タイトル:新年書き初め大会マスター:沼波 連

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 3 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/20 22:16

●オープニング本文


 新年のカンパネラ学園。
 講堂の玄関には一枚の看板が立てられていた。
 看板には力強い筆遣いでこう記されている。
『カンパネラ学園 書き初め大会 ずばっと一発 今年の抱負を書こう!』
「ずばっ」と「!」の部分がとりわけ力強い。
 生徒会執行部委員の1人が仲間にいった。
「ずいぶん豪快な字だな。誰が書いた?」
「教師の誰かよ。豪快だけど勢いがなくて残念」
「それにしてもこの催し、誰が参加するんだ。抱負なんて勝手にこさえるもんだろう」
「あなたは新年に目標を立てるタイプだけど、そうじゃない人もいるの。そういう人達のためにきっかけを作らないとね」
 なるほど、と委員はうなずいた。
「目標を立てて実行すれば、たとえ目標を達成できないとしても、それまでの過程で得るものがあるからな」
「それが有意義な一年を過ごすコツね。それと、生還率を上げるための条件でもあるわ」
「戦場の話か。新年早々、きな臭い」
「でも目的のある人間とそうでない人間とでは負傷した際の生存率が違うらしいのよ」
 なるほど、と委員は相づちを打ち、右腕のエミタに触れた。
「それは良いことを聞いたな。俺も今年の抱負を一筆して部屋に貼ろうかな」
「良い考えね。それに、これは私的な好奇心でもあるのだけど、他の人の抱負は興味深い。刺激を受けてしまう」
 仲間がそう返事をしたところで、参加者らしき人々が現れたので、2人は受付のために玄関へ入った。

●参加者一覧

/ 白鐘剣一郎(ga0184) / 百地・悠季(ga8270) / ファブニール(gb4785

●リプレイ本文

●01

 書き初め大会の会場に続々と学生や聴講生が入っていく。その中には白鐘剣一郎(ga0184)の姿もあった。
「筆を取るのも高校以来か‥‥‥‥さすがに以前のようには行かないかもしれないが」
 白鐘はそう呟いて達筆の看板が設置されている玄関を抜けると、書き初め大会の開始まで時間があるので、関係者に挨拶をしようと考えた。
 この催しは学生で運営されているものらしく代表は生徒会執行部に所属する学生だった。
 白鐘が「今日は宜しくお願いします」と頭を下げると、代表の学生は恐縮した。
「こちらこそお願いします。あら、道具はご持参ですか。ひょっとして何か由来のある‥‥?」
「いや格段そういうものではありませんが、使い込んだものだから古びています」
 ところで白鐘は質問を投げた。
「想いを形に表す。良い事だと思いますよ。カンパネラでは書道に馴染みのない生徒も少なくなさそうですが、その辺りはどうですか?」
 代表の学生は周囲に視線を投げた。
 書き初め大会の参加者が受付に並んでいるが、髪の色も、肌の色も、背の高さも、年齢も、性別も様々だ。ざわめきは様々な国々の言葉で構成されている。
「――――という感じなのでなじみのない方のほうが多いですね、この催しを申請したとき幹部に『書き初めとは!?』って説明せねばなりませんでしたし。でもカンパネラは自主独立の気風が旺盛だから節目に抱負と反省をするのは当然みたいな空気もあるようですよ」
 そんなやりとりをするうちに開始時間が迫ってきたので、代表の学生は「失礼します」とその場を去り、白鐘は会場に入った。
 するとすでに席に着いている赤い髪の女性が手を振ってきたので、白鐘は会釈を返した。百地・悠季(ga8270)だ。2人は互いに面識がある。
 悠季のそばの席は空いていたので、白鐘はその辺りに滑り込んでから、いった。
「ここで会うのは奇遇といえば奇遇ではないか、お互いに」
「そうかもね。年季の入った道具だけど、毎年するほうなの?」
「いや。高校以来だ。うまくやれるといいのだが、難しいだろう。そちらは?」
「この機会に腕を磨こうとおもって。昔はいろいろやっていたのだけど、ご無沙汰になっちゃってるから、これから新規一転がんばるつもりなの」
「なるほど」
 その近くの席ではファブニール(gb4785)が開会を待ちながら待っていた。
(「聴講生だから学園時代は大分前になるんだけど‥‥やっぱりこういうのって、お偉いさんとか校長の話が延々と続くのだろうか)」
 ほどなくして開始の時刻が来たが、現れたのは代表の学生だった。
 代表の学生は挨拶の言葉を終わると、続いて、カンパネラには書き初めの習慣のない地域出身の学生が多いため、書き初めのやり方や目的の説明し始め、ファブニールの懸念、長い挨拶はなかった。
書き初めの経験のあるファブニールは説明を聞き流しつつ、首を傾げた。
(「無駄に長い挨拶とか嫌なんだけどなくてちょっと残念かな。そういう時間も良いよねって思えてしまうのは歳を取ったということなのだろうか」)
 ファブニールは感覚の変化から自分の中で流れる時間を意識した。

●02
 挨拶と書き初めの説明も終わっていよいよ書き初めの開始となる。
 参加者は墨をすり始め(墨汁を使う者もいたが)、次第に粛々とした空気が会場に漂い始める。
 参加者は張り詰めた気分でいるわけではないようだったが、それぞれ自分の半紙に意識を傾けるようだった。
 白鐘は墨をすり終わると、筆をとり、胸中で呟く。
(「では、一筆奏上仕る」)
 墨を含んだ筆先が純白の半紙に置かれ、絶妙な力加減と勢いで、白鐘の思いが刻み込まれる。
 半紙に『護』という文字が現れる。その筆致はどこか白鐘の剣風を思わせるものだった。
 そばの席で悠季もまた筆をとっているのだが、わきにはすでに書き終えた半紙が何枚かある。
 どの半紙も悠季にとっては満足できる出来はなく、悠季は半紙に向き合い続けるのだが、一旦筆を置いて墨をすり始めた。
 一定の調子で墨をすっているうちに悠季の胸中に様々な思いが浮かび上がっては消えていく。
 悠季は、過去と未来の間に立つ自分を意識しつつ、再び筆をとった。
 半紙に『生』という文字が現れる。その筆致はどこか暖かく、黒という暗色にもかかわらずまぶしい印象があった。
 一方そのころファブニールもまた筆をとっている。そのまくり上げられた袖が気合いの入れようを表しているのかもしれなかったし、単に真面目な性格のためかもしれなかった。
 ファブニールは筆をとると、目を伏せて、昨年を回想した。過去の記憶がごく自然に今年成すべきことにつながっていく。ファブニールは胸の奥から湧き上がってくる思いを筆に託した。
 描かれた文字は『精神一到』、その筆致は太くて力強いもので、ファブニールの思いの強さを表しているかのようだった。
 そのうちに他の参加者も作品が仕上がりはじめ、展示するために壁に吊され始める。すべての作品が仕上がると、続いて作者の自己紹介と作品解説の時間が始まる。

●03

 悠季の作品解説の番がやってきたので、悠季は席を立った。
『生』と書かれた半紙の前で悠季は軽い自己紹介をしてから、作品に込めた気持ちを解説した。
「これまでの生き様に感謝し、先に続いて行く事に願いつつ、そして何れは新しくいずる命への暖かな思いを込めて――――といったところね」
 悠季は解説を終えると微笑みを浮かべた。会場に華やかな空気が一瞬漂った。
 悠季の解説は言葉少ないものだったが、参加者の何人かは敏感にその思いを察したようだった。
 参加者の祝福するかのような拍手に送られて悠季は席に戻る。
 次は白鐘の作品解説だ。
「ULT所属の傭兵、白鐘剣一郎だ。傭兵小隊『ペガサス分隊』の隊長を務めている。今日は宜しく頼むな」
 白鐘が挨拶をすると、参加者の何人かがざわめいた。参加者の中には戦場で一緒になった人間もいるらしい。
「俺の文字は見ての通り『護』だ」といって白鐘は自分の半紙を示したあと、会場を見渡した。
「バグアの戦いも激化の一途を辿る昨今、戦いに臨む際に思う所は皆色々あると思う。だが戦いというのは心身を磨り減らす物だ。酷い時にはそれ故に戦う理由を見失う者も少なくない」
「だからこそ俺は、大切な何かを、大切な人そして仲間を護る事を忘れずにいたいと思っている」
 年季の入った能力者らしい聴講生が感慨深そうにうなずいている。
 参加者の盛大な拍手に送られて白鐘は席に戻った。
 何人かの自己紹介と作品解説が続いてファブニールの番が回ってくる。
『精神一到』と書かれた半紙の前でファブニールは会場の皆へ口を開いた。
「皆様、新年あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
「僕はファブニールと申します」
「昨年は自分にとって激動の年でした。様々な経験をしましたが、嬉しかったこともあれば悲しみに打ちひしがれた事も」
「僕一人に出切る事は限られていますが、それでも何か出切る事があると思いこの字を書きました」
「何事も努力し諦めず目標へと辿り着く。皆が笑って暮らせる世界を作るために」
「夢物語なのは承知ですが、夢で終わらせないためにもこの字に負けないよう頑張りたいと思います」
 ファブニールは最後に、皆さんの話を良く聞いておき、自分を見つめなおすいい機会したいです、と付け加えて頭を下げた。
 ファブニールの熱意にこたえるかのような盛大な拍手に送られてファブニールは席に戻る。
 このように自己紹介と作品解説が行われ、続いて鑑賞と歓談の時間が始まった。

●04
 鑑賞と歓談の時間になると、主催者から甘酒が振る舞われ、参加者は甘酒を片手に作品を見て回ったり、会話を楽しんだりする。
 白鐘が悠季の書き初めを眺めていると、悠季が話しかけてきた。
「なにか見るべき作品はあったかしら?」
「皆、それぞれの想いがあって興味深い内容だな」
 ここで悠季は話題をかえてみた。
「出来た話は聞いてるわよ、おめでとうね」
 白鐘は質実剛健な人物だが、照れくさそうに目を伏せて、礼をいった。
「あたしも今年から来年で身に覚えが有る様になるからね」
 悠季はお腹に手をあててながら幸せそうな微笑みを浮かべる。幸せが周囲に伝染しそうな微笑みだった。
「それはめでたい話だ」と白鐘はいってから悠季の『生』という書き初めに再び目をやり、本当にめでたい話だと繰り返した。
 2人はなんとなく一緒に作品を見て回ることになり、そのうちにファブニールの作品の前を通りがかった。
 ふむと白鐘は腕を組んだ。
 悠季が口を開いた。
「字には性格が現れるというけど、白鐘が剣なら、この人のは盾といったところかしら」
「背後に護るべきものがある盾だな。決意はあるが、悲壮感でなくて明朗なところがあっておもしろい」
 そんなやりとりをしていると、ファブニールが現れて、会話に加わった。自分の作品が話題に昇っていて気になったらしい。
「白鐘さんの作品はどちらですか?」と尋ねられて白鐘はそれを示した。
 ファブニールは作品をじっと眺めていう。
「なるほど。本当に刀みたいですね。でもなんというか、鋭さだけでなくて、しなやかさがありますね。そういうのって好きですよ。誰かを助けられても自分自身が倒れてしまったらやっぱり傷つく人がでてきますから」
 この感想を聞いて白鐘は薄く微笑んだ。大切な人を護ること、仲間を護ることは大事だが、同時に自分自身の命も護るべきだ。戦いのさなかでは忘れがちで、また戦う者が口にすれば時として怯懦と誤解されかないのであまり口にできず、しかしこの戦う者たちも他の者たちから生き延びることを望まれている以上、自らを護らねばならない。ファブニールは白鐘があえて言わなかったことを言ってみせた。
 歓談と鑑賞の時間は続く。字に上手い下手があり、中には説明があったにもかかわらず文字でなくて水墨画を描いたものがいたりしたが、どの作品は作者の思いが込められ、鑑賞する者に感慨を与えた。
 参加者は企画者から余った甘酒をおみやげとして貰いつつ、今年の抱負を胸に納めて、書き初め大会を終えた。