タイトル:マインドクリップ−Bマスター:仁科 あずみ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/01 23:03

●オープニング本文


仮名:マインドクリップ
 今回発見された新種にして恐らく今だ試作段階であろう小型キメラ。
 試作段階だろうと判断されたのは生体機能が実に不安定で個体としての生命力は脆弱であるがゆえである。
 しかも戦闘能力は持ち合わせておらず物理的な攻撃は不可、一見失敗作ともとれるこのキメラは直接的な脅威足り得ない存在だと思われる、が然し、看過できない性質を持っている。そう、このキメラの恐ろしい所は‥‥‥

「お兄ちゃん‥‥‥」
 一人の女性が泣き崩れる。暗い部屋の中、床に膝をつきベッドに顔を埋める。
「‥‥‥‥」
 それをULTの職員がやりきれない目で見たあと、全く手の付けられていない食膳に視線を落とした。
「又食べてませんね。いけませんよ、食べないと体が持ちません」
 声を掛けるが女性はただ突っ伏し泣きじゃくるばかりで何も答えない。シーツを握りしめひたすら嗚咽を上げる彼女に職員がため息を吐く。
 通報があり彼女が保護されたのは二日前。
 キメラ襲撃の際自分を庇った兄を亡くし、悲しみに打ちひしがれている彼女はその後泣き続け、立ち直ること無く食事も喉を通さなくなった。
 元々気丈だったはずの彼女のその行動に周囲は動揺したが、それ以上に不審に思われたのは彼女の首筋に出ているフジツボの様な軟体生物である。
 引っぺがそうにも剥がれず、そして明らかに「生き物」であるそれを不気味に思い、ULTに通報があった、とこういう流れなのだ。
 マインドクリップと名付けられたそれは、物理的な攻撃はしてこないものの精神活動に反応し寄生。平たく言えば、悲しみや絶望感を持った人間に寄生しその感情を煽り、精神的に追い込み身も心も侵していくキメラと言える。
 彼女の場合引き金となったのは「兄の死」、以後寄生されてからというものそれを引き摺り続け、徐々に衰弱していってしまっているのだ。
「‥‥‥‥私のせい、ちゃんと走れなかった、だから」
 だが、それ故寄生された者が精神的に高揚しプラスの精神状態になればマインドクリップはいとも容易く剥がれ落ちる。剥がれ落ちればその寿命も短く、止めを刺すにも苦労はない。だが‥‥‥‥
 お膳を持ったまま職員がその部屋を後にし廊下に出る。
「彼女は罪の意識を持っている。それが、厄介だ」
 呟き、彼は歩きだした。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
諫早 清見(ga4915
20歳・♂・BM
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD
リュドレイク(ga8720
29歳・♂・GP
浅川 聖次(gb4658
24歳・♂・DG
雪待月(gb5235
21歳・♀・EL

●リプレイ本文

「当時の状況、数は?」
無機質なULTの空き室の一室、資料片手にホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)が職員の男に確認する。
「それからキメラの種類、攻撃力、移動速度、襲撃時刻、襲撃現場の地形、襲撃時の兄妹の状態を確認の確認を頼みたい」
 淡々と告げるホアキンに付け加える様に、浅川 聖次(gb4658)が口を開く。
「あと兄妹について、お兄さんについてと、普段のセリさんがどんな人かというのも」
 二人の言葉を受け、職員の男はそれらを箇条書きにメモし、「他にも情報はあるだけ持ってきます」と言って席を外す。二人になりガランとした室内に沈黙が走る中、ホアキンの声が響く。
「‥‥マインドクリップ、ね」
 その声に対し、聖次が眼を伏せる。
「庇った兄、悲しむ妹、ですか‥‥」
 それにホアキンが頷く。
「人の弱い心に寄生するキメラか‥‥どうもその生態そのものを不快と感じてしまうな、払い落とすのに役立つなら‥‥少しでも手を貸そう」
 聖次が我知らず、そっと自分のペンダントに手を伸ばす。そしてそれを指で触れると、
「ええ、今はただ、最善を尽くしましょうか」
 聖次がそう言った所でノックの音が響き、資料を抱えた職員が扉を開けて入って来た。


●マインドクリップ

「どんなお兄さんだったか、教えてもらえないかな?」

 ベッドに腰を降ろし眼を伏せるセリに目線を合わせ、レティ・クリムゾン(ga8679)が囁く。だが、目の前の女性は黙り込み何も言おうとはしない。そこにリュドレイク(ga8720)がサンドイッチを皿に乗せ目の前の女性、セリにそっと差し出す。
「これ、何か食べないと」
 だが、セリは顔を背ける。
「‥‥いらない」
 予想していた反応ではあったが、彼は心中小さく溜息を吐いた。そして室内にノックの音が響く。現れたのはお盆に人数分のココアを準備し運んできた諫早 清見(ga4915)だ。そして軽く笑って見せる。
「初めまして。セリさんを心配してるヒトから話を聞いてきたんだよ。少しお邪魔させて頂くね」
 そして「どうぞ」とその場に居る全員にココアを差し出した。
「少しでも口に出来ればと思って」
 そしてセリにも差し出すが、
「そこ‥‥置いといて」
 つれなく断られる。だが清見は何の事なく「ここですね」とすぐ側の台にカップを置いた。
 すると雪待月(gb5235)がゆっくり立ち上がり、
「やはり食事はまだ無理そうですね‥‥ではお話を聞く所から始めてみましょう」
 セリの隣に腰を下ろし、彼女の肩にそっと手を触れる。一瞬セリがビクリと引きつるが、

「辛い想いをなさいましたね」

 そっと声を掛けると、
 セリの両目から涙が溢れ始めた。


●その現場
 無線機片手にカルマ・シュタット(ga6302)が半壊した人気のない道路を歩く。
「現場はこの辺りか」
「で、ここにリトルリザード二頭、ウィザードビースト三頭が現れた―――と」
 一方では瓦礫の中を歩きながら周防 誠(ga7131)が戦友のカルマに向き直った。
「セリの兄を殺したのはウィザードビースト、大型の肉食獣の形態のキメラ。わりと撃たれ弱いが、他はバランスの取れたキメラだ。襲撃時刻は深夜三時、恐らく彼女の『走れなかった』というのは、夜に襲われ起き抜けで身体が動かなかったんじゃないかな‥‥」
「それで『私のせい』ですか。けど例え走れる状態でも獣型キメラ相手にまともに狙われたら一般人が逃げ切れるものじゃあないですけど。ところで、彼女は自分がキメラに寄生されている事は知っているんですか?」
「知っているそうだ」
 するとカルマは、
「―――俺にも弟がいるけど、あいつは俺が死んだら悲しむんだろうな。俺は死ぬつもりはないけど、セリさんが悲しむのはなんだか他人事じゃないな」
 そう言って口を閉ざした。すると散策でもするかの様に現場を歩いていた誠が「っと」と立ち止まる
「どうした?」
「‥‥此処がその現場ですね」
 その場所は未だ血の跡が残っていた。だが、血の掛っていない部分が人型ではなくうずくまった様に丸く開いていた。


●マインドクリップ
 カルマの無線を受け、現場の状況を聞きホアキンが深く息を吐いた。
「大事な妹を、命を懸けて護った‥‥のかな?」
 現場の状況、そこはとっさに隠れる様な場所もなければ、当時の状況から見て逃走は無理だろうという事。更に深夜で暗かったのなら尚更だという。それから、その場所の血の跡、殺されたその場所の状況を告げられ、共に無線を聞いていた聖次が痛みをこらえる様に俯いた。
「あなたは、どんな想いで妹さんを‥‥」
 波立つ胸の内を抑え込むが、それでもセリを庇ったであろう兄に思い馳せる。兄が妹を庇ったのは恐らくとっさだ。だが、とっさに庇ってしまう程大切に思う心、

 ‥‥それは、彼にとって解らなくもない。

 恐らくこの無線はセリを担当している能力者達も聞いている。之を受け、何とか説得の材料にして貰えればいい、と胸中で呟いた。
 ちなみに、現段階の情報ではセリの他にもう一人少女がマインドクリップに寄生され他の能力者がその少女を担当しているらしいが、どうやらそちらではその少女に当たった能力者達の精神的な負担が大きいらしい。こうした事から、マインドクリップは宿主のみならずその周辺の人間の精神をも間接的に蝕んでいく事が解る。セリを見ている能力者にその事を伝え、心の整理をしておくよう伝えて欲しいと職員は語った。無線を通じレティ達にその事を伝えると、再度カルマへとホアキンが呼びかける。
『では俺達も一度現場で合流する』
 すると無線の向こうからカルマの声で『了解』と帰ってくる。そして自分達の現在地と合流ポイントを簡潔に伝えた。


 一方L.H レティが無線を受け口を開く。
「なるほど‥‥」
 宿主の周辺の人々も精神的な負担を強いられる。確かにそうだろう。あれでは宿主も辛いが周辺の人間も辛い。それに清見が呟いた。
「俺も、亡くしてしまった命は1つや2つじゃないよ。それは俺自身、ずっと追うべき意識だと思ってる。忘れていいことでもないし悲しいと思う事は否定できないけど」
そこで言葉を切り、

「想いは本人だけのもの、キメラにおもちゃにさせられないよ」

 それにレティが「そうだな」と頷き続ける。
「大切な人を失うのは辛い。ましてやそれが自身の責任だと思っているなら尚更だ。そこへ漬け込むキメラの存在は到底許せるものではない」
 そこでレティが背後の扉を見やる。此処はULTの廊下、無線を聞く為に廊下に出ていた二人だが、扉一枚隔てたその向こうにはリュドレイクと雪待月がセリに付き添っている。
 情報を整えた二人は再度扉を開き中に入った。中ではひたすら泣くばかりのセリに雪待月が付いている。「どうだ?」と目くばせするレティに、リュドレイクが首を振り、呟く。
「何だか弟のいる身としては、他人事とは思えないですね。もし俺が同じことをしたら、弟も‥‥泣かないでしょうね。多分、怒るような気がします」
 そこに清見がギターを取り出した。
「一曲どう?」
「?」
 そしてきょとんとするセリの前で、明るめのバラードを弾き語りする。穏やかな、でも確かな希望、そして歩きだす背中を押し出す様な暖かな曲。その間に、レティは手早く雪待月とリュドレイクに得た情報を伝える。曲の終わる頃、黙ったまま俯いていたセリが顔を上げると、
「‥‥うまいのね」
「どうも」
 やっと反応らしい反応を見せた。そして、
「私ね、本当は知ってるの」
 やっと口を開き始めたセリの話を能力者は無言で促す。
「こういう事が起きた時って、誰のせいって言ってはいけないって‥‥例えそれが自分でも。でもね」
 そこで再度セリの目から涙が零れ、
「でも逃げるのがお兄ちゃん一人ならきっとこうはならなかったの、だから‥‥」
「‥‥いいえ」
 そこで雪待月が穏やかに言い切った。
「決して貴女のせいではないのですよ」
 その言葉に揺らぐセリ、だがその手をレティが支える様に取り側に付く。言葉が見つからない彼女なりの支え方である。
 それを確認すると、雪待月がゆっくりと、現場での状況、セリが原因で兄が殺された訳ではない事、「誰のせいと言ってはいけない」どころか、「誰のせいでもない」という事。
 言葉を聞くうちに、セリは目を白黒させていた。そして再度、無線が入る。内容は簡潔、これだけだった。

『セリさん、人と会えそうですか?』

 誠の声だ。
 四人がその言葉を受けセリを見詰める。少々混乱気味ではあるが、この様子なら会ってもよさそうである。更にこんな言葉が付け足された。

『それからアイスを使ったクレープ用意して下さい』

●その現場―彼女の周囲
「どうも、ULTから来た者です。あなた達がセリさんのご両親ですね?」
 セリの両親の元に現れたのは誠とカルマだ。そして仮住まいの前に立っているのは気の弱そうな初老の夫婦である。どこかのんびりした調子で誠が更に続ける。
「突然ですけど、娘さんの為にご協力お願いします」
 そして兄妹の事を訪ねると緊張しているのか固い口調で質問に答える。そして最後にセリの好物はアイスを使ったクレープだと語った。
「他には、何か思い出の品でもないかな?」
 カルマがそう付け加えると、思い出したように母親が万年筆を持ってきた。どうやらこれはセリが二十歳になった時のお祝いにと兄が買っておいたものらしい。
 ―――そして渡す前に事件が起きてしまったらしい。
「それをあなた達の手で渡して下さい」
 カルマがそう言うと、両親は「はい」と返事をする。そこに、ホアキンと聖次が来た。その手には何通かの手紙を持っている。
 合流後、彼等もセリの知り合いの元を訪ねて歩いていたのだ。そして四人はそこからすぐL.Hへと出発した。


●マインドクリップ―2
 ふと、リュドレイクが声を上げる。
「ふと思ったんですが、隣りで落ち込んでる人が居たら、このフジツボモドキ、移動したりしませんかね?」
『?』
「幸い、落ち込みネタならいくつかあります‥‥試してみましょうか?」
『!』
 そこで気づく、リュドレイクは自分が落ち込んでみせる事によりこのマインドクリップが自分へと移ってこないか、という事を試そうというのだ。
「先程、弟の事を言いましたが、弟も実は能力者で、俺と同じクラスなんです。でも弟の方がレベル高い‥‥つまり、俺より強いんですよ」
 そこで切なげに顔伏せ、ふっと息を吐く。そしてセリをちらりと見やると、
「俺の場合、きっと守ろうとして逆に守られちゃったりするんです。俺の方が9歳年上なのに‥‥唯一勝てそうなのが料理だったんですが、セリさん食べてくれないし」
 マジで沈み込んできたリュドレイク、だがこれ位本気でへこまなければ意味はない。だが、マインドクリップはセリの首筋から動く気配が無かった。
 リュドレイクの作戦は失敗したが、このキメラは傍に絶望悲しみを持った人間がいてもそちらに移る事はない。すなわち、寄生された人を「隔離」をしなくてもいいのだ。これはマインドクリップに関しての新たな情報である。という事は、これから彼女の両親が万一セリを見て悲しみに暮れても危険はない。
 その後リュドレイクは、セリの両親が来る間気分転換がてらアイスクレープを作らされていた。


 暫くして、その部屋に情報を集めていた能力者四人と、彼女の両親が現れた。そこにリュドレイクがアイスクレープを持ち扉をノックし入る。
「出来たよって、皆もう来たんだ」
 するとそのままセリに近寄り「はい」とクレープを渡す。
「好きだって聞いて」
 が、セリが受け取る事を躊躇する。が、そこに誠が後押しする。
「まずは食べて。腹が減ってちゃ元気も出ませんよ」
 言われると、セリは、思い切った様に皿を受け取った。震える手つきで食事をしようとするが結局項垂れ諦めてしまう。そこにレティが隣に座り、そっと声を掛ける。
「慌てなくて良い。ゆっくりお兄さんの死は厭えばいい。だけど、せめて食事はしよう。生きていよう? セリさんがここで死んでしまったら、セリさんを庇って逝ったお兄さんは、きっと悲しむ」
 そこでセリの顔色が変わった。レティは構わず続ける。
「大切な相手だから護ったのだろう? 生きてほしい相手だから庇ったのだろう? 想いは、貴方にも伝わっていると思うが、どうかな? 無論、貴方の家族や友人も同じ気持ちだよ」
 セリが驚いたような顔でレティの方を向いた。雪待月もセリの側によりそっと付け加える。
「貴方が食べて、生きていてくれることがお兄さんの一番の願いではないのでしょうか?」
 セリが皿に眼を落した。すると聖次が口を開く。
「事件現場の事は調べました。だからこそ解ります。貴方が食べて、生きていてくれることがお兄さんの一番の願いではないのでしょうか? そして」
 そこで聖次が哀しい、優しい笑みを浮かべた。

「私がお兄さんなら、あなたを恨んだりはしない。むしろ今のあなたを見たら悲しむでしょう」

 彼の胸元のペンダントが揺れた。
 そこには、両親を亡くした彼の宝物、妹の写真が入っている。
「‥‥泣いてばかりの今のあなたを見たら、お兄さんは何と言うかな?」
 ホアキンがそう言うと、清見が軽い調子で付け加える。
「辛い気持ちはそうすぐ癒えるものじゃないだろうけど、悲しみそのものに負けてしまわないで。セリさんと一緒にお兄さんの願いも消えてしまったらもっと悲しいよ」
 そこにカルマがセリの両親に声を掛けた。
「あれを‥‥渡して下さい」
 言葉を受けセリの両親が「はい」と頷くと、セリに万年筆を渡す。
「何これ?」
「お兄ちゃんがあんたにって」
 言われ、セリがそれを見詰め、胸に抱く。
 そして小さく兄を呼んだ。再度その場に居る全員の顔を見回し。

 一口、食物を口に入れた。

 ゆっくり噛んで飲み込む。すると

 笑って見せた。

 そして言う。
「おいしい」
 それと共に、実にあっけなく彼女の首筋からキメラが取れて落ちた。それを能力者がすかさず止めを刺す。キメラの取れた彼女の頬に血色が戻って来た。そして、能力者達に「聞いてくれる?」と話を振ると、
「私、私が居たから悪いんだってずっと思ってたの」
 そこで一息つくと、悪戯っぽく笑った。
「でも、ここまでその理由を否定してくれたんだったら、しょうがないわよね」
 そういうと、「そうだ」と言いだし清見にマフラーを巻き付けレティに手袋を渡し、リュドレイクには星の首飾りを掛け、雪待月には小さなキーホルダーを渡し、他の能力者には赤いリボンを人数分に斬り渡した。
「昔お兄ちゃんがくれたもの。もう必要ないから」
 そして万年筆を掲げ、
「私はこれで十分」
 二十歳の祝いにと、未来を祝して渡されたプレゼントを見る彼女の眼は、寂しげではあるが先程とは別人の様に輝いていた。
「‥‥ありがとね」
 そして未来へと残された者の背中を押し出した八人の目の前には、花の様に笑う笑顔が向けられた。