり感情を見せない瑞樹が覚醒によりその心境を垣間見せる。彼女自身もまた両親を失っているのだ。
そこにまたもギターが響き渡る。
「May Be♪ 明日はいい事あるさー♪ 俺の歌を聞けばーいつだってー♪」
「っへい!」
絶斗の歌に、絶妙なタイミングで拓郎が合の手を入れた。ああ本当にいつもはクールな絶斗なのに‥‥そしてそれを盛り上げる拓郎も律儀である。
『‥‥‥‥‥』
能力者達は顔を見合わせると苦笑する、が、その顔は何処か和やかだった。
一方、裏手から隠密行動にて侵入するのは修司とヴィンセントである。
「泥棒の気分が良く分かった気がする‥‥な」
何やら一生知らなくてもいいものを知ってしまった感のするヴィンセントだが、隠密潜行で気配を消し人質の探索に当たる。別の一室からは絶斗の演奏が聞こえているのでそのままキッチンリビングを通り抜け廊下へと出る。そこでキメラの残骸を発見。恐らく二階の階段から奇襲を仕掛けた所を返り討ちにあったのだろう。二人はそのまま階段を上った。
「‥‥‥‥」
二階に上がり、廊下沿いにドアが二つ。突き当りに引き戸が一つ。修司が壁や天井、その他罠に気を配りながら歩を進める。
「!」
すると横手から突然キメラが壁を突き破って修司に襲いかかって来た。だがすぐにロエティシアで受け流すと一撃でキメラを撃破する。
「成程‥‥」
それだけ呟くと、すぐに武器をひいた。
それと同時に突き当りの部屋から声が響く。
「あなた達が動いたら、この人達を殺すよ」
もう一方の奇襲班、真一とすずは二階からの侵入を試みた。
入ったその部屋に、バニラと人質は居た。
――― 一匹のキメラを背後に控えて。
部屋に入るなり奇襲しようとした二人の動きが止まったのは、此方に登ってくる二人に気付きながら何もしなかったバニラの意図をすぐに汲んだからである。
「来るって思ってた」
淡白に言い切る彼女は手のナイフを人質の子供の首に突き付けていた。
「我達がしにきたのは話し合い‥‥余計な武力は必要ない」
すずがそう言うがバニラは微動だにしない。このまま突っ込んでいれば、能力者の目の前でこの少女は容赦なく人質の首に刃を突き立てていただろう。
そして彼女に何かをしようとすれば、背後に居るキメラが暴れ出す。そうなったら、バニラ含む普通の人間の命の保証はない。
「あなた達が動いたら、この人達を殺すよ」
バニラが言うなり、キメラが能力者に向けて咆哮を上げ襲いかからんと威嚇する。そんな様子の彼女に真一が哀しげな眼をして言葉を紡ぐ。
「‥‥君が過去に何があったかは聞かない‥‥だけど君が見た人間が全てではない。人間すべてを信じろとは言わない。だけどせめて僕達だけでも信じてくれないか?」
「過去?」
だが言葉に少女はきょとんと首を傾げてこう言った。
「私の過去‥‥これね、能力者がお父さんとお母さんを殺す時に私にやった事よ」
そう言って彼女が今刃を突き付けている子供を見る目は、
まるで昔の自分でも眺めているような目だった。
青空を駆けるドラゴンハート! 俺の魂のーせてー! お前のー悲しみとー憎しみをー塗りつぶしてやるー! 皆のー胸に愛をー♪ この想いをー受けとーめてー♪ どんなに離れていてーもー♪ 届けに行くからー♪
ハイハイハイ♪
階下から演奏が響いてくる。この歌も又青の空が盛り込まれた歌だ。
「この歌を歌ってる人もあなたの仲間? あとさっきのすごい物音、きっとキメラが壁から出たんだと思う。二階にも仲間がいるんだね? そっちも来るのかな。厄介だね。早くやっちゃって」
その歌を聞きたくなさそうに顔をしかめるとバニラはキメラをけしかけた。キメラが猛ったその時である。
「Sky Soul‥‥出力100%」
声と共にヴィンセントがクルメタルP−38で影撃ち、キメラを撃ち抜く。
「!」
隠密潜行の為全く気配の無かったヴィンセントの奇襲にバニラは目を丸くした。
だが、その隙をついて真一とすずも覚醒。真一がキメラに詰めよりロエティシアで止めを刺し、すずが素早くバニラの手元からナイフを取り上げる。
武器を取り上げられたバニラのすずを見る目は呆然としていた。そして観念したようにぺたんと膝を折る。それに向かい痛みをこらえる様に鈴が口を開いた。
「‥‥言い訳に聞こえるかもしれない。けれど、本当は我達も力でキミを拘束したくなかったの」
更に続ける。
「我達は力があるから‥‥守る人を守りたいの。キミも‥‥守りたい一人なんだよ?」
「守る?」
バニラが、なにそれ? と言いたげな顔をする。だがそう言いながら彼女はすずの眼が見れず視線を逸らす。そこにヴィンセントも言葉を続けた。
「俺は‥‥キメラに母と親友を殺害されたのでな。丁度、お前さんの逆となるわけ‥‥だ。悲しんでいるのは、お前さんだけではない」
「キメラに?」
ああ、それなら私もそんな事をしたこともあったっけ、とヴィンセントを眺める。
その後ろで修司は失敗したバニラを狙撃する者はいないか、またそれに準ずる不審者がいないか「口封じ」に対する警戒を張っていた。
何をしているの? 真剣な表情で「そんなもの」を探す修司に少女は怪訝な目を向ける。
「‥‥もう大丈夫」
一方、真一は解放され泣き出した人質の子供を抱きしめあやしていた。その真一とバニラの目がふいに合うと、
「怪我はないかい?」
バニラには、もう、能力者達が何を言っているのか解らなかった。
それと共に階下からの演奏が音を増してくる。そしてその音の主は部屋に入ってバニラの顔を見るなり、
「レッツダンス♪ 皆踊り出すー♪ 一瞬だって楽しくできる♪ お前もそうなれればいいー♪」
「はいはいはい♪」
「baby♪ 俺が救ってやるかーらー♪ この手ーを掴んでー♪ 俺の歌を聞いてー♪ 戻ってきてくーれよー♪」
「ひゅーーーーーっ!」
「‥‥‥」
こちらも、もう、何を言っているのか解らなかった。
「えっと、お兄さん達は?‥‥」
歌はただの注意を引く為の陽動だと思っていた彼女は尚も演奏する彼等に硬直しそう尋ねる。その彼女に絶斗はふっと息をつくとギュイーィィとギターを鳴らす。そして抑えた音でピロリピロリロ‥‥とギターを歌わせた。
その中辺りの様子を探り状況を判断した乙姫がバニラへと近づき自らも膝を折ると、彼女の手を取りこう言った。
「なぜ、こんなことをするの? たしかに、家族を殺されて悲しいのはわかるけど、だから他の関係ない人達に同じ事をして良いとは限らない。その時、手を差し伸べてくれたのがバグアだったとしても‥‥」
そしてその手を強く握りしめる。
「悲しみは広げてはいけない。犯してしまった罪は消えないけど、まだやり直せる、引き返せると思う。きっとこのままじゃ、バグアはバニラを使い捨てるだけだよ」
ここにきて、やっとこさ彼等の言いたい事を理解する。有難う乙姫。そしてバニラが乙姫から逃げるように目を逸らす。そしてぽつりとこう漏らした。
「別に‥‥それでも平気、だから」
何処までも頑ななバニラに、さくさくと瑞樹が近寄って来る。
そして言った。
「‥‥怖かったよな。辛かったよな。けど‥‥もうこんなこと止めよう。僕たちを恨みながらでも良い‥‥生きるんだ。もっと明るくて優しい場所で‥‥」
そこで初めてバニラの目に感情らしいものが走る。
恨みながらでも良い?
という事はつまり、この人は自分の意思に関係なく自分を連れて行こうとしているのだ。
何処へ?
もっと、明るくて優しい場所へ?‥‥
恨まれてでも?
この人だけじゃない。
今この場に居る全員が、修司を始めもう首謀者の自分は抑えたのに未だ警戒を解かず気を張っているのは‥‥全て‥‥
「歌が‥‥好きなのかい?」
「え?」
「俺の妻だった女性も歌が好きで、歌手だったんだ。もう死んでしまっているけど」
真一に言われ己に問いかける。歌は、‥‥そうだ、ずっと好きで‥‥でも
勢い良く見上げると拓郎と目が合う。すると拓朗が軽く笑って見せ、
「空の色なんて、晴れもすれば、雨も降ったりするっす。けど、誰かさんが言ってたっすけど、止まない雨なんてないっす。絶対、御天道様が顔出して照らしてくれるっすよ」
この人達は‥‥‥
「嫌い‥‥」
能力者達がバニラに視線を向ける。
「あなた達なんて‥‥嫌いっ」
そう言うと同時に涙が眼から滑り落ちる。
平気だと思っていたのに、
自分はこのままいつか殺されるのだと思っていたのに、
能力者なんて嫌いだと思っていたのに‥‥
そこに絶斗がギターを取り出し、精一杯歌い出す。
「最後までー人として生きなきゃダメだぜ!!」
「へい!」
そこに拓朗が合の手を入れる。
「闇を突き抜けるドラゴンハート! 俺の想いー届け! お前のー憎しみとー悲しみをー壊してやるぜ♪」
「はいはいはい♪」
お前の胸にもー愛をー♪ この想いうけとーめてー♪ 俺の歌はお前のたーめー♪ もう一度ー人として生きみようー♪
●それから
「乙姫、あの子‥‥わかってくれたかな?」
拘束、というより保護したバニラをULTに預け、能力者達は空の良く見えるテラスに集まっていた。
「うん、例え今は駄目でも、でもいつかきっと」
「けど、結局、力を使った時点で我達は‥‥」
そこですずの言葉が切れる。
「‥‥‥」
その横で遠くを見つめながら、瑞樹が光を眩しがるように半眼になった。
あなた達なんて、嫌い。
結局彼女は自分達にそう言い放った。恨まれる覚悟はしていた。だが、バニラのこの言葉は‥‥
そのまま、再度視線を雲の向こうに投げる。
「うむ、空が高いな」
ヴィンセントがそう呟くと、バニラの顔を思い出しながら何の事なく拓朗が答える。
「ジュースとか、なんか気の利いたものがあればよかったんすけどね」
そこに爽やかな風が吹き込んだ。それは黙って壁に体を預けている修司のジャケットを軽くはためかせるとそのまま何処へともなく吹き抜けていった。
絶斗も黙り、風に吹かれている。
それに乗り響いてくるかすかな誰かの、とても軽やかな歌声。
青い空を讃える素朴な歌。
その声を聞いた瞬間、その場に居た全員の顔がにやりと綻んだ。
真一が目を閉じ、空に向かい「その歌手の奥さんに」とバニラに手渡されたリボンを手に取りが呟く。
「‥‥歌か。かつて僕の心を救ってくれたのは妻の歌声だった‥‥この歌声がそちらには聞こえるかい?‥‥今も歌は人の心を救っているよ」