●リプレイ本文
都市の地下を走る共同溝、その夜よりも深い闇の中に能力者たちは降り立った。現場にすでに到着していた電力会社の職員から敵や構内の情報を習得している。電力会社の職員は集音マイクやカテーテルカメラ(胃カメラのようなもので、コードの先端にカメラがついている。通風口から通して共同溝内部を撮影した。)で内部を探索し、修繕の必要な箇所とキメラの存在を確認していた。その結果、キメラは送電線を破壊しながら共同溝を北上中と判明した。ために能力者たちは通風口など各種通路の厳重な封印を電力会社と市の職員に任せ、自らは共同溝の南方に降りた。能力者たちは、前衛を御守 神護(
ga7299)、増田 大五郎(
ga6752)、桂馬(
ga6725)とし、後衛をレイ・アゼル(
ga7679)、煉威(
ga7589)、阿木 慧斗(
ga7542)、シエラ・フルフレンド(
ga5622)、クロスフィールド(
ga7029)としてローラー作戦を開始した。一本道の共同溝を南端から北端まで蹂躙する。
能力者たちは警戒を怠らずに前進する。桂馬は非常灯を5つ通過するごとに仲間の足を止めさせ、集音マイクを周辺の状況を調査する。桂馬の耳は上下水道の音らしき水音を、また地上を走る車の音も聞き、さらに遠くからなにかがかじられる音を聞き取った。
「敵は破壊活動を実行中だ。今のところ俺たちに気づいたようすはない。‥‥ところでタバコ、吸ってもいいか」
桂馬の唇にタバコが現れる。クロスフィールドがいった。
「くわえるだけにしとけ。通風口が閉まってるから煙、こもるんだ。それに火や臭いで俺らを感知するかもしれん」
「ふははは。なら俺も危ういな。なにしろオーデコロンいらずの身体でね」増田がいった。増田は2メートルを越える大柄な男で、共同溝は広いとはいえ、このような閉所ではなんとなく窮屈そうだ。
「おまえは仕方ねえよ。それよかそのデカイ図体を有効活用してくれよ。御守、おまえもだぞ」
御守はうなずいだ。御守もまた2メートル越えていた。しかし増田とは対照的に柳のようにほっそりとしなやかな体つきだ。
「了解した。先に進もう」
共同溝の各所にはマーキングがある。能力者たちは覚えた地図とマーキングを照合して現在位置を確かめる。能力者は一定のペースで進行し、確実に共同溝の安全を確保する。確実な行動だったが、あまりに単調なので愚痴がこぼれる。
「なげェ‥‥ここなげェよ。本当に終わりがあんのか」煉威がいった。
クロスフィールドが最年長者としてたしなめる。
「集中力が分散してんぞ。最初の意気はどうした。『うおう‥‥わくわくしてきた!』といってたじゃねえか。気ィ抜くと死ぬぜ」
煉威は家族を失っていたので死という言葉がおもくて態度を改めた。
アゼルがいう。その声音に能力者たちはアゼルの眉が寄せられているのを想像した。
「いやな臭いがしませんか。汚らしいものどもが誰かを蹂躙したような臭いが」
桂馬が暗視スコープをのぞく。反応がない。そのまま進むと暗視スコープに反応がない理由がわかった。死体の表面は周辺の温度と大差ないからだ。
いやな臭いを放つ黒い水たまりに死体は転がっている。死体は電力会社の作業服をまとい、手には壁面に設置された連絡装置の受話器が握られていた。
「職員の死体か、こいつはひどいな」とクロスフィールド。
「ありがとう。おかげで僕たちが来られました。あとは任せて下さい」と阿木が普段の生意気でクールな態度を捨てていった。
フルフレンドが死体から受話器を外し、見開いている目を閉ざしてやった。それから神妙に黙祷した。
能力者たちはさらに奥へ進む。集音マイクは徐々にキメラの足音をはっきりと捉え始めた。このあいだにも職員の死体を発見したが、いまやいつ戦闘開始になるかわからないのでさっきのような処理は行わない。キメラの掃討が急務だった。
集音マイクに耳を傾ける桂馬がいう。
「咀嚼音が消えて足音になった。来るぞ!」
増田と御守りが前に出る。増田がいった。
「前から来る敵は何としても止めるから皆は後ろからどんどん狙ってくれ。あと何人か後ろの警戒も忘れないようにお願いする」
前衛は壁となり、後衛は支援の構えをみせる。前方の闇の中に無数の赤い光の点が現れる。ちゅうちゅうという耳障りな鳴き声が迫ってくる。ネズミ型のキメラが洪水のように迫ってくる。その一匹が跳躍して増田を狙う。
増田はネズミ型キメラの軌道を予測して蹴りで一突きした。空中で串刺しにされるネズミ型キメラを増田はカンフー映画の主人公ような足騒ぎで払い落とした。ネズミ型キメラの死体は勢いをつけて放り捨てられ、ほかのネズミ型キメラの群を吹っ飛ばした。
御守は斧を振るう。2匹3匹まとめてネズミ型キメラが潰される。おもわず言葉をもらす。
「‥‥これでは張り合いがないな」
そのとき壁面が崩壊した。汚水が後衛を横殴りにする。後衛たちは悲鳴をあげる。クロスフィールドが叫ぶ。
「銃を濡らすなよ。クソ、ネズミ野郎が!」
ネズミ型キメラは能力者たちをすでに感知していた。ために送電線の破壊と平行して下水道を破壊、内部に浸透、そして能力者が前方のネズミ型キメラに集中すると同時に、壁面を突破して側面から奇襲をかけた。
能力者たちは混乱する。増田が後衛の援護に回ろうとする。その背中にネズミ型キメラが張りつくが、首を噛みきられる前に桂馬が剥がして倒した。桂馬が叫ぶ。
「前衛、進行方向前方のキメラを食い止める。こちらは分断されるな。敵を分断しろ」
「「了解した」」
増田と御守が身体の大きさをいかして本当に壁となる。身体にネズミ型キメラを貼りつけながらそれぞれの得物をふるう。
後衛では煉威が慌てている。
「ひッ‥‥お、おちつけ‥‥俺は俺にできることを」
しかし煉威の指はこわばって自動小銃を引きっぱなしにする。発砲の反動で銃身が踊るように跳ね上がった。壁や天井に弾丸が当たる。ぱらぱらと埃がふってくる。
「ショック療法が必要だね。申し訳ないが、みんないくよ」と阿木はいうと超機械を床に広がる下水へつけた。超機械から電撃が放たれる。下水の汚物が電撃の伝導を助け、水たまり一面がスパークした。能力者もネズミ型キメラもまとめて衝撃を喰らった。いや能力者たちは天井の通風口にしがみついて一網打尽の電撃から逃れていた。
煉威は痙攣するネズミ型キメラの浮かぶ水たまりに着地する。まだまだ下水道からやってくるネズミ型キメラへ発砲する。
「今ので落ち着いた。‥‥もう外さねえよ!」
「奇襲を十分警戒してたつもりなんですが」とアゼルが発砲する。その火線に煉威が自らの火線を被せる。さらにフルフレンド、クロスフィールドもまた被せる。雨のような弾幕が張られる。
「数に勝るものをみせてあげるわ!」とフルフレンドが叫んだ。
後方からの襲撃が食い止められると前衛は前方へ逆襲を開始する。増田と御守がネズミ型キメラを食い止め、2人の隙間を縫うようにして桂馬が確実に仕留めた。
やがてネズミ型キメラの襲撃が収まる。アゼルは壁面の連絡機と取り上げて地上と通信する。下水道を止めることを要請する。そのうちに下水道の流れが静かになり、やがて途絶えた。
桂馬が集音マイクで周囲を探る。ネズミ型キメラの音はしない。能力者たちの戦闘は終わった。しかし能力者たちは共同溝を横断する。各々が職員の死体を背負った。地上にでると空が赤紫色に染まっていた。朝が来ていた。誰かがつぶやく。
「日の当たるところでゆっくり休んで下さい」