●リプレイ本文
○01
早朝のグリーンランド。
カンパネラの学生の駆るAUKVと聴講生に貸与されたジープのアイドリング音が響くなか、スタートの合図が発せられ、合図の音をかき消してエンジンが唸りを轟かせた。
競技の場となる道路はバグアの攻撃を受けて以来、整備を特に受けていない。降り積もった埃が舞った。
先頭集団に躍り出たのは、
「‥‥バイクでも探索でもなんでも、一着はおれだぜッ!」
水瀬 深夏(
gb2048)のミカエルだった。
深夏のミカエルが他のバイク形態のAUKVやジープを大きく引き離す。引き離してもまだ加速する。
なんでもトライアスロン開始前に「罠も障害もぶっ飛ばして最短最速をいく」と深夏は他の生徒に熱く語ったらしい。
なるほど、それは一着を目指すなら一理ある戦略とおもわれた。
というのは、いくら先を急いでも前方にちんたらしている連中がいたら加速できやしないからだ。
しかし他の参加者がスタートダッシュをしない理由にも当然、一理あった。
「の・わわわわっ」
前方の道路に陥没が出現。深夏は危うく嵌りそうになるも、上手くバイクを制御して転倒を逃れた。
深夏は蛇行したバイクを元の進路に戻す。その進路には複数の陥没があった。大きいもの、小さいもの、深いもの、浅いもの、など様々ある。さらに落石や廃棄された兵器の一部などが転がっている。
この道路は以前、バグアから攻撃を受けており、それ以来、補修を受けておらず、むやみに先を急ぐと事故は必至だった。
これこそが深夏以外の参加者がスタートダッシュの優位を捨てた理由だった。
前方の複数の陥没、連なる障害物を見遣って。深夏の双眸が燃え上がった。同時に口端が上がり、狩りの前のライオンのようなどう猛な笑みを作る。障害物だらけのコースの中から深夏は最短の道を見い出したらしい。
深夏はミカエルを加速、前方の陥没複数にミカエルは突っ込むかと思われたが、素早くも大胆そして的確な体重移動でバイクを誘導、陥没の淵を走りきった。
さらに深夏は、バイクを小さめの障害物を台として利用、跳ね飛んで大型の障害物を飛び越えた。
飛び越えたようにみえたが、着地に失敗した。
バイクが地面に叩きつけられる音は後続の集団にも届いた。
自分の周りだけでなく、前方にも注意を払っていたらしく、優(
ga8480)は気の毒そうに眉を寄せた。
「とはいえ、あのカンパネラの学生、なかなかやりますね」
果敢な走りに感心したらしかった。そんな優の運転は深夏と対照的に安全運転だった。賭けをして順位を上げるような真似はしない。
このトライアスロンで優が目指すのは、完走だ。実戦と同じように頭脳と身体を的確に動作させる訓練と優はこのトライアスロンを考えているようだった。
「‥‥フムン」と優はアクセルを緩めた。エンジンブレーキでジープの速度がわずかに落ちる。
すると前方を走る集団と距離が近付き、この集団からいくつかAUKVが消え、騒音が響いた。事故だ。
優は微細な予兆を的確にジープに伝え、着実な走行を続ける。
一方その後方では、「前方の車両、やるわね」と番場論子(
gb4628)が呟いた。
優と同じく安全運転での着実な走破を論子は目指している。
「あれだけ着実な運転をしてもらえると、こちらは助かります」
いま走っている道は復路ではマラソンのコースになる。いま走行を悩ます障害物の類はマラソンの時にも邪魔になる可能性がある。ために論子は障害物の把握に努力しているようだった。
脳内とはいえマッピングすれば、運転は疎かになるはずだが、幸いにも論子の前には的確に走るドライバーがいたので、彼女に追従している限り、論子がミスすることはなさそうだ。
さて後方も後方には、ミリー(
gb4427)が走っていた。
ミリーは鼻歌を歌いながらハンドルを握っている。
開け放した窓から潮風が吹き込み、ミリーの黒髪を揺らした。
水着にビーチサンダルそしてビーチボールという格好がトライアスロンの参加者からミリーを海水浴客に見せかけている。
お祭り騒ぎかと思ったらトライアスロンということでミリーはへこんでいたようだが、いまでは機嫌が直っているようにみえた。
どこからかサーファーサウンドが聞こえてきそうな雰囲気だ。
事故した学生を助けるカンパネラの車両とすれ違ったときでも、ミリーの機嫌良さそうな鼻歌は止まらない。
ミリーがドライブを楽しんでいるうちに先行する集団はゴールに到着する。
そして最後に遊ぶつもりまんまんのミリーが第2種目の競技場となる岩場に到着した。
○02
さて第2種目は探索だ。
岩場に隠された発信器を見つけ出さなくてはならない。
優は無線機を片手に岩場を歩き回る。的確な運転の結果、優は岩場にわりと早く到着した。おかげで周囲に人気はない。遠くで学生が探索しているのが見える。
そばに発信器があるのか、無線機から砂嵐のようなノイズに混じって、かすかに「ぴ・ぴ・ぴ」という信号音が流れてくる。
発信器のそばに近付くほど、信号音が明瞭になる仕組みだ。
優は探索を続け、岩場の外れ、崖のほうにたどり着いた。しかしここで首を傾ける。
無線機からは明瞭な信号音が流れ、優に発信器の存在をアピールする。が、周囲にはそれらしいものはない。
「おかしいですね」と優は片膝を付いて、岩と岩の隙間を覗き込んだ。
出発前に優は発信器の現物を確認した。大きさから隠蔽するのにどれくらいのスペースがいるからは推測できる。
そのとき地面に影が走った。顔を上げた優が目にしたのは、海鳥だった。そして優の顔が輝いた。
「地面に隠すとは限りませんね」と優は崖を昇り始め、その中程に穿たれた穴から、発信器を見つけ出した。
一方そのころ、岩場のなかでも砂浜に近いほうでは、論子と深夏が睨み合っていた。
2人が携行する無線機からは明瞭な信号音が発せられ、2人のあいだには半ばが砂に埋もれている発信器が波で洗われていた。
「これはいささか面倒なことになりましたね」と論子が呟いた。
論子はトラバース測量を使って速やかに発信器を発見したのだが、この発信器を深夏もまた発見していた。深夏は軽いフットワークで移動しながら周囲に目を光らせていたのだが、ちょうど波のせいで露出した発信器が目に付いたのだった。
「お姉さん、そいつ、俺が、見つけたんだ。繰り返すぜ、そいつは、おれが、見つけた。OK?」
そう言いながら深夏がすり足で発信器に近付く。
「奇遇ですね。私も見つけたのですよ。これをね」と論子は、ここで対人戦闘かという表情で発信器ににじり寄る。
深夏がガチンと拳を打ち合わせた。それがゴングのように波打ち際で響いたが‥‥。
「あ、こんなところに発信器が。ラッキー!」
行楽客のような水着姿の女、ミリーが現れて、貝殻拾いでもするように、発信器を取り上げて、立ち去った。
論子と深夏はがくりと膝をついた。
「‥‥き、奇襲は通常攻撃の3倍の効果があるんでしたっけ」と論子はうなだれ、「ちっくしょー。獲物を横取りされた猫の気分がわかったぜ」と深夏は脱力した。
とはいえ、2人はよろよろと立ち上がって探索を続行する。
○03
トライアスロンも後半になると、だれてくるらしく、探索のふりをしながらさぼる学生も出てくる。
サボリ学生のなかには試作レーションと称したランチボックスを広げて、海を楽しむ者も現れた。
訓練というより遊びに来ているミリーはもちろん、サボリ学生の一派に誘われて、試作レーションに舌鼓を打つことになる。
ミリーが特大パストラミサンドにかぶりついてるうちに、優、深夏、論子が出発する。
第3種目はマラソンだ。第1種目のバイクのようにテクニックに任せて加速するわけにはいかない。競技者は一定のベースでじりじりと残り距離を削り取っていく。
とはいえ、この場合、バイク形態のAUKVよりアーマー形態のAUKVのほうが取り扱いは容易だ。
「ここで遅れを取り戻すぜ!」と深夏が、巨人の斧でかち割られたかのような陥没を前にしていった。
他の競技者が迂回ルートいくなかで、深夏は助走をつけて跳躍、ミカエルの重装甲が滑空して、向こう側のふちに足がついた。
他の競技者が歓声を上げる。深夏にならって他の競技者も陥没を跳び越えようとするが、すべての競技者が上手く跳び越えられるわけではなかった。
背中で悲鳴を受け止めながら深夏は加速する。
最短距離を最速で通って一着を目指すというだけあって迷いのない走りだった。
○05
深夏が追い上げるころ、優は先頭集団に混じって走っていた。
優は一定のペースで走り続ける。その足音は規則的でまるでリズムマシンのようだった。
しかし優が1人の競技者を抜いたとき、リズムが乱れた。
それぞれの競技者の持つ無線機から後方を走る論子の叫びが流れる。
「こちら番場論子、敵からの襲撃を受けている!」
優は鋭く呼気を吐くと、方向転換。片刃の直刀、月詠を手に襲撃箇所へ向かう。
その途中、優は、一着を目指して爆走する深夏とすれ違った。
深夏は優がバグア掃討に集中しているように一着になることに集中しているようだった。
一方そのころ、論子はカモメ型キメラとの戦いの指揮を執っていた。
論子はロシア陸軍の軍歴を持っているのだが、学生たちはこれを察したらしく、論子の指示には積極的に従っている。
「みんな、崖を背にして。敵の攻撃範囲を限定するのよ」
学生の1人がガードレールの影から飛び出して、崖のところへつき、空へアサルトライフルを向けた。
この学生を狙ってカモメ型キメラが急降下攻撃を仕掛けるが、「正面からの攻撃など喰らうかよ!」と学生の連射で遮られる。
襲撃を仕掛けたものの、学生が背後に崖を持ってきたせいで、カモメ型キメラは上手く攻撃ができないようだった。
とはいえ空中にいる相手には学生たちもなかなか攻撃できない。三次元機動する相手に攻撃は当て難く、武器が近接タイプの者もいる。
「大丈夫よ。もうすぐ援軍が来ます。みんな、がんばって!」
戦闘慣れしていない学生に論子は声をかける。
そのとき、崖の上からなにかが滑ってきた。敵増援かという叫びが上がるなか、それは崖の急傾斜を滑りながら、直刀を振るった。
旋風が迸り、カモメ型キメラが暴れる大気に翻弄される。
優のソニックブームだ。
「次の一撃で敵を落とす。止めは任せます!」
優の腕が閃き、再び、ソニックブームが起こった。
奇襲にカモメ型キメラの何匹かが墜落し、これらに学生が一斉攻撃を加える。
やがて後続の学生が戦闘に加わり、カモメ型キメラはすべて撃破された。
○04
「波乱含みでしたが、無事に終わりましたね」
完走したあと、優は支給されたスポーツドリンクを額に当てながら独白した。
その一方で深夏は頭のこぶをスポーツドリンクで冷やしていた。決まり悪そうに目を伏せている。
一着になって「よっしゃー!俺の本気、見たか!」と歓声を上げた瞬間、教官に「戦闘に参加してから一位を目指せ」とごつんとやられている。
ちなみに戦闘を無視して順位の上昇を図った学生は教官からきっちりマークされていて、全員お小言を喰らうはめになった。
戦闘に参加した論子は一緒に戦った学生たちと暑気を醒ましつつ、先の戦闘について語り合っている。みな身体からかすかに湯気を上げている。
「ハプニングも含めてなかなか良い訓練になりました」
論子がそういうと他の学生も大きくうなずいた。
ほっとした雰囲気の中で太陽が水平線に沈み、空を鮮やかな赤に染め、海を黄金色に染めた。
ミリーたちマラソンを歩いて完走した連中や負傷や体力不足のため歩いた学生がゴールに到着すると、学生たちが歓声を上げた。
歓声は星の浮かび始めた夕刻の空に吸い込まれて消える。