●リプレイ本文
―――私の正義は妹を守りたいという想いと再会の約束が原点
猛烈な埃が舞いあがる中、自分の元へ駆けつけた誰かの影が浮かぶ。
「無茶をされる方ですね‥‥‥嫌いではありませんが」
埃が止むと、口元に微笑を浮かべ浅川 聖次(
gb4658)が現れ茂吉へと振り向いた。
「‥‥‥‥」
呆然とする茂吉に、その能力者は一瞬「ああ、そうだ」とでも言いたげな顔をするとこう付け足す。
「正義と言うには大した事ではないのかもしれませんが、私には守りたい大切な人と約束があります」
「‥‥大切な人?」
ぽかんとする茂吉に、誤魔化す様に笑って見せ、続ける。
「―――己が信念を貫く‥‥正義の味方には必須ですね。私の正義、この槍と共に示しましょう」
そして槍を構え、表情を引き締めた。そしてそのままの顔で付け加える。
「あ、飲み物はお茶をお願いしますね」
「‥‥‥‥」
その言葉に少年は切なげに斜め下を見た。
―――私の正義の原点
―――その想いと約束は今もペンダントの中に
●現場
―――正義の味方に一番必要な物が何か解るか?
「貴様! 正義などという下らぬ自己陶酔でチャンスを捨てるか! この世に正義は無い、あるのは敵対するものだけだ。所詮皆自分こそが正義だと言うのだ!」
「‥‥‥‥」
――それは、敵だ。己が正義を肯定する為の存在だよ。正義とは悪を許容してこそ正義として確立する
―――‥‥そんな矛盾を抱えた正義で護れるモノなど、所詮は己の矜持だけだ。
「正義だの悪だの、下らぬ! これだから人間は!」
「‥‥‥‥」
―――勧善懲悪なんて御都合主義で、世界は回らない。
俯き黙り込む少年と強化人間が対峙する。何かを堪える様に立ち竦む少年に、「もういい」と吐き捨て男が片手を高く振り上げる。
‥‥その場所へと走りながら、
素早く銃を取り出しリロード、艶やかな黒髪を靡かせ赤い目で狙いを定め、口を開く。
「だが」
そして発砲。
「まぁ君の様な人間は嫌いじゃないよ」
「!?」
「私には、少し眩しく思える」
御影・朔夜(
ga0240)が強化人間に向け強弾撃、即射、一気に球を打ちこむ。猛烈な粉塵が舞い上がり、更にその両脇をメビウス イグゼクス(
gb3858)とエリノア・ライスター(
gb8926)が走り抜け、前線へと駆けた。
「前に出るのか? 誤射しても知らんぞ」
「貴方の腕は知っています。私に構わず、貴方のやりたいように動いてください」
「‥‥では、そうさせて貰おうか」
朔夜の軽口に、メビウスが返す。更にエリノアが叫ぶ。
「‥‥人間を舐めんなよ、クソッタレ。そいつはただの人間だが、裏でコソコソやってるてめぇよか、ずっと根性あんぜ!」
そしてきっと前方を睨み据えた。
更にその後ろで、小動物キメラの甲高い悲鳴が響いた。同時に、やたら飄々とした声が聞こえてくる。
「よばれて飛び出ておまちどー!」
威勢のいい声を上げ、つい今しがた小動物キメラをぶん殴ったのは安藤ツバメ(
gb6657)だ。殴られたキメラは彼女の足元で伸びていた。彼女は腰に手をやるとからりと言う。
「なぁんかここら辺一杯小さい物騒なのがいるねぇ‥‥さって、他はどこかな?」
その横で疾風迅雷を構え、柊 沙雪(
gb4452)がひょこっと現れた。
「強化人間と対峙するなんて、なんて無茶なことを」
ダッシュキャリバーにのり辺りをきょろきょろ窺うツバメの隣で彼女も視線を辺りに這わせながら呟く。
「ですが‥‥とりあえず茂吉さんの事は前衛の方に任せて、まずはこの辺りのキメラを一掃しましせんと」
「そうですね」
聖次も槍を構え油断なく辺りを見渡す。
そして更に走る人影が二つ。前線へ、強化人間の居る場所へと駆けていった。
「背中は‥預けるッスよ」
「ええ、任されました」
その正体、先行するのは六堂源治(
ga8154)、一歩下がりさらりと返すのは国谷 真彼(
ga2331)だ。走りながら源治が自分に言い聞かせるように唸る。
「茂吉‥お前は強いよ。『力』に頼っちまってる俺なんかより、よっぽど」
「?」
源治の言葉に、真彼が視線だけを投げ注意を向けた。
「そんな男を、その男が守ろうとしてるモノを守れなくて、何の為の『力』だ」
その言葉に真彼が不敵に笑う。
「‥‥連携には要が存在します。それを狙っていきましょうか」
そして二人は朔夜の横をすり抜けエリノアと茂吉の前で足を止めた。目に入るのは虫型キメラの群れに、砂塵で良く見えないが他にも数が要るらしい。源治がそれを視認し武器を構える。
「こんなの物の数じゃねーッスよ。踏ん張れ、搾り出せ。守る為の『力』を最大限に」
するとバイクに跨ったエリノアがにやりと笑った。
「待ってたぜ、二人共」
エリノアが二人を確認すると、そのままバイクを転がし茂吉のすぐ側ギリギリで止まり茂吉ににっと笑って見せる。
「!?」
思わず身を引く茂吉にエリノアは容赦なく続けた。
「よぉ、てめーがしげきちだな! よくやったな。ご褒美にリンドのケツに乗せてやる。さっさと乗りな」
ぎょっとする茂吉が何か言おうとし、口を開く。
「いや、俺はもき‥‥あの」
「乗れって!」
促され茂吉が気後れしつつエリノアのバイクに乗り込んだ。するとエリノアが真彼に目で合図。真彼が頷くと発進した。
それを追う様に植物キメラの蔦が伸びるが、真彼が立ちはだかりパリティングダガーで受け流す。
「いかせませんよ」
ついで自分と源次に練成強化、朔夜とメビウスを視認し彼等の武器も強化。すると次に源治が素早く対処、攻撃してきた蔦の方角から居所を特定、物陰に隠れていた植物キメラに砂錐の爪で一撃を入れる。
確かな手応えが感じられ、源治がにやりと乱暴に笑った。
「即興にしちゃ、中々の連携ッスかね? 国谷サン」
「かもね」
真彼も微笑する。
それらをエリノアのバイクに乗り振り返りながら茂吉が眺めた。するとエリノアから声がかかった。
「しげきち、もっとしっかり掴め!」
叫ぶなり、じれったいのかエリノアは茂吉の手を取り遠慮なく密着させ自分の腰をガッチリと掴ませる。思わず、茂吉が赤面した。
すると茂吉に、横手から牙をむき出しにしたキメラが突っ込んでくる。
エリノアはそれを回避しようと車体を逸らす、が、
「くそったれ!」
間に合わない。
だが、それに追う様に勢いのいい何かが耳の先で動いた。
それに気づくと同時に空中を人影が舞っていた。軽やかで躍動的で、風の様に素早い動き。空を起きる音が響いた。
すると艶やかな黒髪が空を靡き、好奇心に満ちた茶色い瞳が輝く。
「‥‥!」
「へへっ♪」
その茶色い目と、視線が合い、茂吉が思わずどきりとする。
「いくよ!‥‥私を信じて!」
―――私の正義?
―――それは守る事と信じる事だよ
―――私は全てを守る。出来る限り全てをね。そして何よりも信じる事
思わず身体をこわばらせた茂吉が固く拳を握る。そして、間に合う、信じろ! と根拠なく自分にそう言い聞かせ、目を開けると、
「必殺! ゼロブレイカァァ!」
ツバメが飛び上がり、空中で拳骨を握りキメラを殴り落としていた。
「‥‥!」
すぐそのまますれ違う彼女に茂吉が振り返る。だがツバメはそれに答える様に快活な笑みを浮かべて見せた。
「ほらね♪」
通り過ぎる茂吉にぐっと親指を立てて見せる。
―――だって世の中疑ってばかりじゃシンドイでしょ? だからまずは信じてみないと始まらないしね♪
「うし! 次行くか!」
「ツバメさん‥?」
沙雪に声を掛けられツバメが振り返った。
「ん? ああ、そっちは片付いた?」
すると聖次が答える。
「ええ。直ぐに他のフォローに回りましょう」
「はい、この辺りのキメラが居なくなれば、民間人の護衛の負担もかなり軽くなると思います。だからこのくらいでいいですね‥‥後は現地の方にお願いします」
「うん、じゃ、行こうか!」
ツバメが頷き、三人は前線へと駆けて行った。
前線、朔夜の先制攻撃が止み粉塵が落ち着くと、そこにはまだ強化人間が立っていた。
「キメラを盾にしたか‥‥」
目を細めたまま朔夜が言う。その足元には三頭の大型獣型キメラの躯が転がっていた。強化人間の男が、朔夜に鋭い視線を向ける。
「‥‥手練の能力者か」
その男と前衛のメビウスが対峙する。強化人間の目が今度はメビウスへと向いた。
「‥‥」
メビウスが男を真っすぐ見据える。
「貴方にはここで果てて貰います。理由は‥‥御分かりですね?」
「貴様も又そうだな、全く、UPCは相当私が怖いようだ」
「‥‥容赦はしません。神の身許へ」
そう言ってメビウスが武器を構えると、男が軽く手を振り上げ残り一頭の大型獣型キメラがメビウスにけしかける。振り上げられた爪をうまくかわすが、男が更に合図。隙を狙って虫型キメラの群れがメビウスに突っ込んでくる。
「!」
纏って飛んでくる虫達を避けきれず受けの態勢を取ると、自分の前に何かが割って入った。
龍の翼、鱗発動。
現れたのは聖次、エリノアだ。
「あの時も厄介でしたが‥こう連携されると手強い‥!」
「ったく、虫っころが!」
聖次が苦笑し、エリノアがふん、と息を吐く。二人とも防御力を高めガード。ダメージを最小限に抑え盾の役割をしている。そして各々相手に武器を構えた。
「上ってきて早々でしたが、神の正義の名を冠するこの槍、その身に受けて頂きましょう!」
「当たると‥‥痛ぇぞ!」
「有難うございます」
メビウスもすぐに動き、男の壁となっている植物キメラに攻撃。だが、更に攻撃しようと獣型キメラが身を翻し聖次へと牙を向くが、
「動かないでもらおうか」
だが朔夜がその足元を牽制射撃。それに乗じて前衛の三人は各々油断なく敵から間合いを取る。
そして少々離れた場所で別にキメラを相手にしている真彼が状況を見渡し呟いた。
「強化人間を中心に、植物キメラ二体、虫型キメラ五匹、大型獣型キメラ一体、ですか‥‥」
「数は多いが‥‥捌ききれない数じゃないッスね」
「まあ、そうですね」
源治の感想に真彼が険呑にそう言った時である。
「此方は片付きました。サポート致します」
聖次に続き遊撃班も合流。沙雪、ツバメ、が姿を現す。
「私達も来たし、数ならこっちも負けてないんじゃない?」
ツバメがそう言うと、沙雪もこくりと頷いた。
「ちなみに此方のキメラは連携も戦闘力もそれ程ではありませんでした。連携はそう教育されていないようで、指揮官から離れるとおざなりになってしまうようです」
沙雪がそう言いながら、軽く首を振ると思考を切り替える。
「ですから、私達も此方に参加します」
今の状況に適合するよう‥‥感情を無くし、冷静になるように。
波立つ心を抑え、いかに効率的に無駄なく相手を無力化するか。
正義や悪ではなく、酷く淡々と、それのみを考えて―――
元々感情表現の控えめな沙雪の顔が、酷く冷たくなっていく。沙雪が軽く目を閉じた。
―――私は自分が正義とは思っていません。
―――敵ならどんな相手でも排除するのが私の仕事で、意志です。どんな事情があっても、依頼されたなら確実に。
彼女の中から感情が消えていく。代わりの様に肥大していく情報、感覚。ゆっくり目を開け、それらを最大限に使い機械的に状況を判断。
―――あれは
‥‥今正に分散した虫型キメラの二匹が此方に向かってくる。あれを機能停止に追い込むにはどうすればいいか。
すぐに答えを叩きだすと一匹のキメラに疾風雷神で真っすぐ攻撃する。
だが、もう一匹の虫型キメラが彼女に突っ込み身を捩ってかわそうとするが、脇腹に掠りダメージを受ける。だが作った隙は見逃さない。
冷静な口調で彼女は仲間に告げる。
「今です、聖次さん」
聖次が言葉を受け、確実にそのキメラにザドキエルを浴びせた。キメラが痛みにもがく様に動いた後、動かなくなったのを確認し体勢を立て直しすぐに次へと視線を移し真っすぐ見据える。
―――ですから、茂吉さんは大衆に支持される正義の味方になってくださいね。
彼女の真紅の瞳が、強化人間を射抜いた。
「行け!」
強化人間が源治を指をさす。すると先程彼に攻撃を受け弱ったキメラが源治へと蔦を伸ばす。
「!」
それを素早く避けるが、更に強化人間が合図を出すと、虫型キメラが今度は真彼へ向かって攻撃。それを朔夜が射撃。
「雑魚が――貴様等は黙っていろ」
三匹共に落ちるが、それを狙ったかのように強化人間が虚空を切り衝撃波を源治に向って放つ。後方に吹っ飛ばされ、源治が体勢を立て直す。
「くそ!」
だが、致命傷には至っていない。まだ十分戦える。それを横目で確認すると、真彼が沙雪、聖治、エリノア、ツバメの四人に練成強化を掛けた。
先程練成強化を掛けられた四人動揺、彼等の武器にも力が宿っていく―――つまり、
これで、この時点で此処にいる全員の攻撃力が底上げされた事になる。
「さあ、反撃開始だね」
真彼が軽く微笑した。
それに忌々しそうに男が毒づく。
「‥‥貴様ら何故それ程の力を持ちながら人間側に着く!? あいつらなど所詮、貴様等の事等捨て駒程度にしか思っていない筈だ! 同じ勝手で冷酷な者達ならば、そんな者に付くより力があればもっと有益な―――」
するとごくあっさりと真彼が返す。
「ええ、人間とは随分勝手で冷たい生き物ですね」
「!?」
男が頬を引きつらせる。だが、それには特に反応した様子も無く真彼が微笑を浮かべたまま酷く淡々と告げた。
「そんなことは貴方に教えられなくても十年前から知っていますよ?」
「‥‥き、貴様?」
引きつる男に反し、あくまで真彼は淡々としていた。そしてそのまま、酷く優しく笑って見せる。
―――僕に語る正義の持ち合わせは無い
―――‥‥人が冷たいだなんて、身をもって知っている
‥‥彼の中にある、自分への酷い絶望感。
逆にそのせいでいつも人には優しい表情を向ける事が出来る。だから傍からは想像も出来ない、そのせいで自ら閉じ籠った事もある事。
友人を死なせてまで助かってしまったというのに、それでも尚生に執着する自分の姿。
「だが」
目の前で仲間が、剣を振るう。源次が壁になっていた植物キメラに止めを刺し、ツバメが大型獣型キメラの攻撃を回避する。
「そんなの当たらないよ!」
そして獣型キメラを仕留め、エリノアも残りの植物キメラを攻撃。
茂吉が、少年が何に憧れて何の背中を追っているのか。
「僕は」
―――ただ、僕を助けて死んだ親友と、こんな僕の背中を追ってくれる無二の正しさを信じるから。
「少年が行おうとする道の正しさを、見誤ることはない」
―――僕は自らの道を信じる
「この虫けら共がっ!」
ついに強化人間が怒声を上げ、剣を薙ぎ払い衝撃波を放ち朔夜を牽制し、グラップラーの様な早さでメビウスに詰め寄り剣をふるい落とす。
「観念なさい! もう貴方に勝機はありません」
それを剣で受け、金属的な音が響いた。せめぎ合いながらメビウスが男を見据え、その光景をやれやれ、と言いたげな目で朔夜が首を振った。
「時間をかけるつもりはない。早々に退場願おうか」
男に向け、容赦なく銃を構える。だが男は血走った眼でこう言い切った。
「くそ! 貴様等の様な偶然で力を得た者に等私は負けぬ! 適合だ? こんな重要事項、その様な曖昧な物が関与して堪るか!」
だが男の背後では、残り一匹の虫型キメラを沙雪に、植物キメラも止めを刺されていた。沙雪が冷たく言う。
「キメラは全て、片付けました」
「‥‥!」
「観念なさい!」
メビウスが一喝する。男の顔がぐにゃりと歪んだ。
「くっ、然し私は後悔しない。この力を手に入れていなかったら、此処でこうして戦う事も出来ぬ、力が無ければ、抗う事すら許されず、搾取され淘汰されるのみなのだ! 己の身は己で守るしかない! 力が無ければ戦う事すら出来んのだ!」
「貴方は‥‥!」
ほんの一瞬だけ、メビウスの目に憐みの情が浮かぶが、それはすぐに消える。
「あの小僧、私と同じ匂いがした! なのに‥‥あの愚か者が!」
男は剣を引き再度メビウスに切りかかった。
―――私は、
―――闘えない大勢の人の為に‥‥
メビウスが目を逸らす。ならば、目の前の男も‥‥
本当なら‥‥その大勢の人の一人になっていた筈だったのだ。
何が彼をこうしてしまったのかは知らないが、こんな風に間違えていなければ彼もまた彼の守りたい、闘えない大勢の人の一人、だったのだ。
メビウスの胸に何とも酷いやるせなさが湧いてくる。が、
‥‥その脳裏に一瞬、先程見た何処にでもいる様な少年の顔がよぎった。そして、ULTで聞いた通報時の無線での声が蘇る。
「彼等きっと来てくれますから」
何処にでもいる少年の、自分達に対する真っすぐな声。
戦う事の出来なかった少年の、必死の闘い。
メビウスが力を込め深く踏み込む。
「戦えない大勢の人の為に‥‥私は戦う! 私に‥‥能力者としての資格があるのならば!」
せめぎ合っていた剣を引き、メビウスが攻撃に転ずる。
「それが、私の信じる正義だッ! 奥技――無毀なる湖光ッ!」
「!!」
両断剣に流し切り発動。
「力に溺れ人を傷つけた時点で、私は貴方を許しません」
腕に巻かれた青いリボンが、微かに翻った。
「‥‥今ですッ!」
「任せろ」
朔夜が素早く強弾撃を使用、男に止めを刺す。男が胸を貫かれた。
よろけ、絞るように声を出す。
「ぐっ‥‥くそ、くそ!」
そして、地獄の底でも見る様な目で能力者達を睨みつけた。
「‥‥せいぜい今の私の姿を見ておけ、どうせいずれお前達もこうなるのだ! これは未来のお前等の姿なのだ! よく見ておくがいい! よく――――」
「‥‥さあ、どうだかな」
目から光を失いつつある男に朔夜が近寄り、それだけ呟く。すると男が震えながら笑いだした。
「私達の未来は、私達で決めます」
沙雪もぽつりとそう言う。すると男はそのまま小さく痙攣し、
‥‥そして動かなくなった。
「終わり‥‥ましたか?」
「‥‥その命、神に返しなさい」
沙雪が呟き覚醒を解き、メビウスが呟いた。聖次も覚醒を解く。
「そのよう‥‥ですね」
そして聖次が深く息を吐いた。
「熱くなってしまってました‥‥私もまだ若いですね」
そうして苦笑すると、真彼も軽く微笑む。
「お疲れ様です」
「っはぁーー緊張したぁ‥‥お疲れ皆!」
ツバメが息を吐き思い切り伸びる。すると空気が一気に緩み、全員が肩の力を抜いた。
「一応、避難民とこには行っとくっスか?」
「ああ、行った方が良いだろう」
新しい煙草を加えながら朔夜が言う。言葉を受け、エリノアが頷いた。
「んじゃ、行くか」
●その後
「大丈夫、ゆっくり歩いて、正義の味方が付いている‥‥」
全員の非難を終えた茂吉は、現地の能力者と共に怪我人の治療に当たっていた。幸い命にかかわる様な重症の者は無く、軽い裂傷や切り傷や火傷が主だ。
死者はゼロ。障害が残る様な重症者もいない。
そこに能力者達が現れる。彼等が現れるなり、少年は表情を明るくし嬉しそうに声を上げた。
「おお! 正義の諸君! 君達が此処に来たという事はもう悪は滅びたという事だな! 良くやってくれた、見るがいい、君達のおかげで死人はゼロだ! さあ正義の使者が勝利の一杯を奢ろうじゃないか! 何遠慮はいらない! もう諦めたからな!」
「しげちー!」
「し‥‥しげ?」
ツバメが勢いよく茂吉を呼び前へ出る。それに瞬きし、きょとんとする茂吉。エリノアが茂吉ににたーっと意味ありげに笑った。
茂吉の反応に、あれ? とツバメが首をかしげる。
「しげちー、だよね?」
「いやあの、おれはも‥‥」
「しげきち、飲み物だけどな、私は冷たいやつなら何でもいいぜ」
しどろもどろの茂吉ときょとんとするツバメの間にエリノアが割って入る。すると今度は源治が「ああ、そんなら」と声を上げ、
「俺微糖コーヒー」
「はい?」
エリノアに便乗し源治も自己申請。聖次も自分を指差しながら、
「じゃあ私は――」
「うん、お茶だっけ‥‥」
聖次を先回りして茂吉が言う―――さっき戦場でバッチリ言っていたのを茂吉は聞き逃さない。それに聖次がにっこり笑って返す。
「はい!」
「‥‥」
どうやら此方の方が一枚上手の様である。
「‥‥他は?」
予想してました、と諦めモードの茂吉に、「コーヒーでも貰おうか」という中性的なおにーさんに、「何でもいいですよ」という優しい表情の黒髪のおにーさん、「スポーツドリンクがいいなー!」という快活なおねーさんに、「それでは紅茶を」という金髪の礼儀正しいおにーさん、「では、甘くない物を」という儚げなおねーさんにの声を背中に受け、少年は大人しく、缶ジュースを買いに出る。
「オマチドオサマ」
程なくやってきたそれをそれぞれ手に取り、口に運んだ。
「‥‥運動した後なので、有り難いです」
「まあ、そうだな」
沙雪が呟き朔夜が返す。
「うまいねー!」
「はい、ごちそう様です。佐藤君」
ツバメが笑い、真彼も笑う。
「‥‥‥‥‥‥」
飲み物に口を付けながら、それらを源治がぼんやり眺めた。
―――大切な人を守れなかった俺だから、もう二度と目の前で命が消えるのを見たくない。悲しい顔を見たくない
―――目の前の人くらい笑顔で居て欲しい
「‥‥‥‥‥」
「?」
ぼんやりする源治の顔を見て、茂吉が疑問符を浮かべる。
「何スか?」
「いや‥‥」
一瞬慌てて眼を逸らした茂吉だったが、そろそろと源治を盗み見ると口を開いた。
「‥‥あのさ」
「?」
「あんたは―――」
その先の質問を先読みし、源治が「ああ」と頷き缶から口を離す。源治は顎でしゃくって能力者達を、そして避難した人々を指した。
怪我をした者もいる、家を失った者もいる、だが、誰も失う事は無かった。
だからだろう、
安心した笑顔、また頑張ろうと苦笑する笑顔、助かった事を喜ぶ笑顔、それから、
それらを守りきった傭兵達の笑顔。
「‥‥‥‥」
それらを見渡した茂吉が源治へと向いた。すると源治自身も笑って見せる。
「これが俺の正義っス」
それらを見て、茂吉も笑って見せた。
―――その笑顔を守れるなら、どんな苦痛も苦境も笑って超えられる
その茂吉の後ろに、真彼が立つ。そして口を開いた。
「いつか君に武器を与えようといったね」
「‥‥?」
茂吉が振り返る。すると真彼がその茂吉を見詰める。
「あれはもういいのかい?」
「‥‥あ」
茂吉の中で何かが重なり胸が小さく高鳴る。それは、昔ある能力者が自分に言った言葉‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥」
その時の自分なら、昔なら欲しいと即答した。でも今は‥‥
逡巡する茂吉を見て、真彼が軽く息を吐く。
「その真直ぐさを、大切にして欲しい」
「‥‥‥‥」
何か言おうとして、それでも言葉が見つからず茂吉が黙りこむと源治が口を開く。
「武器? 真彼さん武器作るんスか?」
「いや、ちょっとね」
源治に言われ、真彼が誤魔化す様に笑った。するとまたまた背後から、元気な声が飛ぶ。
「しげちー!」
振り返ればそこにはツバメが缶片手に立っていた。そして子供の頭でも撫でる様に乱暴にワシワシと茂吉の頭をなでる。
「わっ‥‥ぷ」
そして極上の笑顔で言い放つ。
「お疲れ様♪ 流石に場数踏んでるだけあって、肝が据わってたねぇ。その正義、これからも貫くんだよ。例え、私達のような力が無くてもできる事は必ずあるしね」
「こ‥‥‥‥」
子供扱じゃないぞ! という言葉を茂吉は呑み込み、代わりに、言葉に詰まったまま照れくさそうに俯き、大人しく頭をなでられる。
「努力します‥‥」
そして嬉しはずかしのせいか何故か敬語になりツバメにそう言っていた。それを受けツバメが「ん!」と満足げに頷く。そして各々、缶を片手に雑談を交える。
「ジュース、美味しいですね」
「ああ、ついでだったので私も頼んでしまったが、たまにはいいだろう」
「はい、缶の紅茶もそれはそれで味があるものでしたし」
「チープなもんにはチープな味の良さがあるからな」
上から沙雪、朔夜、メビウス、エリノア、
「やーいい運動になったねぇ!」
「はい、ですが恥ずかしながら少々力が入りすぎました。私もまだまだですね」
「各々反省点はあるかもしれませんが、でも今日は上手くいきましたよ」
「時間もそんなに掛からなかったっスからね」
上から、ツバメ、聖次、真彼、源治。
こんな所を見ていると、やはり彼等も人間なのだなぁと実感する。
あれだけ、人間離れした力や、判断や、精神力を見せられても、彼らもまた‥‥
それらを羨ましい様な大変な様な、複雑そうな顔で茂吉が眺める。その様子をやはり、やれやれ、と言いたげに見ていた朔夜が口を開いた。
「取りあえずこれで仕事は終いだな。皆、御苦労だったな」
朔夜が言うと、メビウスが頷く。
「では、皆さんそろそろ引き上げましょう」
そう言って立ち上がる能力者達に、茂吉がぽつりと漏らした。
「あんたらは、やっぱり強いんだな」
その言葉に八人はゆっくりと茂吉に振り返る。そして前に出て来たのはエリノアだ。そしてこう言い切る。
「‥‥私達は皆弱い」
「え?‥‥」
茂吉が意表を突かれた声を上げた。だが、エリノアはしっかり続ける。
「力が無ければある者を妬み‥‥力を持てば傲慢になる」
「‥‥‥‥」
そしてチラリと処理されビニールを掛けられた強化人間の躯に目をやった。思わず、茂吉はエリノアからも視線を逸らす。エリノアは軽く目を閉じた。
「‥‥でも」
―――でもよ、あのクソッタレみたいに
―――ぶったおされても、誰も悲しまねぇ生き方なんて、寂しいじゃねぇか
目を開けると、続ける。
「正義っていうと、大層な事に聞こえっけどよ」
軽く目を伏せ、言う彼女に、茂吉が黙った。
「誰だって、人との繋がりを失いたくねぇ」
「‥‥‥‥」
力を持つ者の、孤独。
時に人は、力を持っているというだけで人を遠ざける事がある。
そして力を持つ者も、使い方を誤ればその力で自ら人を遠ざける事もある。
ましてや彼等は、望んだにしろ望まなかったにしろ人並外れた力を手にした者達。
茂吉が俯く。
―――人は一人では弱い
「だから戦う‥‥ただそんだけの事さ」
そこまで言うと、エリノアが顔を上げにっと笑う。
「人はあったけぇだろ。その温もりを忘れんなよ」
すると目があったツバメが笑顔を浮かべ、沙雪も一つこくんと頷いた。エリノアが茂吉にぐいっと顔を近づける。
「ちょ‥‥何」
「はは、どさくさに紛れて、胸に触ったのは不問にしておいてやるよ、も・き・ち」
「!?」
ばっと茂吉がエリノアの顔を見た。そして後ずさりしながら口の中で「あれは‥‥だって、手を取ったのはアンタで‥‥う、ていうか、ワザとじゃ、っていうか名前‥‥」と纏らない言い訳をし、向こうではツバメが「んえ!?」と驚きの声を上げている。
「もき‥‥ち? い、いやぁごめん‥‥『茂吉』なんていうからてっきり‥‥」
あはは、と気まずそうにツバメが笑う。するとそれに気づいた茂吉がハタと我に帰りふるふると首を振ると良い笑顔でこう言った。
「うん、大丈夫、解ってる」
はははははと全てを悟った様に茂吉が笑う。毎度の事だがULTが自分の名前に仮名を振らないのは絶対きっとワザとだ‥‥ちらりと沙雪が上目でエリノアを見る。
「エリノアさんも、解ってやってたんですね」
沙雪に言われ、エリノアが悪戯っぽく笑う。
「だがまあ、安藤に非はないさ」
朔夜がそう言うと、茂吉もふっと哀愁たっぷりに笑った。それに真彼が笑うと皆を促す。
「それでは、皆さん行きましょう」
それに聖次が頷いた。
「はい、それじゃ、茂吉さん。」
そうして能力者が少年に背を向け歩き出す。すると、ふと、メビウスが足を止め茂吉に振り返った。
「例えヒーローになれなくても、その想いはきっと貴方の支えになるでしょう。これからも‥‥信じた道を進んで下さい」
するとメビウスは列に戻り、能力者達はわいのわいの雑談しながら歩いて行く。
「‥‥‥‥‥」
遠ざかる彼等の背中。そして聞こえてくるそんな何気ないやり取りを聞きながら、少年は大きく息を吸った。
‥‥‥‥人は一人では弱い。
‥‥‥‥力を持っても、それに溺れる事もある。
‥‥‥‥だが、
そして口に手をやり、能力者達にこう言う。
「ああ、もちろんそうするよ! あんた等と一緒にな!」
言われた能力者全員が一度足を止め、一斉に振り向き、そして何のタイミングか一斉に笑みを浮かべて見せた。
そして一同、一瞬実に不思議な顔をするが、やがて何事も無かったかのように又前を向き歩きだす。
それを見ていて少年は思った。
人は一人では弱い。
だからこそ人は、誰かと共に歩んでいくのだろう。