●リプレイ本文
●01
カンパネラ学園の朝、学生食堂の勝手口で榊兵衛(
ga0388)は食堂のお姉さんと作業前の打ち合わせをしていた。
「――――というわけでそろそろ作業を始めるつもりだ。納入品だが、今からなら変更可能だが、何かあるか?」
榊がメモを手にして訊いた。メモにはのし餅がいくつ、丸餅がいくつ、などと食堂がほしがっている餅の数が記されている。
「特に変更はないわ」と食堂のお姉さん。「年末なのに手伝わせてごめんなさいね」
「気にするな。米俵5俵をやっつけるというのは難儀なものだ。助けを求めるのは正解だろう」
2人がそんなやり取りをしていると、石動 小夜子(
ga0121)が声をかけてきた。小夜子は作業のため服をたすきがけにしている。
「そろそろお米が炊きあがりますよ」
厨房の片隅で蒸し器が湯気をもらしている。周囲には炊きあがったお米特有の瑞々しい匂いが広がっている。
さらにその脇には前日から水につけてあるお米がすぐに蒸し器にセットできるように準備されている。
米の山をみて小夜子は奮起した。
「頑張らないといけませんね。こんなにたくさんつくのは初めてです」
「こんなにたくさん作るのは珍しいのですか。なるほど」と祝部 流転(
gb9839)が興味深そうに感想をもらした。「それはそうと、持って行きますので、お米のセットをお願い致します」
流転はそういって餅米と一緒に厨房から出てき、戻ってくるとなにか不思議そうな表情で榊と小夜子にいった。
「UNKNOWNさんが餅つきについてレクチャーされているのですが‥‥‥‥」
「それは結構なことですね」と小夜子がにこやかにいった。
能力者は様々な文化圏の人間で構成されているから、餅つきを知らない人間もいる。それに最近は餅つきをあまりしないので日本人でも具体的なやり方が不得手な場合もある。
「ふむ。手間が省けて助かるな」と榊はいうと、自身もまた経験者としてレクチャーに加わるつもりらしく、外へ出たのだが、そこでは仲間の能力者がにらみ合い、いままさに激闘が開始されようとしていた。
●02
UNKNOWN(
ga4276)と望月・純平(
gb8843)は、臼を挟んで睨み合い、距離を少しおいたところでイトゥーニ・郁奈(
gb9009)とメアリ・クリスティ(
gc0031)の2人もまた「これでいいのかな?」といった表情で対峙している。
「諸君、いいかね」とUNKNOWNは油断なく望月を見据えながら「MOCHITUKIとはこの餅搗遊戯書によれば――――」
UNKNOWNは懐から黄ばみが古さを印象づけている和紙の冊子を取り出し、東洋に伝わる危険きわまりないゲーム、餅つきの説明を始めた。
MOCHITUKI
‥‥‥‥それは東洋の危険なゲーム
JYANKENという勝負で
勝者はKINEと呼ばれる鈍器を両手に持ち
敗者はMOCHIGOMEが入ったUSUと呼ばれる鈍器を両腕で抱え
互いに武器を殴り合わせる
UNKNOWNの渋いナレーションが終わると、郁奈は目の前の臼を見て、そして榊が「重めがよかろう」といって用意した杵をみて、恐ろしげにつぶやいた。
「この杵と臼で殴りつけ、相手からの一撃を受け止める。おいしいお餅にそんなしょっぱい秘密があったなんて」
「ホントに‥‥やるんですか‥‥?」とメアリ。
「うちは臼のほうが面積が大きい分、攻防に優れているとおもうのだけど、臼と杵、どっち使うかはじゃんけんで決めるんだよね」
「杵のほうが機動力が確保できて有利かもしれません。なるほど、MOCHITUKIとは戦略性があります。奥が深い。なんだかドキドキしてきました」
郁奈とメアリが静かに盛り上がっているそばで、ティム・ウェンライト(
gb4274)はこっそり首を傾げた。ティムは覚醒すると女性的な体つきになるのだが、今回力仕事があるということなので、覚醒していて女性っぽくなっている。
「うーん。餅つきってこんな風だったかな。一応ビデオで予習してきたのだけど」
ティムは餅つきについて詳しくなかったので予習してきたのだが、杵と臼で別れての攻防などという話はビデオには出てこなかった。
ティムが不思議がっていると、小柄な少女がティムの袖を引く。最上 憐 (
gb0002)は口寂しそうに指をしゃぶりながら、ティムを見上げた。
「‥‥‥‥ん。餅。食べ放題。楽しみ。餅、まだ?」
「肝心のお米がないからね。あ、いま来たよ」
流転が蒸し上がった餅米を持ち込み、いよいよMOCHITUKIが始まる。
●03
アルストロメリア(
gc0112)は実況風にいった。
「さあ餅米の入場も終わり、盛り上がってきました。ラストホープ第一回MOCHITUKIバトル!」
実況をよそに、UNKNOWNは帽子のつばをわずかに下げると、つぶやく。
「‥‥‥‥まさか、信じる者がいるとは。恐るべしLHの傭兵。だからといって容赦はせん」
そして紅茶の匂いのする餅搗遊戯書を捨てた。紅茶に浸して古びたいかにも本物っぽい色合いを無理矢理つけたのだった。
アロハにビーサンというラフな姿の男、望月はジャンケンの構えをとると、闘志を発した。
「ただの餅つきの筈だったんだが‥‥‥‥どうしてこうなった。良いだろう! 受けて立つぜっ! MOCHITUKIと望月って似てるし! きっと俺が勝つ!」
「ふっ‥‥‥‥やれるかな? お前に」とUNKNOWNは不敵に笑う。
望月とUNKNOWNは荒野で決闘するガンマンのように睨み合う。
2人が互いの気勢を読みあっているうちに郁奈とメアリの戦いはすでに始まっている。
ジャンケンの結果、杵をとったのはメアリのほうで、メアリは杵の一撃を繰り出した。
「おっとっと‥‥いきますよーっとっと‥‥とぅ!」
「わ・わ・わ・わ・わ・わ・わ」
メアリは杵を持ち上げるも、うまく使いこなせず、杵の重さに翻弄されてふらつき、明後日の方向へうち下ろしてしまうのだが、それは郁奈にとっては奇襲や死角からの一撃に近い効果を発揮した。
杵と臼がぶつかり合って餅米が飛び出すと、餅米が地面に落下、へばりつく前に郁奈はキャッチしようとするが、そこにメアリの杵が迫る。
郁奈は間一髪で餅米をキャッチ、そして自分の頭がかち割られる直前に杵を受け止めた。
「あ! い、いまのはわざとではありませんよ!」とメアリ。
「わかってる。わかってる」と郁奈は額の冷や汗をぬぐう。「このゲーム、UNKNOWNさんの言うとおり危険過ぎるわ」
2人は睨み合っているUNKNOWNと望月のほうを見た。
「やれやれ〜やったれ〜です」とアルストメリアが声援を送っているが、2人は動かない。いや先に動いたのは望月だ。
「言っておくが、最初はグーとだからな! グーだぞ!!」
「最初はグー、当然だな」
2人のジャンケンが始まる。「最初はグー! ジャンケン! ポン!」というかけ声が響く。
2人の影が同時に走り、望月の手がパーの形を作って力強く突き出され、知ってやったりという望月の表情をUNKNOWNの拳が砕いた、
UNKNOWNは舌を打ち、望月は壮絶に血を吐き、アルストメリアが「いろいろな意味で汚いですねー」と評する。
2人は何も聞こえず、何も起こらなかったかのように、「アイコでしょ!」と叫び、ティムを驚かせたが、燐はどうやら「‥‥ん。お腹。空いてきた」とだけ考えているようだった。
望月は次の一撃を繰り出す直前、「あっ!あそこに美女が!」が明後日の方向を指さした。
「え、俺?」と指の示した方向にたまたまいたティムは慌て、「余計な火の粉が!」という表情になる。
「ふっ。見事な作戦だが2つ誤っている」と不敵な表情のUNKWONWN「1つはティム君が男性ということ、2つは己が指さした方向を向いているということだ」
「な、なに――――!」
UNKNOWNの低空タックルが望月の驚愕の叫びをかき消し、その拳は望月の断末魔を生産し始めたが、マウントからのパンチを連発するうちに静かになった。
「ふっ‥‥悪は去った‥‥。策略家故の隘路に足をとられたな」
そういったUNKNOWNの背中にはダンディズムが漂ったが、唖然としている面々の視線が突き刺され、えぐられた。
厨房から出てきた小夜子はこの様子を見ていった。
「あらあら大変ですね。ええと、死亡確認、です」
小夜子はそういうと、用意しておいた看護帽と赤十字の腕章を装備して、望月の手当をしつつ、流転に治療の手伝いを依頼した。
「用意がいい。まさか予想していたのか」
同じく厨房から出てきた榊はそうつぶやくと、ティムたちに正しい知識を披露してその誤解を解いた。
面々から納得のため息がもれるなか、榊はいった。
「さて本当の餅つきを始めようじゃないか」
●04
興味深い表情の仲間たちの前で榊は杵を取り上げていった。
「いきなり杵を叩き込んではいけない。餅米が飛び散ってしまうからだ」
臼の中で餅米が湯気を立てている。榊は杵の先を使って餅米をペースト状につぶしていく。餅つきの実演だ。
餅米がある程度をつぶれると、小夜子が臼の中身をひっくり返して、つぶれていない面を表にする。
餅米が粒々の状態から塊に変化すると、榊は本格的につき始める。
「つくときは杵の重さを利用する! 臼に落とす感じだ!」と榊。
露天スペースにぺったん、ぺったん、ぺったん、と餅をつくリズミカルな音が響き、餅つき初体験の面々が「おおー」と感嘆の声をあげた。
餅をこねる側の小夜子はよいしょ、よいしょと声をかけながら、巧みに餅をひっくり返す。
「みんな石動のやっているように声をかけるのもいい。つき手とこね手の調子が合いやすいからな」
などと説明しているうちに餅ができあがてしまった。
「‥‥‥‥ん。お腹。空いてきた」と燐。
「なるほど、あんな風にするんだ。よし! 燐ちゃん、俺たちもついて出来たてを食べよう」とティム。
「なら、すでに準備はできていますよ」と流転は餅米のセットされた臼を示す。説明のあいだに準備していたらしい。手練れの執事のような周到さだ。
「楽しそうですね。さあ私たちも始めましょう」とメアリ。
「よし! 今度は私がつき手をするね」と郁奈は杵を取り上げた。
「さっきみたいに頭をかち割ったり、手を潰したりしないで下さいね」
「ないない! そんなことない! ないって!」
いうだけあって郁奈は危なげなく杵を操る。郁奈とメアリはぺったんぺったんと餅をついていく。
一方でアルストロメリアは杵を振り上げると、そっくり返りそうになり、ふらついた。「あわわ、あわわ、あわわ!」と悲鳴を上げるアルストロメリア。
「失礼致します」と流転が横から支える。「杵は私がやりましょう。アルストロメリア様には臼のほうをお願い致します」
「あわわ、やっぱり危険でした」
さあいきますよ、と流転は杵を振り上げた。
●05
榊が手際よく準備していたおかげで餅は順調につき上がっていく。最初は全員で餅をついていたのだが、いまでは半分くらいが餅を成形する仕事をしている。
「‥‥‥‥ん。こねこね。こねこね。‥‥‥‥ちょっと。味見」
燐は丸餅を作っていたが、できあがったそれを口にした。
「‥‥‥‥ん。大丈夫。ちゃんと。餅の。味する。おいしい」
そういって燐はできあがった餅をするすると口にしていく。どんどん餅が減っていく
流転はつき上がった餅を作業台に持ってきて首を傾げた。
「おかしいですね。丸餅が減っているような気がします」
「‥‥ん。味見。味見。これは。あくまで。味見」
榊は餅をついていたのだが、手を止めて、みなにいった。
「みんな手際が良い。そろそろ納入する分はできあがりそうだ」と榊は旺盛な食欲を示す燐をみて「味も良いらしい。俺たちもぼちぼち食べるとしようか」
「うむ。それがいい」とUNKNOWNは同意する。もっとも彼はすでに持ち込んだ食材を使って自分たちで食べるためのちまきを作り始めている。
「なら、ビールの出番だな。持ってくるぜ」とぼこぼこの顔した望月がいい、「周到だな。ともに飲み交わそうではないか」とUNKNOWNが応じる。
UNKNOWNのちまきを見て、メアリは餅を利用した創作料理を披露する。
「トルティーヤ風にしてみたのですが、いかがでしょう?」
メアリは餅を薄く伸ばしたものでタコスのようなものを作った。
スパイシーな匂いにつられたのか望月がメアリの創作料理をつまみ、うなった。
「うまい! 中の具もいいんだけど、皮がいいな。すげてもちもちしてる! あーっ、ビールのみてえーッ」
ほめられて照れるメアリに郁奈が「この料理名人」と肘でつついた。
一方でアルストロメリアはすまし汁のなかの丸餅にかぶりついていた。
小夜子が「お雑煮はいかがですか? 少し時期外れですが」と控えめな態度で感想を尋ねた。
アルストロメリアは美味しかったのか、目を潤ませながら、はふはふと餅を飲み下した。
榊も食べ始めていて、心地よさそうに眉根を寄せいてた。手元の皿には餅に正月菜をあえ、鰹節と醤油をかけたものがある。
榊はつきたての餅を堪能しているらしく、口にするたびに心地よさそうに眉間のしわがふるえた。そこに「甘いものもいかがですか?」と小夜子がお汁粉をすすめた。
「すごい!」とティムが嬉しそうに手を打った。「いろいろな種類がある。妻に持って帰っていいかな?」
ティムの差し出したタッパーにいろいろな餅料理がつっこまれ、すぐにはみ出しそうになってしまう。
「ははははは、こんなに貰ったら太っちゃうね」とティムは笑う。すると反論が返ってくる。
「太らない体質ですから大丈夫です〜」とお汁粉を食べているアルストロメリア。
「太る? その分は動くから平気ですよ! 今日もいっぱい動きましたし!」と郁奈が小夜子手製のきなこ餅を手に力説した。
ダイエットなどいう言葉を知らないかのように食べている燐は目尻を下げてつぶやく。
「‥‥‥‥ん。醤油。きなこ。あんこ。大根おろし。餅は。楽しい」
流転は燐の旺盛な食欲を楽しそうに見ていたが、なにか思いついたことがあったらしく、小夜子にいった。
「揚げた餅に砂糖をまぶしたものが美味しいと聞いています。やってみませんか」
「いいですね」と小夜子は同意した。「ご存じですか? あれは鏡開きという行事と関係があるんですよ。それは‥‥‥‥」
餅つきは無事におわった。能力者はつきたてのお餅をたらふく食べ、あとで体重計に乗ったときに青くなった者もいたが、いまこの時は穏やかな時間を楽しんだ。