●リプレイ本文
●01
「――――というのが訓練内容です。なにか質問はありますか?」
ナンナ・オンスロート(
gb5838)は共同溝の入口に集合した新入生に訓練内容を説明した。
「特にないみたいですね」
同じく説明役を務める東雲 凪(
gb5917)が小声で相づちを打つ。他の先輩はすでに共同溝内部で待機している。
「油断しちゃダメですよ。私達も一応鬼なんですから」
東雲は投げ飛ばされた新入生が立ち上がるのに手を貸してやる。その胸元でキツネのペンダントが揺れる。
ドッグタグを奪われるとレクリエーションから離脱することを説明するため、不意を打って、投げたのだ。
新入生は突然の出来事に困惑や驚きの表情を浮かべている。緊張の面持ちの者もいる反面、中には遊び気分なのかだらけている者もいるし、あなどっているのか薄ら笑いを浮かべている者もいる。
ナンナと東雲は互いに目配せした。
(「欺瞞作戦は成功しつつありますね」)
(「あからさまなヒントあげたんだけどな。うかつな思い込みを後悔してもらうかな」)
金髪碧眼のナンナは、あのなんだかおっとした印象のカンパネラ生徒会長に容姿がそっくりで、穏やかな印象を受けるが、その実体は、大規模作戦で戦功を収める戦士だ。
東雲もまた三つ編みに眼鏡さらにほっそりした身体が弱々しい優等生に見えるが、その瞳の奥ではクレバーな知性が閃いている。
体格の良い連中が「あの2人が狙い目だ」などと言い合っている。
新入生はこれからどんな羽目に陥るのか、今はまだ知らない。
●02
共同溝のハッチが解放された音、どやどやという人混みの音。
矢神小雪(
gb3650)は薄闇の中で目を光らせた。
「訓練の時間か‥‥手加減無は‥‥とりあえず新しいフライパンの餌食になってもらおうか‥‥」
その右手にはフライパン・アサルト、その左手にはアサルト・ライオットが握られている。戦闘用調理器具。
「小雪さん、黒いほうの性格がでているよ?」
つっこみを入れる七市 一信(
gb5015)もわりと黒い。というか黒白だ。パンダの形状に調整したAUKVを装着している、新入生は未装着なのに。いつもなら愛らしい姿なのだが、この薄暗い共同溝だと、茂みに隠れるクマに見えなくもない。
「パンダさん行くよーーー」
「OK!」
薄闇の中、2人は音もなく疾走、前方に学生が現れる。大柄な女子と小柄な男子、それと何人かだ。
「新入生の皆さん――――戦闘用調理器具の味――――たっぷりと味わってね!」と小雪。
「ふ、ふ、ふらいぱんっ!?」
戸惑いの声を上げつつ女子は模造刀で斬りかかるが、小雪は左手のフライパンで受け、右手のフライパンで殴り倒した。
ふざけるなと別の学生が側面から攻撃を仕掛けるが、小雪はフライパンの平たい部分で受け止め、さらに曲面を利用して流す。
「フライパンは攻守ともにすぐれてるんだからね〜」と小雪。伊達にフライパン使ってないんだよ、と言い加える。
一方パンダマン七市に小柄な男子が突っ込んでくる。
「センパイッ、胸借ります!」
小柄な男子は床に倒れ込む、違う、クラウチングスタートと前方への体重移動を合わせてロケットスタート、体当たりを仕掛ける。一気に距離を詰めてドッグタグを奪うつもりなのだろう。
「ハッ、いいね! でも今日のパンダは優しくないよお?」
七市の戦意に呼応してAUKVが機能を発現、SESエンジンが唸り、全身をスパークが走り、首のドッグタグがちりちり鳴る。
小柄な男子は七市と衝突。
微動だにしない七市に小柄な男子は戦きの表情を浮かべながら、頬の触れるような距離で近接戦闘を挑むが、七市は素早くかつ精妙な動きで対応、ドッグタグを奪い取った。
「‥‥あんなのを着て、なんであんな風に動ける‥‥!」
先輩の実力に他の新入生は一旦撤退を決め込んだようだ。
小雪とパンダマン七市は遠ざかる足音を追いかける。
「パンダー‥‥‥‥パ――――ンダ――――」
七市はキメラのような奇声を上げる。
可愛らしい叫び声とかパンダの鳴き声って一体というつっこみを入れる余裕は新入生にはなかった。
●03
遠くから正体不明の奇声が聞こえる。共同溝内部を乱反射して酷く恐ろしげな響きだ。
単独行動を取っていた学生は震えた。そこにコードの茂みをかきわけて楽(
gb8064)が現れたのでびっくりとした。
「おー、きみ、まずいよ。キメラが出た。こっちに向かってくるよ。ここはお兄さんに任せて、逃げなよ」
「!」
よほど怯えていたのか、学生はがくがくとうなずいて入口のほうへ走る。
「あら。いっちゃった。あわてんぼうさんだね」
楽は学生が背を向けた際にドッグタグをかすめ取っていた。学生はよほど追い詰められていたらしくとられたことに気づいていないようだ。
「今のは偽りなんですね」と薄暗がりから眼鏡の学生が現れた。「正面からの殴り合いだけが戦いじゃないってことか」
「きみわかってるね」と楽はにっこりする。「そんなきみとは、じゃんけんで勝負だっ! 運も生き残る大切な要素だよん」
「受けて立ちましょうっ」
楽の細い目がさらに細くなる。眼鏡の奥で学生の双眸が光った。
最初はグー、ジャンケンポンというかけ声の瞬間、2人は互いのドッグタグを掴んだ。
「やるね、きみ」
「先輩こそ」
2人はドッグタグを掴んだまま、空いている手で拳を作った。
あいこでしょ! というかけ声の瞬間、パンチは放たれず、代わりに眼鏡の学生はドッグタグを引き千切って全力疾走で闇の奥に消えた。
「ナイスゲーム。次は、ゲームじゃない場所で一緒に遊ぼうねん」
楽は学生を見送りながら、プレートだけ千切られたドッグタグのチェーンを捨て、懐から本物のドッグタグを取り出して首にかけた。
学生は偽物をつかまされたのだ。
●04
新入生が悲鳴を上げながら突っ走っている。どうやら小雪七市ペアに追われているらしい。もしかしたらキメラ出現の誤報のせいかもしれない。
どうやら新入生はフィルト=リンク(
gb5706)のほうへ向かってきているようだ。
「少し可哀想ですが、これも新入生の将来をおもえば、きっちりやらなくてはいけません」
フィルは得物のおもいやり(という名前の機槍)を曲がり角へ突き出して息をひそめた。
槍の高さは人間の首くらいのところだ。不注意に曲がり角に突っ込んできたら首をやってしまう。
ブンッ
と槍がしなった。
曲がり角に突っ込んできた学生が槍にひっかかったのだ。喉を押さえて呻く学生をフィルとは見下ろした。
「前方不注意。槍でよかったですね。もしこれがワイヤーだったらあなたは死んでいましたよ?」
フィルトは続ける。
「罠には見せ罠と殺し罠があって見えている罠を避けようとすると別の罠に触れてしまいます。だから――――」
「――――そいつは良い話だね。でも、先輩よお、隙だらけじゃねえの?」
曲がり角の両側から学生が現れ、フィルトは囲まれた形になる。
「さあ、あんたの食堂無料券を出してもらおうか」
フィルトの胸にドッグタグが下がっている。これに食料無料券が付けられている。
「‥‥これは‥‥まずいことになりましたね」
フィルトが得物のおもいやりを取り上げると、短槍状態から長槍状態に変化する。穂先と石突きで前後の学生を威圧する。
学生の1人が石突きを掴んだ。フィルトが眉を寄せると、この学生は小動物をなぶるような目になった。
前後の学生は歯を剥いて笑う。が、足下に転がってきたものをみて、硬直した。
――――シュッ。
弾ける閃光手榴弾。
網膜を焼く白色のなかで目を閉じたフィルトは前後の学生を一撃で打ち倒した。
「想定済みですよ、前後を封じられることは。――――さてちょっと失礼、スカートの中、のぞくのはいけませんからね」
フィルトは閃光手榴弾のピンを捨てると、学生を踏み越えて、次の標的に向かった。
●05
「私はこちらでお待ちしてますね。大挙して押し寄せても一人ずつしかお相手できませんので‥‥早い者勝ちですよ」
水無月 春奈(
gb4000)の言葉を胸に新入生の1人が共同溝を進む。左右はパイプやコードが密集して壁のようになっている。この辺りは一直線の通路のようになっている。
その先には薄闇の中に、ポニーテールを背中に流し、練習用の長刀を下げた少女が立ち塞がっている。
「食堂無料券はこの先です」と春菜は告げた。「さぁ、あなたの実力、見させてもらいますね」
新入生は模造刀のレイピアとソードブレイカーを抜き、作法通り、一礼した。
「参る!」
新入生の一突きはその場に残像を残した。
しかし春菜は体重を左足に移す動きだけで回避、顔の側面を通過した剣先に動じずに告げる。
「速い。でも、いささか動きが大き過ぎます」
新入生は歯を剥くと、一旦後退、助走する距離を稼ぐと、再度攻撃を仕掛ける。
突き、払い、斬り、レイピアがマエストロの指揮棒のように軽やかに動くが、春菜はそのことごとくをわずかな動きで回避した。
新入生は再び距離を取って犬のようにあえいだ。そして愕然とした表情になる。
春菜が最初の位置より前に出てきているからだ。押して押しまくった新入生のほうが後退している。
「気がつきましたね。今度はこちらからいきます」
春菜が新入生の眼前に迫ってくる。新入生もまた攻撃に出ることで対応するが、それは長刀が新入生のすねに当てられたことで止められてしまう。
「…あらあら、大振りしてると疲れますし隙も大きいですよ。まずはこういう風に、動きを止めてからですよ」
息を吸うようなわずかな動作。しかし春菜の長刀で新入生は吹き飛ばされる。
尻餅をついた新入生の表情は最初驚きになり、やがて敬意に変化した。
跳ね起きて構えた新入生に春菜は告げる。
「諦めるまで付き合ってあげますから、がんばってください。私がへばるまで粘ればそちらの勝ちですよ」
●06
「食堂無料券、この辺りかな」と長身の少女が周囲を探るなか、「さあ、どうかな」とペアを組んでいる小柄な少年が周囲を警戒する。
闇の奥で何かが閃いた。黄金色の瞬き。それは音もなく2人に接近してくる!
「??」「!?」
次の瞬間、2人は強かに壁に叩きつけられた。もっとも壁に這っていたコードがクッションになったのか、2人はすぐに体勢を立て直す。
「当たりが浅かったか」と迅雷を放った男装の麗人、水無月 神楽(
gb4304)は呟いた。「手加減したつもりはなかったのだが」
「この人、手強いよ!」
長身の少女が叫べば、小柄な少年は「判っている!」と命令を受けた猟犬のように神楽に躍りかかった。
神楽が回避のステップを踏むと、そこに長身の少女が割り込み、小柄な少年の攻撃する隙を作る。
新入生2人のコンビネーションはよくできていたが、初戦は新入生、神楽の動きには追随できない。
(「残念ですが、この辺りでお終いにしましょう」)
鬼役として神楽は非情に徹する。円閃のフォームを繰り出そうとしたとき、小柄な少年が捨て身の勢いで跳びかかってきた。長身の少女もこれに続く。
神楽は小柄な少年に組み付かれ、倒れそうになって持ち直すも、長身の少女からも抱きつかれて倒れた。
と、突然の静寂。
神楽の胸に顔を埋めるような形になっていた少年が顔を上げる。
「‥‥や、柔らかい」
動揺の表情の少年に少女はどことなく楽しげに、
「お母さんの匂いがするね」
「ええ!」と小柄な少年はまさぐってみる。
その瞬間、月輪が閃く。神楽の円閃だった。
超高速の手刀は新入生2人の強かに打ち、鋭すぎたのか、服を切り裂き、同時に鎖の切られたドッグタグが宙を舞った。
神楽は乱れた服装を正しながら落ちてくるドッグタグを空いている手で受けた。そして小柄な少年に厳しい視線を向ける。
「これはどうゆうことかな? 女性に不埒な事をしたんだから、覚悟はできているんだろうね‥‥」
「‥‥いや、その」と後ずさりする小柄な少年。恐怖で空気が粘り着いているのか、足がもつれている。
悲鳴が長く長く響き渡り、途絶えた。
小柄な少年を始末した神楽は長身の少女に向き直った。豹変したかのような優しい表情。
「過ぎた悪戯は感心しない。気をつけてくれ」
すると、長身の少女は「いやん」と時代のかかった悲鳴を上げてそっぽを向いた。切り裂かれた胸元を掻き合わせて肌を隠す。
神楽は不審な表情になり、罰した小柄な少年を振り向き、長身の少女を振り返り、驚きの表情になる。
止められなかった様子で神楽の手が動き、長身の少女のシャツをまくる。長身の少女の悲鳴。そしてそこに女性にあるべきものがなくて、神楽は口を開けた。
どうやらこっちが男の娘で、あっちが女の漢らしい。
●07
パンダパンダという謎の叫びとキメラ出現の誤報と断末魔の響く共同溝。
「あー、みなさん、がんばってるな」と東雲は呆れ口調。
「いささか状況が混沌としてきましたが、戦術的には問題ありませんね」と微表情のナンナ。怪我を心配したのだろう、さすがに断末魔には眉を寄せる。
食堂無料券を東雲が隠し終わるころ、どたどたという靴音が2人を囲んだ。天井まで背の届く屈強な体格の男子学生が前方に2人、後方に1人。事前説明の時にあなどりの表情を浮かべた連中だ。
「小手始めに、まずは、こいつらから捻ってやる」
リーダー格が命じると、3人が一斉に迫る。
「やれやれ」
東雲は胸元のキツネのペンダントを弾いた。
「ここが学園で良かったです。戦場だったら――――」
ナンナはあからさまに嘆息した。
まずは東雲が足が閃く。残像が目に映るような足払いで、後方から迫ってきた2人は転倒、折り重なり合い、追撃が迫る。
「――――この程度では済みませんから」
ナンナは向かってきた1人の学生の腕を引いて倒すと、寝技に持ち込み、ヒールフック、アキレス腱固め、さらにアンクルホールド、足に対する関節技を連続で使用、足を極め極めにしてやる。
「ナンナさん、その子、もう泡、吹いてるよ」
「あら、ごめんなさい。‥‥‥‥いけませんね、こんな風に外見に騙されて油断しては」
「まったくだね。観察力も大事だよ。って、普通これだけじゃ分からないか」
そういって尻尾を付けた天使の称号を持つ東雲はキツネのペンダントをもてあそんだ。
キツネは人を化かすものだ。
●08
かくして訓練を兼ねた新入生歓迎レクリエーションは終了、結果は新入生は全滅、先輩方の完全勝利に終わった。
新入生は残念ながら食堂無料券を逃したものの、先輩から夕食をおごってもらえることになり、目を剥いた。
というのはレクリエーションを企画した執行部委員の依頼で豪勢な食事が用意されていたからだ。
歓迎会というものは、それがカンパネラのものであっても、親交を深めるという意味がある。
こうして新たな人類の守護者は新しい環境になじんでいく。